マリア福音姉妹会  

わたしたちの信仰表明

1)わたしたちは、聖書は、人を通して聖霊によってわたしたちに与えられた、聖なる霊感された言葉である と、信じます。それゆえに、聖書はわたしたちの信仰のための唯一の誤りなき規範です。それは父なる神、御子イエスキリスト、聖霊について証しします。「あなたたちは……、聖書を研究している。……聖書はわたしについて証しをするものだ」(ヨハネ5・39)。  聖書がわたしたちになすべきこととして教え、命令していることは、今日においても有効です。なぜなら、「イエス・キリストは、きのうも今日も、また永遠に変わることのない方」(ヘブライ13・8)だからです。
2)わたしたちは、聖なる三位一体の神─父なる神、御子イエス・キリストなる神、聖霊なる神─を信じます。この三つにいまして一つである唯一の神は、互いに他を証しし、三つの位格として、御自身を人類に現わされました。 「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった……。言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。それは……恵みと真理とに満ちていた」(ヨハネ1・ 14)。 「わたしは、行うようにとあなたが与えてくださった業を成し遂げて、地上であなたの栄光を現わしました。父よ、今、御前でわたしに栄光を与えてください。世界が造られる前に、わたしがみもとで持っていたあの栄光を」(ヨハネ17・4、5)。「しかし、その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。その方は、自分から語るのではなく、聞いたことを語り、また、これから起こることをあなたがたに告げるからである」(ヨハネ16・13)。
3)わたしたちは、使徒信条に記されているように、神の救いの御計画が主イエス・キリストにおいて成就していることを信じます。「主は聖霊によってやどり、おとめマリアより生まれ、ポンテオ・ピラトのもとで苦しみを受け、十字架につけられ、死んで葬られ、よみにくだり、三日目に死人のうちからよみがえり、天にのぼられました。そして、全能の父である神の右に座しておられます。そこからこられて、生きている者と死んでいる人をさばかれます。」人間が救われることの必要性は、使徒パウロによってローマの信徒への手紙に次のように記されています。「そこには何の差別もありません。人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっています……」(ローマ3・22、23)。「罪が支払う報酬は死です」(ローマ6・23)。  御自身の独り子である主イエスの死と復活において、神はわたしたちに救いの道を備えてくださいました。「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」(ヨハネ3・16)。「ほかのだれによっても、救いは得られません。わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです」(使徒言行録4・12)。「ただキリスト・イエスによる贖いの業を通して、神の恵みにより無償で義とされるのです。神はこのキリストを立て、その血によって信じる者のために罪を償う供え物となさいました」(ローマ3・24、25)。
4)わたしたちは、真の教会とは、イエス・キリストを主であり、救い主であると認め、霊とまことをもって主に仕える人々によって構成されていることを信じます。また、教会は主を信じるすべての人々の交わりであると信じます。教会はキリストの体であり、「また、御子はその体である教会の頭です」(コロサイ1・18)。「体は一つでも、多くの部分から成り、体のすべての部分の数は多くても、体は一つであるように、キリストの場合も同様である。つまり、一つの霊によって、わたしたちは、ユダヤ人であろうとギリシア人であろうと、奴隷であろうと自由な身分の者であろうと、皆一つの体となるために洗礼を受け、皆一つの霊をのませてもらったのです」(1コリント12・12、13)。
5)わたしたちは、主イエスを信じるすべての人々がマタイ28・19-20に従って、言葉と行いをもって主イエス・キリストの救いのメッセージをはっきりと示す務めを持っていると信じます。「だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい」(マタイ28・19、20)。主イエスを信じるすべての人々の務めと召命は次の通りです。 「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。……そして、隣人を自分のように愛しなさい」(マタイ22・37、39)。この務めと召命は、普段の生活で主を証しし、主の戒めに生きることを含んでいます。


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