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マリア様がみてる〜春〜 小説vsアニメ 徹底比較

「マリア様がみてる〜春〜」のDVDリリースが開始されました。前シリーズと同様に、じっくりと小説版との違いを見てみたいと思います。このページではアニメ・小説ともに激しくネタバレをしていますので、両方制覇してから読むことを強くお勧めします。それではスタート!


DVD 第1巻

VS

DVD 第1巻

「ロサ・カニーナ」

「いとしき歳月(前編) 」

第1話「長き夜の」

「春」と題されたこのシリーズの第1話として、前シリーズのラストからちょっと戻り、新春ネタである「長き夜を」を持ってきた。祥子さまの家にお泊まりに行って「なかきよ」をするという大枠は同じだが、あとは小説版とほとんど違うと言ってもいいくらい変更点が大きい話になっている。 一番の違いは、山百合会幹部が勢揃いしているところ。小説では外伝的エピソードだったのを、アニメ版では無理矢理キャラ紹介も兼ねているので、あちこちがおかしい。 志摩子さんはなぜ帰宅したのだろう…。小説ではクリスチャンである彼女を初詣に誘うのはやめたという白薔薇さまロサ・ギガンティアの配慮があったのだが。

また、柏木と祐麒のスリリングな関係もアニメでは大幅縮小。それに伴い柏木と白薔薇さまロサ・ギガンティアの「大人の」関係というシーンもばっさり削除。 アニメではただ口げんかしているだけに見える。

ついでながら、小説では「思わず抱きしめたくなるくらいの愛らしさ」という清子小母さまが、あまりそんな感じではないことが残念。 彼女のボケっぷりも削除されている。代わりにたこ焼きを知らない祥子さまになっていたが、さすがにこれはありえない気が…。 それともリリアンの学園祭ではたこ焼きを出したりしないのだろうか。

第2話「黄薔薇まっしぐら」

黄薔薇さまロサ・フェティダの援助交際疑惑に始まった鳥居家のお家騒動という今回の話。例えば、志摩子さんの事情について白薔薇さまロサ・ギガンティアが祐巳にほのめかすところは残念ながら削除されていたが、大筋は忠実だった。ちなみに先のシーンはについて語るように変更されていた。こちらのほうが、今回の筋には合っていると思う。 伏線が一つなくなってしまったが…。この時、「卒業を前に友達との思い出を汚したくない」という祐巳も苦労性である。

今回の話はあまりに突拍子もなくて個人的にはイマイチなのだが、山辺先生はあまりに可哀想ではないだろうか? もし立場が逆だったら、笑い話ではすまないような…。

なお、フランス語講座風の次回予告は楽屋ネタのようなもの。なんでも池澤春菜が出演しているフランス語講座番組を見て、原作者がぜひ由乃役にと推したそうだ。


DVD 第2巻

VS

DVD 第2巻

「いとしき歳月(前編) 」

「いとしき歳月(後編) 」

第3話「いと忙し日日」

小説の「いとしき歳月(前編)」より「いと忙し日日」を比較的忠実にアニメ化。

冒頭、由乃がみんなの前で「令ちゃん」と呼びかけてしまうのは違和感がある。由乃は「令さま」と「令ちゃん」の切り替えが上手なはず。 ブチ切れ状態ならともかく、平常時ではありえないような。3年生のいない山百合会幹部の面々だったため、気がゆるんだのかも知れないが…。

白薔薇さまロサ・ギガンティアから隠し芸をやるように言われて、ネタあわせをする1年生たちがなかなか面白い。ここで、小説にはなかった「祐巳さん、白薔薇さまロサ・ギガンティアにからかわれたんじゃなくて?」 「ちょっとお戯れになったというか…」という志摩子さんのセリフが、らしくて心地よい。志摩子さん相手にお戯れになる白薔薇さまロサ・ギガンティアが見たいものである。 それにしても「私たちはお笑い担当ね」といいつつ「わたしマジック、あなた宴会芸」とさっさと押しつけてしまう由乃はさすがだ。

