What K talked?

 

過去Archives抜粋

 

『脊椎脊髄班の活動状況(平成22年)』

活動状況

大学のスタッフとして、清水克時教授、宮本敬、伏見一成先生,日置暁先生の4人で活動を行わせていただきました。定時枠で行う手術として、各種変性疾患に加え、後彎症、側彎症、腫瘍等に対する約150例の手術を行いました。それに加えて、脊椎脊髄損傷、脊椎炎・腫瘍等による麻痺発症例に対し、高次救命センターへ出向中の平川明弘先生、神田倫秀先生らと協力のうえ、多くの緊急手術と行いました。難易度・リスクの高い例が中心ですが、班内の雰囲気は明るく、前向きです。これも、 “強い心で、めげずに脊椎脊髄疾患に取り組もう!”という清水教授の明快な考え方の影響でしょう。メンバー間の相互信頼・助け合いの絆も強く、種々の重篤な合併症も臆することなく、患者さん方とともに乗り越えることができています。

 

大学病院における手術待ち時間が短くなりました!

痛み・麻痺に苦しむ患者さんを待たせない、というスローガンを実現すべく、一部の侵襲・リスクの少ない症例を関連病院にて、脊椎班OBの先生方のご協力のもと施行させていただいております。大学病院での手術も、1)緊急手術は土曜日・日曜日・夜中であろうと即対応、2)急ぎの症例についても1ヶ月程度の待ちで対応可、という体制ができあがりました。

 

学会・研究会について

清水教授が日本側彎症学会の会長を務められ、盛会に終わりました。岐阜脊椎脊髄疾患懇話会,岐阜脊椎セミナーは従来通り行われています。岐阜脊椎脊髄手術手技研究会も盛りあがっており、身内で症例をディスカッションするだけでなく、国内他施設の講師を招いて客観的な講評をいただき、独りよがりな視点とならないように配慮しております。誰でも参加できますので、どうかご参加ください.

 

脊椎班の研究活動

フルタイム大学院生であった喜久生健太先生、福田章二先生、社会人大学院生の小倉広康先生が学位を取得されました。日置暁先生は同門会アワード(清水賞)を受賞されました。棚橋宏行先生はAPOAのポスターアワードを受賞されました。福田章二先生はAPOAと日本脊椎脊髄病学会の両者からトラベリングフェローシップを受賞されました。新大学院生として、岩田崇裕先生がTLIF術前術後の椎間孔形態3次元解析をテーマとして研究を開始されました。

 

結び

数々の症例をご紹介いただきました関連施設の先生方、そして、術後のリハビリテーションなど、治療連携にご協力をいただきました先生方に厚く御礼申し上げます。

『これまでに出会った人々』

頑張っておられる患者さん

私が治療を担当させていただいた,非常に前向きに頑張っておられる患者様の“独りしゃべり”というブログがあります.すべての人に当てはまるかどうかわかりませんが、私自身、その熱意に大いに励まされておりますので、リンクさせていただきます。

“治療指針を決める際のインフォームドコンセントについて”

“頚椎の手術後経過について”

“脊柱管狭窄症の手術入院から生還”

“頚椎ヘルニアと脊柱管狭窄症の手術体験・入院、手術、費用などの全容とその後の回復状態”

“なんと手術執刀医が、私をリンクに張り付けた”

“腰を手術してから2カ月半、小牧山に登ったぞ〜っ!”

“岐大院外勧誘員になってしまった”

“腰痛から開放されるということの、素晴らしさを実感!”

“脊椎の手術が成功したという、うれしい便りが届いた”

“頚椎と脊椎の手術への不安 及び 脊椎の手術治療の体験、心構え”

静利一郎先生

2007年末に中学・高校時代の柔道部の監督である静利一郎先生の退官記念の集まりがありました.遠方からも含めて多くの柔道部OBが出席し,盛り上がりました.静先生は非常にエネルギッシュな先生であり,学生時代は柔道を通じ,気迫のこもったご指導にて,大いに喝を入れていただきました.柔道のみならずカントリーミュージック分野でのギターも演奏されるなど幅広く活躍され,大人気の名物先生でした.先生の作られた“静心激攻”という言葉がのった柔道部の旗の写真を送っていただきました,“静かな心で激しく責めよ”というメッセージがこめられています.この写真をみると,私自身,静先生からの熱い励ましを今でも受けているようで,非常に元気がでてきます.

