■1・桜 ■


「お花見をしよう!」
と英二が突然言い出したのが土曜日の部活後。
「じゃー明日ね」
そうして翌日の日曜日のお花見が決定した。


場所は近くの公園。
桜の木は確か1本しか無かったはずだけど、英二に言わせると1本で十分なのだそうだ。


家に入る前に空を見上げる。
薄暗くなった空は雲もなく星が見えている。
このままでいけば明日も晴れるだろう。


「オレが弁当作るから、大石は飲み物担当ね」
「わかった。何を買っていけばいい?」
「ちっがーう!水筒で持ってくんの!お花見なんだから」
帰りがけの会話を思い出して思わず笑いが込み上げた。
英二の頭の中では花見と遠足が合わさってしまっているようだ。


いつも突拍子の無いことを言い出すけれど、英二が立てる計画はハズレがない。
明日のことを思うとなんだかうきうきと楽しくなってきて。
そういえばこんな気分は子供のときの遠足みたいだ。
なるほど、英二は正しいな、そう思って俺はまた笑った。


                                                           <2004・4・4>


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■2・初恋 ■


授業が終わるチャイムが響いて先生が教室を出て行く。
机の上に伏せた菊丸は教科書をつかんだままで、うーん、と大きく伸びをした。
「まだあげそめし前髪の・・・かぁ」
授業で出された課題は島崎藤村の初恋を読んで簡単な解釈と感想を書くこと。


「綺麗な詩だよね」
伸びた菊丸の手と教科書は前に座る不二まで届く。
不二はその教科書を菊丸の手から取り上げて藤村の詩が載っている箇所を開いた。
「感想っていってもなー。なんかよくわかんないし」
「詩の意味が?」
「っていうか、初恋ってのが」
菊丸がだらんと机に伏せっていた体を起こすと、面白そうな顔で笑っている不二と目が合った。
「英二は初恋まだなの?」
「幼稚園くらいの時に好きなコとかいたけど」
「その初恋じゃ藤村の詩はわからないよね」


「えーと、あとは小学校の時の担任の先生とか同じクラスのコとか・・・・」
菊丸は今までの人生で遭遇した初恋らしきものの中から詩に近いものはないかと考えてみる。
だが、あんなにたくさんいた好きな人は、どれもこれも詩の初恋には当てはまらない。


腕組みをしてうんうん唸っている菊丸を楽しそうに眺めていた不二は、どうせならもう少し話を聞きだしてみたくなって、 さりげなく 「この詩の初恋って切ない感じがするよね」 とヒントを出してみる。
「うん、ドキドキしてハァ・・・溜息みたいな」
「英二はそういうのはないの?」
「ドキドキかぁ・・・・・・。あ!試合のときはドキドキする!あれがまたいいんだよね〜」
「それは初恋と関係ないじゃない」


話が違うところへ飛んでいってしまう菊丸に軽く脱力しつつも、それならと不二は別方向からの軌道修正を試みる。
「いつも一緒にいたいとか、一人でいる時に思わず考えてしまう相手っていうのが恋じゃないかな」
「んー?大石とはいつも一緒にいるなぁ。一緒だと楽しいし。一緒じゃない時は今何してんのかなーって思ったりもするけど」
修正は失敗、思ったような収穫が得られなかった不二は口元に笑みを浮かべて自分の目的を軌道修正する。
「わかった。じゃ英二の初恋の相手は大石。それでいいね。」
「へ?」
「これで感想文が書けるじゃない。よかったね」
「ほぇ?な、なに?大石?へ?」
なぜそういった展開になるのかわからずにアタフタしている菊丸を見て不二は満足げに微笑んだ。


                                                           <2004・4・4>


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夕食後、居間でお茶を飲んでいると、袋を抱えた妹が隣に座った。
お兄ちゃんにもちゃんとあげるからね、と言われて袋を覗き込めば、色とりどりのキラキラした紙やリボン、小さなハート型のチョコ。
そのチョコを数個ずつ丁寧にラッピングし始めるのを見てやっと合点がいく。

