「ブラックゴールデンペア 3話」
大石は機嫌が悪かった。
原因は今回の任務である。
「おーいしぃ・・・やっぱコレ、似合わないかなぁ?」
見るからに不機嫌なオーラを漂わせている大石に、菊丸が恐る恐る尋ねる。
「似合うよ。でも、それじゃ英二が風邪を引くんじゃないかと心配だな」
もっともらしい理由をつけて笑って見せるが笑顔はあきらかに引きつっている。
実際、大石の機嫌を悪くしているのは菊丸が今着ている衣装だった。
朝出社した時に今日の任務を説明され、新しいターゲットの写真を渡された。
いつもはそこで外へ飛び出して、各々の裁量で任務を遂行させるわけだが、今日は少し違った。
菊丸が自分だけに手渡された新しい制服に訝りながらも着替えるために更衣室へ消え、その間に大石は新人教育担当から今回の任務を成功させる為の作戦を聞かされた。
内容は『お色気大作戦』。詳しく語るまでも無い。
もちろん大石は話を聞いて激怒したが、このままだと菊丸共々クビだぞと脅されて反論の言葉を呑み込んだ。
自分だけならまだしも、英二まで路頭に迷わせるわけには・・・と葛藤する大石の元へ、着替え終わった菊丸が更衣室から走り出てくる。
「ねー、おおいしぃー。これ、なんか変だよー」
菊丸の声に振り返った大石は、あわや失血死かというほどの激しい鼻血を吹いた。
上着はヘソどころか腹丸出しの短い丈で黒のファー。
そしてショートパンツはかろうじて腰骨にひっかっかっている状態。
その上、短すぎるパンツ丈のせいで、菊丸が身動きする度、太もも上部にキュッとあがった形のいい尻までもが見え隠れしている。
「え・英二 ―――― !!」
大石は目にも留まらぬ速さで自らのマントを脱ぎ、菊丸を頭から覆った。
「・・・ぶ・・・もが・・・?」
驚いてもがもが言っている英二を抱きしめるようにガードした大石は、こんな作戦は断じて認められないと徹底抗議をしようとしたが、もうすでに教育担当の姿はなかった。
抗議の矛先を失った大石は、菊丸にマントをきっちりと襟元まで詰めて着せてから、仕方無しに今回のターゲットの潜伏先へと重い足を向けた。
そして現在、その潜伏先の家のドアが見える電柱の陰に2人で隠れている。
「おーいしぃ・・・」
不安げに大石を見つめてくる菊丸の、頭の上にはヘアバンド型の黒いネコ耳がくっついている。
「ごめん、英二。英二が悪いわけじゃないんだ。ただ・・・」
今回の作戦を実行すべきかどうか大石はまだ迷っている。
認めたくはないが、あんな格好の英二を使えばターゲットが誰であれ
『お色気大作戦』 は大成功を収めるに決まっている。
作戦を決行しなければクビ、そうすれば収入はゼロ。菊丸と2人で愛のホームレス生活に突入だ。
どうしたもんかと頭をかきむしらんばかりに悩んでいると、「大石っ!」と緊張した声の菊丸に袖を引かれた。
視線を上げれば、潜伏場所から今回のターゲットである伴爺が出てくるところだった。
もう時間が無い、決断するんだ、秀一郎!と大石が自分に喝を入れたところで、
「あのおじーさんを足止めすんだよね?オレ行って来る!」
と、マントを脱ぎ捨てた菊丸が走り出てしまった。
「ま・待てっ、英二!」
慌てた大石も後を追う。
だが時すでに遅し。
「こんにちわー。いいお天気ですねー」
菊丸は伴爺の前で、愛想よく世間話を始めてしまった。
にこやかに話しながら、時折ちらりと菊丸が大石に視線をよこす。
その仕草に大石は無謀とも言える菊丸の行動の意味を悟る。
菊丸は自分を信じて作戦を考えつくまでの時間稼ぎを買って出たのだ。
露出の高い菊丸に復活しかけた鼻血をぬぐって、大石はフル回転で頭を働かせる。
こうなったらできるだけ短時間で、それも英二にリスクの少ない方法で任務を終わらせなくては。
ピカリ!と大石の頭上に閃きの電球がともる。
そうだ、漫才だ!