Jean-Marc Vital 教授

2000年秋に日仏整形外科学会交換留学生として滞在したフランスで多くの脊椎外科医に出会いましたが,はじめに滞在したBordeauxで最もお世話になったのがJean-Marc Vital教授です.私の師匠の清水克時教授が2007年秋にフランスに出張された際に“Keiは元気か?”と言っておられたようで,非常に懐かしく感じました.Vital教授のラテン系と言いましょうか,明るく親しみやすいキャラクターはBordeaux大学の手術室にもよく浸透しており,お互いを信頼,尊重した非常にいい雰囲気で手術が行われていました.Vital教授は非常にお忙しいなか,教育にも熱心で,いつも私に『Kei! Avec moi!(私と一緒に!)』と手洗いをさせていただき,手術中もわかりやすい言葉で自分の術式のコツや手技の裏付けを教えてくれました.(これについては,脊椎の手術を自分で多く行うようになった現在になって,当時Vital教授が見せてくれた技術の素晴らしさを改めて認識できるようになりました.)私が慣れないフランス語で確認すると,「Absolutement!(いかにも!)」といつもオーバーに相づちをうっていただきました.そしていつも手術が終わると「Tres Bien!(すばらしい!)」と張りのある声で言って握手を求めてきました.やはり,握手,握手のフランスでした.

Serge Nazarian教授

2000年秋に日仏整形外科学会交換留学生として滞在したフランスで出会った脊椎外科医の一人がMarseilleSerge Nazarian教授です.2004年のEurospineという学会で再会を果たしたのですが,ものすごく親しげなスマイルは変わっていませんでした.フランスでは会う人と必ず握手をする習慣がありましたが,同じ日に同じ人と2度握手をすることはあまりしません.ですから,誰と握手をしたか覚えておくことも大事でした.はじめはなかなか覚えることができずに四苦八苦したこともいい思い出です.さて,フランスでの外来診療は患者さんとの握手ではじまり握手で終わりますが,私の目には非常にいい習慣に見えました.特に,Nazarian教授がにっこりと患者さんと握手をする光景は今でも忘れることができません

Howard S. An教授

2003年から3年間留学した米国ラッシュ医科大学の脊椎外科専門のHoward S. An教授からはアメリカでの脊椎疾患の治療について多くのことを学びました.An教授は患者さん・ご家族への疾患・手術についての説明もインターネットを用いて効率的に行っているのが,印象的でした.特定の患者さんだけが閲覧できるようにパスワードを知らせたうえでインターネット上で反復して情報を得ていただき,そのうえで直接面会し,口頭で説明を行うというシステムのようでした.医療を行う側,受ける側の両者にとって時間を効率的に使える,優れたシステムであると思いました.インターネット文化の一般家庭への普及が格段にすすんでいるアメリカならではのシステムであると思いますが,日本でも同様のことが行われるようになるかもしれません.

『脊椎脊髄班の活動状況(平成21年)』

平成21年度脊椎脊髄班の活動状況概略

平成21年度の脊椎脊髄班の活動状況を報告させていただきます。脊椎班では、大学のスタッフとして、清水克時教授、細江英夫先生、宮本敬、伏見一成先生,高澤真先生の5人が主として、あとは若手の先生方も手術に参加していただき、約150例の手術治療を行いました。これまでと同様に,大学病院の定時枠で行う手術としては、頸椎(頸椎症性脊髄症、OPLL, RA,DSA),胸椎(OPLL,OYL)、腰椎(LSCS,不安定症、すべり症)等の変性疾患に加え、側彎症、脊椎脊髄腫瘍等の症例に対する手術治療を行いました。例年のごとく,難易度・リスクの高い手術症例、内科的に重篤な合併症を有する症例、全身(麻酔)管理にリスクを有する症例などが中心となっています.関連病院,あるいは全国の諸施設からのご紹介にて、大学病院としての特性を生かした治療を行わせていただいております。貴重な症例をご紹介いただきました各施設の先生方には心より御礼申し上げます。また、脊椎脊髄損傷によって高次救命センターへの救急搬送される患者さんも増加傾向にあります.これについては,同センターへ出向中の増田剛宏先生,神田倫秀が中心となり,脊椎班メンバーもこれに加わり,緊急手術として対応させていただきました.これについては,昼夜,平日休日を問わず,必要があれば,すみやかに手術治療を行う,という一貫した方針にて対応させていただきました.結果的に,早期に離床が可能であり,周術期合併症も非常に少ないという経過となっております.

