「ブラックゴールデンペア・夏祭り編」




楽しげな音色と人のざわめき、道の脇に所狭しと並ぶテキ屋の屋台。
真夏の夜の風物詩、お祭りである。

「おーいしぃ、オレ、次はカキ氷が食べたい!」
「カキ氷屋はさっき見たな。どうする、1回戻るか?」

鮮やかな橙の地に赤い金魚が泳ぐ浴衣はどうみても女性用だが、なんの疑問も違和感もなしに着こなしているのは菊丸英二、釣ったばかりの水風船を手に大はしゃぎで歩いている。
隣を歩くのはもちろん大石秀一郎。
濃紺の地に細い灰の縦縞が入った渋い浴衣をさらりと着こなし、本日2回ほど菊丸を失神させかけている。
そういう大石自身も愛らしい菊丸の浴衣姿に度々我を忘れかけ、待ち合わせ場所、屋台前と所選ばず熱い抱擁をかましては、局地的熱帯夜を起こすと言う甚だ迷惑な歩行っぷりを見せていた。

「それにしても人が多いな。英二、はぐれるといけないから手を繋ごうか」
「なーに言っちゃってんの、大石。もうとっくに繋いでるじゃーん」
「ああ、本当だ。まいったな、俺の手はよっぽど英二のことが好きらしい。少しも離れていられないんだな」
「手だけ?」
「足も目も口も、俺の全部が英二を大好きだよ。もちろん×××もね」
「うにゃ〜、大石のエッチぃ〜」

あまりの暑苦しさに大石菊丸の周りからは1人2人と離れていく。
そんな猛暑を巻き起こしているバカップルをテキ屋の屋台の影からこっそり観察している物好きがいた。
「んー、さすがですね、ブラックゴールデンペア。この攻撃力の高さは並みのエージェントではありませんよ」
テキ屋のおじさんが怪訝そうにしているのをものともせず1人悦にいってるのは、秘密結社『天使の白薔薇』の秘書兼スカウトマン観月である。
実は観月、もうかれこれ1ヶ月近くもブラックゴールデンペアに張り付いて情報収集をしている。
朝から晩までストーカー並みの尾行を実施して、今ではブラックゴールデンペア博士と呼べるほどの情報を握っていた。
「ブラックゴールデンペアを攻略できるだけのデータは揃いました。もうそろそろいいかもしれませんね」
観月の目的はそのものずばりスカウトであった。
任務を成功させようが、失敗で終わろうが、なにかと行動が派手なブラックゴールデンペアは、見事に観月の御眼鏡に叶ったという訳である。

『天使の白薔薇』はついこの前まで倒産寸前だったが、スカウトマン観月が入社してあちこちからエージェントを引っ張ってきたおかげで、どうにか持ち直すという経緯があった。
今では社長の赤澤に手綱をつける秘書の地位まで登りつめ、実際のところ会社はほぼ観月の手中にある。
(ちなみに「熱帯の黒い稲妻」という暑苦しそうな社名を「天使の白薔薇」に変更したのは観月である)
観月の野望は秘密結社の中では弱小の「天使の白薔薇」を世界一にすること。
その為には優秀なエージェントが不可欠、発見したら手段をいとわず入社させる。

「あの2人を落とすのはそれほど難しくはありませんよ。どちらか片方がなびけば、もう一方もついてきますからね」
観月はおよそ5m前方、手を繋ぐだけでは飽き足らずとうとう腕を組んで歩き出してしまっている大石と菊丸を眺めた。

「おおいしー、カキ氷はねー、イチゴがいいなぁ。シャリシャリのイチゴ味ー」
「あ、あそこにカキ氷屋があるな。買ってきてあげるからちょっと待ってて」
「やだ、一緒に行くー。オレと大石はいつも一緒なんだもん」
「・・・英二」
「おーいしぃv」

