■■ 4周年企画 小話集 ■■
■夜桜■
部活の帰り道、ふと見上げると満開の夜桜が目に飛び込んで来た。
小さな街燈にライトアップされた桜は、陽の下で見る清楚な雰囲気とは一変して、妖しいまでの色香が見るものを捕らえて離さない。
足を止めて魅入っていた俺は、突然の強風でしなり、花びらを惜しげもなく散らす様にさえ感動して息を飲む。
「そんな顔をしてると桜に連れていかれちゃうよ?」
ふいに聞こえた声に目を凝らすと、乱れ飛ぶ桜吹雪の隙間から、木の傍に立ち艶やかに笑う英二が見えた。
さっきまですぐ隣りにいたはずの英二は桜の木を愛しげに撫でて、恍惚とした表情のまま満開の花を見上げる。
その妖艶な姿は桜以上に俺を魅了し、引き寄せられるように足が動いた。
止むことのない桜吹雪、何度も花びらに視界を遮られ英二の姿が霞む。
あと少しで手が届く、そこまで近づいた時、いっそう激しい風が吹き、意思を持つように舞い踊る花で視界が桜一色に染まった。
風が静かになった後には英二の姿は無く、俺は木の側にただ1人で立っていた。
「こらーっ、大石!なにやってんだ!」
大声で呼ぶ声に振り向けば道の向こうから英二が駆けてくるところだった。
見慣れた黒の詰め襟と、肩にかけたラケットバックは部活後に並んで歩いていた姿で、木の下に立っていた姿とは異なる。
そういえば花を見上げていた英二は桜色の着物を着ていた。
「もー、なにそんなとこでぼーっと突っ立ってるんだよ!オレ1人で喋りながら歩いちゃったじゃん!」
文句を言いながら足音も荒く俺の所へやってきた英二は見事なまでの膨れっ面だ。
・・・ああ、そうだ。これが英二だよな。
俺の隣に立って元気に文句を言い続けている英二に、ほっとしたような、少しだけ残念なような複雑な気分で苦笑が洩れた。
「むー、なに笑ってんだよ!」
「いや、桜に化かされたな、と思って」
「へ?桜?・・・あ、」
上を指差した俺につられるように木を見上げた英二の動きが止まる。
見るものを惹きつけて離さない桜の魔力。
魅入られた英二が恍惚とした表情で、綺麗、と呟いた姿に息を飲む。
その姿はまるで木の傍に立っていた英二と同じで。
ざぁっと音を立てて風が木を揺らし、再び巻き起こる花嵐の中で、俺は焦ったように英二の腕を掴んだ。
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■寝よ■
灯りを落とした部屋、毛布の中で息を潜め、耳を澄ませて待つ。
やがて聞こえるヒタヒタという裸足が廊下を歩く音。
零れそうになる笑いを堪えて毛布を頭から被る。
ドアの開く音、そしてたぶん、ベッドの下に敷かれたもぬけの殻の布団を見たのだろう、溜息の音。
静かにドアが閉まり、カーペットの上へと足音が移動する。
そしてベッドの前でぴたりと止まった。
「・・・エージ」
呼ばれるけど返事はしない。
「・・・まさか寝ちゃってるんじゃないだろうな」
小声で呟くように言って、そっとオレが被っていた毛布を持ち上げた。
目は閉じて寝たふり。
きっと大石はオレがホントに寝てるのかじーっと見てる。
あー、だめだ、笑いそう。笑っちゃう。
「こら。やっぱり狸だな」
「・・・ぷくく。バレた?」
大石が手にしていた毛布を早業で奪い返してぎゅっと抱きしめる。
今日はベッドで寝るんだって意思表示。
「・・・エージ」
「いいじゃん、一緒に寝れば」
「・・・そういう訳にはいかないだろ」
「やだなー、大石ってばスケベ」
「あのな、」
わずかに大きくなった声に、しーっと唇に指を当てる。
しまった、という顔で自分の口を手で塞いだ大石のきまり悪そうな顔がおかしい。
「いいから、早く入んなよ。湯冷めするよ」
「だから英二が、」
「いーから」
まだ何か言いたそうな大石の腕をおもいっきり引っ張ってベッドの中に引きずり込んだ。
抱えてた毛布を手放して、代わりに少し冷えた大石をぎゅっと抱きしめる。
微かに香る石鹸の匂い。
「あーあ、やっぱり湯冷めしてるじゃん。風邪引くよ?」
「・・・・・・・・・」
「さ、寝よ。明日も早いし。オヤスミー」
