マリア福音姉妹会  

生 い 立 ち

起こり  リバイバル
日々の糧を主の御手より
カナンのルール
和解の使命


マザー・バジレア(クララ・シュリンク博士)      マザー・マルテュリア


創 設 者

 マザー・バジレア(=クララ・シュリンク博士、左)―1904年生まれ―は、社会福祉や教育学を学んだ後、神学校に進む。卒業後に更に芸術・哲学・神学・心理学を学び、1934年にハンブルク大学で心理学の博士号を取得。ドイツキリスト教学生連盟の会長として活動する。 
マザー・マルテュリア(=エリカ・マダウス、右)―1904年生まれ―は、社会福祉教育学を学んだ後、ハンブルクやロンドンでそれを実践する。

 マリア福音姉妹会の創設前の数年間、神は将来の働きに備えて、二人のマザーをこの世の保証がない中、いかなる状況においても、ひたすら神にのみ依り頼むように導かれました。こうして神のみをよりどころとした彼女たちの信仰は強くされました。そして、二人のマザーは、後にマリア福音姉妹会がたどる信仰の道の布石を築いたのです。

  ヒトラーの政権下、マザー・バジレアとマザー・マルテュリアは勇気をもってキリストを掲げました。ドイツキリスト教学生連盟の会長(1933〜1935)としてマザー・バジレアは、ユダヤ人のクリスチャンを連盟の集会から締め出すことを命じるナチスの政策を拒否しました。 第二次世界大戦中、彼女は神の民であるイスラエルの独自の使命を公に講じることで、自分の身を危険にさらしました。イエス・キリストが王であり、主であることを宣言したマザー・バジレアは秘密警察に二度ほど出頭させられ、妥協しなかったにもかかわらず釈放されました。マザー・マルテュリアは若者たちの聖書研究会の指導者として、ヒトラー時代に禁じられた旧約聖書をも教えたのです。

起こり  リバイバル

 1944年9月11日、ダルムシュタットは空襲で破壊され、一万二千人以上の死者を数えました。創設者の二人のマザーは当時指導していた少女聖書研究会の信仰覚醒のために何年も祈り続けていました。このとき二人の祈りは、思いもよらない方法で答えられたのです。その空襲の夜、少女たち一人一人は裁き主であり、生も死も支配される聖なる神の御前に立たされたのです。神の聖なる臨在の前には隠し立てできるものは何一つなく、もはやなまぬるい信仰に立ち続けることもできませんでした。 この恐ろしい夜の後、少女たちは自らの罪を明るみに出し、心から赦しを求めました。「罪の赦しがあれば、命と救いあり」(マルティン・ルター)。こうして神の時が訪れ、廃墟の中から新しい命が誕生したのです。 新しい姉妹会の誕生1947年3月30日、マリア福音姉妹会の創設式が、空襲を免れたマザー・バジレアの両親の家「シュタインベルク・ハウス」で行われました。共同創設者であったメソジスト教会の教区監督パウル・リーディンガー牧師(†1949年)は、キリストの母にちなんで「マリア福音姉妹会」という名前を与えました。キリストの最初の弟子であったマリアは、十字架に至るまで信仰と神の御心に対する献身をもってキリストに従ったのです。「主の助けのみによって建てられた」1949年、マザー・バジレアは、イエス様があがめられる礼拝堂を建設するように導きを受けました。また、入会を希望するシスターたちを迎え入れるためにマザーハウスの建設も必要となりました。 当時わたしたちの手元にあった資金はわずか30マルクでした。けれども、わたしたちの後援者は主御自身です。市の建築課でさえそのことを認ざるを得ませんでした。主がわたしたちにくださった御言葉は、「わたしたちの助けは、天地を造られた主の御名にある」(詩編124・8)でした。

 マザーハウスの旗マザーハウスの入口になびいている旗に書かれた「天地を造られた主の助けのみによって、イエスに対する信仰により建てられた」という言葉が、今日に至るまで訪問客を迎えます。マザーハウスの礼拝堂は、その御名が「然り、アーメン」である主、廃墟から新しいものを生み出される神を証ししています。というのは、まさに市の廃墟の中から拾い上げたレンガによって建てられたからです。 祈りのテント 「聖書のすべての出来事は、現在形で表現されるべきものです」とマザー・マルテュリアは語りました。「なぜなら、聖書の諸法則は現在にも当てはまるからです」と。ネヘミヤのエルサレムの城壁建設について語ったマザー・マルテュリアの話しがきっかけとなって、建築用地に祈りのテントを張ることになりました。それは、「こてと祈りをもって主の家を建てたい」というわたしたちの心からの願いを物語っていました。かつてイスラエルの民がしたように、わたしたちも必要とするすべてのものを主の御前に携えていって、交代で十五分ずつこのテントの中で祈りをささげたのです。戦後であった当時は、手に入りにくい建築のためのあらゆる材料を主はことごとく備えてくださいました 。 トロッコが何度も脱線してしまった時のように、建築用地で問題が起きる度ごとに建築にかかわったすべてのシスターたちが祈りのテントに集まり、主の御前で祝福を妨げているものを示していただくようにと建築の様子祈ったのです。聖書はわたしたちに、「日が暮れるまで怒ったままでいてはいけない」(エフェソ4・26)、また「兄弟の目の中にある屑を取るより、自分の目にある丸太を取るように」と、教えています。こうして、祈りのテントの中でわたしたちは緊張した互いの関係やいらだちを主の御前に持ってゆき、互いに、また主に赦しを求めました。そうする度に、それぞれの問題が解決さたのです。 今日あの祈りのテントはもはや存在しません。しかし、その中で聞き入れられる祈りや光の中に歩むこと、信仰によって生きることについて学んだ教訓をいつまでも忘れることができません。