辺りの気温がぐんぐんと上昇していく。
またもや局地的熱帯夜を起こしかけたブラックゴールデンペアの前に観月が立ちはだかった。

「お楽しみのところを申し訳ありません。私、こういうもので・・・」
「ほんのちょっとだって大石と離れたらオレ病気になっちゃうんだから」
「英二が病気になんかなったら、俺だって生きてはいられないよ・・・」
観月が丁寧に名刺を差し出すが、大石も菊丸も互いを見つめるのに忙しくてそれどころではない。

「コホン、あー、お取り込み中のところをすみませんが・・・」
「おおいしぃ〜死んじゃヤダぁ〜」
「英二を残して逝くわけないだろ。イく時はいつも一緒じゃないか」

上がり続ける気温、目の前にいる自分を無視しての暑苦しい愛の囁きに、観月の額にも汗と青筋が浮かぶ。

「・・・キミ達、ちょっと僕の話を・・・」
「今日の大石、ちょっぴりスケベっぽいにゃぁ」
「英二の浴衣姿が色っぽいせいかな」
「いい加減にしなさいっ!天下の公道でいちゃいちゃとっっ!!」

ぶち切れて怒鳴った観月に、やっとのことでブラックゴールデンペアが振り返る。
同時に上昇し続けていた気温が少しずつ下がりだし、熱中症で倒れかけていた人達の安堵の溜息がこだました。

「あの、どちら様ですか?」
きょとんとした顔の大石と菊丸の視線を受けて、観月が我に返る。
「・・・これは失礼。僕としたことがこんな往来で大声を出すなんてみっともない真似を。いやですね、こう暑いとつい殺気立ってしまって。んふんふふふ。そうそう、申し遅れましたが実は私、こういうもので・・・」
改めて名刺を差し出した観月、だがそれを受け取るはずの大石も菊丸もいない。
ハッとして辺りを見回せば、カキ氷屋の屋台の前で2人仲良くカキ氷の注文をしていた。

「ふ・・・んふふふ。さすがに手強いですね。ええ、そう簡単に落ちるとは思っていませんよ、ブラックゴールデンペア」
沸々と涌いてくる闘志に鼻息も荒く、観月がカキ氷屋へ歩み寄った。
「はい、カキ氷のイチゴとメロン。まいどありー」
ちょうど出来たてカキ氷を受け取った大石と菊丸の前にまたもや観月が立ちはだかる。
「ああ、美味しそうですね、カキ氷。メロンとイチゴですか」
「ええ。そこで売ってますよ」
にこやかに自然を装って声をかけた観月に、大石も愛想よく答える。
「いえ、私は遠慮しておきますよ。ところで私、こういう者なんですが・・・」
「おーいしぃ、イチゴひとくち食べる?はい、あーんして」
「あーん。うん、美味い。じゃ、英二にもメロンひとくち。はい、あーん」

観月の名刺を差し出した手が怒りでわなわなと震えだす。
「お・・・おのれ、ブラックゴールデンペア、一度ならず二度三度と・・・!」
「メロンも美味しいー。大石が食べさせてくれたから倍美味しー」
「イチゴも美味いな。英二の唇みたいに甘いよ」
「もー。・・・ね、うち帰ろっか?」
「そうしよう」
「待ちなさいっっっ!」
「「わっ!!」」

甘い二人の世界に大声で割り込んだ観月に大石と菊丸が驚いて飛び上がった。
やっとのことで再びブラックゴールデンペアの注目を受けることに成功した観月が、フン!と大きな鼻息と共に2人の目の前に名刺を突きつける。
「さあ、まずは、これを受け取りなさい!」
「天使の白・・・白・・・、おおいしぃ、これなんて読むの?」
「バラ。花のバラのことだよ、英二」
「バラかぁ・・・オレ、バラよりひまわりとかガーベラの方が好きなんだけど」
「花の話なんてどうでもよろしい!それよりも、あなた達にお話が、」
「俺はバラより英二が好きだよ・・・」
「おおいしぃ〜vvv」
「英二・・・」
「キミ達、少しは人の話を聞きなさ・・・、はっ、このピンク色の霧は・・・!」

