■第1章 お疲れ様




そろそろ年末も近くなってきたせいか、英二も俺も仕事が忙しい。
溜まった仕事を翌日に持ち越せば、その翌日に処理しきれなかった仕事が翌々日に・・・、と悪循環に陥るからどんなに遅くなろうとも当日中に片付ける。
おかげで今日の帰宅時間は22時を回ってしまった。
英二はもう帰っているだろうかと玄関のドアを開ければ、まさに帰ってきたばかりなスーツ姿の英二が疲れた顔で振り向いた。
「・・・お帰りー、お疲れ―」
「ただいま。・・・だいぶ疲れてるみたいだな」
「そりゃもう、残業4日目ともなれば、イヤってくらい疲れますっての」
もう限界、もう無理、とぶつぶつ言いながら英二がしゃがみ込む。
その気持ちは嫌という程わかる。
「あんまり効き目は期待できないけど、気持ち元気になるから」
帰り道の自販機で買った120円の、ほとんどジュースのようなドリンク剤を英二の目の前にかざす。
「さんきゅう〜、ってか、腹減った・・・。大石、なんか食べるもん買ってきた?」
早速ドリンク剤のキャップを開けた英二は、一気に半分ほど飲み干してから瓶を俺に返してきた。
「いや、買ってないよ。なにか適当にあるもので食べたらいいんじゃないか?」
「すぐ食えるもの無いし。もう疲れ過ぎて料理する気にもならない〜。あ、そだ。ピザ取ろうよ」
「この時間にピザか・・・胃にもたれそうだな」
「えー、でも、他の店の出前とか、もうやってないよ?」
安いドリンク剤のドーピング効果か、英二は少し元気になったようだ。
棚からデリバリーの広告類を取り出してガサガサいわせながら眺め出す。
俺の気分としては、もうあと2、3時間で寝るというこの時間にあまりがっつりしつこい物は食べたくない。
でも、疲れている英二に軽い夜食とはいえ、作らせるのも気の毒だ。
「なぁ、英二。俺がなにか簡単なものでよければ作るよ?」
「えっ!?」
ぎょっとしたように顔をあげた英二は、俺を見るなり高速でふるふると首を振った。
「ダメ!それは絶対ダメ!オレ、明日は朝から大事な会議あるし!腹痛とかで休んでらんない!」
「・・・失礼な」
確かに俺は料理は得意じゃないが、腹を壊すような、そんな酷いものを作った覚えは。
・・・せいぜい1度か2度、くらいだぞ。
「しゃーない、じゃ、お茶漬け!そんくらいなら作れるし。それでいい?」
どうあっても俺に料理をさせたくない英二が渋々という顔で聞いてくる。
なんだか納得いかない部分がある気もするが、お茶漬けは魅力的だ。
頷いた俺に英二は笑うと、スーツのままキッチンに立って手際よく食事の準備を始めた。


・・・こっそり料理教室にでも通おうかな。



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■第2章 料理教室

ある朝、いつものように朝食を取りながら新聞を見ていたら、料理教室の広告が出ているのが目に留まった。
へぇ、土日もやってるんだな。
ん?毎月第2・第4日曜はMen'sCookingSchool?
講師も生徒も男性のみで開催しています、か。
俺はちらりと英二を見る。
こっそり通って料理の腕があがったら驚くだろうな。
ある日突然、すごく美味い物を作って出したら、英二は感激して俺に惚れ直すかもしれないぞ。
・・・よし、申し込みをしよう。

