On the Sea / 海に咲く夢・番外編
朝食を終えた英二は宰相の執務室へ向かう。
扉をノックし部屋へ入ると、すでに仕事を始めている柳が顔を上げた。
「おはよ、柳。今日のオレの仕事は?」
「今日は黒羽を手伝って新兵の訓練をして欲しい。夏に加わった兵たちもそろそろ様になってきた頃だろう。古参の兵たちと試合をさせてもいいかもしれない」
「了解ー。そんじゃ1日練兵所だね」
頷いた柳はもう次の書類に目を落としている。
宰相の仕事は尽きること無く、柳は大石の補佐をしながら息付く間も無い。
「そんじゃ行ってきまーす!柳もちゃんとご飯食べて、時々は休憩するんだぞー」
「了解した」
再び顔を上げた柳が笑う。
それに笑みを返して英二は宰相の執務室を出た。
英二は中庭に出て練兵場へ向かう。
青の国が復興してから1年余り、それは英二が青の国で暮らすようになってからの年月でもある。
王である大石、宰相の柳、近衛兵と国営守備軍の両方の隊長を兼ねる黒羽、仁王、慈郎、みなそれぞれの役割を持ち、毎日忙しく暮らしている。
特定の肩書を持たない英二は柳の直属の部下のような扱いで、今日のように黒羽の補佐で新兵訓練を手伝ったり、青の国の使者として西国へ行ったりと日によって仕事の内容は様々だ。
柳の指示は絶妙で、決して無理な仕事はさせないが、楽な仕事もさせない。
1日が終わる頃には英二もへとへとになっている。
だが、他のみんなも同様に働いているし、夕食はどれだけ忙しくても必ず大石と取る約束をしているから不満は無い。
むしろ毎日充実していて楽しいくらいだった。
練兵場に着くと新兵たちがやる気に満ちた顔ですでに整列している。
英二はざっと辺りを見回して黒羽も仁王もまだ出てきていないのを確認すると、すぐ脇にある隊長用の休憩室へと入って行った。
「おー、王子。ちょうどいい所に来たな」
まさに今出ようとしていた黒羽と扉の所で鉢合わせる。
「おはよ、黒羽。柳に今日は黒羽を手伝ってこいって言われた」
「それじゃ早速だがひとつ頼まれてくれ。実はまた、仁王の奴が逃げた」
「えーっ、またぁ?!しょうがないなー、もう。じゃ、オレの仕事は、まず仁王を連れ戻してくるトコからか」
「悪りぃな、頼む。俺はヒヨコたちの面倒を見なきゃなんねぇからな」
「わかった。すぐ捕まえて来るから」
苦笑いしながら片手で謝るポーズを見せた黒羽に笑って、英二は来たばかりの練兵場を走り出る。
仁王が仕事をさぼるのはいつものことだ。
その度に英二は柳や黒羽に頼まれて探しに出かける。
おかげで居場所もいくつか心当たりができた。
仁王がいるのは海が見える所か、人のあまりいない広々とした場所。
最近だと港か、鉱山へ続く道の途中にある何も無い原っぱで見つかることが多い。
まずは港へ行こうと英二は城の門を抜けた。
いつも活気に溢れている港に辿り着くと、英二はすぐに仁王を見つけた。
停泊している漁船の淵に座り、見知らぬ青年と何か話している。
「こらーっ、仁王!」
声を上げながら駆け寄ると、振り向いた仁王が笑って手招いた。
「これから釣りしに行くんじゃけど、お前さんも行かんか?」
「釣りじゃなーいっ!もう、いっつもサボってばっかで、んん?釣り?」
「こいつは佐伯ちゅうて城に出入りしとる漁師の息子でな、・・・とっておきの穴場を知っとる」
さも内緒話のように声をひそめた仁王が青年を指さす。
紹介された佐伯は爽やかな笑顔で、よろしく、と英二に手を差しだした。
「俺だけの秘密の釣り場でね。糸を垂らすだけで次々引っかかるし、こないだはこんなのも釣れたよ」
佐伯が両手を横に思いっきり広げて見せる。
「わ、そんなおっきな魚いんの?オレ、海にいた時は毎日釣りしてたけど、こんくらいのだったよ」
両手を体と同じ幅くらいに広げて見せた英二に仁王も頷く。
「大きくても50センチちうとこやったの。どうじゃ、大物を釣りたくはないか?」
にぃっと笑う仁王の悪魔の誘惑に英二の気持ちが揺らぐ。