岐阜大学医学部附属病院における脊椎脊髄班の手術枠

昨年度の年報にてご報告いたしましたが,脊椎脊髄疾患に対する手術治療の予約についてはシステムが改善されました。岐阜大学医学部附属病院にて,整形外科が確保している手術枠は毎週月曜日午後半枠(12:30-17:00),毎週水曜日全枠(8:30-17:00),隔週金曜日半枠(12:30-17:00)の3つです.単純計算ですと,比較的短い時間で終わる手術であれば,2週間で7件を行うことが可能で,1ヶ月で14件となります.実際には,水曜日には一日がかりの大掛かりな手術症例を行っているのが現状です.前述のシステム改善により,脊椎班として,かなり先の期日までの手術計画をたてることができるようになりました。ただし,脊椎脊髄疾患を有する患者様の多くは症状が強く,長い間手術を待つことが容易ではありません.このような場合,関連病院の先生方のご協力をいただき,大学外施設で手術治療を行わせていただいております.これらの結果,大学病院での脊椎脊髄手術の待ち時間も、以前のように3か月〜半年ということも解消されつつあり,現在では急を要するものでも1〜2カ月待っていただくことによって,なんとか手術対応が可能である,という状況となっています。症状の強い症例,お困りの症例があれば,脊椎脊髄疾患外来にお気軽にご紹介をお願いいたします.

イベント・研究会について

イベント・研究会も多く行われました。WPOAからの交換フェローが岐阜に来られました。詳しくは,今回ホスト役を務められた伏見先生のレポートをご参照ください.岐阜脊椎脊髄疾患懇話会,岐阜脊椎セミナーはこれまでとおり,充実した内容にて行われました.脊椎脊髄手術手技の検討・研鑽の場として,岐阜脊椎脊髄手術手技研究会を立ち上げました.これは手術症例を中心に皆で持ち寄り,じっくりとディスカッションを行おうという主旨の会であり,年に2回,土曜日の午後に開催されています.岐阜地区で脊椎脊髄手術に興味があり,学びたい,と考えておられる先生であれば,誰でも参加できます.

脊椎班の研究活動

なお、脊椎関連の研究を行う大学院の先生方の頑張りにも目を向けていただきたく存じます。喜久生健太先生(フルタイム大学院生)、福田章二先生(フルタイム大学院生)は、清水克時教授の軟骨研究の流れを継いだアプローチを脊椎に応用した研究として、椎間板変性におけるカルパインの役割の解明に奮闘されました。社会人大学院の先生方も頑張りました.日置暁先生(揖斐厚生病院)は荷重時の腰椎の3次元的解析を、長縄敏毅先生(羽島市民病院)は頚椎MRI/CTMの比較検討を行い,それぞれ,SPINEに英文論文がアクセプトされました.岐阜大学医学部大学院の規定により,日置先生,長縄先生ともに,3年間で大学院卒業という栄誉ある結果となりました.日置先生が優秀論文賞として岐阜大学学長より表彰を受けられました.おめでとうございます.さて,まだまだ頑張っておられる先生方もおられます.光石直史先生(羽島市民病院,社会人大学院生)は超音波を用いた頸椎前方・後方除圧術御後の脊髄形態変化を、橋本孝治先生(山内ホスピタル,社会人大学院生)はゴルフスイングが腰椎の3次元解析を、棚橋宏行先生(岐阜県総合医療センター,社会人大学院生)は変性側彎に対するcorrective-TLIF3次元解析をテーマとしており、いずれ国際的な雑誌に発表できる日も近いと思われます。また,平成22年4月からは岩田崇裕先生(社会人大学院生)がcantilever-TLIFの反対側椎間孔の形態変化に関する研究を開始されております.