**

エプロンを身に付けた男ばかりが大人数で部屋にいる光景はなんだか異様だけど、女性の中に俺ひとり男が混じるよりは恥ずかしくない。
他の人たちも同じ気持ちなのか、皆リラックスした和やかな雰囲気が漂っている。
年齢層は俺と同じ20代くらいから、上は60くらいの人もいる。
日曜に集まるという事は、やはり会社員なんだろうか等と考えつつ周りを見回していたら、妙に威圧感のある、桁違いにエプロンの似合わない男が目に付いた。
偶然、向こうも顔をあげて、俺たちの目が合う。
・・・どこかで見たような。
って、あれ、元立海の真田じゃないのか?
向こうも俺に気がついたのか、心なし安堵の表情を浮かべて歩み寄ってくる。
「大石、久しぶりだな」
「高校の試合以来だな。まさか、こんなところで再会するとは思わなかったよ」
俺がそう言って笑うと、真田は気まり悪げに咳払いをした。
「色々と事情があってな、せめて粥くらいは自分で作れるようになりたいと思ったのだ」
「粥?お家の人が具合でも悪くしてるのか?」
「もう良くなったのだが、こないだ蓮二が風邪で寝込んでな。粥なら俺でも作れるだろうと思ったのだが・・・」
肩を落として溜息をついた真田に、わかる、と俺は大きく頷いた。
「簡単にみえて実は難しいよな、お粥って。煮えたと思っても米に芯が残ってたり、半分生だったり」
「そうなのだ!わかってくれるか、大石!あれでなかなかの難物なのだ、粥という奴は」
「簡単そうにみえるもの程、実は難しいっていうじゃないか。ほら、卵焼きとか」
「うむ。恐らく、粥も高等技術が必要な料理なのだろう。侮ってはいけなかった」
決意を新たにしたような真田につられ、俺も俄然やる気が増してきた。
「頑張ろうな。いつかは粥も作れるようになる」
「無論だ。同志がいて心強いぞ、大石」
俺と真田は固い握手を交わす。
この料理教室に通っていれば、いずれお粥も卵焼きも自在に作れるようになるはずだ。



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■第3章 疑惑の日曜日

「ね、おーいし。こないだ言ってた映画、明日行こーよ」
「ごめん、明日はちょっと予定があるんだ」
「予定ってなに?早く終わるなら、夕方の回でもいいけど。で、晩ご飯外で食べて、」
「明日は時間が読めないんだ。そうだ、来週の日曜にしないか?午前中から出かけて、お昼食べてから映画にすればそのあと買い物もできるだろ?ほら、英二、新しいコート欲しいって言ってたじゃないか」
な、そうしよう?と早口で言い募る大石をオレはじっと見る。
とりあえずその場は、じゃ来週の日曜で、ってことで終わらせたけど、実はこんなことが先々月辺りから時々発生してるんだ。
今までは休みの日に誘えば二つ返事で乗ってきたし、なんか用があっても得意先の接待だとか大学の友達の結婚式で、とかちゃんと理由を言ってたのに、最近はそれも言わない。
なんかおかしいって思ったオレは、大石が誘いを断った日をチェックして、それが第2・第4日曜限定だってことを突き止めた。
その日になると大石は、午前中からいそいそと出かけていく。
・・・どうみても怪しい。
大石の奴、オレに隠れて何してる訳?
浮気とかだったらタダじゃ置かないんだけどーっ!

**

・・・という訳で、ただ今オレは大石を絶賛尾行中。
もちろん、大石に見られてもちょっとやそっとじゃわからないよう、ニット帽とゴーグルで変装済みだ。
今日こそ大石の隠し事の正体を突き止めちゃる。

家からまっすぐ駅に向かった大石は下り電車で勤め先から2つ先の駅へ。
混雑する駅ビルを慣れた足取りで抜けると外へ出ていった。
いろんな店が立ち並ぶ道を大石は足早に進んでいく。
・・・あ、たこ焼き美味そー。
んん?このマフラーいいかも。帰りにちゃんと見て帰ろっかな。
げ、店とか見てたら大石の姿が・・・いた!
やばい、やばい、ウインドショッピングは後回しだ。
オレはちょっとだけ大石との距離を縮めた。
日曜だから人は多い。
少しぐらい近づいても気付かれる心配はない。

大石が入って行った先は雑居ビルだった。
ビルのエレベータ脇にある表示を見ると、1階2階が喫茶店、3階が歯医者、4階はカルチャースクール、5階6階は会社の事務所になってるらしい。
この中なら喫茶店かな。
歯医者ならこそこそ通わなくていいんだし。
・・・っていうかさ、なに?喫茶店で待ち合わせとか?
ちょっと待ってよ、それってマジでやばくない?
イタズラ心で尾行なんかしてきたけど、本気で大石が浮気してるなんてちびっとも思ってなかった。
行き先を突き止めて、なーんだこんなトコ行ってたんだ、あはははは、で終わるはずだったのに。
どうしよう、もし、ホントのホントに、大石がオレに隠れて誰かとこっそり会ってたら?
や、大石は未だにオレにメロメロだし!
・・・でも、そのオレの誘いを断ってまで出かけるってのは。
うう、ぐるぐるしてきたぞ。