城では黒羽が帰りを待っている。
だが、船に乗ってた頃を思い出させる釣りは、英二にとってかなり魅力的だ。
船では毎日の食糧を得る為の釣りが日課だったが、青の国で暮らすようになってからは1度もしていない。
城の使用人や兵たちは交代で非番があるが、代わりのいない大石や柳には休みの日というものが無く、それは英二も同じだった。
毎日仕事のある身ではのんびり釣りをしに行ける暇など無い、・・・さぼりでもしない限りは。
「どうせ今日は新兵の訓練じゃろ?あいつらは真面目で素直じゃき、黒羽ひとりでも問題なかよ。古参の兵もおるし」
「・・・でも、」
「それなら午前中だけ。午後には戻って黒羽を手伝う。それでどうじゃ?」
揺れる英二を仁王が言葉巧みに口説く。
「取れた魚は王宮の庭で、みんなでバーベキューでもしたらいいんじゃない?新鮮だから美味しいよ?」
挙句、佐伯までも参戦し、かなり行く方向へと気持ちが傾いてしまった英二に、仁王が決定打を繰り出した。
「そういや、大石も船で食っとった魚が美味かった、また食いたいってこないだ言ってたのう・・・」
「・・・行く。でも、でも!午前中だけだからね?!」
これだけは譲れないと、英二が言えば、仁王が笑って頷く。
「充分だよ。2時間もあればバケツに4杯は軽く釣れるから。それじゃ君も乗って」
佐伯が手を貸し、英二も船に乗り込む。
黒羽には申し訳ない気もしたが、英二の頭の中にはすでに王宮の庭でバーベキューが浮かんでしまっている。
釣りたての魚をみんなで焼いて食べたら楽しいだろう。
なにより、こうして船で海に出るのが久しぶりで、英二の心を躍らせる。
晴天の青い海はキラキラと光り輝いて、目を開けているのが眩しいほどだった。
佐伯の言う穴場とは、青の国の港からおよそ1時間ほどの小さな島だった。
片側は小さな砂浜になっており、反対側は岩場になっている。
佐伯は岩場に英二たちを連れていき、ここが穴場なのだと教えた。
「ここで釣るといいよ。釣り竿と網、バケツを置いていくから」
漁船から必要な道具を降ろし、また船へと戻って行く佐伯に、英二が、あれ?と首を傾げた。
「佐伯は一緒に釣りしないの?」
「この近くに仕掛けてある網を見に行かなくちゃいけないんだ。昼前にまた迎えにくるから」
佐伯は爽やかな笑みを残して乗ってきた漁船に乗り込むと、あっという間に去って行った。
「よーし、釣るぞー!仁王、競争しよ?どっちが大きいの釣るか」
「ほーう、俺に挑むか。この釣り師の仁王に」
「釣り師って・・・、仁王は船でもほとんど釣りなんかしてなかったじゃん!」
憤る英二に仁王が大笑いする。
大騒ぎしながらの釣りだったが、穴場だという佐伯の話に嘘は無く、魚は面白い程次々とかかった。
釣り始めて1時間もしないうちに仁王が90センチ程の魚を釣り上げる。
負けん気に火のついた英二はどうにか仁王より大きな魚を釣ろうと躍起になり、魚の大きさに一喜一憂しながら夢中で釣りを続け、気付いた時には陽は中天から西へと傾いていたのだった。
西の地平線に太陽が沈んでいく。
海がオレンジに染まる光景は感動的なまでに美しかったが、英二はそれどころではなかった。
「・・・迎え、来ないよ?」
「そうじゃのー」
「もしかして、オレたちのこと忘れちゃった、とか、言わないよね?」
「どうかのー」
「仁王!」
生返事の仁王に英二がキレる。
途中で釣りに飽きた仁王は竿を固定したまま居眠りし、つい先ほど英二に起こされたところだった。
よく寝たとばかりに大あくびで伸びをした仁王は、立ち上がると転がっている石を集め始める。
「まぁ、そう焦りなさんな。佐伯が忘れてても誰かは迎えに来るから。・・・そのうち」
「そのうちって!!」
「それより陽が落ちて寒い。お前さんも手伝いんしゃい」
言われて初めて英二も寒さに気付く。
北に位置する青の国は12月も近いこの時期になれば真冬同然の寒さになる。
外出の為に厚手の羽毛入り外套を着ていたのと、今日は天気が良かったのとであまり寒さを気にしていなかった。