眉を下げて困った顔でオレを見てる大石の、おでこにちゅっとキスをしてオレは目を閉じる。
抱きついた腕は離さない。
今日は大石と一緒に寝るって決めたから。
「・・・・・・拷問だ」
もぞもぞ身動きしてる大石が呟く。
オレはちょっと笑って、それから本格的に寝る体勢に入った。
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■湖の妖魔(立海3強)■
森の中の湖に妖魔が出没するという噂は前からあった。
滅多に人が踏み入ることのない森は珍しい動物も多く住み、嘘か真かさだかではないが妖精なども住んでいるという。
人でないものが、ただそこに現れるというだけであれば何も問題はない。
だが、最近になって妖魔が人を湖に引き込み、溺れさせるという噂が広まった。
危険な妖魔なら放置しておくわけにはいかないと、王国きっての剣士が2人、妖魔退治を任命された。
緑深い森を真田と幸村が進む。
聞いたことのない鳥の声が響き、見たことのない小動物が駆け回る森を抜け、ようやく湖の畔へと辿り着いた。
森の中の湖とは言っても広く、木々が途切れたそこは眩しい程の光が湖面を覆う。
だが妖魔どころか、風が水面を撫でて陽の光をきらめかせる他は、なんの気配も感じられなかった。
「かなり広いな。妖魔が出るのはどの辺りだ?」
「さぁね。俺だって初めて来たのに知るはずないだろ」
真田と幸村は湖面を睨んだまま数時間を過ごし、なんの変化も見られないとわかると肩の力を抜いた。
「出ないな」
「噂は噂、か。ぬかるんだ淵を歩いて足を滑らせたとかだったりしてな」
「そんなことでいちいち駆り出されてはたまらん」
「まぁそう言うなって。それが宮仕えの辛いとこさ」
不機嫌そうに口を噤む真田に苦笑いした幸村が、生き物の気配を感じとって咄嗟に腰の剣に手をかけた。
真田はすでに剣を抜いた状態で湖を睨む。
静かだった湖面の一部が尾を引くように流れ、近づくにつれ流れの先頭に浮かんでいる頭らしきものが見えてきた。
やがて湖の浅いところに差し掛かかると、浮かんでいた頭がゆっくりと持ち上がり、水を掻き分けるようにして白い体が現れた。
真田と幸村が立つところからわずかに20m程先だ。
剣を構えたままの真田は唖然とし、幸村は感嘆の溜息を漏らした。
湖から岸へと上がってきた妖魔は人と変わらぬ姿をしてはいるが、一糸も纏わず陽に白い裸身を晒している。
水の滴る黒髪を手で掻き上げ、真田と幸村を一瞥したが、さして気にしたふうでもなくそのまま森の中へと入って行った。
「行くぞ、真田」
「・・・あれが妖魔なのか」
信じられないと言外に語る真田の背を押して、幸村は妖魔の歩いていった後を追う。
木に生っていた赤い実を摘み取っていた妖魔をすぐに見つけ、幸村はそっと近づいて声をかけてみた。
「湖に住んでる妖魔って君の事?」
人語を解するかどうかと幸村が見守る中、裸身の妖魔はゆっくりと振り返る。
「俺のことだろうな。他の妖魔には会った事が無い」
やや低めの声は澄んだ響きを持ち、細身の体と整った顔立ちによく合っていた。
人の言葉を操れるのならそれだけの知能も持っていることになる。
「いいな、彼。連れて帰ろうかな」
一目で妖魔が気に入ってしまったらしい幸村がうっとりと呟くのに、我慢の限界を超えた真田が一喝した。
「ばかもん!こいつは妖魔なのだぞ!連れて帰れる訳がなかろう!!それになんだ、貴様のその破廉恥な恰好は!服を着ろ、服を!」
赤い顔をして妖魔に指を突きつけ、唾を飛ばして喚く真田を幸村が呆れたように見遣る。
破廉恥と罵られた妖魔は不思議そうに、激昂する真田に目を向けた。
「俺は妖魔だから人の常識は通用しない。お前はいつも魚や鹿に服を着ろと言って回っているのか?」
「・・・なっ!・・・鹿や魚が服を着るか!馬鹿者!!」
「そうだろう?俺はどちらかと言えば人より魚に近い。だから服など必要ない。わかったか?」
「・・・こ、こんな魚がいるかっ!!」
ほとんど屁理屈に近い理屈を並べ立てられているのに、まともに反論できないでいる真田に幸村が堪えきれずに笑い出す。
