Chef de Cuisine
Fujio Saïto
ラ・フィーユ・リリアル:オーナー・シェフ
齋藤 富治夫 サイトウ フジオ
1961年 11月 宮城県仙台市生まれ。 干支:丑 ホロスコープ:いて座
九星占星術:三碧木星 血液型:O 別に占いが趣味ではありません。。。
仙台、我がふるさと
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- ■幼少の頃から。。。
- 姉の美代子の影響で料理に興味を持つ。。。
- なんと!
- 小学生の頃からスポンジやクッキーなどをつまみ食いだけでは飽き足らず、
- 自分からも焼き始めたというマセガキ(?)だった。。。
- その後
小学校では児童会長(過去の栄光)を務め、
- 生涯切っての黄金時代(???)を迎える。
- ■
中学生の反抗期には。。。
- 「こんなもの食えるかぁ〜!!」
- とちゃぶ台こそヒックリ返さなかったが、
- 母親の愛情の篭った料理にソッポを向き、
- 自分の分だけを勝手に作って食べる。。。
- というとんでもない親不孝モノだったらしい。。。
- ■
高校生になると。。。
- 家に遊びにやってきた悪友たちに、
- お・金・を・取・っ・て料理を作って食べさせることもしばしば。。。
- 既にプロの領域(?)に達していた。。。
- (後に「か・な・り・セコかった。。。」と多いに反省)
- ■卒業後。。。
- テレビドラマ『前略おふくろさま』のショーケンに憧れ、
- 大阪の
調理師専門学校へと旅立つ。。。
- ほんとうは『板前』になるつもりだった筈なのだが。。。
- しかし道頓堀の『
かに道楽』でのバイト生活は
- 後の「賄い作り」にとても役立つ有意義なものだった。
- ■調理師専門学校で。。。
- フランス帰りの教授陣に多いに感銘を受けた齋藤は
- 迷わず上京を決心(ショーケンのことなど、すっかり忘却の彼方。。。)。
- 『代官山:小川軒』の門をたたく。
- ■25歳の春。。。
- 遂に渡仏を決心。
- 1987年6月、
- ヴァン・ジョーンヌ(黄色いワイン)で名高いアルボア(Arbois)の
- 『
ジャン・ポール・ジュネ(当時ミシュラン一ツ星、現在二ツ星)』入店。
- お店のレセプションに、
- 鎌田&今井両氏の写真が掛けてあるのにはビックリ仰天!
- 同じ日本人として意味不明(?)な自信を持つこととなる。。。
- ■程なくして。。。
- 寒さの厳しい東北(仙台)で生まれ育った齋藤は
- 当然のごとく世界的避暑地『南仏』に憧れ、
- 8年半に渡る在仏生活に於いての故郷的存在、
- コート・ダジュールの
ビオットの村に南下することになる。
- ■のちに。。。
- この南仏の鷲の巣村を拠点に、
- ニースのジャック・マクシマン氏(入店直後ミシュラン二ツ星獲得)、
- パリの
アラン・パサール氏(入店時ミシュラン二ツ星、翌年三ツ星昇格)
- 等に薫陶を受け、最終的にミシュラン一ツ星店にてシェフを経験。
-
ゴー・エ・ミヨ・ガイドブックに自分の名が載った時には思わず涙が。。。
- ■帰国後。。。
- 麻布十番温泉直営フレンチ『湧AZABU』(退店後半年で閉店)オープンを手掛け、
- 5年間腕を揮った後、
- 2001年7月、東京・目黒駅近くに独立開店。
散々親不孝を重ねた息子は母親の名「ゆり子」を頂戴し、
- 仏語で店名とする。。。
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