そうか、もうすぐバレンタインデーだ。



4・チョコレート ■



正直言ってバレンタインは苦手だ。
毎年2月14日が日曜だったらいいのにと思ってしまう。
・・・日曜だからといって容赦はしてもらえないのだけれど。

家族以外から初めてバレンタインのチョコを貰ったのが中2。
手渡されたチョコレートに感動したのも束の間、すぐにやってきた本題である告白に浮かれていた気分も消沈した。
思いを伝えられれば、それに対する返事はYesであれNoであれしなくてはならない。
中2といえば英二と組んだダブルスがやっと形になってきて、今までよりももっと楽しくなった頃で、まさに頭の中はテニス一色。
そうじゃなくても誰かと付き合うなんて考えた事も無くて、申し訳ないと思いつつも断りの返事をするしかなかった。

それから毎年少なくない数を貰うようになった。
当然それに対する返事も毎回することになる。
すでに英二の事しか考えられなくなっていた俺の返事は毎回Noで。
その度に泣き出されて慌てたり、どうして!と詰め寄られたりと、思い出すだけで胃が痛くなる。
バレンタインがチョコレートを売るための製菓会社の陰謀だと聞いた時には、腹も立ったし恨んだりもしたけれど。

今年は英二と付き合い始めてから初のバレンタイン。
英二が男だってことは重々承知しているけれど、イベント好きな英二のことだから、もしかして、と淡い期待を抱いてしまう。
本音を言えば去年も知らない女の子からチョコレートを貰う度に、これが英二からのチョコだったらなぁ、なんてことを薄情にも考えていた。
以前も今もバレンタインが苦手なことには変わりは無いけれど、チョコレートをくれるのが英二なら話は別だ。

今年のバレンタインは月曜日。前日の日曜日には英二と遊ぶ約束をしている。
俺がチョコレートを欲しいって言ったら、英二はどうするかな。
たぶん驚いて、そして笑うだろうな。
思いっきりからかわれるかもしれない。
・・・でも、最後にはちゃんとくれるんだろうな。

周りからはいつも俺が英二を甘やかしてるみたいに言われるけど、英二だって俺にはずいぶん甘い。
なんだかんだ言ってもちゃんと俺の希望を聞き入れてくれる。
『しょーがないな、大石は』 そう言って。
だから、つい英二には甘えてしまうんだ。

くれないかな。欲しいな、英二からのチョコレート。
ねだってみようか。笑われてもいいから。
俺も英二へのチョコレートを用意して。


                                     <
ジェットコースターバレンタインとの対のお話 2005・2・27>


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■7・携帯電話 ■


眠たい午後の授業をやり過ごして、やっとお待ちかねの放課後、部活タイム。
さっきまでのダルさがすっきりさっぱり吹き飛んだ軽快な足取りで桃城は部室に向かう。
「ちーっす!」
元気よく挨拶をして扉を開ければ、中には副部長の大石ただ1人。
「今日はずいぶん早いな」
大石が愛想のよい笑顔を浮かべて迎え入れてくれるから、
「今週は掃除当番ないんで。早いとこボール打ちたくて飛んできたんスよ」
桃城も自然と笑顔で答える。

この大石という先輩はいつも穏やかで、少しも偉ぶったところがない。
後輩の面倒見はいいし、なにかトラブった時でもまず公平に話を聞こうとしてくれるところが好きだ。
優しいけれど悪いと判断すれば毅然とした態度も取れる。
一見すると真面目で人望がある優等生って感じだが、気まぐれな菊丸をコントロールできたりと奥が深い。
実はとてつもない隠し球を持ってたりする人なんじゃないかと桃城は思っている。

今日の練習メニューを確認している大石になんやかやと話しかけながら、ジャージに袖を通していると、大石が携帯電話を取り出したのが見えた。
メールでも来たのか、ディスプレイを開いて画面に目をやる大石の、手の中の携帯電話はこないだまでのシルバーから黒へと変わっていた。