祐巳は、宴会芸として安来節をやることにしたのだが、福沢家での会話が小説とは異なる。アニメでの、例の小道具を見つけた時の「あの人はそう言う人だよ」 という祐麒のセリフにどうも違和感を感じていたのだが、これはもともとはお母さんのセリフ。お母さんとの会話が祐麒に置き換えられているのだ。 どうせならもっとそれらしいセリフに変えればいいのに、まるで親子の仲が悪いように感じてしまった。ついでに「ベッドまで追いかけて、弟の上にのしかかって風呂敷包みを突きつけた。(中略)『ちゃんと話すから退いて。もう、胸が当たってる』」なんていう、姉弟間のちょっとドキワクなシーン?もアニメではさっくりカット。少し残念。

さて、三年生を送る会を前に大忙しの祐巳だが、アニメではあまり頼られている感がない。小説では「あなたたちがいてくれるお陰で、本当に助かるわ」と、望外な祥子さまのお言葉をいただいたりして、それが舞い上がってしまう一因になっていたのだ。張り切りすぎの小説に対して、空回り気味のアニメの祐巳といったところか。 また祐巳と美術部とのやりとりはカット。ちょっとしたエピソードなのだが、こういう積み重ねが祐巳の成長の肥やしになっているのでちょっと勿体なかった。 そんなわけで「三年生を送る会」(アニメでは「卒業生を送る会」)の看板は相撲字ではなく、普通のフォントになっている。

注目の隠し芸シーンは、小説では「おまけ」という章になっており、蓉子さま視点で描かれているところが特徴。送られる側の気持ちを描くというシーンである。 アニメではどちらかというと祥子さま視点になっている。そして由乃のマジックが本格的なものになっているのが大きな?変更点。アニメではなんと本物の鳩まで出している(小説では「タオルで作ったぬいぐるみ」というほのぼのとしたレベルだった)。ただし、この時の伴奏、すなわち志摩子さんがピアニカで吹いていたのは「オリーブの首飾り」ではない。 マジックのBGMとして知らぬ人はいない、例の「ちゃららららら〜ん」という曲だが、著作権の関係で使えなかったものと思われる。代わりに随分安っぽい曲になっていた。 そっちは安っぽかったが、志摩子さんの日舞は妙に動きが本格的である。どうやら名取り(他人に教授することを家元から認められたレベル)であるという彼女に配慮したのか、 「日舞振付協力 難波亜紀」とEDテロップにあるように、わざわざ演技指導してもらったようだ。その甲斐あって、堂々たる踊りだった(「あっぱれ」扇子はおかしかったが)。 そして締めは祐巳の安来節。ヒゲがなかなか可愛い。ここで蓉子さまは「私は思わず『あは!』と叫んでしまった」のだが、 この「あは!」という笑い方が小説のイメージ通りですばらしい。なんてことないシーンではあるが、篠原恵美さすが!と思ってしまった。

第4話「Will」

小説の「いとしき歳月(後編)」より「Wil」をアニメ化。かなり忠実に再現している。

冒頭の紅薔薇さまロサ・キネンシスの無理をしたはしゃぎぶりが可愛らしい。ただし、優等生の枠から外れられない自分をクールに眺めている、という小説にはあった描写がないのでアニメでの意味合いは少々薄くなっている。その後、紅薔薇さまロサ・キネンシスたちの「遺品」を前に小説の祥子さまは涙するのだが、アニメでは流さない。 これは次回の卒業式を盛り上げるために、敢えてここでは流さないことを選んだのだろう。

「遺言」について志摩子さんと祐巳が語るシーンは、志摩子さんファンとしては重畳だ。(あ・り・が・と・う)はこのままアルバムに貼ってしまいたいくらいである。 今回、やはり大いに盛り上がる話だと言うことだろう、全般に作画レベルが極めて高くてこれだけでもうれしい。

