「ブラックゴールデンペア・大晦日編」
お正月は大石のうちでまったりべったり一緒に過ごそうね、と約束していたブラック・ゴールデンペア。
コタツはあるし土鍋もあるし卓上コンロも、と完全装備。
あとは餅とミカンと鍋の材料、ついでに日本酒でも用意すれば、どこにも負けない立派なお正月を過ごせる。
・・・はずだったのだが。
12月31日の除夜の鐘が鳴る直前に携帯電話にかかってきた不幸の電話。
もとい、出勤要請の会社からの電話が2人の幸せな元旦計画をぶち壊した。
「な・ん・でーっ!!普通はお正月って休みじゃんっ!ぶーぶー!!」
「なんでも仕事が入ったのに、社員はみんな休暇を取って地方や海外に行ってしまってるそうだ」
「つまりは、オレ達しか捕まんなかったってコトー?」
「まぁ、そういうことだろうな。仕方ない、がんばろう、英二」
しきりに文句をたれている菊丸を苦笑いで宥める大石。
酔っ払いが浮かれて歩く大晦日の街を秘密結社ダブルスの本社へと向かった。
シーンと静まりかえって灯りも人の気配もない会社に、なぜか抜き足差し足で入っていく大石と菊丸。
エレベーターに乗り込んでまっすぐ、電話で指示された最上階を目指す。
チーン・・・とかすかな音を立てて到着し、開いた扉の向こう側は、光り輝く摩訶不思議ワールドだった。
まず目の前に巨大なダルマ。そしてその頭の上に鏡餅。
窓には大漁旗が飾られ、部屋の真ん中にある応接セットはちゃぶ台と座布団。しかし床は大理石。
部屋の奥には金屏風があって、その前にマホガニーの机と革張りの座椅子。
そして、その座椅子には紋付袴を着た仙人が、2人の弟子に挟まれて鎮座していた。
「こ・・・これは・・・」
「うっわぁ・・・」
思わず絶句するブラック・ゴールデンペアの鼻先を美味しそうなあさりの味噌汁の匂いが掠めていく。
「そんなとこに突っ立ってないで、こっち来て座れよ」
弟子その1が手招きする。
「もうあんまり味噌汁残ってないけど飲む?少なくなったアサリをあさる・・・ぷっ」
弟子その2が放ったダジャレに弟子その1が踵落としで答える。
その2人の隙間でカクンカクンと首の垂れる仙人は居眠りでもしているのだろうか。
どう反応していいのかわからず、ただ立っていた大石と菊丸を焦れた弟子その1が無理矢理座布団に座らせた。
弟子その2から「どうぞ」と出されたのは粗茶ならぬ粗味噌汁。それぞれの椀にあさりが1個入っているのが見える。
「あー、任務ぅ」
味噌汁の椀を手に戸惑った顔を見合わせていた大石と菊丸は、いつの間にか目の前に座っていた仙人に声をかけられて、心臓が口から飛び出しそうな程驚いた。
「に・・・任務・・・ですか?」
かろうじて返事を返した大石に仙人が頷くが、いくら待ってもそれ以上の説明をする様子はない。
「悪いな、おじいはもう眠いんだ。代わりに俺が説明するよ」
大石と菊丸はバネと名乗った弟子その1からターゲットの写真と任務の説明を受ける。
「実はこのターゲットってのがうちのライバル社の社長でさ。新人のお前らにはちょっと荷が重いだろうけど」
「成功すればおじいからお年玉がもらえる。気をつけないとお年玉を落としたま・・・ぷっ」
ガスッ!!
