約束

「ふぅ・・」
スケッチブックにせわしなく走らせていた手を止めて僕は一息ついた
目の前には川が太陽光を反射してきらきらと輝いている
たまに吹く風が冷たくて心地よい
土手に直接座っているので少し腰は痛かったが・・・
僕はまたスケッチブックにペンを走らせ始める
すると突然スケッチブックに影が落ちた
「こんなところでなにしてるの?」
僕が声に反応して上を見上げるとそこには白いワンピースをきた女の子が
こちらをのぞきこんできていた
「絵を書いてるのさ」
僕はそういうとスケッチブックを彼女の方に差し出す
彼女はそれを受け取るとぱらぱらとページをめくる
「絵?これ空の絵しか書いてないよ?」
全て見終わるとそれをこちらに返し、くすくす笑いながら言った
「君って、変わってるね」
僕は頭をかきながらうめいた
「よく言われる」
「名前なんて言うの?」
僕は自分の顔を指差して言った
「僕は武本信二。君は?」
「私は今本良子よ、よろしく信二君」
僕と彼女はそうして話し始めた
彼女とは妙に気があった。昔からの知り合いのように学校や友達の事を話した。
「そうだ!」
僕はスケッチブックを持って立ち上がると近くの橋を渡って
川の反対岸に渡った
「どうしたの?」
「ちょっと待ってて」 彼女を制止すると僕は白紙に一言文字を書いてその紙で紙飛行機を作り始める
昔、母さんから聞いたちょっとしたおまじないを思い出したんだ
紙飛行機が完成すると僕は彼女に向かって言った
「昔、ちょっとしたおまじないを聞いた事があるんだ」
「おまじない?」
「そう、紙に今の自分の想いを書いて紙飛行機にして伝えたい相手に向かって飛ばすんだ・・・よっと」
僕はそういうと紙飛行機を彼女に向かって放り投げた
「その紙に書いた想いが強ければ強いほど紙飛行機はまっすぐに飛ぶ、そして」
僕の投げた紙飛行機は川の上を緩やかに飛んでいた。横風が紙飛行機を叩く
それでもまっすぐに彼女に向かって紙飛行機は飛ぶ
彼女は髪の毛をなびかせながら口を開いた
「そして・・その紙飛行機が相手に届けば想いも届き、心と心が通じ合う」
僕の言おうとしていた事を彼女が言い、紙飛行機は彼女の手の中に落ちた
「知ってるの?」
僕は聞いた
彼女はふふっと笑っただけだった
それからどれぐらいの時間がたっただろう
「もう、帰らなくちゃ」
彼女が寂しげに言う
「明日も会える?」
僕が言うと彼女は寂しげな笑顔を浮かべたまま
「私、明日には帰らなきゃいけないの」
彼女はこっちに夏休みを利用して帰ってきているのだと言っていたのを思い出す
「そう・・・」
僕が残念そうに言うと
彼女が何かを思いついたようにパッと笑った。
そして、彼女は白紙のスケッチブックを破って紙飛行機を2つ作った
「来年の今日、またここで会いましょう!今の想いが変わってなければ
 きっと来年も紙飛行機はまっすぐ飛ぶわ」
彼女は紙飛行機のひとつを僕に渡した
「これは約束の印、来年二人一緒に飛ばすの」
「わかった」
そういって僕は彼女と別れた 

次の年の約束の日僕は川の土手で彼女を待った
・・・・でも一日待っても彼女は現れなかった
僕は肩を落として家に帰るしかなかった・・・・ 

僕は失意に打ちひしがれながら家路を歩いていた
そりゃそうさ、1年も前の約束しかもたった一日あった男との約束なんて誰も覚えていないものさ
ドラマや映画じゃないんだコレが現実ってものだろう?
途中葬儀をやっている家の前を通る
はは・・
自嘲気味に笑う
きっと僕もいまここにいる人たちと変わらないぐらい暗い顔をしているのだろう
そう自分でわかっていた
ふとその葬儀に視線を送る、皆が一様に暗い顔をしている
ここにいると気分がさらに落ち込みそうになったので僕はそこを立ち去ろうとした
「・・・良子も喜んでいますわ」
不意に僕の耳にその言葉が滑り込んできた
・・・良子?良子だって!?
僕は思わず中の室内に走り込んだ
驚いたようにこちらを見ている人たちの視線は僕はまったく感じなかった
だってそこには1年前と変わらぬ笑顔を浮かべた彼女の写真があったのだから・・

あれから、何年経っただろう
高校を卒業してこの町を出て行った後も毎年この日になると
僕はスケッチブックを持ってここへ来てしまう
そこまで考えてふと視線を巡らせる
僕の近くには物思いにふけっているような男が空を見上げていた
彼には彼の事情があるんだろうななんてことをつい考えてしまう
そう、僕には僕の事情があるのだから・・
彼女は今でも僕との約束を忘れずに守るためにここにやってくる
そんな気がして仕方が無いのだ
そう、あの時と同じような白いワンピースを着て・・・
その時僕に視界に影が落ちた
「こんなところでなにしてるの?」







「こんなところでなにしてるの?」
一人の女性が空を見上げて座っている男に話し掛ける
「お義兄さんのお墓参り終わったんでしょ?周りに誰もいないこんなとこで
 空なんか見てどうしたの?」
男は女性の方を向いて言う
「信二兄さんが好きだったんだよこの場所」
「お義兄さんが亡くなってもう10年だっけ」
男が小さく頷く
「この川で待ち合わせがあるって出かけていってね・・・
 出会い頭の事故だったらしい、ちょうど葬儀をしていた家の前をふらふら歩いているところをね・・・
本人も事故にあったってわからなかったことが唯一の救いかな」
女性が風でなびいている髪に手ぐしを入れながら聞く
「お義兄さんってどんな人だったの?」
「そうだな、母さんに似たのんびりした人だったよ。ちょっとロマンチストでね」
男はいつもこの川で空の絵を書いていた兄を思い出して苦笑した
「その葬儀をしていた人信二さんの知り合いだったんでしょ?」
「そう、どうもその子が兄さんと待ち合わせしてた人だった見たいでね」
男は懐から紙飛行機を取り出す
「なにそれ?」
「いや、ちょっとね・・・兄さんの遺品さ
」 (兄さんは、きっとあのおまじないの話をしたんだろうな・・・)
男が独りごちる
(あの前日になくなった子も紙飛行機を大切にしてたらしい
 兄さんに彼女の紙飛行機は届きましたか?)
男は紙飛行機をそっと川に向かって飛ばした
「いいの?形見飛ばしちゃって」
「いいさ、あれは俺に向けられたものじゃないしね」
男はすっと立ち上がると紙飛行機を見つめながら呟いた
「兄さんは今、幸せですか?」
別に返事を期待したわけではなかった
ふっと自分のいるすぐ横から懐かしいそう10年ぶりの声が聞こえた
「どうしたの?」
女性が同じように立ち上がって男に聞く
「何かいいことでもあったの?なんか嬉しそうよあなた」
男はうーんと伸びをすると女性の肩を押して歩き始めた
「なんでもないよ。そうだ!裏山に綺麗な森があるんだ、見に行かないか?」
「今から行くの?」
男が頷くと女性は「しょうがないなぁ」といって二人は歩き始めた
二人の後ろには紙飛行機がゆっくりと飛んでいた