そしてクライマックス。祐巳、白薔薇さまロサ・ギガンティアファーストキスを捧げるのシーン。小説では、祐巳の心の葛藤を言葉で書き連ねているのだが、アニメでは映像で表現している。 敢えて目の表情は描写せず、口だけを映し、はっと手を持っていくあたりなどなかなか粋な演出だ。 ただ「大好きな白薔薇さまロサ・ギガンティアを大学に取られるみたいでさ」というのは、冒頭の紅薔薇さまロサ・キネンシスの遺言のシーンで祐巳が卒業後の進路について話を逸らすという会話がないので、少し伏線が足りない感じではある。

今回の話は仕草やセリフに至るまで、ほぼ完全と言ってもいいくらいに再現されているので、あまりここで語ることもない。しかし、これほど違和感なく、しかも美しい映像で再現してくれたのは賞賛すべきことだろう。


DVD 第3巻

VS

DVD 第3巻

「いとしき歳月(後編) 」

第5話「いつしか年も」

小説の「いとしき歳月(後編)」の「いつしか年も」をアニメ化。卒業という重要なシーンのためか、作画が大張り切り。別人に思えるくらいの気合いが入っている。 ちょっと、マスカラ付けすぎ?と思わなくもないが…。

薔薇さま視点で描かれていることに代わりはないが、アバンタイトルでは祥子さまがプティ・スール相手に送辞の練習をするというシーンが追加されている。 導入としては悪くはないが、前回「卒業しちゃってもいいよ、白薔薇さまロサ・ギガンティア」と既に一区切り付けているはずの祐巳が涙ぐむところが蛇足のように思える。

中学時代の蓉子は、必見。初々しい彼女が、ちょっと意地悪な?聖や江利子相手に立ち回っているところが面白い。ただ、「報復としてクラス委員に指名された」という江利子とのエピソードはアニメではカットされているので、彼女とは最初からうまくいっていたような印象はある。

送辞のシーンでは、蓉子の表情の動きがよく表現されている。祥子がなんとか送辞をやりとげたあと、盛り上がる周囲をよそにどこか置いてけぼりを喰らったような顔をしている。ここは小説では「(送辞って、こんなに受けたっけ……?)」と述べられているだけだが、蓉子が世話を焼かなくてもやっていけるプティ・スールたちを印象づけているように感じる。

志摩子さんが静を記念撮影に誘うのは、小説ではみんなの前で、アニメでは二人だけという違いがある。 小説では「「志摩子。無理に誘わないの」聖は志摩子の腕を掴んで引き寄せた」とあるように聖のほうに重点を置いて描いている。アニメでは、志摩子と静の関係を重視しているように思えるのだが、どうだろう。なお、この変更により去りゆく静の姿を蔦子はあえて撮らなかったというシーンはカットされている。

そして「蛍の光」に乗せ、記念写真を撮るシーン。ここは、それぞれの薔薇ファミリーのカラーが出ていていい雰囲気。聖の真似をしていると思われる江利子が面白い。薔薇さまスリーショットは小説の表紙のものでニヤリとさせられる。小説からのファンへのサービスであろうか。

第6話「片手だけつないで」

志摩子さんファンは感激したであろう、この回。小説とは構成が変わっている。 細切れに描写対象を切り替える小説に対して、アニメではAパートを志摩子、Bパートを聖視点と分け、かつ、視点を変えたシーンを繰り返している。アニメの場合は、この構成の方が見やすいだろう。

アニメで省略されたのは、志摩子の前であえて他の子のセーラーカラーを直してあげるという聖が軽薄を演出するシーン。逆説的に、志摩子のことが気になってしかたがないという象徴的なシーンだったが、アニメの枠の中に入れるには少しくどかったのかもしれない。 代わりに聖パートで「あなたに似てるのよ」という蓉子のセリフを回想させている。 また、二人が差しでお茶をするシーンでは、志摩子を受け入れる決心をするのだが、このとき聖が出したコーヒーカップは小説では「お姉さまのお気に入り」だった。 したがって「手始めに、そのカップを洗っておいてね」というのは、単なる雑用を言い渡す以上の意味が込められているハズだったが、その伏線はカットされている。 この辺は、一行記述すれば済む小説とは違うため、やむを得ないところか。