「ま、そういうことだ。がんばれよ」
ダビデと名乗った弟子その2に突っ込みならぬ裏拳を食らわせたバネが男臭い笑みを浮かべて、「な?、おじい」と話を振れば、それまでコクリコクリと船を漕いでいた仙人がピースサインを掲げた。
「ねー、大石。おじいさんがお年玉くれるって言ってたけど・・・」
「あんまり期待はしないほうがいいだろうな」
「そうだよねー。だって、あの部屋にあったテレビ、今時チャンネルをひねる旧式だったよ」
「石油ストーブの上にはヤカンが乗ってたしな・・・」
摩訶不思議ワールドから退出したブラックゴールデンペアが、仲良く話しながら向かう先は、参拝者で混雑を見せるこの街1番の神社である。
すでに今回の任務用衣装に着替え、それを隠すように2人とも足元まである黒のマントを着込んでいる。
どこからどう見ても怪しすぎて悪目立ちしているが、そんなことを気にする2人ではない。
「ところでさー、大石。写真で見たライバル社の社長、あれってなんかヤバくない?」
「どうみても堅気の人じゃなかったよな」
「そーそー!なんか水商売っぽいっていうか、ホストクラブのオーナーって顔だった!」
「普段から毛皮とか着てそうだな」
「ぷくく。絶対着てる!ほら、あんな感じで」
菊丸が指差したのは数歩先を歩く1人の男。
長身に高価そうなシルバーフォックスの毛皮、それもロングコートを着て堂々と歩いているものだから、道行く人がみな避けて歩き、混雑しているはずなのにその男の周りだけ、ぽっかりと空間ができてしまっている。
「ね、ね、ちょっと早足で歩いてさ、すれ違った時に、どんな奴なのか顔とか見てみよーよ」
「はは、いいよ。だけど、どんなにお金持ちでハンサムでも浮気は駄目だぞ」
「もー、そんなことあるわけないじゃん!大石よりカッコいい人なんてこの世にいないって!」
謎の黒マント2人組みが周囲にハートを撒き散らしながら毛皮男に近づいていく。
賢い世間の人々は充分過ぎる程の距離をさらに取り、菊丸達の半径10メートルがエアポケットと化した。
ほんの少しの好奇心とイタズラ心でワクワクしながら、それでもさりげない風を装った大石と菊丸が毛皮男を追い抜こうとする。
だが、追い抜くほんの一瞬に絶対顔を見てやろうと意気込んだ菊丸は、自分の足元への注意が怠った。
踏み出した足が思いっきり自分のマントを踏んづける。
「うぎゃっ!」
踏んだマントが自らの首を絞めて、菊丸がなにか潰れたような声を上げたと同時に、前へつんのめった。
そんな英二を助けようと慌てて手を伸ばした大石の努力も虚しく、菊丸は目の前の毛皮をガシッと掴む。
毛皮男がゆっくりと振り向く。
振り返る角度や街灯のライトが当たる位置まで計算尽くしたかのような芝居がかった動き。
指先が流れるように動いて頬の定位置へ納まった、その顔。
「げ」
「あ・・・」
まだ毛皮を離さない菊丸と、その菊丸を支えようとしていた大石の動きが固まる。
今回のターゲットでライバル社の社長、榊太郎だった。
固まっているブラックゴールデンペアと、何も言わずにじっと2人を見ている榊太郎、なんの関係もない周囲の人々が我が事のように身を揉む緊迫した空気。
なんとかこの場を切り抜けたい、それもできるだけ後に有利な方法で。
そう考えていた大石の頭上右斜め上にピカリと閃きの電球が灯った。
「榊様、お迎えに上がりました!」
言うなり、バッと黒マントを脱ぎ捨てた大石は、頭に烏帽子こそ載せていないが完璧な神主スタイルだ。
即座に大石の意図を察した菊丸も黒マントを脱ぎ捨てる。
こちらは白と赤の対比も鮮やかな巫女スタイル。
表情の読めない顔で神主大石と巫女菊丸を見ていた榊が一言、「ご苦労」と答える。