「・・・菊丸、か?」
突然背後からかけられた声にオレは飛び上がる。
焦って振り返れば、そこにはどこかで見たような、すらりとした長身の男が立っていた。



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■第4章 意外な遭遇

どっかで見た、どこだっけと考えるうちに、目の前の男がフ、と笑った。
「街中でゴーグルではかえって目立つ確率78%だな。推測するところ大石の尾行中である確率89%だ」
「・・・その、乾みたいな喋り方は・・・元立海の柳!」
「正解だ。久しぶりだな、菊丸。それと、ひとつ言っておくが、俺が貞治のような話し方をしている訳ではない。貞治が俺に影響を受けているんだ」
「や、そこはどっちでもいんだけど・・・ってか、柳、なんでここに、」
言いかけてオレはハッとした。
もしや、大石の密会相手って。
「残念だがその想像はハズレだ。俺は弦一郎を尾行してきた」
「・・・まだなんも言ってないんだけど。弦一郎って、真田?」
「そうだ。最近不審な行動を取っているのでな。ちょうど時間も空いたし、後をつけて来た」
涼しげなすまし顔の柳はマスクもサングラスもしてない。
ちょっとその辺まで買い物に来ました、って感じだ。
これで尾行なんかして、よくばれなかったなと思って言ってみたんだけど。
「心配無用だ。こちらが殺気でも放たない限り弦一郎が気付くことはない」
「・・・サムライ?」
真田って、昔からなんか武士みたいとか思ってたけど、もしかしたらホンモノかも。
この現代日本で殺気に気付く人なんて、そうそういると思えないし。
「ところで菊丸、そろそろ2階の喫茶店に移動をするが、一緒にどうだ?」
「う。や、喫茶店は、その、」
「大丈夫だ。まだ大石はいない」
「だから!なんでそんなことわかんの!」
オレの頭は柳が出現した辺りからもうすでにこんがらがってぐちゃぐちゃだ。
だいたい、真田を尾行してきた柳がどーして大石のことまで把握してんだよっ!
「詳しい話を知りたいだろう?それなら一緒に来ることだ」
「うう・・・わかった」
とにかく柳は真田のことだけじゃなくて、大石の情報も握ってんだ。
なんでなのかをちゃんと聞かなきゃ。

2階の喫茶店は日曜だってこともあって結構混んでる。
柳は店に入ると、少し奥まったところに席を取った。
仕切りみたいに置かれてる観葉植物の隙間からちょうど入口のドアが見える。
「で?柳はなんで大石がここにいないって知ってんの?」
ウエイトレスが注文を取って去るのを待ってオレは切り出す。
「先程、弦一郎が不審な行動を取っているという話はしたな?そこで携帯の発着信履歴とメールをチェックしたのだが、」
「ちょ待っ!勝手に携帯見ちゃダメじゃん!」
「なぜだ?情報収集する為にはまず一番に確認が必要な所だろう」
「・・・・・・・」
さも当たり前みたいにしれっと言い放たれてオレは絶句した。
柳には罪悪感とか、そういうのは全然無さそうでビックリだ。
オレも1回だけこっそり大石の携帯を開いて見たけど、心臓バクバクで今にも大石に見つかっちゃいそうで、結局ろくに見ないままソッコーで閉じたのに。
「話を続けるぞ?弦一郎の携帯を見ると、3ヵ月前の第2日曜夜から、それまでには無かった相手からのメールや発着信があった。それが大石だ」
「えっ、大石が真田に?なんで?だって、高校の時も特に親しいって訳じゃなかったよ?そりゃ、試合とかしてた相手だし、会えば話くらいはしただろうけど」
「俺もそこを知りたい。送受信両方のメールをくまなくチェックしたが、肝心な内容が書いてあるものは1つも無かった」
「うわ、全部読んだんだ・・・ある意味スゴイかも。でも、内容が書いてないメールってどういうこと?」
「明日は行くか、とか、頑張ろう、そういったものだ。これでは推測すら立たないからな、それで尾行したという訳だ」
確かにそれじゃ意味わかんないし。
でも、大石と真田じゃ浮気も考えらんない。
想像できないってか、あったら怖い。
「まぁ、ここに来ておおよその予想はたったが」
「え?なになに、教えて」
「できればもう少し情報が欲しいところだが・・・来たぞ」
「え?」
柳が入口の方を見つめてる。
オレも葉っぱの隙間から覗き見ると、ちょうど大石と真田が話しながら連れ立って店に入ってくるところだった。



