ハル ノ アラシ
大石に彼女ができたのは3月も終わりの頃だった。
3年の先輩に無理矢理連れて行かれた他校生徒の交流会という名目のノンアルコールな合コンで、帰ってきて時にはめでたくカップル誕生してたという訳だ。
相手の子も友達に無理矢理誘われて来ていた子で、同じ立場同士気が合って話していたらいつの間にかそういうことになっていたんだそうだ。
大石からその話を、頭に来ることに照れくさそうに聞かされた時は、ショックを通り越してオレは馬鹿みたいにハイになってしまった。
やーおめでとう大石くん、まさか大石に彼女ができるなんてね、ちくしょー先越されたなー
今思い出しても自分が馬鹿過ぎて笑える。
大石を散々からかっていつもどおりに家に帰ってもオレはおかしいままだった。
大五郎を小突きまわし、大笑いし、部屋で踊り狂い、何事かと駆け込んで来た姉ちゃんに気味の悪いものでも見るような目で見られた。
大き過ぎたショックのせいでオレは頭がおかしくなったらしい。
騒いで暴れてへとへとに疲れきって制服のままベッドに上がり込んだ。
寝ころんだベッドですぐ目の前の天井を眺めながら、オレは糸が切れたみたいに脱力する。
お風呂もご飯もどうでもいい、もうなんにもしたくなかった。
大石に彼女ができるなんて考えたことなかった。
普通に考えれば充分ありえる話だっていうのに、だ。
大石は頭もいいし、顔だってまぁ2枚目だ。
おまけに世話焼きで優しいし、文句のつけようなんかない・・・ことはないか。それは言い過ぎか。
バレンタインだってオレの方が数は多いけど、本命チョコに限定すれば大石の方が多かったんだよな。
それでもこうして現実になるまでは、意味もなく大石に彼女ができることはないと思い込んでたオレはおめでたい奴なのかもしれない。
いつも大石の隣にいるのはオレ、いつまでも。
そう思っていたかった。
オレは大石が好きだから。
そうか、大石に彼女ができたか。
今度紹介するよ、なんてにやけやがって馬鹿野郎、鼻の下が伸びてるっつーの。
そっか、そうなんだ。
オレは告白する前に失恋が確定しちゃったわけだ。
まぁ、告白なんてするつもりはなかったけど。
…あーあ。
どうしよう、オレ。
**
英二の様子がおかしい。
なんというか、避けられているような気がする。
「英二、今度の土曜なんだけど、」
「あ、ごめん!オレ、予定入っちゃって」
「えっ、先月からの約束だっただろ?」
「それがさ、どうしてもって友達に拝み倒されちゃってさぁ」
両手を顔の前で合わせごめん!なんて謝られたらどうすることもできない。
「仕方ないな、それじゃいつにするか」
「後でメールする」
「わかった」
その場はそれで終わったけれど、結局英二からメールは来なかった。
こんなことが何度も続く。
最近は学校の廊下ですら滅多に姿を見かけなくなった。
同じ廊下の並びに教室があるというのに。
いくら俺が鈍感だといってもこれがおかしいことだというくらいはわかる。
英二に避けられるようなことを何かしただろうか。
何が原因なのか考えて1つだけ、もしかしたらと思うことがあった。
俺にその、つまり彼女と呼べる人ができたことだ。
英二が俺を避け出した時期とも一致する。
だけどなぜなのかそれがわからない。
先を越されたなんて悔しがってはいたものの、そんなことで英二が俺を嫌うはずはない。
中学の時から数えてもう5年になる付き合いなんだ。
英二のことはよく知ってるつもりだ。
原因がわからないから対処のしようがない。
話をしたくても英二が捕まらない。
電話をしてもメールをしても音沙汰なし。
部活には出てくるけど、他の仲間たちといつも大勢で一緒にいて、とても真面目な話を切り出す雰囲気じゃない。
携帯が鳴る。
英二かと思って慌てて見てみれば彼女からのメールだ。
彼女のメールにはいつも他愛のない世間話が書き連ねてある。
まともに読む気にはなれなかったけど放って置くわけにもいかず、どうにか2行程のおざなりな言葉を捻り出して返信した。
溜め息が出た。
胃も痛い。
**
今日って大石の誕生日だ。
きっと彼女と過ごすんだろうな。
デートの約束とかとっくにしてるよな。
去年までは大石のとこに泊まったりして、2人でささやかに祝ってたりしたのに。
コンビニでちっちゃいケーキ買ってさ、大石は甘いのあんまり得意じゃないから、オレがほとんど食べちゃったりして。
…楽しかったなぁ。
しばらくまともに大石と話してないなぁ・・・。
大ゲンカしてもすぐに仲直りしてたから、こんなに離れてたことってない。
オレが避けてるから大石が気にしているのは知ってる。
でも嫌がらせとかじゃなくて、ただ今のオレには時間が必要なだけなんだ。
恋愛側に傾いてる大石への気持ちを友達の部分まで引き戻す。
それにはちょっと距離を置いた方がいいと思った。
顔を見たり話したりすれば性懲りもなくオレの心は大石を好きだと感じてしまう。
こういうのは時が解決するって言うし、そのうちオレも大石のことをただの友達だって思えるはずだ。
うだうだ考えてたら廊下の向こうに大石の姿が見えて、オレは慌てて回れ右で逃げる。
しまった、大石のクラスは移動教室だった。
大丈夫かな、大石は気付かなかったかな。
あからさまに逃げられたら大石もやっぱ傷つくだろうし、できれば自然に距離を取りたい。
・・・すでにすっごい不自然だっていうのはわかってるけど。
「英二!」
「うえっ?!」
回れ右して大石とは逆方向に逃げてきたはずなのになんで目の前にいるんだ?!