とりあえずなんとかなったと胸を撫で下ろす大石と菊丸は、このまま作戦を強行させてしまおうと当初の計画の場所へ榊を誘導することにした。
ブラックゴールデンペアの今夜の任務、それは榊太郎の年始の祈祷を妨害することである。
榊の経営する秘密結社
「氷の帝王」 が、大石菊丸の勤務する秘密結社 「ダブルス」 のライバル会社であることはバネがすでに語ったとおりだが、「氷の帝王」
をライバル視しているのは「ダブルス」だけではなかった。
優秀な人材を揃え、完璧かつスマートにクライアントの要望をこなしていく
「氷の帝王」は裏業界でも最大手である。
任務に失敗したら即クビ、という非常なまでの榊の方針が
「氷の帝王」 の高いクオリティを保っている。
実力では太刀打ちできない諸々の弱小秘密結社が、せめて榊の運くらいは削っておきたいと今回の任務を依頼してきた、というのが事の顛末である。
そして大石が考え出したのが、インチキ神主&巫女でご祈祷、全くご利益無し!という罰当たりな作戦であった。
神社の鳥居をくぐった後、本殿とは逆方向へ向かう3人。
計画では榊に怪しまれないよう、色々話しかけて行き先への注意を逸らすはずだったが、いかんせん榊の迫力に押されて言葉が出てこない。
『おーいしー。なんかこの人、おっかないよーっ』
『俺達のことを信じてるのかどうかも読めないしな・・・』
アイコンタンクトで細かい会話を成し遂げるのは愛ゆえの技である。
最初の一言以外は終始無言で後をついてくる榊を大石と菊丸がちらりと振り返れば、無表情で冷徹な榊の目に何か用かとばかりに見据えられる。
もうすぐ目的の場所に到着する。
ブラックゴールデンペアはバクバクしている心臓を宥めようと、着物の袖で隠すようして繋いだ手に力を込めた。
神社の本殿とは反対の位置にあるここは、祭礼に使う祭具をしまってある、早い話が物置である。
物置とはいえ、畳敷きの中は15畳程度の広さがあるし、祭具はきちんと箱に入れて整理も行き届いている。
そこへ榊を招き入れた大石と菊丸は、ボロの出ないうちに、と早速作戦に取り掛かった。
脱いだマントの内ポケットにしまっていた烏帽子と、幣を取り出した菊丸が、恭しく大石に手渡す。
それに目だけで笑って答えた大石が、受け取った烏帽子を頭にかぶって準備完了、さて作戦実行と傍らに立つ菊丸に合図を送った。だが、すぐ傍らに立つ菊丸が動く気配が無い。
どうしたのかと大石が菊丸を見れば、大きな瞳の中に真っ赤なハートを浮かべた菊丸は、うっとりと大石に見惚れていた。
『英二?』
『はぁ・・・神主姿の大石もかっこいいにゃぁ・・・』
『英二の巫女姿もとても可愛いよ・・・。今すぐさらって逃げてしまいたいくらいだ』
すぐ隣には座布団に座った榊太郎がいると言うのに、アイコンタクトで愛を語り始めるブラックゴールデンペア。
例によって例のごとく、ピンク色の霧が部屋の中に漂い始める。
部屋中に充満した妖しい空気はやがて障子や戸の隙間から外へ、ほどなく外の参拝客から大きなどよめきが起こった。
「見て見て、あれ!」
「ありがたやーありがたやー」
「すっげー!なにあれ!」
あまりの外の騒ぎに我に返ったブラックゴールデンペア、何事だろうと任務のことも榊のことも忘れて窓の障子を開けてみる。
そして目にしたのは、夜空に燦然と輝くショッキングピンクの七福神が乗った宝船。
「ほう・・・これはたいしたものだ。若いがなかなかの神通力の持ち主」
いつの間にか大石と菊丸の後に立っていた榊が、空を眺めて感心したように頷いている。