不安も焦りも消えてはいなかったが、確かにこのままでは凍えると英二も仁王を手伝って石や枯れ枝を集める。
仁王は集めた石を積んで風避けにすると火を焚いた。
そうこうしているうちにすっかり陽が沈む。
月と星以外の灯りも無い中では、焚き火の炎は暖かいだけでなく安心感もあった。
「どうしよう、どうやって帰ればいいんだろ・・・」
「まぁまぁ、そう落ち込まんと」
仁王が枯枝を小刀で串にして魚を刺し火にかける。
焼けてきた魚の香ばしい匂いに英二のお腹が鳴った。
「腹が減っては戦はできん、ちゅうてな。ほれ、食いんしゃい」
渡された魚に、半ば自棄になって英二が食いつく。
思いのほか美味しくて、そういえば朝食を食べたきりだったと思い出した。
あっという間に2尾平らげ、全然足りないとばかりに追加で焼こうとした英二を仁王が止める。
「魚はここまで。ほら、迎えが来たぜよ」
仁王が英二の背後を指さす。
驚いて振り返った英二の目に、夜の海を島に向かって疾走してくる一艘の船が目に入った。
ランプをありったけ灯したような船は宝石のような輝きで夜を照らす。
近づくにつれ見えてきたのは、灯りに浮かび上がる青いイルカの船首。
大石の船だ。
島に着けた船から大石と柳が降りてくる。
唖然と船を見ていた英二は、もしかしたら戻らない自分を大石がわざわざ探しに来たのかと青くなった。
「おーいし、ごめん、オレ、」
「遅くなってごめんな。出掛けに緊急の用件が入って」
「へ?遅くなって、って?」
微妙に噛み合わない会話に英二が首を傾げる。
「2人とも、話は後だ。早く船に乗ってくれ。料理が冷める」
「料理?」
さらに首を捻った英二を柳が急かす。
なんだかわからないがとりあえず促されるまま船に乗った英二は、甲板に設置された、山のような料理の乗るテーブルに目を丸くした。
「わ、なに、これ?!どうしたの?」
「まだまだあるC〜!ケーキもあるよ〜!」
ほらほらと船室のドアを指して慈郎が笑う。
開いた船室のドアから出てきた黒羽は3段になった大きなケーキを持っている。
「え、え?なに?なんのお祭り?」
きょとんとしている英二に大石が答えた。
「英二の誕生日祝い」
「えっ、オレ?あーっ!!」
忘れてたとばかりに声を上げた英二に周りのみんなが笑う。
「去年は国が復興したばかりで慌ただしくて、誕生日も何もなかったから、今年はちゃんと祝いたいと思ってたんだ。本当は城の中でやるつもりだったんだけど、慈郎が、」
「王子はぜーったい、船の上の方が喜ぶC〜!」
「・・・って言うから」
苦笑する大石の視線の先、慈郎が英二の答えを期待に満ちた瞳で待っている。
その顔があまりにも楽しそうにわくわくしているから、英二も思わず笑ってしまった。
「うん、嬉しい!オレ、またこの船に乗りたいって思ってたから」
「ほら、やっぱり、当たったC〜!」
飛び跳ねて喜ぶ慈郎にまたみんなが笑った。
「それで、どうせならサプライズパーティにしようってことになってな」
そう言ったのは黒羽。
「王子は意外に勘が鋭いからな、準備をしていることを気付かれないよう外に出てもらった」
柳が言い、それに英二があっ!と声を上げた。
「それじゃもしかして、オレを釣りに誘ったのも、」
「全て柳の計画通りちう訳じゃ」
「久しぶりの休暇も楽しかっただろう?」
涼しげな顔で柳が笑う。
一杯喰わされた形になった英二だったが、サプライズパーティの為だとわかれば文句は無い。
それどころか、忙しい中でこうして自分の誕生日の計画を練ってくれてた仲間たち、ひとりひとりに抱きつきたいくらい幸せで嬉しかった。
「ありがと、オレ、すっごい嬉しい!もう、みんな大好き!!」
「よし、それじゃ船上のパーティを始めるぞ!王子、ハッピーバースデー!!」
黒羽の号令にみんなが声を合わせて歌を歌ってくれる。
ゆっくりと走る船の上で賑やかな誕生日パーティの始まりだ。
(10・11・28)
→happy birthday!