願い屋

 まさか本当にあったなんて。
俺は目の前に建っている建物を見上げながら立ち尽くしていた。
はるか昔に友人に噂として聞いていただけの店、それが今ここにある
その店は古ぼけた木造の家で看板には大きく“願い屋”と書かれていた
恐る恐る中に入ってみる。中は薄暗くシンと静まり返っていた
「お客さんかね?」
「うわぁ」
突然闇の中から聞こえた声に驚いて声を上げてしまう
よくよく見るとそこには一人の老婆が立っていた
「ここが…願い屋ですか?」
俺はその老婆が店の関係者と思い聞いてみた
「その通り。この店は願い屋どんな願いでも一つだけ叶えてさし上げます」
老婆はとても奇妙で見た人間の背筋を寒くさせるような笑顔を浮かべて言った
「あの…代金とかは?」
コレが俺の一番聞きたいことでもあった。噂ではどんな願いでもかなえてくれるという話であったが
こういう物が登場する話は大抵、命をとられるとかそういう条件がついている物だからだ
「代金はいりません。ただし、条件が一つだけあるのです」
きた。俺はどんな条件を提示させられるのかと思い身構えた
「人の願いを壊してもらいます」
「壊す?」
俺は言っている意味がわからず聞き返した
「この店には今までに何人ものお客様いらしておりまして。いくつもの願いをかなえてきております
 が、この店が叶えられる願いは数が決まっておりましてな。新たな願いを叶えるには
 古い願いを一つ消さねばいけないのです。それでも願い事をいたしますか?」
「それは俺が何かをするということですか?」
話に乗ってきた俺に老婆はまたしても奇妙な笑みを浮かべる
「いえいえ、具体的何かをしてもらうというわけではありません。ただ古い願いを見せますので
 壊す願いを選んでもらうだけですよ」
…どうする? 俺の願いを叶えるために人の願いを消す…どうする?
「悩むほどのことですか? あなたは悩める状況に無いと思うのですが」
「!?」
老婆の言葉に俺は思わず身を固くする。確かに俺は今膨大な借金を抱えている
自分で作った借金ではない。友人の連帯保証人になっていたからだ。
始めは、40万ぐらいのものならば保証人になっても大丈夫だと思っていた
しかし、友人が逃げた頃にはそのお金は利息が法外な物だったため、膨大な金額になっていた
保証人は元金を保証しているのではなくその契約自体を保証しているということなのだ
自己破産も考えてが、アレは所詮法律上のものだ。自己破産をしようがしまいが
ヤツラは取立てに来るのだ。ヤツラから逃げるためには完全に身を隠すしかない
住民登録もできない。とにかく居場所がばれるようなことは一切できないのだ
ヤツラの取立てが会社にまで及んできたため会社を辞めざるを得なくなった
収入が無いのにお金が返せるわけが無い。金が返せなければ取立てが来る。まさに悪循環だ
「俺の状況をしっているんですか?」
老婆はクククと笑った
「いえいえ、ここにいらっしゃられるお客様は皆後戻りできない状況の
 人ばかりですから聞いてみただけですよ。で、どうなされます」
「…おねがいします」
苦渋の決断だった。しかし俺に他に選択肢は無いのだ。
老婆は嬉しそうにクククと笑った
「では願い事を」
「金を。手に入れられるだけのお金をください」
そう、金。お金さえあれば俺はこんなに苦しむことも無かったのだ
「わかりました。ではコチラの中から壊す願いをお選びください」
目の前の空中に3つの映像が映し出された
一つはとても幸せそうに暮らしている家族
二つ目はお金を強面の人間に渡している人間
三つ目は元気に野球をしている少年だった
「この人たちは何をお願いしたのですか?」
俺は老婆に尋ねた。
「それはお教えすることはできません。それによって選ぶ基準を与えてしまうことになりますから。
 全ては平等に選ばれなければいけないのですよ」
確かにそれももっともな話だ。と俺は思った
二つ目の映像はその様子から見て俺と同じような願いをしたのだろうと思う
借金取りの辛さはよく分かっているのでこの人は避けようと思う
三つ目はよく分からないが、この映像が願い事の結果を表しているのならば
この少年は野球ができるようになったということだろうか?
子供から願い事を取るのも忍びないと思う
となると一つ目だろうか? 彼らなら願い事がなくなっても家族で乗り越えられるのではなかろうか?
「一つ目でおねがいします」
「わかりました。では」
老婆はそういうと一つ目の映像に手を突っ込んだ。
するとその映像は粉々砕け散った
「これであなたの願いは叶えられました。では、またのお越しをお待ちしております」
老婆がクククと笑ったのを見た瞬間俺の意識は遠くなった

 ふと、目が覚めると自分の部屋にいた。
「夢か? いや、あれが夢だとは思えない」
すぐさま自分の財布の中身を確認してみる。なぜか60万ぐらいの札束が入っていた
他に入っている宝くじを取り出し、新聞で当たり番号を確認する。
「やっぱり当たってる…あはは。ふあははははははは」
思わず笑いが止まらなかった。コレで俺はもう苦しめられることは無いんだ!
早速宝くじを交換しに行くことにした。途中、銀行によってみて講座を確認してみたが
そこには見たことも無いような金額が振り込まれていた。
全てが輝いているように見えた。さっきまでアレほど周りを気にしながら歩いていたのが嘘のようだった
 意気揚々と歩いているとどこかで見たような家族が道を歩いてきた
その家族の父親は片腕にギブスをつけていた。家族の服装もぼろぼろで表情も暗く曇っていた
…願い屋で見た家族だった
映像の中ではあんなに楽しそうに笑っていた娘は無表情に宙を眺めていた
思わず目をそむけてしまう。…すいませんすいません。でも俺もどうにもならない状況だったんです。
あのまま借金を抱えていたら、殺されていてもおかしくなかった。
すいません。…でも俺にはそうするしかなかったんです。
 暗い表情で道を歩いていると今度は見知った顔に出くわした。
「よぉ、やっと見つけたぜ。今度はきっちり返してもらうぞ」
借金の取立て屋だった。俺は財布の厚みを確認した後、特に抵抗もせずそいつについていった。

 俺は俗に言う事務所というものに連れてこられていた。
「で、まさか逃げ切れると思っていたわけじゃないですよね?」
目の前に座っている男が言ってくる。俺は無言のままだ
「借りたものはきっちり返さないとなぁ!」
周りのチンピラが叫ぶ
「今日はお金ができたので持って来ました」
俺は静かに答えた
「おお。そうですか。それならばいいんですよ。じゃあとりあえず利息分だけでも払ってもらいましょうか?」
俺はすっと懐から財布を出した。それを男に渡す。
男は財布を受け取り中をあらためる。しばらくして、男の表情が変わった
「コレは何の冗談ですか?」
男は財布のなかに入った新聞紙を俺に見せて言った
「!?」
そんな馬鹿な! さっきまで確かに札束だったのに!
とっさに銀行の通帳を確認する。そこには何のお金も入っていなかった
「やくざを舐めるって言うのがどういうことか教える必要があるようですね」
周りのチンピラの一人が俺の肩を掴んだ

「おやおや」
路地裏のゴミ捨て場に捨てられている男を見つめながら願い屋の老婆は呟いた
「残念でしたね。あなたの願いはあの後に来たお客さんに消されてしまいました」
老婆は奇妙な笑みを浮かべて哀れむように男に告げた。
「いやいや、あなたは本当にツイてない。ククク」