■22・マフラー ■


3月も半ばになってくると暖かい日が続く。
自然とコートを着ない日が多くなり、マフラーにいたっては3月始め頃から、ほとんど部屋に置きっぱなしにされている状態だ。
大石のマフラーに関して言えば。


大石は隣を鼻歌まじりで歩いている菊丸の首にしっかりと巻かれているマフラーに目をやった。
明るいオレンジ色のマフラー。
今日はかなり気温が高かった。
部活後の、ほとんど夜といえるこの時間帯でさえ、歩いているとうっすら汗をかく程度には。


「英二、それ暑くないのか?」
「ん?なに?」


わずか4cmの身長差。
見上げるでもなく気持ち上向き加減で顔だけ振り向く菊丸のマフラーを大石は軽く引いた。
菊丸は大石の指に目を落とし、続けて自分のマフラーに目を落とす。


「まぁ暑いっちゃ暑いんだけど」
指先で鮮やかなオレンジ色を弄びながら菊丸はまた視線を大石に戻した。
「でも、もっと暑くなったら使えなくなるじゃん?だからもう少しがんばろっかなーって思ってさ」
言葉の仕上げにマフラーの端っこを大石の顔にベチッと当てて菊丸は笑う。


「暑いのに無理してがんばらなくても」
「いーの!気に入ってんだから!4月になるまでは毎日巻くのが目標ー!」
「なんだそりゃ」
笑いながら菊丸はマフラー攻撃を再びしかけてくる。
二度目はさすがにかわした大石は菊丸の首から半分ほどけかけているマフラーを直してやりながら、
「まぁ、そこまで気に入ってもらえたっていうのは嬉しいんだけど」 と笑った。
「そうそう、すっごく大事にするから、今年の誕生日もヨロシク〜」


まだ半年以上も先の誕生日プレゼントをねだってくる菊丸の頭を軽く小突きながらも、 頭の中で何にしようかあれこれ考えている自分に気がついて大石は苦笑した。


                                                           <2004・4・4>


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■63・夕焼け ■


本のページの色が少しだけ赤みを帯びたことに気づいて顔を上げる。
窓の外はすっかり夕焼けで赤く染まっている。
本を読むことに熱中してかなり時間が経ってしまったようだ。
ベッドで眠ってしまっている英二をそろそろ起こしてやらないと。

背もたれにしていたベッドから体を起こし、大石は頭だけ振り向いて眠る英二を見た。
持っていた文庫本が手を離れて、小さな音を立てて床に落ちる。

夕焼けに染まる部屋。
ベッドも、そこで眠る英二も燃えるような赤に包まれて。

見慣れているはずのその姿に鼓動が大きく跳ねた。

寝乱れた髪の隙間からのぞく首筋。
Tシャツの袖から見えるしなやかな腕。
ハーフパンツから伸びる素足。
無防備な姿が赤い夕日をまとって。

またひとつ鼓動が跳ねる。
食い入るように英二を凝視してしまっている自分に混乱する。
心のどこかで己を強く諌める声が聞こえるけれど視線をはがすことができない。
部屋を侵食している夕焼けが体の中まで入り込んで
霞がかかったような頭はどこか麻痺してしまっているみたいだ。

うっすらと汗を浮かべた横顔。
静かな寝息を立てる少し開いた唇。
ほんのりと赤みを帯びた唇。
誘いかけるような。

引き寄せられるように手を伸ばす。

かすかな戸惑いが指先の行方をそらして
たどりついたのは、光をはじく柔らかな髪。

鼓動の音がうるさい。

わずかに震える指で柔らかな髪に触れる。
指の隙間からさらさらと零れ落ちる光。
視線は英二の唇から離せないまま何度となく髪を梳く。

触れたい。

俺はなにをしている?