ブラックゴールデンペアを中心に桃色の霧が立ち込める。
どんどん上昇する気温、あっという間に拡散するピンク色の空気。
夜空が妖しい桃色に染まる頃には、緩やかな祭囃子だった笛や太鼓の音が徐々にスピードアップし始める。

「こ、このリズムはサンバ。ああ、足が勝手に踊りだしましたよ」

お祭りを楽しんでいた人々がやにわに激しく踊りだす。
老若男女が浴衣の裾を捲り上げて、激しく腰を振って練り歩き始めた。

「し、しまった、僕としたことが。ブラックゴールデンペアの必殺技、ピンクの霧には要注意とあれほど・・・あああ!ステップを踏むのを止められない、腰が、腰が勝手に・・・!!」
真夏の夜のピンク・サンバ・ハリケーンに巻き込まれてしまった観月、激しく踊り続ける人々と共に興奮と熱狂の坩堝に身を任せるしか術がない。
止めたくても止められないサンバカーニバルに人々は泣き笑いで踊り狂う。
祭りというよりもまるでサバトか地獄絵図といった喧騒は、愛を充分に語って満足した大石と菊丸が帰宅するまで続いた。
疲れ果てた人々が道端に死屍累々と横たわる。
誰も身動き一つできない中、執念でなにやら手帳に書き付けている姿があった。
「あ、諦めませんよ、ブラックゴールデンペア。次こそ、必ず・・・」
んふ、んふふふふ・・・と観月の笑い声が静まり帰った夜道に響く。
改めてブラックゴールデンペア獲得の闘志を燃やす観月だったが、家でいちゃいちゃしている大石菊丸はもう観月のことなど完全に忘れ去ってしまっていた。




「ブラックゴールデンペア・眠り姫編」




それは11月の終わり、そろそろ本格的な寒さを感じ始めた頃だった。
いつもの調子で一仕事終えたブラックゴールデンペアが、腕を組みつつ仲良く大石宅へ帰宅する。
最近では菊丸の私物が着々と増え、元々狭い大石のアパートをいっそう狭くしていたが、2人きりでいる時は場所が広かろうが狭かろうがべったりと一緒にいるのでなんの問題もない。

「んー、今日も任務完了できたねー」
「そうだな。俺達もだいぶ優秀なエージェントになってきたんじゃないか」
絨毯の上にごろんと横になった菊丸が大きく伸びをする。
大石はそんな菊丸にパジャマの用意をしてやり、自分もペアのパジャマに着替えた。
「おおいしー、もうオレ動けなーい。着替えさせて」
「甘えん坊だな、英二は」
だらしなく顔を緩ませた大石がいそいそと菊丸の服を脱がしにかかる。
「にゃー、大石がーエッチな顔になってるー」
「英二はエッチな顔の俺も好きだろう?」
「もち!大石、ダーイスキ〜vvv」
赤やピンクのハートを飛び散らしてじゃれあう大石と菊丸、誰も邪魔するものもいない2人っきりの部屋の中、あとは行き着くところまで行くだけである。

