仮面

僕は朝、目が覚めると鏡の前に立った。そこには眠そうな顔をしている僕が写っている
自分の顔に手を添えてみる・・・硬い・・表情を作ってみる怒った顔、泣きそうな顔どれも
表情豊かに僕の顔は変化する。でもやはり硬い

僕たちは仮面をつけている。家族の前では家族のときの仮面を学校にいるときは学校の仮面を
それぞれ付け替えて生活している。その仮面は被っている仮面の上に仮面を被せると交換することが
できる。僕たちはそれを意識せずに毎日繰り返している

制服に着替えて1階のキッチンに下りる
「あ、信哉おはよう」
母さんが焼きたてのトーストをテーブルにおきながら言ってきたので挨拶を返しておく
「おはよ」
新聞を読みふけっている父親の前に座るとトーストを一口かじる
母さんも仮面を被っているんだ。僕の前では母親の仮面を父さんの前では妻の仮面
今は主婦の仮面といった所だろうか。もう一口トーストを口にしようとしてやめた食欲が無い
「どうした?顔色が悪いぞ」
父さんが新聞を読むのをやめて心配そうに聞く
「いや、ちょっと寝不足でさ」
「そうか、あんまり無理はするなよ」
父さんはそういうとまた新聞に目を落とした。そして僕はトーストを一気に口の中に放り込んだ

家を出て学校に向かう途中僕は学校での「陽気で明るい僕」という仮面を被る
「おはよ!今日も元気?」
後ろから声をかけられたので僕は振り返った。そこに立っていたのは同じクラスの真奈美だ
「ああ、今日も元気さ。なんならここで踊ってみせようか?」
僕はおどけて言う
「あいかわらずねぇ」
真奈美は呆れたような面白がっているような笑顔を浮かべたあと僕の横に並んで歩き始めた
しばらく二人で雑談しながら学校に向かう
「私たちも来年からは高校生なんだよねぇ、なんかわくわくするな」
真奈美は嬉しそうに目を輝かせた
「ねぇ信哉君は部活何に入るの?きっと運動部とかいいと思うわよムードーメーカーになれそうだし」
高校に入るということはきっと僕はまた1つ新しい仮面を増やすということになるのだろう
そんなことを考えると憂鬱になりそうだったが
「そうだね!それも面白そうだ」
”明るい僕”の仮面を被った僕はそう答えた

教室に入ると一人の男が駆け寄ってきた
「よぉ、相変わらず仲がいいな」
僕と真奈美が一緒に学校に来るときの決まり文句だ
「というわけで、宿題を見せてくれ」
「相変わらず言うことがストレートだな健二は」
僕はノートを鞄から出しながら言った
「まぁそういうなよ俺とお前との仲じゃないか」
「どんな仲だ」
健二はまっすぐに僕の目を見つめ
「心の友と書いて心友だ」
そういった後ぎゃははと笑った
健二は誰に対してもこんな感じで裏表の無い人間という感じだった
宿題を写している健二を見つめながらふとこんなことを聞いてみた
「なぁ健二、お前仮面っていくつ持ってる?」
「仮面?ああ、二つかな普段つけてる奴と野球部のときの奴。野球部には尊敬するOBの先輩も
 来るからそういう礼儀正しい仮面も必要だろ?」
二つ・・たったそれだけしか持っていない健二を素直にうらやましいと思った
僕はいったいいくつの仮面を持っているのだろうもう自分でも分からない

自分の素顔が見たい。そう思ったのはこの前、子供向けの番組を見ていたときだった
そのとき番組はちょうど童話の話を取り上げていて、普段狼が来たと嘘をついて
村人を困らせている少年が本当に狼が来たとき誰も助けてくれず食べられてしまうというお話
嘘つきはひどい目にあいますよというメッセージを込めた、ただの童話だ
でも、本当に狼に襲われたときこの少年は仮面を被っていなかったんじゃないだろうか?
いつもは”嘘をついて困らせる自分”という仮面を被っていた少年
なぜ、本当に狼に襲われたとき村人に助けを呼びに言ったのか?
自分の保身のため?それならば村まで逃げてこれたんだそのまま逃げてしまえばいいことだろう?
この狼もしかしたらこの村まで襲ってくる可能性が無かったとはいえない少年の家の近くなのだから
それを食い止めるために少年は必死に訴えたのではないだろうか?
少年は食べられてしまうが結果的にこの狼が村に来ることはなかった
必死になって訴えていたときの少年この時彼は仮面を被っていたのだろうか?
いや普段の仮面を脱ぎ捨てていた彼、この時の行動こそが彼の素顔ではないだろうか?
・・・・・我ながら考えすぎだ

日が過ぎるごとに”素顔が見たい”という欲求は膨らんでいった
しかし、取り替えることはできてもはずことのできないこの仮面・・・
いや、本当は分かっている自分の素顔を見ようとするならばこの仮面を壊してしまえばいいのだ
ただ壊れた仮面が治る保証は無い。だから僕はひとりでいるときに仮面を壊すことにした
ひとりでいるとき被っている仮面なら壊れてもそう困らない気がしたから

鏡の前に立つ、いつもと変わらない表情そして硬い仮面
いすに座り深呼吸を一回した後、僕は自分の顔に思いっきり拳を叩き付けた
ガキッ
鈍い音がする。続けざまに拳を叩きこむ何度も何度も何度も何度も
・・・ダメだ・・・仮面にはヒビ一つ入っていない
拳は真っ赤に腫れもう動かすことができない
やっぱり素顔を見るなんていうのは無理なんだろうか。僕はがっくりとうなだれた

ピシ

なにか小さな亀裂が入る音がした

ピシピシピシピシピシ

その音は次第に大きくなり最後には軽い音を立てて仮面が割れたのが感覚で分かった
僕は深呼吸をする。そしてゆっくりとそうゆっくりとだ顔を上げていく
自分の頭頂部が見える黒い髪の毛も見えるゆっくりとだが確実に顔を上げる
そこには僕の素顔がある。僕の心は期待と不安でいっぱいだった
顔を上げた















そこには顔が無かった

仮面のあった場所には漆黒の黒い闇
うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
なんでどうして!顔を触るいや触れない何の感触も無い何この黒いの?どうして僕の顔は?素顔は?

突然目の前の世界が揺れた。いや、違う僕の視界がゆがんでいるんだ意識が遠のく・・・
その遠のく意識の中で冷静になった僕はようやく気がついた

「あのいくつもある仮面全てが僕の素顔だったんだね・・」