「君、最高だよ!ねぇ、俺の屋敷に来ない?水が無いと住めないなら庭に湖を作るからさ」
「幸村!」
「すまないが今のところ移住する予定はない」
あっさりと拒否されたがそれで引き下がる幸村ではなかった。
「それじゃこの森に俺の別荘を建てるよ」
「おい、いい加減にしろ、幸村!」
「人が住むと森が騒がしくなる」
「真田、うるさいからちょっと黙ってて。なら、俺がここへ遊びに来るのは?」
抜いた剣を真田の喉元に当てて強制的に黙らせた幸村がじっと妖魔を見つめる。
妖魔は根負けしたように渋々頷いた。
「・・・水を汚さないのなら」
「ありがとう。俺は精市、この煩いのは真田っていうんだ。君に名前はある?」
「蓮二」
「蓮二か、綺麗な名前だね。とてもよく似合ってるよ」
やっと喉元から剣を外された真田は、退治しにきたはずの妖魔と馴れ合っている幸村を苦々しい思いで見、続けて妖魔に視線を向けドキリとした。
それまで無表情でいた蓮二が、幸村と話をしながら微かに笑ったのだった。
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■寝間着(海賊小話)■
そろそろ灯りを消して寝ようという時間、突然英二が机周りや寝台の辺りを荒らし始めた。
「なにやってるんだ?英二」
「・・・あれ?おっかしいなー・・・どこやったんだろ」
「何か探してるのか?」
「えーっと・・・晩御飯の時にはあったよなぁ・・・そのあと柳の部屋で・・・あっ!」
「?!」
1人でぶつぶつと考え込んだかと思ったら、突然大声を上げた英二に隣に立っていた大石が仰け反った。
「あ、あれ?大石、どうしたの?」
「どうしたの、はこっちの台詞だな・・・。で、何を探してたんだ?」
「剣。晩御飯の後に柳の部屋で勉強してて、そのまま置いてきちゃった。柳、まだ起きてるよね」
「・・・明日でもいいだろ?」
「ダメ。オレ、寝る時いつも枕元に剣置いてるんだもん。ちょっと行ってくんね」
言うやいなや、英二は大石が止める間もなく部屋を出てしまった。
「・・・柳なら・・・大丈夫だよな・・・」
部屋に1人取り残されて大石は眉間に皺を寄せる。
いくら相手が信頼を寄せてる柳とはいえ、こんな時間に英二が他の男の部屋を訪ねるのは歓迎できなかった。
柳の部屋に着くとドアの隙間からはかすかな光が洩れていた。
起きてることがわかってホッとした英二は小さくドアをノックする。
少ししてドアが開き、柳が顔を出した。
「英二王子か。どうした、こんな時間に」
「さっき柳の部屋に剣を置き忘れちゃって」
「ああ、あるぞ」
部屋に入るよう促されて英二は足を踏み入れた。
柳はきちんと整理された書架の脇に立てかけられていた剣を取り英二に手渡す。
「大事なものだろう?置き忘れは感心しないな」
「うん、ごめん。気をつける」
渡された剣を腰帯に差して、英二はしげしげと柳の恰好を眺めた。
柳は丈の長い合わせを着て腰の部分を紐で緩く結んでいる。
生地は濃紺で裾から膝辺りまでに小さな薄桃色の花が細かに散っていた。
「ね、それって柳の寝間着?変わった服だね」
「これは曽祖父の形見で着物と言う。東の小さな島国の民族衣装だ」
「へぇー、キモノっていうんだ。キレイだね」
初めて見る着物に目を輝かせている英二に柳が笑った。
「気に入ったようだな。着てみたいのなら1枚やろう。ちょうど王子に似合いそうな色がある」
「え、でもおじいさんの形見なんでしょ?」
「曽祖父は洒落者の着道楽でな、山のように着物を残していった。遠慮することはない」
そう言うと柳は寝台の脇に置いてあった行李から鮮やかな朱の着物を取り出した。
「俺には着られない色だが王子には似合うだろう。普段は着られなくても部屋着にすればいい」
「うわぁ!すっごいキレイ!!貰っていいの?」
畳んであった着物を広げた英二は早速羽織ってみる。
朱の着物は裾に白い八重の大輪の花、そして袖と襟元に小花が描かれていた。
大喜びではしゃぎ、くるくると回って見せる英二に、柳が思い出したように付け加える。
「ああ、着物の着方だが、正式には下に何も付けず、着物のみで着る」