「あー、大石、久しぶり!じゃ!」
「待てよ、英二!逃げるな!」
がっちりと腕を掴まれた。
んーもう、大石のバカ!
オレの努力をちっとはわかれ!
なんでほっといてくれないんだよーっ・・・!
**
やっとのことで英二を捕まえた。
学校で捕まえられなかったら家まで押し掛けるつもりだった。
じたばたしていた英二も観念したのかおとなしくなった。
予鈴が鳴る。
「鐘、鳴ったけど」
「屋上へ行こうか」
「って、サボり?!大石が?!」
「今は授業よりこっちが大事」
大きな眼をさらに見開いて英二が俺を凝視する。
その腕を引いて屋上への階段を登った。
外はいい天気だった。
校庭の桜はもう散ってしまって鮮やかな緑が陽に照らされている。
春の柔らかな風が気持ちよくて深く息を吸った。
「で?授業さぼってまでなに」
英二が切り出す。
言いたいことや聞きたいことはたくさんあったはずなのに、なぜか英二の顔を見たらそんなことはどうでもよくなってしまった。
あるべきものがあるべき所に収まった、そんな安心感。
英二が傍にいてくれる、それがどれだけ俺にとって大事なのか改めて知った。
ほら、胃の痛みも治まってる。
「む。黙って笑ってないでなんとか言え!でないとオレ教室に戻るぞ」
「振られた」
「はぁ?」
「今朝、彼女からメールが来たんだ。もう終わりにしようって」
「ちょ、待て!今朝って!なんで朝っぱらからそんな不吉なメールを!」
信じられないと大きく顔に書いた英二は自分のことのように憤慨してる。
いいんだ、そんなに怒らなくて。
実は、そのメールを見て、かなりほっとしたんだ。
これで1日に何度もお愛想みたいなメールを返信しなくて済むって。
ついていけないテレビやクラスメートの話題で埋め尽くされた電話で、冷や汗をかきながら相槌を打たなくても済むって。
彼女はいい子だったから、俺みたいな不誠実な奴じゃなくて、もっと一緒に楽しくなれる人と付き合ったほうがいい。
「それにしても誕生日に振られるって、そりゃないんじゃないの」
「しょうがないよ、彼女は俺の誕生日を知らないから」
「教えてないの!?」
「会ったのは最初の1回だけだし、あとは電話やメールだけだったし」
「・・・それ、付き合ってるって言う?」
英二の言葉はもっともだ。
俺も彼女もあの場の雰囲気でそんな気分になってしまったんだろう。
だから2人で話してても一度も 『会おうか』 という言葉は出なかった。
「なぁ、英二。このままさぼってどこかへ出かけないか?」
「え!?だって、部活は?」
まだ2時間ある授業は?じゃなくて、部活は?なところが英二らしい。
テニスは好きだし部活は大事だけど、今日だけは英二といることを優先したい。
こんなふうに話すのも久しぶりだから。
「1日くらいいいだろ?俺の誕生日なんだし」
「
もしかして、オレが誕生日デートの穴埋めすんの?」
「それもいいな。俺が振られた責任の半分は英二にあるんだから」
「えっ・・・」
途端に英二が困ったような顔をした。
どうしてかはわからないけど、やっぱり英二が俺を避けてたのは彼女が原因だったらしい。
でも理由なんてもうどうでもいいんだ。
英二はちゃんと隣にいて、逃げずにこうして俺と話をしてくれる。
「それじゃ、先生にみつからないうちに抜け出そう」
「マジでやんの?ホントに本気?」
「マジです」
行こう、と英二の手を取る。
はぁーと大げさな溜息をついた英二が、髪が乱れるのも構わず動物が水切りするみたいに大きく頭を振った。
うつむいていた顔を上げてニッと笑う。
「しょーがない、傷心の大石くんに付き合ってやるよん」
握った手に力が籠る。
良かった、英二が俺の隣に戻って来た。
→end
(09・04・30)