そうしてさんざん盛り上がった翌朝。
サラリーマン時代の週間で朝7時に目を覚ました大石は、いつものように隣で眠る菊丸をこれ以上ないほど幸せな気分で眺めていた。
大石の朝は菊丸の寝顔をじっくり2時間ほど堪能するところから始まる。
「本当に英二は可愛いなぁ・・・」
「この目といい、鼻といい、口といい、全てが可愛いんだよなぁ・・・」
「目の中に入れても痛くないというか、今すぐ食べてしまいたいというか・・・、って昨日食べちゃったけどな」
朝からほんのりオヤジモードな大石、そろそろお腹がも空いてきたと時計を見れば、いつの間にか9時を回ろうとしているところだった。
いつまでも寝顔を見ていたいところだが、英二を起こさないと美味しい朝ごはんにありつけない。
「英二、えーいーじー」
優しく揺さぶって声をかける。
だが、菊丸はこの程度では起きない。
「英二ー、お腹空いたよー」
少し強く揺さぶって起こしにかかるが、菊丸はむにゃむにゃ言うだけで起きる素振りを見せない。
「・・・昨日は頑張りすぎたかなぁ」
夕べのことを思い出してみるが、あの程度の盛り上がりはいつものことだ。
「英二ー、朝だよー。英二のふわふわオムレツが食べたいよー」
揺すっても起きないのなら、と、大石は菊丸を抱き起こす。
だが菊丸は大石にもたれるようにして眠っている。
「うーん、だめか。仕方ない、もう少し寝かせておこう」
ぐるるると獰猛な唸りを上げ始めた胃に、大石は菊丸を起こすことをいったん諦めた。
今日は仕事も休みだし、自分の朝ごはんの為だけに早起きさせるのも可哀想だよな、と大石は思い直して、朝食の調達にコンビニへと出かけた。


**


「これはいくらなんでもおかしいぞ」
すやすやと眠り続ける菊丸を前に大石が神妙な顔つきで座っている。
それもそのはず、結局菊丸が目を覚まさないまま、時刻は夜の11時を迎えていた。
確かに菊丸は朝が弱いし、起こそうにもなかなか起きないのは今に始まったことではない。
それでも昼過ぎれば1人で起きてくる。
昨日寝ついたのは12時頃だったから、このままいけば後1時間で24時間眠っている計算になる。
連続で徹夜でもしたならともかく、前の日も普通に睡眠を取っていたのだからこれは異常事態だ。
「はっ!もしや、英二はどこか具合が悪いんじゃ・・・!」
ここまで昏々と眠り続けているのだから、もう少し早くその可能性に思い当たってもいいところだが、肝心の菊丸はなんとも幸せそうな顔をしているのでそんなことは思いつけなかった。
「息はしてるよな・・・。心臓は・・・」
大石が菊丸の胸に耳を当てようとした時、菊丸が盛大に寝返りを打った。
その拍子に大石の顔面に菊丸の肘鉄がクリティカル・ヒット。
「ぐあっ!・・・・・・ひどいじゃないか、英二」
涙目の大石が文句を言っても菊丸はなんの反応もみせずに眠っている。
「これだけ暴れてて具合が悪いもないよな」
大石は痛む顔をさすりながら安堵の溜息をこぼした。
もしかしたら色々疲れが溜まってて、それでこんなに眠り続けているのかもしれない。
明日になればいつもの可愛い声で 「おーいし、おはよv」 なんて起きてくるに違いない。
「やれやれ、俺がこんなふうだから、いつも英二に心配性だって言われるんだよな」
ははは、と誰ともなく笑ってみせた大石は、そのまま布団に入り、菊丸を背中から抱くようにして自分も眠りについた。
だが、菊丸は次の日も、そしてその次の日も、目を覚まさなかったのである。


**


菊丸が眠り続けてからひと月が経った大晦日。
大石は聞こえ始めた除夜の鐘に今年も終わりだなぁとぼんやり思う。
「ほら、英二。もうすぐ年が明けるよ」
相も変わらず、話しかけても返ってくるのはすーすーという寝息だけだ。

菊丸が目を覚まさないことに慌てた大石は、医者に往診に来てもらったが診断結果は原因不明、藁にすがる思いで見てもらった霊能者に買わされた、高額なお札を菊丸の額に貼り付けたが一向に効果無はなかった。
ブラックゴールデンペアとして活動できないので会社には休職届けを出し、大石は菊丸の看病をする毎日を送っている。
看病といっても飲ませる薬があるわけじゃないので、抱えて風呂に入れてやったり着替えさせたりという以外にすることは無い。
眠っている菊丸はご飯を食べるどころか水すら飲まない状態だ。
だからといって痩せ細ってるわけでもなく、時折大きなイビキすらかいては派手に寝返りを打って、血色も良く元気に眠っていた。