触れたい。

抗えぬ欲求に指が頬をすべる。
と、それまで薄く開いていた唇がゆっくりと動いて、音の無い言葉を紡いだ。

それは確かに『おおいし』と。

緊張で思考も体も固まる。
けれど、そのまま瞼が上がる気配はない。
少しずつ緊張を解いていくのと同時に、体の熱も静かに引いていく。
さっきまでの憑かれたような熱さは跡形もなく消えた。


すでに空には濃紺の帳が降りていた。
灯りのない部屋の中も薄暗い夜の気配に染まり始めている。
目の前にはいつもの見慣れた姿。
なにも知らずに幸せそうな笑みを浮かべたまま眠っている英二。
頬に触れたままになっていた手で、顔にかかっている髪をはらってやりながら
なぜか涙がこぼれてくるのを大石は抑えることができなかった。


                                                          <2004・6・28>


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■72・太陽 (月の体温/英二編) ■


熱い。
ジリジリと焼かれていくみたいだ。
触れられた部分が焦げているんじゃないかとボンヤリした視界の中へ腕を持ち上げてみる。
あれ?おかしいな。なんともなってない。
火傷しそうなほど熱かったのに。

熱い、熱い。
体中の細胞のひとつひとつが熱さに耐え切れずに溶け出してる。
全部溶けて、足なのか頭なのか腕なのか何もわからなくなって。
大石とオレの境界線も無くなって交じり合っていく。
こんなに混ざったら戻れなくなる。離れられなくなる。

熱い。
オレを焼くのは大石が持ってる火だ。
その火をつけたのはオレ。
オレの熱で大石が溶けていく。大石の熱でオレが溶けるみたいに。

熱さに喘ぐ。
煮えたぎった血が体を巡るから頭も沸騰する。
熱い熱い熱い熱い熱い、大石!!


「ほら、着いたぞ。いつまで寝てんだ、英二!」


頭にバチコン!と衝撃を受けて目が覚めた。
なんだ?と辺りを見回せば呆れ顔のにーちゃんが車から降りようとしてるとこだった。
車?あ、そうだ。朝イチで出掛けてたんだ。
昨日は夜中まで大石とメールしてたから思いっきり寝不足で、車に乗るなり爆睡しちゃったらしい。

車の窓から差し込む日がオレの顔と左腕をジリジリさせてる。
すっげーいい天気。なんかもう夏みたいに暑い。
こんなに暑いから思い出しちゃったんだな、って一昨日のことだから思い出すもなにもってカンジだけど。
いろんな意味で衝撃だった夜。オレの人生始まって以来最大のイベント。
きっと一生忘れない、大石の熱さ。

体を傾けて右腕も陽にさらす。だんだんと熱くなっていく感触。
こんなもんじゃない。大石はもっと凄かった。
目を閉じてあの晩の大石の熱を追う。
2日経った今だって簡単に見つけ出せる。
オレの中に残る大石のかけらはまだ燃えたままだ。

あの時、オレ達はホントに溶けちゃったんだ。
溶けて混ざってひとつになって、その後でまた分離してオレと大石に戻った。
でも分離する時にオレのかけらがちょこっと大石のところへ行っちゃって、代わりに大石のかけらがオレに残った。
・・・って大石に言ってみたら笑ってたっけ。


「こら、降りろ、英二!」


うっるさいなー。ちょっとぐらい浸ってたっていいじゃん。
あーあ、ホントなら今頃は大石とまったりしてるはずだったのにな。
ぶつくさ言いながら車を降りたら、またにーちゃんに頭をはたかれた。
どーしてうちの連中はすぐに手が出るんだろ。オレも出るけど。

外に出て大きく伸びをする。
頭の上で太陽がジリジリしてる。
こんなふうに焦がしそうな目で大石はいつもオレを見てた。
大石は隠してたつもりかもしんないけど、気がつくっつーの。
・・・わからないわけないじゃん。オレも同じだったんだから。

欲しい気持ちと躊躇する気持ちがずっとオレの中でせめぎ合ってた。
いろんな事がごちゃ混ぜになった不安に足踏みして、あれこれ理由をつけて逃げた。
逃げてばっかりいたら欲しい物なんか手に入らないのに。

『欲しいなら欲しいって言えよ』
あれは大石じゃなくてオレ自身に言った言葉だ。
大石もオレと同じってわかって、でもギリギリでまだためらう自分へ。
欲しいなら手を伸ばさなきゃダメだ。ボケっと見てたら無くなっちゃうんだ、って。
・・・開き直ったってのもあるけど見事成就したんだし結果オーライだ。