「あれ?大石先輩、機種変っすか?」
「ん?ああ。昨日の日曜に変えたんだ」
「黒もかっこいいっすねー。ちょっと見せてもらっていっすか?」

いいよ、といって手渡された真新しい携帯電話。
手にしたのは初めてのはずなのにやけに既視感がある。
どっかで、それもつい最近同じのを見たような。
あ。

「これってもしかして、今朝、英二先輩が見せびらかしてたのと同じ機種なんじゃ?」
「そうだよ。色違い」
「あー、やっぱり」

さっすが青学が誇るダブルスの要、ゴールデンペア。携帯までお揃いかぁ。
部活以外でもこの2人はしょっちゅうつるんでるみたいだし、やっぱこうじゃないと、あの息の合ったプレイは出てこねぇよなぁ、うんうん。
などと1人納得しながら携帯電話のディスプレイを開いた、その瞬間。
桃城の口はあんぐりと地面に届きそうな程に開いてしまった。

携帯の待ち受け画面には満面の笑顔でピースサインをしている菊丸と小さな女の子。

「どうした?桃」

いつも変わらない爽やかな大石が、言葉にならずにパクパクと口だけ動かしている桃城の手元を覗き込む。

「ああ、それか。英二と俺の妹だよ。よく撮れてるだろ?」

いやーホントいい写真っスねーって、そーじゃねぇだろっ!
桃城の心の中でノリツッコミが炸裂する。
落ち着けよ、桃城武。これはきっと大石先輩のジョークに違いねぇ。
ウケ狙いでもなきゃこんなことするわけねぇよ、な。
ってことで、ここはとりあえず笑っとくか。

「あー、あはは」
「校内で開いたらいけないってわかってるんだけど、つい見ちゃうんだよな」

桃城の手から携帯電話を取り戻し、大石は待ち受け画面を幸せそうに見つめる。

ま・・・まじだ!この人マジだよ。ジョークなんかじゃねぇよ!
桃城は激しく混乱する。

待ってくださいよ、大石先輩。
なんで待ち受けに英二先輩っすか?そりゃ仲いいのは知ってますよ、だからって。
妹だけならまだわかりますよ。
あ?いや、それも違うよな、違うだろ。
とにかく、なんか色々間違ってますって。気づいてくださいよ、大石先輩!

この心の叫びを伝えたい、桃城はなかば懇願するように大石を見るけれど。

「なんかさ、こうやって2人が笑ってる写真見てると、疲れも吹き飛ぶっていうか、元気になるんだよな」

普段はすっきりと凛々しい顔を幸せそうに緩ませてる姿に桃城は眩暈を覚える。
元気になるんだよな、じゃないっスよ・・・・。
それじゃまるで愛するカミさんと子供の為に今日も頑張ってお仕事してるパパっすよ・・・?

桃城の脳内に幸せな大石一家の風景が浮かび上がる。
ひらひらの白いエプロン姿の菊丸がこれから出勤しようとしている大石を玄関でお見送りしている。
そこへ走ってくる愛娘。
「ぱぱー、今日は早く帰ってくる?」
「ああ、まっすぐ帰ってくるよ」
「約束だぞ、大石。寄り道なんかしたら承知しないかんな」
「しないよ。英二が待っててくれるから」
爽やかな笑顔を浮かべたまま愛妻を抱き寄せて頬にキスする大石。
「ずるーい、ぱぱ。あたしもー」
「ははは。はい、ちゅー」

ちゅー、じゃねぇよ、ちゅーじゃ・・・。
思いっきり頭を振って幸せ家族を脳内から追い出しにかかる。
あんまり強く頭を振ったせいで目まで回ってしまい、ヨロヨロと座り込んだ桃城に慌てた大石が駆け寄った。