当初の任務を思い出した大石が、慌ててご祈祷を始めようとするが、榊は手を上げてそれを断った。
「大変ご利益のあるものを見せてもらったのでこれで充分。少ないがこれを」
榊は懐から分厚い封筒を取り出すと、巫女菊丸の手に乗せた。
封筒の表書きには「奉納」の2文字。考えるまでもなく、中身は金、つまり現金、さらに言うならキャッシュである。
突然の大金を手に乗せられた菊丸は完全にパニック状態、どうしようどうしようと目で大石に助けを求める。
しかし大石とて財布の中身は1864円しか入っていない貧しさ、そんな大金をどうすればいいかなんてわからない。
封筒を間に挟みあわあわしているブラックゴールデンペアに、榊がすっ・・・と窓の外を2本指で指し示した。
「これで我が社は今年も安泰。ご苦労だった、行ってよし」
顔を見合わせた大石と菊丸は、ひとつ大きく頷くと、転がり出るようにその場を逃げ出した。
除夜の鐘が鳴り響く。年が明けるまで後30分。
「おおいしぃー、お蕎麦できたよー」
「ああ、美味そうだ」
仲良く並んでコタツに入った大石と菊丸は、できたての蕎麦を熱いうちにとツルツルすすっている。
蕎麦のどんぶりの横には、「ダブルス」のおじい会長からもらったお年玉袋。
「ホントにお年玉貰えたねー」
「やっぱり多くはなかったけどな」
「オレ、こんくらいでいいよ・・・」
菊丸は分厚い札束が手の上に乗った恐怖をまだ拭いきれていない。
結局、榊に渡された封筒は中身そのままで神社に奉納してきてしまった。
大金を持ったことがなくてどうしたらいいのかわからなかったのと、罰当たりなことをしてしまったツケが新年に回ってこないよう神様に謝ろうという大石の提案である。
おじいがくれたお年玉は1人2000円ずつ。
それでも年越し蕎麦を食べられて、なにより一緒に元旦計画を実行できるのだから、2人は満足である。
「ところでさ、今回の任務って、成功したのかなぁ」
「成功したんじゃないか?ショッキングピンクの宝船にご利益はないだろ・・・」
「そーだよね」
「でも、なんであんなものが急に出現したんだろうなぁ」
「不思議だよね。なんでかなぁ?」
まだまだ秘めた己の力を知らないブラックゴールデンペアの暴走は続く。
「ブラックゴールデンペア・バレンタイン編」
世の女性達がいっせに色めき立ってチョコレート売り場に殺到する2月14日、バレンタインデー。
さぞやブラックゴールデンペアもいちゃいちゃと辺りの迷惑を顧みずハートを飛び散らかしているかと思いきや。
「もう、ぜーったい許さないんだかんね!」
「それはこっちの台詞だな」
ツーンとそっぽを向く大石と菊丸。なにやら険悪なムードである。
「だいたい大石はね、ちょーっとカッコイイからって」
「そういう英二こそ、かなり可愛いからって」
「む!大石だって、すっごいカッコイイじゃんっ!」
「なに言ってるんだ、英二なんて世界一可愛いじゃないかっ!」
・・・もとい。これをケンカと言うなら、犬も喰わないというアレである。
なぜケンカなんかしているかといえば、それは今朝の話に遡る。
大石宅に泊まった菊丸、前の晩は濃厚に愛を語り語られ、目が覚めたのはもう陽も高く上った頃。
菊丸の覚醒を促したのは玄関口から聞こえてる来る楽しそうな笑い声であった。
いったい大石は誰と喋ってるんだろ?と柱の影から覗いてみれば、笑う仕草にもお色気漂う熟女が玄関先に佇んでいた。
どこか照れくさそうに、でもにこやかに話し相手をしている大石にムカッと腹が立った菊丸であったが、あんまり嫉妬深いのも・・・と一応は我慢してみる。
とはいえ、ムカムカが納まったわけでは決して無い。
しばらくして熟女が帰り、ドアを閉めた大石が起きてきた菊丸に気づく。