「これ1枚で着るの?」
「そうだ。生地の肌触りはいいから気持ちいいぞ」
「でも、これ柳が着てるのとちょっと生地が違うね」
「王子に渡したのは襦袢だからな」
「ジュバン?キモノでジュバン?」
「そうだ。さぁ、そろそろ部屋へ戻ったほうがいい。明日起きられなくなるぞ」
「あ、そだね。そんじゃオヤスミ。これ、今日から寝間着にするね。ありがと!」
朱の襦袢を羽織ったまま英二が部屋へ帰っていく。
見送ってドアを閉めた柳が口元に悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「明日、大石が寝不足でいる確率87%」
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■新入社員/前編(BGP)■
秘密結社ダブルスに入社してから2年目の春、とうとうブラックゴールデンペアにも後輩ができることになった。
決して景気がいいとは言えない会社は昨年の新入社員獲得ができず、大石と菊丸は2年間ずっと下っ端としてこき使われ続けてきた。
噂によると新卒ではなく、他の秘密結社からの転職組ということだったが、前の会社で何年勤めていようともダブルスでは新入社員だ。
「ね、ね、大石。これからは新入社員の人がお茶入れてくれたり、トイレ掃除してくれたりするんだよね」
「そうだな。これでやっと俺たちも仕事に専念できるぞ」
お掃除のおばちゃんを雇う余裕すらない会社では、大石と菊丸が社内の掃除からお茶汲み、買出し、あげくにはビラ配りまで任務としてやらされていた。
その雑務から開放されるとわかって浮かれている菊丸が、はっとしたように大石を上目遣いで睨む。
「あ、そうだ。若くて可愛い後輩ができても浮気したらダメだかんな!」
「英二こそ。かっこいい奴が来ても誘惑されたら駄目だぞ」
「だーいじょーぶ。大石よりカッコいい人がこの世にいるわけないもん」
「英二より可愛くて綺麗で料理上手・床上手な人もいないよ」
「んもー、大石のエッチv」
もうすぐ新入社員が出社してくる時刻だというのに、社内をピンク色の霧が充満し始める。
だが、会社とて2年もこの2人を雇っているだけあって、危機管理は完璧だった。
社内に警戒警報が響き渡り、各部署でいっせいに換気扇を回し始める。
運悪く大石と菊丸の傍を通りかかった社員が1人、悶絶して倒れた以外は被害を出さずに社内の霧は街中へと散っていった。
「あー、仲良うしてるとこ邪魔して悪いんやけど、受付どこにあるか教えてくれへん?」
社内の1階で手を取り見詰め合っていた大石と菊丸が声をかけられて同時に振り向いた。
すぐ傍に見たことのない2人組みが立っている。
ピンクハリケーン警報が社内に鳴り響くと他の社員は半日は表に出てこない。
それを知らずにここに立っているということは、仕事の依頼人か噂の新入社員かのどちらかということだ。
「受付は俺たちがやってますから、ご用件を伺いましょう」
大石がにこやかに対応する。
「俺ら今日からここに勤めるんやけど」
「ああ、君たちが新入社員か。歓迎するよ。俺は君たちの2年先輩にあたる大石、そして隣にいるのが俺のパートナーの・・・」
最愛のパートナーを紹介しようと隣を振り返った大石がぎょっとした。
なぜか菊丸は新入社員の小柄な方と火花を散らす勢いで睨みあっている。
「・・・英二?」
「どないしたんや、岳人」
訳はわからないがとりあえず大石と関西弁の男が睨みあう2人の間に割って入った。
「どうしたんだ、英二」
「・・・わかんないけど、すっごい睨んでくるんだもん」
「岳人はなんで睨んだりしたん?」
「侑士、こいつらだぜ、榊社長が言ってたブラックゴールデンペアって。俺たちこんなアホみたいな奴らのせいでクビになったんだぜ、納得できるかよ!」
髪も逆立ちそうな勢いで怒る岳人の頭を宥めるようによしよしと忍足が撫でる。
「あの、俺たちのせいでクビって?」
「ああ、俺たち、元は秘密結社氷の帝王にいたんやけど、そこで無茶な任務させられてな。なんや、空に七福神出してみぃとか言われて、そんなんできるかい!って言うたらクビや」