人事異動

平成21年度末には脊椎班内で大きな人事異動がありました.長い間,脊椎班にご貢献いただきました細江英夫先生が平成22年4月より岐阜県総合医療センターに赴任されました.脊椎脊髄手術センターの立ち上げに加勢されることになります.増田剛宏先生が平成22年4月より羽島市民病院に赴任されました.鈴木直樹先生のもとでの脊椎外科の充実した修行を行っていただき,ますますのスケールアップを期待いたします.高澤真先生は平成22年4月より木澤記念病院に赴任されました.岩田淳先生のもとでの活発な活動を期待いたします.また,平成22年4月より揖斐厚生病院より日置暁先生が大学脊椎班に加わりました.日置暁先生には,大学院にて究められた3次元画像解析をその熱意をもってさらに発展させていただきたいものです.

細江先生をお送りする会を開催

平成22年3月末をもって大学脊椎班から岐阜県総合医療センターに異動されることとなった細江英夫先生をお送りする会を開催させていただきました.平成22年3月25日に未来会館にて,岐阜県脊椎脊髄特別セミナーと銘打って,脊椎手術3000例から得たもの-追想・展望-≠いうタイトルにてご講演を賜りました.我々も,充実した内容の会にしたい,と奮起し,一生懸命に広報活動を行いました.平日というにもかかわらず,多数の先生方のご参加をいただきました.細江先生からは,脊椎手術に関する話題のみならず,医療経済的な側面からみた整形外科医療,倫理観,人の生き方についてのお考えなど,非常にためになる貴重なお話をいただきました.細江先生から教えていただいたことは莫大な量であり,脊椎脊髄疾患に対する考え方,手術手技など,私の臨床家としての基本部分をなすもので非常に大事なものです.これらは岐阜大学脊椎脊髄班の伝統として,後輩に熱意を以って伝えていこうと考えております.

平成22年度への展望

平成22年度からは,清水克時教授,宮本敬,伏見一成先生、日置暁先生,の4人でのスタートとなります.清水教授が国際整形外科基礎学会,日本側彎症学会と2つもの大きな学会を主催され非常にご多忙である,ということもあり,残る3人の頑張りが期待されます.もちろん,清水教授の手術治療も数多く予定されています.幸い,宮本はまだまだ元気いっぱいですし,伏見先生のBritish gentleman顔負けの紳士的なご姿勢,日置先生の若さと熱気,と非常にいいチームワークで臨床活動を継続しております.対応する疾患も,これまで通り,高齢者の脊柱変形,若年者の脊柱変形(乳幼児側彎,思春期側彎)、脊椎脊髄腫瘍等,困難な症例に立ち向かっていきたいと考えております.平均年齢が若くなりましたが,その分,フットワークを存分に生かし,同門の先生方,患者様にお役に立てる医療を目指していきたいと思います.今後とも,よろしくご指導ご鞭撻のほどお願いいたします.

『シカゴ留学便り 2004春』

 

2003年の4月より,米国イリノイ州,シカゴにありますRush University Medical Center整形外科で,Howard S. An先生,舛田浩一先生のご指導のもと,椎間板のbiology, 再生医療に関する勉強をさせていただいております.1年が経ち,ようやく,研究生活にも慣れたところです.素晴らしい環境で存分に研究をやらせていただき,120%満足しております.アメリカ側のスタッフの皆様,そして清水克時教授をはじめとする医局の先生方及び同門の先生方には心より感謝しております.

 

Spine research in Rush

Rushの脊椎外科教授のHoward S. An先生はまだお若いのですが,脊椎外科の臨床と基礎の両分野に長けており,温厚なキャラクターと相まって, spine fellowへの申し込み数が全米で常にトップであるそうです.また,非常に努力家であり,手術の合間にいつもbook chapterを書いておられるほどです.Howard S. An先生の研究体制ですが,大きく分けるとbiologyラボ(チーフ:舛田浩一先生),biomechanicsラボ(チーフ:井上望先生)の2つのラボがあります.前者では椎間板の再生医療を、後者では脊椎のkinematic study、脊椎インプラントのbiomechanicsをテーマとして活発な研究活動が行われています。私は現在,舛田浩一先生のもとで研究活動をさせていただいております.お分かりの通り、日本整形外科学会会員でアメリカで研究者としてsurviveしておられる代表的なお二人がRushに在籍中ということになります。