蓉子と聖がぶつかるシーンでは、小説になかった表現として、聖の心の乱れをテーブルクロスで描写している。 このテーブルクロスは、後に志摩子と語り合ったところで、すっと乱れが解消しているのだ。また、ぶつかった後、聖の「ばか……」というセリフも追加されている。 照れたような、甘えたような表現で、このシーンから受ける印象が少し変わっている。賛否あるかもしれないが、二人の友情をより感じられることは間違いない。

聖が猫をかわいがるシーンは、小説の志摩子視点から中立的な視点になっている。 ここで小説では「夏服の袖口からチラリと見えたのは、ロザリオのようだった」とある。どうやら小説版の夏服は半袖ではないようだ。

志摩子を巡って白薔薇さまロサ・ギガンティア紅薔薇のつぼみロサ・キネンシス・アン・ブゥトンとが対立。小説版では「どんな理由なら納得していただけるのかしら。顔で選んだとでもお答えした方が、説得力がありまして?」 と祥子は相当に辛辣なことを言っている。けしかけるようでもあるので、 果たして姉妹スールにすることと聖を発奮させることと、どちらに重きがあったのは微妙なところである。アニメではそのセリフはカットされているものの、聖が志摩子を口説きに行った後で見せる祥子の柔らかい微笑を見ると、きっかけを作る方が主目的であったようにも思える。とはいえ、この後祥子は、白薔薇さまロサ・ギガンティアが志摩子を選んだ理由、ではなく、志摩子が自分を選ばなかった理由について思い巡らすことになる。

聖と志摩子が姉妹スールになるシーンは、アニメの演出が実に素晴らしい。ピアノのアルペジオが流れる中、二人の言葉が重ねられる。志摩子の瞳に次第に濃くなっていく聖の影という演出も心憎い。移りゆく季節を背景に佇む二人の姿も印象的。 そしてロザリオ拝受の後、「志摩子、ダッシュ!」と流れるように駆け出し、「決してこの手を、離さない」と志摩子がゆっくり握り返すところで終わっている。 つくづく、アニメで見られてよかった、と思うシーンであった。


DVD 第4巻

VS

DVD 第4巻

「チェリーブロッサム」

第7話「チェリーブロッサム」

小説の乃梨子サイドで書かれた「銀杏の中の桜」と山百合会サイドで書かれた「BGN」をミックスさせ、前後編に分けたのがアニメでの「チェリーブロッサム」と「銀杏の中の桜」である。6話とは構成の仕方が逆で、時系列順に話が流れるようにしている。

冒頭、ミーティング最中頬杖を突き、周囲が見えていない志摩子さんは、まさに「ぼんやり」とした感じ。このシーンはアニメオリジナルである。

志摩子と乃梨子のファーストコンタクトは実に良く描かれている。 小説では「大きく開いたセーラーカラーの中を覗くと,女でもドキッとするほど首筋が白くて艶めかしい。」とあるが、アニメでは桜色の唇のアップとこちらもなかなかである。

白薔薇さまロサ・ギガンティアである聖に相談するシーンでは、祐巳自身の悩みを早くも指摘している。とはいえ、分かっているのは春休みになにもなかったという事だけ。どんな悩みがあるのかは全然描かれていないので、少し先回りしすぎの感はある。

瞳子登場。釘宮理恵がぴったりはまる。「おっかしいんだもの、その方」というセリフはまさに小説のイメージ通り。その後小説では「祐巳の頭に、カーッと血が上った。(中略) (さ、さ、祥子お姉さま、だとー!?)」と、祐巳の激しい心の内を暴露している。 アニメでは、「公私混同はよくないわ」というお姉さまの言葉に口元をキュッと引き締め、不満を内部にため込んでいる様子がうかがえる。後の展開を考えると陰にこもった感じがして、いい演出ではなかろうか。