「・・・七福神」
大石と菊丸が顔を見合わせる。
入社した年の暮れに確かにそんなことがあった気がする。
その任務のターゲットが、氷の帝王の社長、榊太郎だった。
クビになった者とその元凶になった者が勢揃いした場に微妙な空気が流れる。
なんとも居た堪れない雰囲気ではあったが、後輩になる彼らと気まずいままではいけないと大石が頑張った。
「なんというか、その・・・ご愁傷様で」
「誰が死んどんねん!って一応はツッコんだるわ。ところで1つ聞きたいんやけど、自分らどうやって七福神なんて出したん?仕掛けは?」
「仕掛けっていうのは特にないんだ。な、英二」
話を振られた菊丸が嬉々として自慢気に胸を張る。
「そう!タネも仕掛けもない、オレたちの愛の結晶だよんv」
「はぁ?なに言ってんのお前。馬鹿じゃねぇ?」
「なんだとー!オレたちの愛にケチつけるってのかぁ!?」
またもや火花を散らし始め、とうとう「表に出ろ!」と騒ぎ出した菊丸と岳人をそれぞれの相方が慌てて止めた。
「なんでこんなに相性悪いんや、この2人。ほら、岳人落ち着き。会社の先輩なんやから仲良うせんといかんで」
「だって侑士、こいつが愛の結晶とか馬鹿なこと言ってるからさぁ」
「英二も、先輩なんだから後輩には優しくしないと。・・・怒った顔も可愛いんだけどな」
「・・・もー、大石のバカ。オレ、今、怒ってんのに・・・」
「膨らんだほっぺとか尖らせた口とか、英二は本当にどんな顔してても可愛いよな」
「大石だって。寝起きでちょっとボーっとしてるとこも、お風呂から出てきた時パンツが裏返しになってるとこだって、すっごいカッコいいもん・・・」
「英二・・・」
「おーいしぃ・・・」
本日2度目のピンクタイフーンが発動する。
抱き合い見つめ合って愛を語り合う2人を呆れながら見ていた忍足は、辺りに充満し始めた濃厚なピンクの霧にもしやと思い当たり、袖で鼻と口を覆うようにして霧の行方を目で追った。
案の定、霧は次第に形を成し、大石と菊丸のバックに巨大なハートマークが出現する。
「・・・七福神の正体がわかったで、岳人。・・・岳人?」
「・・・侑士ぃ、俺のこと、愛してるって言えよー」
「岳人?なんや急に。どうした・・・、はっ、まさかこの霧の影響か?」
怪しげな霧に危機感を感じてしっかりガードしていた忍足とは違い、岳人はもろにピンクの霧を吸い込んでいた。
縋りつくように忍足を見つめる目が潤み、僅かに息も荒い。
「なるほど、副作用みたいなもんやな。・・・ああ、ええこと思いついた」
忍足は極力ピンクの霧を吸い込まないようにしながら岳人を抱き寄せる。
「愛してるで、岳人。お前だけや」
「本当?本当に俺だけ?町の道場の日吉や布団屋の慈郎より?」
「・・・なんでそんなこと知っとんねん・・・あ、いや、お前だけや。当たり前やろ?」
「俺も侑士が好き!侑士ぃー!!」
忍足の予想通り、自分と岳人の周りでも霧が発生し始めた。
ピンクというよりは若干色が淀んで赤紫な気がするが、それは気にしないことにする。
赤紫の霧は大石菊丸の巨大なハートマークを蹴散らそうと挑みかかり、あっけなく敗れて消え去った。
「英二は涎垂らして寝てても可愛いよ・・・」
「大石なんかオナラしててもカッコいいもん・・・」
忍足が色々と画策している間も大石と菊丸は愛を紡ぎ合う。
元よりこの2人はいつでも2人だけの世界にいるのだ。
「持続させんとあかんねんな。結構しんどそうな技や。ま、大体のところは理解したし、任務完了や」
「侑士ぃ、好きだー!」
「はいはい、わかったから、帰るで、岳人」
「侑士んちに帰るー」
「・・・そやな、せっかく岳人がその気になってるし・・・会社には夕方報告行けばええか」
微かに赤紫の霧を纏ったまま忍足と岳人が秘密結社ダブルスを後にする。
期待の新入社員が去ってしまったことに大石と菊丸が気づいたのは、もう陽も暮れようとしている頃だった。
ブラックゴールデンペア、今年も1番下っ端確定。
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