 

My Boss

舛田浩一先生は知力,体力,気力全てに充実しておられる,非常に面倒見のいい先生です.自分自身も岐阜では,若い先生の仕事を少なからず手伝ったと自負しておりましたが,舛田先生の仕事ぶりをみて,自分に思い上がりがあったと感じました.勉強の仕方,研究のすすめかた,論文の書き方など,すべてを一から勉強させていただいております.舛田先生の率いるbiologyラボには千葉大学(中川晃一先生,北原聡太先生),三重大学(明田浩二先生),東海大学(大熊正彦先生:2004年4月に帰国)、川崎医大(中條武秀先生)からの留学生が来られていますが,皆,明るい活動的な先生方で,大いに刺激を受けております.

 

My research

現在行っている研究ですが,椎間板細胞(豚,牛,ヒトなどいろいろな細胞を使っています。特にヒトの脊椎の供給は頻繁にあり、恵まれた環境にあります)の老化のメカニズム,そして再生させるメカニズムと,相反するテーマに取り組んでおります.研究生活についてですが,まずは“楽しんでいますが、なかなかたいへんです”と報告させていただきます.とにかく,研究室生活そのものがはじめての経験であり,当初はさながら研修医のような毎日でした.ただ,舛田先生の懇切丁寧なご指導,ラボの皆様のご協力もあり,なんとか流れに乗れるようになりました.既に発表したものとしては,3月にサンフランシスコで行われたOrthopedic Research Society (ORS)にて,“Pulsed low intensity ultrasoundの椎間板細胞代謝に与える影響”について口演発表を行う機会を与えられました.アメリカでの整形外科基礎研究ラボの1年単位の目標が“ORSの口演発表にabstractを何本通すか”に集中しますので,栄誉あることと素直に喜びました.もちろんこれは、研究を構想し,予算をとり,指導をしてくださった舛田先生の力によるところが殆どであると認識しております。ただ、抄録締め切りまでの昨年の5月,6月の間はほんとうに“早朝から夜中まで”,“仕事の虫”の状態でした.ORS締め切りの前は全米のラボ,研究者が全力をあげてabstractを仕上げる時期であり,周囲のラボからも感じられたそのパワーに圧倒されました.

 

My family

さて,家族(妻と子供2人)ですが,当初(といっても1ヶ月程度)は戸惑っていましたが,今ではこちらの生活にすっかりと慣れて,毎日をエンジョイしています.皆、父親の私の帰宅がやや遅めであることを除けば満足してくれているようです.住宅も舛田先生が選んでくれた閑静な環境にある快適なもので、今回の留学によって我々のQOLは飛躍的に向上しました。

 

On study abroad

アメリカでの生活ですが,日本にいた時より,いろいろな事を考える時間があります.特に,“医者にとって基礎研究を目的とした留学とは?”についても考えをめぐらすいい機会となりました.自分としては、2年間という期間を、さながら“短期大学にでも通っている”というように感じております。すなわち、“勉強にある程度の身銭を切ることになるが、そうする価値がある環境にいる”という認識です。確かに、軟骨・椎間板のbiologyを勉強することにより、世界が大いに広がりました。基礎研究の難しさ、つらさも大いに実感しました。お恥ずかしい話ですが、これまでに全く理解できなかった基礎研究領域の論文や講演も少しずつ理解できるようになりつつあります。これをとっかかりとして、残された20年以上の整形外科医師生活を少なくとも倍以上に楽しめるようになったと実感しております。

 

How to study abroad?

では、留学の方法論についてですが、清水教授が打ち出しておられる,留学についての教室の指針(参考文献;岐整会年報既刊,巻頭言、清水克時著)がほんとうに素晴らしいということを再認識しております.それを自分なりに解釈すると、何のための留学かを“自分で”考え,“自分で”留学先を決めて,“自分で”応募する.そして, “自分で”先方と交渉をして,時には現地に赴いて“自分の目で”留学先を確かめ,“自分で”将来のボスに会い,“自分で”最後まで責任をもつ.というものです.また,留学のために“自分で”助成金,フェローシップに応募し,費用を捻出するということです.すべてを満たす必要はありませんが、“自発性を基本とする”という我々若手にとって非常に価値のある提言をいただいたのです。これらの実践には、焦らずに日本で臨床家・研究者として、じっくりと根となる部分を形作っておくことが大事だと思います。冒頭に“この留学に120%満足しております”と書きましたが,これらの清水教授の指針に従えば,必ずやいい留学ができると思います.