乃梨子が小寓寺を訪ねるシーンになり、乃梨子の事情が語られる。なお、大叔母である菫子とのエピソードはばっさり削除されている。乃梨子のリリアンにおける異端さを端的に示す箇所ではあるが、どちらかと言えば「BGN」の占める割合が多い今回の話には入る余地はなかったものと思われる。

小寓寺での志摩子と乃梨子の再会シーンは素晴らしい。小説にはなかった、乃梨子に掛かった桜の花びらを取るというシーンが挿入されたため、最初の出会いと対になり、 志摩子側の好意が感じられる。そして、そんな志摩子に頬を染める乃梨子という雰囲気たっぷりなシーンになっている。

第8話「銀杏の中の桜」

小説の「銀杏の中の桜」+「BGN」の後半部分。「マリア祭の宗教裁判」パートとも言えるが、残念ながら山百合会幹部の面々が「ドッキリ」を仕掛け、シナリオから外れつつも核心に近づいていくというプロセスはカットされている。祐巳が罪悪感を感じながらも事を進めるという描写もないため、少々後味の悪さが残っているのは否めない。 また、祐巳と瞳子がぶつかる場面も少なめ。アニメでは、あくまでも志摩子と乃梨子の関係を描くことに専念している。

実際、学校を辞めないよう乃梨子が説得するシーンで、ふわりと彼女を抱き締める志摩子の姿が美しい。控えめで、かつての白薔薇さまロサ・ギガンティアの陰に隠れがちだった彼女がこんなにもはっきりした行動を取るとは…。乃梨子が特別であることの証といえる。

小説では、実は心配していた聖がひょっこり顔を出すシーンがあるが、アニメではなし。 その点はあまり問題ではないが、すっかり志摩子たちに当てられてしまった祥子さまが、 聖の誘いを断って祐巳と二人でいることを選ぶというシーンもなくなってしまったのは寂しい。もちろん伏線として、遊園地に行く約束をする部分は残されている。

ストーリーとしては今一つであるが(少なくとも小説にあった面白さはない)、 志摩子・乃梨子の描写については満足。


DVD 第5巻

VS

DVD 第5巻

「レイニーブルー」

第9話「ロザリオの滴」

小説の同名の話をアニメ化したもの。ただし、小説では「ロザリオの滴」「黄薔薇注意報」「レイニーブルー」がそれぞれ同時進行しているが、アニメではその仕掛けはあまり表に出てきていない。

小説ではあった、瞳子と呼び捨てにしている乃梨子を見て、「小さいハッカ飴を口に含んだ時のように、甘く冷たい風が身体のどこかで巻き起こった」となるシーンは省かれている。しかし、外向きの人間関係を作って学園生活を送っている彼女と自分との違いに、漠然とした不安を抱えていることはその後のシーンでもよく分かる。「私が私の意志であなたといたいと思ってる。そのことをあなたは分かっているはずよ」と乃梨子に語るシーンは、小説のままではあるが、アニメになって台詞として聞くとまた感慨深いものがある。

「きっかけ」のために、志摩子に「乃梨子か、山百合会か」の二択を迫る祥子さまが、なかなか怖い。そんな祥子さまと乃梨子を前にして、いっぱいいっぱいな志摩子がよく表現されている。そして、雨に濡れる志摩子と乃梨子がまた美しく、「あわてんぼうの志摩子さん」と彼女の涙を拭うシーンもよい。ここで「片手で仲間を、もう片手で私を掴んでおけばいい」という乃梨子の台詞は小説にはない。 6話「片手だけつないで」と呼応する形で、より分かりやすい説得になっているように思える。といったところで、志摩子さん関連の話は今回で完結である。