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■第5章 大団円

大石と真田は、入口すぐ傍の席に座った。
なんか2人して喋ってるけど、席が離れてるから内容までは聞こえない。
・・・それにしても、やけに親しげなんだけど?
声が聞こえなくたって、大石がなんか熱く語ってるのは見ればわかる。
なにあれ、なにそんなに楽しそうにしてんだよ。
もしかして、マジ浮気とか言う?
オレと真田じゃ、全然タイプ違うんだけどーっ!!!
「・・・ふむ。なるほどな。そういうことか」
オレが妄想逞しく、ひとり憤慨してるってのに、柳はなんか冷静だ。
そういや、さっきからなんか書いてたみたいだけど。
「わかったぞ、菊丸」
「えっ、なに?なにが?」
「弦一郎と大石の不審な行動の真相だ。これが正解である確率93%」
そう言うと柳は書きつけたメモをオレに見せてくれた。
「ん?えーっと、『今日の肉じゃがは最高の出来だったな』『うむ。俺たちもそろそろ、料理を特技と答えても差支えなかろう』『そうだよな、あの味、芋の溶け具合、絶妙だったよな』、・・・柳、これ、なに?」
「弦一郎と大石の会話だ」
「!?、な、だって、全然聞こえないのに、どーやって?!」
「俺は読唇術をマスターしている。声が届かない距離でも唇の動きさえ見えれば解読可能だ」
「・・・うっ、わぁ」
読唇術って。
いったい、なんの為にそんな、とか聞くと、怖い答えが返ってきそうだから聞かない。
そういや、オレが何も言ってないのに心読んだみたいに答えたりしてたっけ。
柳って何者?
007みたいな秘密諜報部員だったりして。
「この会話の内容を見れば一目瞭然だな。さて、これで俺たちの目的は達した訳だが」
「ま、待った!もっかいメモ見せて」
そうだ、柳の正体を想像してる場合じゃなかった。
オレの目的は大石だ。
「肉じゃが、料理が特技?んん?料理?2人で料理してたっぽく聞こえるけど?」
「そうだ。毎週第2、第4日曜に外出先で弦一郎と大石は料理をしている。つまり?」
「・・・あ!料理教室!」
思い出した、ここのビル、4階がカルチャースクールになってた!
「おそらくそれが正解だろう。弦一郎は男子厨房に入らずの家で育ったから料理は壊滅的だ。2人の会話から察するに大石も同様ではないか?」
「うん、そう。大石んちのおばちゃんは専業主婦だから、小学校の家庭科実習以来、料理したこと無いって言ってた」
「そして通い始めた時期に俺はひとつ心当たりがある。風邪を引いて寝込んだ時に弦一郎が粥を作ってくれたんだが、これが8割方、生米で構成されていた。心尽しはありがたかったが、どうにも食べられなくてな」
「病人にナマ米はちょっと・・・。あ、でも、オレも心当たりある。それも割としょっちゅう」
大石は料理ヘタなくせに、どーもそのあたりの自覚が無いらしい。
だから、チャンスがあればなんか作ろうとするんだけど、オレもオレの大事なお腹を守ってやる義務がある。
「そっか、それでこそこそ通ってたんだ。にゃーるほどね」
「俺は真相さえわかればそれでいいが、菊丸はどうする?」
「どうするって?」
「もうしばらくすれば弦一郎たちも帰路に着くだろう。このまま何も見なかったことにするか、それとも今ここで出て行くか」
「んー。どーしよっかなぁ・・・」
黙ってたのはたぶん、びっくりさせようとか、そんなことだろうと思う。
でも大石は、嘘つくの苦手だし嫌いだから、オレにばれないようにってしてるだけでもストレスになってそうなんだよなぁ。
「やっぱさぁ、」
「ふむ、それでは行こうか」
「だから!なんで言う前にわかんの!!」
柳はフ、と笑って、菊丸は顔に全部出るからわかりやすいとか言う。
え、それ、ホントにオレがわかりやすいの?
柳に怪しい特殊能力が備わってるとかじゃなくて?
ぶつぶつ考えてるオレを尻目に、さっさと立ち上がった柳は大石たちの席へ向かう。
オレも慌てて後を追った。

オレと柳を見た時の大石と真田の顔ったらなかった。
目はまん丸だし、コーヒーはこぼすし。
でも、やっぱ大石はちょっとだけホッとした顔して、それから照れ臭そうに笑ってた。





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