2人で並んで漫才をすれば、任務内容のターゲット30分足止めも出来るし、腹を抱えて笑っていれば英二をいやらしい視線で眺めてる暇も無いはずだ。
1度決断を下した大石の行動は早かった。
「はいはいはい。やーほんま、ええ天気ですなぁー」
突然会話に割って入ったインチキ関西弁の大石に、菊丸と伴爺が凍りつく。
「お・・・おおいし?」
何かの作戦だろうとは思いつつも、揉み手をしながら不気味な笑顔を作る大石に菊丸は戸惑いを隠せない。
一方伴爺はほんの一瞬だけ怯んだものの、そこは長い人生を歩んでいる経験と余裕ですぐに立ち直る。
「なんですか、君は。邪魔ですよ」
ニマニマと笑う顔からは想像もつかないキツイ言葉でばっさりと大石を切り捨てた。
そんなことで凹んでいられないと大石が足を踏ん張る。
しかし漫才というものは2人でやると相場が決まっている。菊丸に作戦が伝わっていない以上大石は旗色が悪い。
だが他に方法がない大石は額に冷や汗を浮かべて作戦を継続した。
「よし、これならどうだ!猫がふっとんだー!布団が寝転んだー!」
「どーしちゃったんだよー、大石〜!」
ネタが古い上に間違ったまま繰り出す大石に、もしかして作戦なんかじゃなくて、ホントに大石はおかしくなっちゃったかもしんない!!と菊丸は本気で危機感を覚えた。
あたふたと大石の額に手を当てて熱を計ってみたり、名前を呼びながら激しく揺すってみるが、目が据わった大石は呪詛のように延々と古いギャグを言い続けている。
「しっかりしてよ、おおいしー!」
「隣の塀に囲いが出来たってねぇ。へぇーかっこいいー」
「おーいしってばー!」
大騒ぎの蚊帳の外に放置されてしまった伴爺は、若者2人を孫を見るような目でニマニマと眺めていたのだが、ふと思い立って菊丸に歩み寄った。
そして屈みこむと、すらりとした菊丸の太ももに手を伸ばす。
「いやー素晴らしいですねぇ」
「にゃっ!?」
驚いた菊丸が硬直する。
「柔らかく、そして弾力もあります」
そんな菊丸にかまわず、伴爺はぺたぺたと菊丸の足に触り、時々摘んだりしながら検分していく。
目の前の状況に正気に返った大石が怒髪天を突く。
任務だとかクビだとか新聞の三面記事だとかを全て頭から吹っ飛ばして、大石は怒りの拳を上げた。
が、先にキレたのは菊丸だった。
「ふっざけんなーっ!このスケベ爺ぃぃーっ!」
プツプツと鳥肌を立てながら、菊丸が猛然と暴れだす。
出鼻をくじかれ出番を無くした大石は、英二は怒ると綺麗だなぁとすっかり傍観者になっていたが、さすがにこのままじゃマズイと菊丸を止めに入った。
「止めんなよ、大石!こいつオレの足とかお尻とか触ったんだぞっ!そんなことしていいのは大石だけなのにーっ!」
「落ち着くんだ英二。・・・トドメは俺が刺すから」
「おおいしぃ・・・。そんなことしたら大石が警察に捕まっちゃうよぉ・・・」
「そうしたら出所するのを待っていてくれるか・・・?」
「なに言ってんだよー!そんなの当たり前じゃん・・・何年でも待つよ、オレ」
まだ犯してもいない大罪の未来予想図に、大石と菊丸は涙を浮かべて抱き合う。
たちまち辺りをおなじみのピンク色の霧が覆う。
2人の純粋な愛が巻き起こした奇跡の霧が、ボコボコにされた伴爺の傷を癒した。
「若いっていいですねぇ。おっと、約束の時間に遅れそうだ。これで失礼しますよ」
立ち上がり、軽く服の汚れを払った伴爺がその場を後にする。
熱い抱擁でお互いの愛を確かめ合うブラック・ゴールデンペアが、当初の任務を思い出すのはそれから3時間後だった。
クビは確実だろうとトボトボ戻った会社では、新人教育担当が満面の笑みで2人を待ち構えていた。
どういうことだと顔を見合わせた大石と菊丸に、教育担当は初めて任務を成功させたことを告げる。
なんだかんだと騒いでいた間にターゲットを30分足止めさせていたのだった。
驚き、喜んだブラック・ゴールデンペアが社内でピンク・タイフーンを巻き起こす。