第10話「黄薔薇注意報」

こちらも小説の同名の話をアニメ化したもの。小説でもアニメでも「情けない令ちゃん」ということになっているが、わがままいっぱいな由乃のほうがより悪いと思うのだが…。もっとも、令も由乃に精神的に依存していることは間違いなく、前シリーズの「黄薔薇革命」を以ってしてもあまり大きくは変われなかったようだ。そのあたり、ちょこっと成長したことを示すのが今回のお話。

さて、9話で述べたように2年生それぞれの話があまり絡んでいないので、乃梨子を交えたシーンは9話の「薔薇の館デビュー」の日ではないようだ。 小説では、そのときの席次は実は微妙なバランスの上で決まったものであることが述べられていたが、アニメではさすがにそこまでは読み取れない。

「由乃に振り回されるのはもうたくさんなの」という台詞の後、由乃がどう反応したかは小説では語られていない。アニメでは、大ショックを受けている様子がありあり。このアニメでの反応のほうが分かりやすいが、小説では「振り回されるのはもうたくさん」=姉妹解消であるとは考えられないということで(「いや、何度も「もしかして」と頭を過ったけれど、その度「まさか」と打ち消してきたのだ」)、もう一段深くなっていると言える。

ラストシーンは、腕を組んでみたりしてより甘々度が上昇。文字通り、雨降って地固まるという話であった。


DVD 第6巻

VS

DVD 第6巻

「レイニーブルー」

「パラソルをさして」

第11話「レイニーブルー」

DVD6巻は祐巳づくし。3話かけてクライマックスを描いている。

今まで触れてきたように、小説では「ロザリオの滴」「黄薔薇注意報」そしてこの「レイニーブルー」が同時進行しているが、アニメでは単発の話になっている。また、遊園地行きに浮かれる祐巳の描写も少な目のため、破局(寸前)へと至ってしまうのがあるいは唐突かもしれない。

余談ながら、三奈子さまが引き合いに出したお姉さまに二股をかけられる妹の話は、小説版の「イン ライブラリー」にて語られている。 なかなか緊迫感のあるお話でおすすめ。

さて、遊園地デートを断られた後の、祐巳の言い回しが微妙に異なる。小説では「今日、出かけないことになったから」、アニメでは「出かけないことにしたから」。アニメのほうがお姉さまをかばっているまたは家族に詮索されたくない雰囲気が強いように感じる。 ほんのわずかな違いだが、意外に印象は異なるものだ。

瞳子に祥子さまを「取られた」後、聖さまに飛び込むシーンは、小説では「十メートルほど先にいる大学生の集団の中に、(中略)男物の黒い傘が混じっている。」とあるように、たくさん人がいた中で聖さまだけが祐巳の目に入ってきたとなっているが、アニメではほんとに聖さま(と加藤さん)しかいなくて、いまひとつドラマチックな感じに欠けるし、不自然にも思う。

なお、作中にあったように紫陽花の花言葉は「移り気」だが、「辛抱強い愛情」という意味もあるようだ。正反対の意味ながら、どちらも今回の内容にぴったりなところは面白い。

第12話「青い傘」

小説の「パラソルをさして」の冒頭からp.105の青い傘が「帰って」くるシーンまで。冒頭、小説には、雨に打たれ、打ちひしがれる祐巳がそれでも心の平衡を求めていろいろと考えられる逞しさが出ているが、アニメではあの「青い傘」があったら…というやや後ろ向きな思考に置き換えられている。 こうしないと12話としては収まりが悪かったのだろう。

白薔薇さまロサ・ギガンティアの聖さまを窓口に、加東景、弓子さんというリリアン学園という箱庭の外の人たちと接して、祐巳が視野を広げるところは小説と同じ。しかし、汚れた教科書を前に涙するところは、小説をアニメではだいぶ印象は異なる。小説では「今は頑張らない。(中略)いつか本当に力がわいてくる日のために、今はゆっくり休もう。」と確かに傷ついているものの、前進しようという意識が感じられるのだが。