「おはよ」と平静を装う菊丸になんの疑問も抱かない大石が、おはようの抱擁で熱く答え、それでほんの少しだけ機嫌を直した菊丸が遅い朝食の準備をし・・・と、これで終われば些細な日常の刺激程度で済んでいたはずだった。
だがしかし。第二弾の波風がまたしても玄関からやってきた。
ピンポンとチャイムが鳴って宅配便が届く。
玄関に1番近かった菊丸がドアを開け荷物を受け取る・・・、と一見してよくある風景だったのだが。
魚にエサをやっていた大石が、チャイムが鳴ったなと玄関口を見れば、額に汗した働くイケメン風宅配便お兄さんの爽やかな笑顔と、なにやら頬を染めて嬉しそうに笑っている菊丸の姿が目に入った。
ムッとした気分をぐっと堪えた大石、だが菊丸ほど平静を装えない。
渡された荷物を持って部屋に戻ってきた菊丸を待っていたのは、明らかに不機嫌オーラを発散している大石だった。
どこかピリピリした不穏な空気に沈黙する2人。そしてその沈黙を破ったのは大石だった。
「今の人、知り合いなのか?」
「へ?宅配便の人?初めて会ったと思うけど」
「へぇ、それにしては仲良さそうに話してたな」
「む。・・・そういう大石だって、クネクネしたおばさんとずいぶん楽しそうに話してたじゃん」
「・・・あれは回覧板を持ってきてくれた近所の人だろ」
「オレだって、ただ荷物受け取っただけじゃん」
なんのことはない。お互いにヤキモチを妬いているだけである。
とはいえ、傍からみるとアホらしいことこの上ないただの痴話ゲンカも本人達にとっては大事件。
あわやブラックゴールデンペア存続の危機か!?という大喧嘩に突入しそうだった2人を救ったのは、盗聴器か隠しカメラでも付いてんじゃないかというくらい絶妙のタイミングでかかってきた一本の電話。秘密結社ダブルスからの任務指令である。
仕事ならば仕方ないと、もやもやしたわだかまりを口喧嘩で発散させつつ、大石と菊丸は指定されたターゲットの元へと向かうのであった。
さて、今回のターゲットは、とある財閥の御曹司。
御曹司にバレンタインのチョコを渡して運よく玉の輿という、まるでイカで鯛を釣ろう作戦みたいなことを狙う女性達が依頼主だ。
任務の内容は、御曹司にチョコレートを届けること。もちろんチョコレートには住所や電話番号、スリーサイズといったプロフィールに写真付きのカードが添えてある。そんなチョコレートが紙袋に3つ。
ムカムカしながらも1人で紙袋3つ持とうとした大石に、同じくプクーッとふくれたままの菊丸が紙袋を1つ奪い取り、お互いそっぽを向いたままそれでもピッタリとくっつくように並んで歩く。
そんなことをしてる間に、ターゲットの住む豪邸の門へと辿りついた。
あとは門脇の呼び鈴を鳴らして紙袋のチョコレートを渡すだけ。至って簡単な任務であった・・・が。
呼び鈴を鳴らそうとした所で屋敷から1人の青年が走って飛び出してきた。
物凄い勢いで門を開けるとそのまま走り去っていく。
なんだなんだと目を点にしているブラックゴールデンペア、そこへ屋敷からもう1人の青年が駆け出してきた。
きちんとした身なりにすらりとした長身、ほんの少し眉を寄せた困った顔すら誠実そうな、どこから見ても箱入りお坊ちゃまの彼が今回のターゲット、鳳長太郎である。
とりあえず任務を果たさねばと、門を出ようとする鳳の前に立ちはだかるブラックゴールデンペア。
「鳳さん、チョコレートをお届けにあがりました!」
「すみません、今忙しいんです!早く宍戸さんを追いかけないと・・・!」
大石と菊丸が差し出した紙袋を見もせずに、鳳はきょろきょろと辺りを見回している。