とばっちりを受けた今回の作戦立案者である教育担当の顔に、汚れた雑巾がぶつかったのは大石と菊丸の恨みだったかもしれない。
任務・初完遂
「ブラックゴールデンペア・クリスマス編」
クリスマスで賑わう街中に、肩を落とした男が一人。
休みの今日は黒の衣装ではなく、モスグリーンのタートルネックセーターにジーパンと、きわめて好青年な雰囲気の大石である。
そんな彼がきりりとした顔に影を落として溜息をついたりするものだから、すれ違った有閑マダムなどはどうしたのと声をかけたい気分になってしまうのも仕方がない。
大石を落ち込ませている原因は、さっき立ち寄った銀行のATMだ。
つまり、早い話が、金が無い、ということである。
秘密結社ダブルスの正社員として無事就職を果たした大石だが、実をいうと給料はかなり安い。
もっとも、任務をこなせばそれが歩合としてつくので、頑張り次第ではいくらでも給料アップは望める。
だがしかし。
入社してからかれこれ3ヶ月は経とうとしているが、その間に完遂できた任務はわずか2つ。
とてもじゃないが高給なんて夢のまた夢である。
せっかくのクリスマスなのに、これでは菊丸にマフラーひとつ買ってやれない。
いやそれどころか定番のケーキやシャンパンもコンビニ仕様になってしまう。
どうしよう、どうしたら、と悩む大石に、通りすがりのサンタクロースがティッシュをひとつ渡してくれる。
今時のサンタはシケている。ポケットティッシュがクリスマスプレゼントかと苦笑いをして、ポケットにしまおうとした大石の目がめざとく同封された広告に止まった。
『
日給即払い 時給1000円 』
まさに神の啓示。これぞサンタさんの贈り物。
窮地の打開策を見つけた大石は、広告の地図を確認すると目的地へと走った。
その頃菊丸は自宅で鼻歌なんぞ歌いながら、いそいそとクリスマスの準備を始めていた。
綺麗に片付けられた部屋の、テーブルの上には小さなクリスマスツリーとポインセチアが飾られている。
「さーて、と。料理は何を作ろっかなぁ。まずケーキは外せないだろ?あとはー大石の好きなハマグリのお吸い物、それと串揚げ。うーん?なんか足んないぞ?あ、鳥モモだ!それと、ふわふわオムレツ〜♪」
菊丸にとってメニューの一貫性など関係ない。あるのは大石への愛のみだ。
大石と同じ会社に勤める菊丸も当然薄給である。だが、菊丸には大石のような悲壮感はない。
ケーキや料理は買うから高いのであって、作れば安く上がることを菊丸は知っている。
そして大石と同様にプレゼントを買う金の無い菊丸は、自分がプレゼントになってしまうという作戦を考えていた。
用意したものは赤いリボン1本のみ。
この赤いリボン以外は一切身につけず、「クリスマス・プレゼントは・オ・レ・だ・よ」
なんて甘く囁けば、大石はきっと喜んでくれる。
お金なんか無くたって大好きな大石と一緒にいられるだけで、世界で一番幸せなクリスマスを過ごせる菊丸は、今晩のお手製クリスマス・ディナーの買出しに足取りも軽く家を出た。
さて、ろくに仕事の内容も書いてない広告を怪しむ余裕も無いほど切羽詰った大石が辿りついた一軒の店。
夜になればきっとギラギラした派手なネオンが輝くであろうそこは、『キャバクラ・ボイン☆ボイン』。
根が真面目でお堅い大石には一生縁がなさそうな店である。
表の看板を見たときにはさすがに怯んだ大石だったが、選択の余地などない。
ここで稼いで即払いの日給を貰いさえすれば、愛する菊丸にクリスマスプレゼントをあげることができるのだ。
菊丸を喜ばせることができるなら、どんな仕事でもやってみせる。
よし!とひとつ気合を入れて、大石は店の中へと足を踏み込んだ。
すでに両手いっぱいの買い物袋を下げた菊丸、残すところはケーキに飾るイチゴのみ。
表の商店街よりも1本裏の道にある果物屋の方が値段が安いと、まるで主婦のような知恵を働かせて店を選ぶ。