大石は菊丸の傍らに座り、寝乱れた赤い髪を梳いてやる。
菊丸が無防備に眠っている愛らしい顔を見ているのが大石はとても好きだったが。
「・・・なぁ、英二。そろそろ起きてくれよ。英二の声が聞きたいよ」
菊丸の返事の代わりに、ゴーンという除夜の鐘が鳴る。
音が無いと寂しくなるからと見もしないのに点けているテレビから、あけましておめでとうございますと元気なキャスターの声がした、と同時に、大石のアパートの窓ガラスがギギギと軋んだ音を立てて開いた。
「むっ、この窓は立て付けが悪いな。なっとらん!」
突如窓から侵入してきた大柄な男に、大石の目が点になる。
泥棒にしてはやけに堂々とした佇まいで、窓にひとつ文句をつけると男は部屋の中に仁王立ちになった。
「あ、あの・・・どちら様で?」
「おお、すまん、挨拶が遅れたな。俺は正月の神だ」
「・・・正月の神様?」
「うむ。しかしここは狭いな。俺の座る場所が無いではないか」
「あ、よかったら、そこの布団の端にでも・・・」
「布団よりも座布団の方がいいのだが・・・致し方あるまい」
どっかりと腰を下ろした自称正月の神様を迎えて、大石は困惑する。
どこからどうみても人間にしか見えないが、古めかしい言葉使いや全身から立ち上る威厳は只者ではない。
「あの、失礼ですが、お正月の神様はどういったご用件でここへ?」
「うむ、それだ。実は昨年中にここへ訪れようと思っていたのだが、何かと忙しくてな」
「はぁ」
「単刀直入に言おう。昨年、大枚の奉納をしてもらった礼をしに来た。1つだけ願いを叶えてやるから、なんなりと言うがいい」
「大枚の奉納?」
「うむ。あの奉納のお陰で神社の修繕ができてな、みな喜んでいたぞ。ただし、お前達が出した桃色の七福神はどうも破廉恥で俺の趣味には合わん」
大石の脳裏に去年の大晦日の任務が浮かびあがる。
氷の帝王の社長、榊太郎をターゲットにした任務で、空にはピンクの七福神が出現し、あげくターゲットから貰った分厚い奉納金の始末に困って神社に納める、ということが確かに去年あった。
「あれはその、ちょっとした経緯があったもので、お礼を言われるようなことじゃ・・・」
「ほほう、なかなか謙虚だな。感心、感心。だが遠慮することは無いぞ、願い事を言え」
「突然来て願い事って言われても・・・」
願い事を強制する自称神様に、困った大石が助けを求めるように眠る菊丸の顔を見る。
「あああ!あります、ありました、願い事!!」
「うむ、聞こう」
「英二を起こしてください!」
「ぬ?それはここに寝こけている者か?」
「そうです、英二はもう1ヶ月も眠ったままで」
「なるほど、これを起こせばよいのだな?なに、容易いことだ」
正月の神様が英二の正面に座る。そして大きく息を吸い込んだ直後。
「いつまで寝とるか
――――っ!!たるんどるっっっ!!!」
神様が放った、直撃の落雷のような大声に、アパート全体がビリビリと振動し壁やガラスにひびが入る。
屋根瓦も何枚か落ちたようで、窓の外でガチャンガチャンと物が割れる音がした。
あまりの衝撃波に耳を押さえて目を瞑っていた大石が恐る恐る目を開ける・・・が、菊丸は何事もなかったようにスヤスヤと眠ったままだ。
「あの、神様。起きてませんが」
「むむっ、ちょこざいな。それではさらに威力を倍増させてもう一喝」
「アパートが壊れそうなので止めてください。・・・他に方法はないんですか?」
「・・・・・・!!」
大石の質問にそれまで威厳が具現化されたようだった神様の態度が一変する。
かすかに頬を赤く染めた神様は額に冷や汗を浮かべて落ち着き無く辺りを見回した。
「神様?」
「・・・な、ないこともない。だが、しかし・・・」
「あるなら、是非、その方法を教えてください!」
「む・・・むむむ・・・」
神様の額に浮かぶ冷や汗が滝のように流れ落ちる。
「お願いします!英二は俺にとってとても大切な人なんです。今は元気に眠っているけれど、このままでいたら・・・」
大石は眠り続ける英二の頬を愛おしげに撫でた。
生きているだけで本当なら喜ばなくてはいけないのかもしれない。
でも、英二の笑う顔が見たい、少し舌っ足らずな甘い声で話かけてほしい、しなやかな腕で抱きついてきて欲しい。
切ない想いが大石の胸に渦巻いて、ポトリと一滴の涙が零れ落ちた。
それを見た神様が覚悟を決めたように大石に向き直る。
「よし、わかった。俺も神としてお前の願いを叶えると約束したのだからな、その方法を伝授しよう」
「お願いします!」
「つまり、だ。その、せっ・・・をすればよいのだ」
「すみません、よく聞き取れなかったんですが・・・」
「・・・せっ・・・」
「せ?」
もごもごと言い渋る神様は、先程とは比べ物にならない大量の汗を流し、顔はユデダコのように真っ赤になっている。
だが、大石はそんな神様の様子にかまっている余裕は無い。
なんとしてでも聞き出して英二を目覚めさせなくてはならないのだ。
「神様、もう1度、はっきりと、大声でお願いします」
「むっ。こんな破廉恥なことを大声で言えるか!」
「ハレンチ?せ、で始まるハレンチな言葉と言えば・・・あ、セッ」
「馬鹿者ーっ!!そんな言葉を口にしていいと思っとるのかっっ!たるんどるっっ!!」
大石の発言に慌てた神様が大声で一喝したため、またもやアパートの壁にひびが入った。
キーンと鳴る耳を押さえた大石が負けじと大声で神様に詰め寄った。
「怒鳴らないでくださいっ!アパートが壊れるといってるでしょう!!」
「あ、いや、すまん」
「はぁ・・・。で、なんなんですか、せ、っていうのは」
「・・・・・・・・・・・・接吻だ」
「せっぷん?」
「そうだ。それをすればよい。さて、もう用は済んだな」
「待ってください!せっぷんっていうのはつまりキスのことですか?」
「破廉恥な台詞を何度も言うなっ!もう俺は帰るっ!」
真っ赤な顔をした自称神様は、来た時と同様に窓を開けると逃げるように帰って行った。