由乃と仲直りするするシーンは「祐巳…!」と抱きつくところが微笑ましい。しかし、前シリーズ第12話「ファースト・デート・トライアングル」で、小説にはあった、二人の友情を確認するシーンがアニメにはなかったので、「祐巳も、たとえ山百合会の仲間でなくなっても、由乃さんとは今まで通り友達でいたいと思い始めていた。『うん、由乃さん私も好きだよ』 二人の関係が、変化している。進化しているようにも思える。」という盛り上がりにはまったく欠けている。

瞳子との対決、弓子さんとの対話、「がんばりたまえ、紅薔薇のつぼみロサ・キネンシス・アン・ブゥトン」というセリフも渋い青田先生の励ましなどは、カットをしつつもうまくまとめている印象。 紫陽花色の傘は、色を変えることなく祐巳の元に戻ってきた、というところで終了。

第13話「パラソルをさして」

小説の「パラソルをさして」のp.106〜p.193までに相当するのが第13話。ここで、巻末まで含まれないところがポイント。

小説では匂わせるだけだった、弓子と、祥子のおばあさまとの最後の逢瀬が映像化されている。古いポートレートを見る限りでは弓子さんのほうが妹だったようだ。今と変わらない制服と、マリア像と、スール制度。余談だが、小説の「イン ライブラリー」ではその仕掛けを利用しているのはご存知のとおり。さて、この時の祥子の涙は、祖母との別れに対してなのか、それとも祐巳を失いそうな自分に対してなのか…。

瞳子との仲直りに策略をめぐらせるところや、山百合会に引きずり込んだ瞳子に対して聖さまばりにスキンシップを図るところなど、上級生モードに移行しつつある祐巳の描写は大幅に簡略化。アニメでは祥子さまとの関係を描くことに専念したようだ。 それは蓉子さまが登場するシーンもそうで、「そうよ、あたな大物よ。この私にやきもちやかせるんだから」という元紅薔薇さまロサ・キネンシスの「おいしい」セリフなどもカットされている。

またまた余談だが、校門前に真っ赤なカボチャのスポーツカーで乗りつけた王子様、柏木を蔦子さんが撮っているのはちょっと違和感。 彼女は美しい女子高生を撮影することに生きがいを感じているはずなので、王子様を撮るかどうか疑問である。

祥子さまと再会するシーン。しかし、その前の「あんな顔を見たら、祥子が祐巳ちゃんのことを大好きなんだって、誰にだって分かってしまうわ。」という清子小母さまの言葉を聴いて、「お姉さまにぶつけたい恨み言の一つや二つ、いや、三つや四つは軽くあって、(中略)あるけれど。もう、いいや。全部忘れて、今はただお姉さまに会いたい。」というシーンもないのは非常に惜しい。

そしてクライマックス、口付けてしまいそうな距離でくるくる回って(いや、回っているのはカメラだが)二人が抱き合うシーンは、なかなか美しい。 そして「あなたのことが好きなの」「私もお姉さまのこと、大好きです」と思いを伝え合うところでアニメの「マリア様がみてる」は終了となっている。 したがって、この後の小説の巻末までのできごと(祥子さまが調子を取り戻すところや、さすが蓉子さま!のシーン)など、後日談的な部分はすべてカットされてしまっている。

総じていうなら、やはり尺が足りなかった、ということになるのだろうが、どうにも物足りない部分が多く残る結末となってしまった。小説は、(まったくの憶測だが)この巻で終了させるつもりだったのでは?という部分が垣間見られ(実際、小説のこの後の巻は外伝的な小粒の話が続く)、 その気合にアニメ版は追いつけなかったというところか。しかしながら、映像と声とが再現された喜びはファンとしては大きく、特に第6話〜第9話の志摩子さん話は満足できる出来栄えだったと記しておきたい。

 

(C)カズくん