「ね、大石。宍戸ってさっき出てった人かなぁ?」
「そんなかんじだな」
「宍戸さんを見たんですか!?どっちへ行きました?」
必死な形相すら品のある鳳お坊ちゃまに菊丸が道の右手を指差して答える。
「あっちへ走って、」
「ありがとう!それじゃ!」
菊丸が最後まで答えるのを待たず、それでも律儀にぺこりと頭を下げた鳳は、宍戸が去っていった方向へと走り出してしまった。
あやうくポカンと見送りそうになったブラックゴールデンペア、このままじゃ任務遂行できずと慌てて鳳の後を追って走り出す。
初めのうちは菊丸→大石→鳳→宍戸の順番で走っていたが、なぜか途中で足に自信のある菊丸の負けん気が炸裂、いつの間にやら大石→鳳→菊丸→宍戸の順番になっている。大石は両手の紙袋が邪魔して分が悪い。
「待ってください、宍戸さん!」
「ウルセー長太郎!追いかけてくんじゃねー」
「負っけないぞー♪」
「鳳さん、チョコレートを受け取ってください!」
口々になにやら喚きながら猛スピードで駆け抜けていく4人に、道行く人が振り返る。
先頭を走る宍戸が足を止めないから、続く3人も追いかけるしかない。
そうして町をぐるぐると3周する頃にはみんな疲れ果てていた。
鳳の屋敷があるスタート地点にほど近い公園、最後まで先頭を走っていた宍戸が膝から崩れるように倒れこみ、そんな宍戸を逃がすまいとしっかりとシャツを握った鳳が肩で息をしながら隣に座る。
途中から疲れの為スピードの落ちた菊丸を支えて走り続けた大石も、もう限界とばかりにその後にへたりこんだ。
それぞれなにか喋ろうと口を開くが音になるのはゼェゼェという息遣いのみ。
西の空が赤く色づく頃になって、ようやく口がきける程度に回復した。
「宍戸さん、」
「ぜってーヤだからな、俺は。お前のうちになんか二度と行かねぇ」
「・・・わかりました。それなら俺があの家を出ます」
「ふっざけんな、この馬鹿!」
事情はわからないながらも、どこか深刻そうな雰囲気に大石と菊丸は口を挟むのを控える。
本当ならさっさとこの場を立ち去った方がいいだろうとは思うものの、3つの紙袋がそれを許さない。
とりあえずこのままおとなしくしてチャンスを伺い、機会を見てチョコレートを押し付け逃げよう、と目で頷き合っていたブラックゴールデンペアは、「なぁ、お前ら」
といきなり話しかけてきた宍戸に飛び上がるほど驚いてしまった。
「な、なんでしょう?」
「お前らからも言ってやってくれよ。こいつ、自分がどれだけ馬鹿やってるか全然わかってねぇんだよ」
「んなこと言われたって・・・」
「俺は間違ってません。誰に何を言われても宍戸さんのことは諦めませんよ」
はぁー・・と大袈裟に溜息をつく宍戸と、なんだかわからないうちに会話に巻き込まれてしまってオロオロするブラックゴールデンペア。
重苦しい空気がすでに日の落ちた公園を覆いつくす。
「・・・とにかく。お前は御曹司なんだからよ、その辺ちゃんと自覚しろよな」
「自覚してますよ。だから今日だって宍戸さんを両親に紹介して、結婚を前提にした正式なお付き合いをと思って、」
「・・・・・・お前ら、この世間知らずに、男同士は結婚できないって教えてやってくれよ・・・」
疲れた顔で救いを求めるように見上げてくる宍戸、だが救いを求めた相手が悪かった。
「えっ、結婚、できないの!?」
「できるよ、英二。フランスとかに行けばね。さすがに日本じゃ無理だけどな」
「なーんだ、よかったぁ。だってオレ、いつか大石と結婚したいなーって思ってたんだもん」
「・・・まいったな。プロポーズは俺からしようと思ってたのに」
毎度お馴染み桃色オーラが4人を取り囲む。