「どうしたんだ、桃!」

深い。奥が深すぎます、大石先輩。
若輩桃城にはとてもついていけないっス。

「大丈夫か?どこか具合でも悪いのか?」
「は・・・ははは」

心配そうに顔を覗き込む大石に、桃城は力ない笑顔を浮かべるしかなかった。


                                                          <2004・7・24>


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■8・傘 ■


6時間目が始まった頃はまだ青空だった。
なのにいつの間にか吹き始めた強い風が雨雲を呼んで、6時間目が終了した時には青空はどこへやら。
今は真っ黒な雲が空を覆いつくしている。

これは降るな。確実に。
大石は教室の窓から空を見上げた。

放課後の部活は中止と決定した。
部員数の多いテニス部は室内での筋トレすら場所の確保が難しい。
手塚と相談した後で中止連絡を各学年にして、帰る頃には完全にどしゃぶりの雨となっていた。

今朝の天気予報では降水確率は10%。
ほとんど降らないと言っているようなものだったから、傘を持ってこなかった。
普段は天気予報に関係なく、カバンには折畳みの傘を入れてあるのだけれど。

暗い空、叩きつけるような雨と強風。
走って帰ろうが歩いて帰ろうがずぶ濡れ必至。
30分か1時間くらい待っていれば止みそうな感じはする、が。
そこまで待っていて止まなかったら、と思うと判断が鈍る。

さて、どうするか。
昇降口で空を睨んだまま考え込んでいると、後ろからポン!と肩を叩かれた。
振り向くと満面の笑みを浮かべた英二が立っている。

「英二!まだ帰ってなかったのか?」
「大石を待ってたんだよ。ね、傘は?」
「ごめん、英二。今日は持ってないんだ」

英二は降水確率が50%であっても、朝から降っていない限りめったに傘を持ってこない。
必然的に俺が傘に入れてやって帰ることになるのだけれど、今日はそれも出来ない。
今更ながら傘を持ってこなかったことが悔やまれる。
英二は先週引いた風邪がやっとよくなりかけたところなのに。
どうにかして英二だけでも雨に濡らさずに帰る方法はないだろうか。

「大石ー?もしもーし、聞いてるかー?おーい」

帰る方法を思案するのに集中してしまって、英二の話が聞こえていなかった。
英二はおどけた顔で俺の顔の前で手を振ってみせる。

「あ、ごめん」
「もー、ひとりで脳内旅行すんなー。ほら、傘」
「あれ?英二、傘持ってきてたのか?」
「へへーん、どうだ!ね、ね、オレってすごくない?」

予知能力だの天才だのとはしゃいでいる英二を横目に、渡された折畳み傘を手にとってしげしげと眺める。
なんかこれ、すごく見覚えがあるような。

「英二、もしかしてこれ、俺の傘じゃないか?」
「そだよん。こないだ借りたやつ返そうと思ってさ、今日持って来てたんだよね。そしたら雨!すっごいタイミングだよね!!」

タイミングもなにも、この傘を英二に貸したのはもう10日も前だ。
貸した翌日にでも返してもらっていれば、今日も当然俺のカバンに入っているはずで。
つまり俺は帰る方法について悩む必要もなかったってことなんだけど。

「今日なんてさ、朝から天気よかったし、まさか雨降るなんて思わないじゃん?」

苦笑いする俺にかまわず、英二は上機嫌だ。
いつもなら雨が降ると、部活が出来ないー!って怒り出すくせに。
たまたま返す予定で持ってきた傘に、合わせるように降りだした雨の偶然がよほど嬉しかったらしい。
俺としても傘が確保できたことだし、ここは素直に喜んでおこう。

「助かったよ、ありがとう」
「もともとは大石の傘だけどね」
「ところで英二、自分の傘は持ってきたのか?」
「だーかーら。雨降るなんて思ってなかった、って言ったじゃん。持ってくるわけないっつうの」
「それじゃ家まで送っていくよ」

まだ雨の勢いは衰えないけれど、これで少しは濡れずに帰らせることが出来る。
英二が傘を持ってくるのが明日じゃなくて本当によかった。
隣を鼻歌混じりで歩いている英二を見ながら、大石は心底偶然に感謝した。


                                                          <2004・6・13>



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