Gold Lion KT88

McIntosh MC275 がドライヴするシステムで気分良く音楽を聴いていたところ,GEC の真空管 KT88
が品切れになっていることが判ったのが 3 月末.パワフルな低音,繊細な高音,美しい中音が聞こえる
システムの心臓部のパーツが簡単には手に入らなくなった.オリジナルの MC275 の KT88 には流れる
ような文字で Gold Monarch と記されている.手許にある
MC275 は製造後少なくとも 30 年は経過
している.真空管も何回か取り替えられたはずでオリジナルの Gold Monarch ではない.本体の細かい
部品も交換されていると思われる.制作された当時の音とは比較はできないとしても,満足して聴いて
いる以上 KT88 の予備がなくては困る.先生に「待てば入りますよ」と言われて届いたのが 5 月.
スペアにとりあえず 1 本と考えたがそうではないらしい.使用中の 4 本を 1 セットとして使い,新し
いセットとして 4 本用意するのが正しいと説明されればなるほどと思うではないか.そのような経過が
goldlion-KT88あって届いた KT88 を掲載する.ご覧のよ
うに Gold Monarch ではなく Gold Lion と
記されている.古びた箱に真空管は M-O
Valve Co. Ltd. によって制作され,この
会社の素性は“A Member of the General
Electric Company Co. Ltd. of England”
と判る.1,000 時間のテストに合格した
ことを証明するレポートも添付されて
いる.Gold Monarch は既にきわめて入手
困難で,世に言われる GEC の Gold Lion
とはこの真空管のことだと納得し,秋葉原
で Golden Dragon の KT88 を探す必要が
なくなったことを喜んだ.新 4 本に年月日
は記されていないが,製造されて以来,
かなりの年月を経ていることは確かだ.しかし,未使用の新品である.ホヤ(火屋)にゲッター (das
Getter) と呼ばれる部分的な「クモリ」がある.これは真空管作成の過程で残留したガスを抜く際に
生じる.さっそく,新セットを挿し替えて聴きいてみると,どこかよそよそしい音が
する.システムの中で順応させる必要があると判断して 3 ヶ月ほど聴いて旧セットに替えてみたとこ
ろ,古い方が情感豊かな音を出すことが判る.音は感覚に叶えば数分で慣れる.合わなければ聴くだけ
疲れる.新しい方の音も本質的には違わないが,McIntosh MC275 を手に入れた当時の感慨が旧セッ
トに対する想いを深くさせるようにも思われる.されば,新セットを使い込んでさらに情感あふれる
音を出す努力をしてみよう.五味康祐はオーディオ愛好家の条件の一つとして「真空管を愛すること」
を挙げている(オーディオ遍歴,新潮文庫,1982 年).優秀なトランジスタ機器が生産され始めた
時代にそう書いている.少し引用しよう.

  もちろん,真空管にも泣き所はある.寿命の短いことなぞその筆頭だろうと思う.さらに悪いこと
に,ひとたび真空管を差し替えればかならず音は変わるものだ.出力管の場合とくにこの憾みは深い.
どんなに,真空管を替えることで私は泣いてきたか.いま聴いている MC275 にしたって,茄子と私ら
が呼んでいるあの真空管 KT88 を新品と挿し替えると,もう元のようには鳴ってくれない.極言すれ
ば,新品の KT88 を挿し替えるたびに音は変わっている.したがって,より満足な音を取り戻すため,
あるいは新しい魅力を引き出すためにスペアの茄子を 16 本,次々挿し替えたことがあった.ヒアリ
ング・テストと同じで,ペアで挿し替えては数枚のレコードを掛け直し,試聴することになる.大変な
手間である.愚妻など,しまいには呆れ果てて笑っているが,笑わばわらえだ.

  音の美は,こういう手間と夥しい時間をぼくらから奪う.ついでに無駄も要求する.挿し替えて
ようやく気に入った 4 本を決定したとき,残る 12 本のナスビは新品とはいえ,スペアとは名のみの
もので二度と使う気にはならない.したがって,納屋にほり込んだままになる.KT88,今 1 本,
いくらするだろう.

私の場合,MC275 に挿し込まれた旧セットの 4 本は前の保有者が努力した結果,適度にバランスが
とれていたためにその音が快かったと考えられる.財政上の問題,流通する数が不足していることから
16 本の Gold Lion を揃えて 4 本をピックアップすることはできない.旧セットを大切に使いながら,
新セットをシステムに適合させる作業が残されている.テスト・レポートの数字は 4 本とも均一で
あることを示すが,簡単ではないと想像される作業に半年ほど時間をかけて挑戦する.オーディオは
泥沼といわれる.また愛好家は病気とからかわれる.傍にはいてもまだ泥沼に足をつっこんだ状態では
なく,病気とまでは誹られないだろうと考えている.暑かった夏も終わり,2004 年の阪神タイガース
は律儀に五割を目指している.ようやく音楽に時間を費やせる季節が到来したようだ.よく整備された
真空管の音は穏やかだが軟弱ではない.重低音は豪放磊落で,Bruckner-Ansatz は風のささやき,
草原のざわめき.私には,豊かな音楽は,凡庸だが「馥郁たる」と書く程度の表現能力しかない.
(記: 11. September 2004)

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