 

My another aspect of study abroad

私の留学生活ですが,日本から持ってきた仕事や,日本の先生方と共同の進行中の仕事をこなすことにも結構な時間を使っています.これが“海外”留学の本質に反するかどうかは意見の分かれるところでしょう。ただ、要は“今やりたいことを楽しんでやる”という原則にのっとった結果,このようなスタイルになりました.20年前の留学と異なり,現在は電子メールで一瞬にして大量の情報を送受信できる時代です.また,日本との約半日の時間差がメールやり取りをするうえで,なんとも言えない好リズムを生むようです.ささやかながら留守中の医局への貢献になれば,と思っております.

 

Dear Visitors

この1年の間で,岐阜大学整形外科関係者では岐阜から細江英夫先生(World Spine IIに出席),佐々木智宏先生(舛田ラボに1ヶ月間短期留学),金森康夫先生(悠々一人旅),福田章二先生(サンタモニカへの短期留学中に立ち寄り),小川寛泰先生(語学研修旅行)がシカゴを訪れてくれました.非常に嬉しくお迎えさせていただきました。佐々木先生におかれましては岐阜大学整形外科軟骨班の意気をシカゴの地で見せていただき,頼もしく思いました(彼は今でも私の生化学の師であり、いろいろとご指導をうけております).やはり,シカゴはアメリカ3大都市の一つであり,交通の要地でもあるためでしょうか,日本との距離を非常に近く感じます.また、研究仲間である増田剛宏先生がトロントに留学に来られました。近々、我が家のナイアガラの滝ツアーの際にお会いしたいと考えております。

 

Epilogue

現在,岐阜大学医学部・附属病院移転の真っ最中であり,たいへんな時期であると存じております.このような時期に留学させていただくことは,清水教授をはじめ,教室に在職中の先生方,また,関連病院に勤務しておられる先生方のご理解,ご協力があってのこそと,シカゴから心より御礼申し上げます。そして、皆様のご多幸をお祈り申し上げます.自分はアメリカ生活2年目に入りますが,残る1年,研究に頑張るのはもちろんのことですが,“仕事の虫”となるだけでなく,アメリカを大いに味わい,人間的にも成長したいと考えております.引き続き,皆様のご指導ご鞭撻をよろしくお願いいたします.

 

 

『シカゴ留学便り 2005春』

 

みなさま,ご無沙汰しております.清水克時教授をはじめとする岐阜大学整形外科の皆様のご理解及びご協力,そして,シカゴでの舛田浩一先生,Howard AN教授の暖かいご指導のお蔭をもちまして,シカゴでの3回目の春を迎えております.このような貴重な研究留学の機会を与えられたことに心より感謝しております.当初,2年間の留学予定でしたが,現在着手している研究プロジェクトの進行状況より,あと1年の滞在延長をして踏ん張った方が,必ずやいい成果を得ることができ,かつ岐阜大学においても還元し得るものができると考えました.清水克時教授,医局長の細江英夫先生に寛大なるお許しをいただいたことに心より感謝しております.

 

怒涛のように過ぎた2年間でしたが,ようやく自分の生活も落ち着いてきました.もっとも,ラボと家との往復が未だメインである私と比べ,家族はシカゴ郊外での生活をエンジョイしています.息子(10歳),娘(6歳)は日常生活は英語で流暢にこなすようになり,特に娘の発音はアメリカ人のようです.2人とも,国際色豊かな交友関係を築いており,頼もしくさえ感じます.