 日々の糧を主の御手より

 建築の材料や資金のための祈りを土台に、後に日々の糧まで主にのみ依り頼むようにと導かれました。完全に父なる神の慈しみに信頼をおいたわたしたちは、一度たりとも絶望させられたことはありません。二人だけのシスターが派遣されている外国の支部であれ、「カナン」で毎日およそ200人分の食事が用意されるキッチン担当のシスターであれ、一人一人は、愛なる天のお父様がそれぞれのニーズに応じて、時には極めてユニークな方法で、すべての必要を満たしてくださったと、証しできます。

カナンのルール

  1963年、マザー・バジレアはシナイ山を訪れ、その滞在中に「カナンのルール」は与えられました。それは、わたしたちが日々の歩みの中で、十戒や山上の垂訓を実践するための助けとなります。(「わが心の喜び」参考)。愛すること、赦すこと、与え合うこと、左の頬を向けること、すべての状況において主に信頼すること―これらすべては神が天の御国をこの地にもたらすために与えられた戒めです。そして、この戒めには力が秘められています。人々が愛の従順のうちにこれらの戒めに従っていくなら、イエス様が約束されたように、彼らのうちに共に住まわれるのです(ヨハネ14・23参照)。

カナンのルールより

  日々悔い改めなさい。そうすれば、日々天国の前味を味わうことでしょう。常に新たに悔い改めなさい。そうすれば、尽きることなく天の御国を味わうことでしょう。 あなたが人に対して、あるいは人があなたに対して、心の中にわだかまりを抱いているとき、その人のところへ行って和解しなさい。そして、愛に勝利を得させなさい。 あなたが人に出会う度に、祝福をもって挨拶しなさい。そうすれば、神は天からあなたを祝福してくださいます。 主イエスが言っておられることに耳を傾け、それを行いなさい。イエスは御自分の勝利と約束を信じ、依り頼むことを願っておられます。そうすれば、あなたは主イエスの勝利と栄光を、この世においても、また天においても見ることでしょう。神は信仰の目を持つ者に御自身を現わされるのです。

和解の使命

 カナンが伝える呼びかけは一言で言えば、悔い改めです。イエスのメッセージの中心である「悔い改めよ。天の国は近づいた」(マタイ4・17)という御言葉は、カナンの入口の門に刻まれています。この御言葉は、わたしたちの日々の歩みに欠かせないものとして深いかかわりをもつものです。  「赦してください。わたしが悪かった」という言葉は短くても、すべてを変えることができます。共同生活の中だけではなく、家庭や社会の中においても同じです。赦し合う―赦しを求め、また赦す―ことは、すべての信用関係の土台なのです。

  一九五〇年以来、マザー・バジレアは内なる導きに従って、伝統を異にするクリスチャンたちとの交わりを求め、架け橋となるようにあらゆる努力を払いました。主に属する者たちの一致を願ったイエスの最後の祈り(ヨハネによる福音書17章)を心に留めて、彼女は障壁を取り除き、愛の絆を結び、分裂をいやすことに専念しました。数年のうちに、教派や国境を越えて、愛の交わりが生まれてきたのです。なぜなら、愛に満ちた神の心に近づけば近づくほど、お互いにも近づくのです。 ナチ時代に隣接する国々に対してドイツが犯した罪を嘆いて、マザー・バジレアはチェコ共和国やポーランドなどを訪ねました。その旅の一つの実りとして、謝罪を求める銘文が刻まれた陶板が数多くの所に設置することができました。「わが民を慰めよ」 マザー・バジレアはドイツの国家の一人として、ダニエル九章の精神をもって過去の罪を償うことを願って、神の選民に愛を示すための実際的な方法を求めました。その結果、1961年エルサレムに、ホロコーストを生き延びた人々のために静養の家がオープンされました。この「ベト・アブラハム」という家の献堂式にエルサレムの元市長が次のように 感謝の言葉を述べられました。
「わたしたちのところに新しい始まりのしるしがドイツから訪れたのです。わたしたちはその他のすべてを少しずつ 忘れ、あなたがたが持って来てくれた和解や愛だけに目を注ぎたいと思います」


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