「ちょっ、お前らっ、なに言って・・・!つか、なんだ、この妖しい空気はっ!?」
なにやら胸がドキドキソワソワしてくるピンクの霧に宍戸はおおいに焦った。
マズイ、こんな妖しげなモノを長太郎が吸い込んだら、ただでさえ日頃から過剰な愛情表現がより一層・・・
「宍戸さんっ!!俺は絶対に宍戸さんを幸せにしますっ!!」
「うおっ!?」
予感は的中、がばっと抱きついてきた鳳を残り少ない体力の宍戸が必死に引き剥がそうともがく。
「宍戸さんっ!宍戸さんっ!!」
「は、離せ、長太郎っ!こんな外で抱きついてくんじゃねーっっ!!」
這いずってでも逃げようとする宍戸と絶対離すもんかとしがみつく鳳。
公園を覆うピンクの霧の中でくんずほぐれずしているその横には、ブラックゴールデンペアが手を握り合いうっとりと互いを見つめている。
「大石はオレの白むくとウエディングドレス、どっちが見たい?」
「英二は可愛いからどっちも似合うだろうなぁ・・・」
「俺は宍戸さんの為なら1万着のウエディングドレスを用意します!」
「・・・・・・」
「結婚式は海外だけど新婚旅行は熱海がいいにゃぁ」
「そうだな、一緒に温泉に入ろうな」
「宍戸さん、俺達の新婚旅行はどこにしましょうか」
「・・・お前ら」
「あ、そだ。新婚旅行に大五郎も連れてっていい?」
「夜は大五郎に目隠ししとくんだぞ」
「宍戸さん、優しくしますから恐がらずに、」
「・・・いい加減に、し・ろ―――――――――っっっ!!!!!」
完全にブチ切れた宍戸の怒声で公園の霧が晴れた。
本気で怒り出した宍戸と正気に返って土下座で平謝りする鳳、どさくさに紛れて鳳にチョコレートを押し付けてきた大石と菊丸。
行きの険悪なムードはどこへやら、任務完了して大満足のブラックゴールデンペアは仲良く手を繋いで家路に着いている。
「あのな、英二」
「うん?」
「・・・今朝の、な。あれは本当に近所の奥さんが回覧板を届けに来ただけなんだ」
「・・・だって大石、なんか楽しそうだったんだもん」
「それは、玄関にあった英二のブーツを見た奥さんが、彼女が泊まってるの?なんて言うからさ・・・」
「えっ?オレの話してたの!?」
「うん、まぁ」
「なーんだ、そうだったんだ」
「英二はその・・・宅配便の人とは・・・」
「ホントに初めて会った人だよ?」
「いやその・・・好みだったとか・・・」
「んな訳ないじゃん。オレの好みは大石だもん」
「そ、そうか。ごめん、なんか嬉しそうにしてるなって思ったから」
「あ。そっか。えーと、それはさ、ほら、宅配便って受け取りのサインするじゃん?」
「?・・・ああ」
「でもってさ、大石宛に来た荷物だからさ、大石ってサインも書くじゃん?」
「そうだな」
「受け取りのトコに大石って書いたらさ、なんかオレ、大石英二みたいだなーって・・・」
「・・・英二っ!!」
感極まった大石が夜とはいえ天下の公道で菊丸を抱きしめる。
「おおいしぃ〜v」
もちろん菊丸も負けずに愛の抱擁を返す。
辺りに本日2度目の濃厚な桃色の霧が立ち上る。
ほどなくして町のあちこちから愛のざわめきが巻き起こった。
道を歩いていた不運なサラリーマンが犬に散歩をさせていた老婆に駆け寄ってひざまずきプロポーズをしたかと思えば、屋台を放り出した焼き芋屋のオヤジが道路工事をしていた同い年くらいのオヤジに駆け寄って愛を語りだす。
ブラックゴールデンペアのラブハリケーンが町を駆け巡り、バレンタインにふさわしいラブラブ・カップルがあちこちに誕生した。
あなたも私もバレンタイン。老若男女問わずにバレンタイン。
ラブ旋風を巻き起こしたブラックゴールデンペア、本日の任務、完遂。
→BGP4