 

私の在籍するAN・舛田ラボですが,椎間板研究では全米でも有数の巨大グラントを獲得しているラボであり,多くのプロジェクトが行われており毎日が多忙です.朝6時半に家をでて,深夜に帰宅するという,日本で大学勤務をしていた時と同様の毎日ですが,非常に充実しております.私自身の研究ですが,ラボのメインテーマである椎間板の再生治療の流れで研究をすすめております.In vitro研究では,BMP7(OP1)のヒト変性椎間板のマトリックス代謝に与える影響,炎症性サイトカインがヒト椎間板degradationに与えるメカニズムの検討等に取り組んでいます.最近の結果では,ヒトの初期変性椎間板において,BMP7の持つプロテオグライカン,コラーゲン生成促進効果に対する反応性が高く,治療ターゲットとして適していることが明らかとなりました.また,in vivo研究では生化学的な分析手法に加えて,Johns Hopkins大学からRushの整形外科バイオメカニクスラボに移られた井上望先生のご指導のもと,BMP7の椎間板に与える影響に関して,バイオメカニクス的な面からの評価もあわせて行い,多くを学ぶことができました.このように,日本おいてバイオメカニクス研究を主にやっておりました自分にとって,この上もないエキサイティングな毎日を送っております.

 

これらでの各種プロジェクトに及ぶ研究の成果ですが,学会では,昨年に引き今年もOrthopedic Research Societで口演発表に採択されることができました.また,昨年10月のNorth American Spine Society (NASS),今年の5月に開かれますInternational Society for the Study of the Lumbar Spineにおいても口演発表を行うことができました.憧れであった脊椎系の国際学会を存分に経験することができましたが,もちろん,私の実力というよりは舛田先生のお力を最大限にいただいたうえでの結果と理解しています.ただ,学会発表に満足することなく,論文にまとめて成果を発表することを最終目標において,残る留学生活を頑張りたいと思います.また,アメリカで脊椎系の各種学会に参加する機会が増えましたが,自分のなかでは,日本で仕事をしていた時以上に,“日本における脊椎の基礎・臨床研究を世界に向けていかに発信するか,その意義は?”についていろいろと感ずるところがありました.これについては長くなるので,詳細をまたの機会に書かせていただくことにします.

 

2004年度は,清水克時教授,細江英夫先生,飯沼宣樹先生,松本和先生,伏見和成先生がアメリカ出張の折にシカゴにお立ち寄りくださいました.日本,岐阜のいろいろな話を聞くことができました.楽しく,かつ,岐阜大学整形外科医局への帰属意識を再確認させてくれたひと時に感謝しております.また,岐阜大学整形外科でバイオメカ二クス研究をともに行った増田剛宏先生(トロント在住)とは2004年春にナイアガラの滝にて再会を果たすことができました.お互い,出所と言えばバイオメカ班の学内メンバーのコンビであり,かつユニークなキャラクターを持つ者どうし(?)ですが,現在,片や椎間板の生化学(宮本),片やトランスジェニックマウス(増田)という全く違った領域を学んでおり,これも“清水教授率いる岐阜大学整形外科の器の大きさか?”と納得し,大いに盛り上がりました.これら,同門の先生方との再会ですが,私自身,シカゴに渡ってからも,岐阜大学整形外科の先生方とは昼夜問わずひっきりなしに研究・論文に関するメール通信を行っておりますので,毎回,“久しぶり”という感じが全くしないのです.地球も狭くなったものです.なお,昨年度の年報の私の留学報告で,2003年度に寄っていただいた先生のリストに名前を加えるのを忘れていたのが野々村秀彦先生です.申し訳ありませんでした.2003年の秋だったでしょうか,当時,マサチューセッツから帰国の準備中で,大量に余った日本食材を持ってきていただき,助かりました.

 

岐阜大学病院も移転から1年を数え,皆様がすばらしい医療を繰り広げておられると聞いております.また,岐阜大学整形外科の先生方のご活躍はいろいろな経路で伝わってきます.私もそれに刺激をうけ,頑張らねば,と自分にハッパをかけている次第です.医局から皆様のサポートを得て留学させていただいている,という立場を忘れずに一刻も早く研究を仕上げ,岐阜の地に帰ることができるよう,精進を重ねる所存です.今後とも変わらぬご指導ご鞭撻をお願いいたします.

 

また,今回は助手を休職しての留学であり,大学側に籍があります.必要となる種々の事務的手続きに関して,秘書の筒居様,渕上様に心の行き届いた,迅速な対応をいただき,たいへんお世話になっております.心より御礼申し上げます.