Tannoy G. R. F. Autograph

  年頭にオーディオ・システムについて書き,スピーカーを Tannoy Guy R. Fountain Autograph に替える決心をしたことにふれた.当時使用していたスピーカーと店で鳴らされている Autograph を交換Tannoy Monitorred (Monitor 15)Monitorred-COunitするか,ユニットを組むエンクロージャーだけを購入するかを考えた末,長年使用してきたユニットを生かそうと決心した.キャビネットだけでも常にユニットより高価だ.これまでは店に運んで組んでもらってきたが,今回はエンクロージャーが大きいため,自宅でセットすることになった.「決行」は 2004 年 2 月 20 日.磁気回路を被うカバーの桜色が "Red" 命名の由来.ユニットはモノラル用であることは前に書いた.同じ能力をもつふたつの Monitor Red を探し,ユニットだけで鳴らして選んだ時代を思い出す.ステレオ用に作られた Monitor Gold より Red の方がオーディオの楽しみを味わえると考えた時代だ.ユニットだけで聴く音はシステムの音とはまったく異なるため判断が難しいが,ユニットそのものに傷みがないこと,金属音にしても澄んでいること,音のパワーが落ちていないことなどで決める.ともかく,コーン紙の色が微妙に違うふたつのユニットを手に入れたのが 1986 年.20 年近く前に選んだ Monitor Red (Monitor 15) を載せておきたい.右の写真には corssover unit を添えた.
  当たり前のことだが,自宅で音楽を聴く場合,音はスピーカーから出るのではなく,音楽は部屋の空気そのものの振動であり,振動はコーン紙によってもたらされる.ユニット単体から出る音の貧しさは書くまでもない.適正なエンクロージャーに組み込まれたとき強力な磁力を持つユニットは優れたシステムとして機能する.Autograph のオリジナルをごくまれに広告でみる.ユニットそのもそが貴重品になったいま,手に入れる手段はアンティーク・オーディオといわれる機種を扱う店を訪ねることだ.Mr. F. Nakamuraユニットに対して木製のキャビネットは生産された状態のまま保存されることは難しく,時代物のユニットを組むための箱を作る職人がいる.オリジナルと同様,front and rear (folded) horn-loaded unit と表現される長い通り道をひとつの箱にまとめる仕掛けがあるため,高さは 149 cm,重量は 88 kg に達する.吸音材は使用されず,長い道程を経る間に雑音は木部に吸収される.アナログ,デジタルを問わず McIntosh 275 と Marantz #7 でドライヴさせて音楽を聴くためには,この手段が最善と考えた.左写真は crossover unit を取り付け作業中のオーディオの先生.
  約 1ヶ月聴いて確かに音の深みが増したことは判る.ただし,箱はまだ新品.優秀な弦楽器と同様,使い込まなければ求める音は出ないと考える.スピーカーを替えただけで理想の音を聴けるほどオーディオは易しくない.エンクロージャーの木部が適正に年を重ねて部屋に適合したときに満足できる音が鳴ると思っている.ただ,イギリスのAudiosyetem2004深い音がいまでも聴こえることは事実だ.当初,大きなヘッドフォンで聴くようなものと推測したが,スピーカーから最も離れた部屋の端で聴く方がいい.その位置がコンサート・ホールの一階 10列目という感がある.最前列で聴く面白さが別にあるとしてもこの位置は快適だ.五味康祐は Autograph が日本に輸入される前にイギリス Tannoy から直接購入した.これが日本最初の Autograph といわれている.数々のシステムに落胆した結果,1964 年 7 月 24 日,Autograph が海を越えて届いたときには涙がこぼれたと書く.味わった狂喜を「伯爵夫人が私のために,安っぽいナイトクラブのステージでその高貴な衣を脱ぎ捨て,一心に,サービスにつとめてくれるような気がした.しかも彼女はなんと美しく,情熱的で,私を興奮させたことか.(西方の音,新潮社,1969 年)」と表現している.
  小説家には及ばなくとも,なにか書かねばなるまい.白神山地のような原生林ではなく,たとえば都市ベルリン.ヨーロッパの都市がもつ深い森に身を置いて聴くさまざまな音がある.風のささやきは快く,木の葉のざわめきは低木では細かく穏やかで巨木では強い弦の合奏のようだ.しばしば出会う静かな驟雨は Regenschauer と呼ばれる.陽が射したときに戻る歓声.ときには雷鳴や豪雨も.やがて晩鐘とともに夕陽がもたらす Abendstimmung.このような情景の中で感じる音楽を求めよう.静寂をとり戻した森に響く音楽はベートーヴェン,後期ピアノソナタがふさわしい.Autograph で聴く作品 106 "Hammerklavier" の第三楽章,長大なアダージオがそう遠くなく魂を叩くように鳴ると思っている.同時に,Tannoy を追いかけ
, McIntoshMC275,Marantz#7 などともに到達した現在のシステムを眺めると,長い道程を横道にそれずに「よくもここまで届いたものだ」という感慨がある.(記:2004. 3. 20.)

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