ポツンと取り残された大石が、眠っている菊丸に目を落とす。
「せっぷんかぁ・・・そういえば英二がこうなってからキスしたことなかったなぁ」
キスだけでは済みそうに無く、かといって眠っているのにナニかするのも後ろめたくて、大石は自粛していたのだ。
「そうだな、おとぎ話でもお姫様は王子様のキスで目覚めるんだよな」
大石は菊丸に顔を寄せる。
「寝相の悪い暴れん坊の眠り姫、俺のキスで起きてくれよ」
大石の唇が菊丸の唇に触れた。
「・・・んぁ?おーいし?」
「・・・英二!!」
「ふぁ・・・おはよ、おーいし。あー、なんかすっごい寝た気がする・・・」
「やった、起きた!英二が起きた!!」
「え?なに?どーしたの?」
あまりの嬉しさに部屋の中で万歳三唱を始めた大石を菊丸があっけにとられて見つめた。
あとから事の一部始終を聞かされた菊丸が、ずっと傍についていてくれた大石に感激したのはいうまでもない。
その晩は2人してたいそう盛り上がり、いつものようにピンクハリケーンが吹き荒れた。
神様の一喝攻撃、そしてブラックゴールデンペアのラブタイフーン。
アパートが全壊する日は近いかもしれないが、とりあえずは、めでたしめでたし。



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