もう1回大きく伸びをしてついでに深呼吸もしてみた。
空を見上げれば眩しい太陽が元気一杯ではりきってる。
でもさ、どんなに頑張ったって大石にはかなわないよ。
残念無念また来週。
オレの大石は太陽より熱い。


                                                          <2005・5・15>


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■76 危険信号 ■



練習終了後、後片付けや備品のチェックをして部室へ戻る。
ドアを開けようとして、中から聞こえてきた大歓声に思わず手を引っ込めてしまった。
やけに騒がしいけれど口笛やかけ声といった雰囲気はケンカしてるわけでもなさそうだ。
一体なにをやってるんだろう?

ドアを開ける。そこに見えた光景は。

部室の奥に移動した机、その周りに集まってる部員。むわっとする異様な熱気。
みんなの視線の先をたどれば、そこにいるのは机の上で踊っている英二。
その英二がデタラメなリズムを口ずさみながら、ボタンを外したシャツをちらりちらりとめくって。
後ろ向きになったかと思えば、肩からするりとシャツを落として見せた。
とたんに湧き上がる興奮した大歓声。

「なっ・・・なにやってるんだっ、英二!!」

一瞬、見入ってしまい、我に返って慌てて部員を掻き分けて、机の上の英二まで辿り着く。
妖しげなポーズを取りながら踊る英二の腕を掴んだ。

「お客さ〜ん、踊り子さんはお触り禁止ですよ〜ん」
「馬鹿なことやってないで降りろ!」
「えー、これからが見せ場なのにぃ」
「駄目だ!ほら、みんなも着替えたらさっさと帰るんだ!」

英二を机から降ろして辺りを見回してやれば、水を差された部員達がばつの悪そうな顔で目をそらす。
申し訳程度にお疲れ様でしたーと頭を下げながら、そそくさとみんな部室を出て行った。
最後の部員が帰るのを見送ってから部室のドアを閉める。
残るはおかしそうに笑ってる騒ぎの元凶の英二と俺だけ。

「まったく、なんだってあんな・・・」
「昨日にーちゃんが友達に借りてきたAVがストリップ物でさー」
「ス・・ストリ・・・!!」
「で、その話をしてるうちに、実演して見せてやろう!ってことになって」

楽しそうな英二に反省の色はない。
はぁー・・・と腹の底から溜息が出た。
そのまま脱力してベンチに座る。
いや、脱力してる場合じゃない。ああいうことはしないように英二にきっちり言い聞かせないと。

「英二、部室でこんなこと・・・」
「あ、そうだ。大石、これからうちおいでよ」
「は?」
「そのAV、まだうちにあるからさ。大石も見・た・い・だろー?」
「い・・いや、俺は・・・」
「遠慮すんなって。大石だって青少年だもんなー」

大石が見たなんてバラさないからさー?なんて、悪戯な笑みを浮かべて顔を寄せてくる英二の、シャツのボタンは全開。
英二が身動きする度にはだけるシャツからちらちらと肌がのぞく。
頭の中チカチカと点滅する危険信号、巻戻されるさっきの光景。
肩から落ちるシャツ、あらわになる肌。英二のストリップ。
かーっと顔に血が上る。

「お、赤くなった。もしかして、すでに想像開始しちゃった?」
「・・・い、いや、これは、その・・・」
「いーって、いーって。んじゃおれんちに来ること決定〜!」

英二は勘違いしてる。けれど、それを勘違いだと言えばなにを想像したのかきっと問い詰められる。
なにをどう弁解すればいいか考えつかない。でもこのままだと英二にAVを見せられる。
AVに興味がないわけじゃないけど、いま見たら頭の中でとんでもない変換が・・・。

言い訳も弁解も逃げ口上も思いつけなかった俺は、結局英二に連行されてしまった。
不幸中の幸いといえば、家にいたお姉さんの猛反発を受けてAV鑑賞会はお流れになったことだ。
だけどそれから家に帰っても、俺の頭の中では英二のストリップが繰り広げられてたなんて誰にも言えない・・・。


                                                          <2005・6・16>



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