おまけに店先で
「ねぇねぇ、おじさん。このイチゴ、ちょっとまけてよ」 と甘えた声で値切れば、鼻の下を伸ばした店主が値引きどころかおまけまでつけてくれる。
買い物高等テクニックを駆使して予定よりも多くの材料を手に入れて、意気揚々と帰り道を歩いていた菊丸は、それにしても、と足を止めて辺りを見回した。
いくらクリスマスとはいえ、サンタが多すぎる。コンビニの店員もサンタ、バイクに乗ってる宅配ピザの配達員もサンタ、ティッシュ配りもビラ配りもサンタ。街中サンタサンタサンタ。
目の前にいるサンタなんか背中に
『キャバクラ・ボイン☆ボイン』 なんて文字背負って客引きをしている。
サンタが客引きするってどーよ?と心の中でツッコミを入れながら、通り過ぎようとした菊丸の耳に、通行人に話かける客引きサンタの声が聞こえてきた。
「いい娘がたくさんいますよ!看板に偽り無しのボインボイン!どうですか、社長!」
耳慣れた爽やかなよくとおる声に菊丸の手から買い物袋が離れて落ちる。
「お、おおいし〜?」
「えっ?・・・英二っ!?」
「なにやってんだよ〜!?なんだよ、ボインボインって〜」
「あ、これは、その」
いくら2人は引かれ合う運命とはいえ、こんな所でこんな姿で会いたくはなかったと大石の顔が引きつる。
だがこうなったら仕方ない。
サンタの衣装に書かれたボイン☆ボインの文字を凝視して、傷ついた顔をしている菊丸の腕を引いて、大石は手近な路地裏に入った。
「英二、誤解しないでくれ。これはバイトなんだ」
「どーせオレにはボインなんてないよーっだ」
「ボインなんて・・・そんなもの俺には必要ないよ。俺が欲しいのはいつだって、そのままの英二だけだよ」
「・・・ホントにぃ?」
「当たり前じゃないか・・・」
青い大きなゴミ用ポリバケツの横でサンタクロース大石が愛を語る。
その胸にはでっかく
『キャバクラ・ボイン☆ボイン』 の文字。
ムードも何もあったもんじゃないと思うところだが、菊丸の目には余計なものは入らない。
それどころか、機嫌の直った菊丸には大石の背後に光り輝くツリーやトナカイの幻まで見えてしまっている。
うっとりと互いを見詰め合う2人は仕事も非番だというのに毎度おなじみの桃色の霧を発生させる。
路地裏から拡散したピンク・オーラをもろに食らった通行人が1人、また1人と酩酊状態に陥っていく。
「メリー・クリスマスだウィーッ!」
「ちょっと奥さん、ヒーック、あらやだ、ぎゃっはっはっは、ヒーック」
「いらっはい、いらっはい。大根だぁ?固いこと言ってねぇでみんな持ってけー!」
商店街は買い物客も店員も、ただの通行人もみんな酔っ払い、お祭りのような騒ぎになってしまう。
しかしそんなことは気にも留めない元凶の2人、いつもならこのまま軽く3時間は愛を語り合うのだが、今日の大石には菊丸のプレゼント代を稼ぐという使命がある。
「英二、終わったらすぐに英二のうちへ行くから、それまで待っててくれ」
「・・・うん。わかった」
淋しそうな顔で、それでも大人しく聞き分けた菊丸に、激しく胸を打たれた大石がひしと菊丸を抱き寄せる。
「すぐに・・・すぐに帰るから。愛してるよ、英二」
「うん、オレ待ってるから。料理作ってプレゼント用意して待ってるからね」
先程のピンク・オーラなんか目じゃないほどの濃い霧が辺りを覆いつくす。
30分後、まったく視界が利かない町内に濃霧注意報が発令された。
その晩、花束とプレゼントを持ち帰った大石に、アルバイトの理由を知った菊丸が大感激、吹き荒れたピンク・タイフーンはアパートの壁にひびを入れ、さらにその後の菊丸とっておき
『プレゼントは・オ・レ』 作戦に感激した大石がさらにピンク・タイフーン2号を発生、あわやアパート崩壊かという場面もあったが、どうにか持ちこたえた築30年木造アパートの中で2人の幸せなクリスマス夜は更けていった・・・。
→BGP3