黄金ペア




大石が青学高等部へ進学せず外部受験をするって言いだしたのには驚いた。
でもその時は、今度はちゃんとオレに話してくれた、前みたいに1人で勝手に決めてどんどん進めていくんじゃなくて、上手く言えないけどオレをきちんと関わらせてくれたっていうのがとにかく嬉しかった。
医者になるなんてそんな簡単なことじゃないと思うし、応援するって言った言葉に嘘はない。
ただ、時間が経つにつれ、オレはちょっと寂しくなっちゃったのかもしんない。
大石は頭だっていいんだし、なにも高等部からじゃなくたって、大学からだっていいじゃんって考えたりする。
もちろん大石には言わないけど。

オレたちの中から1抜けしたのは寿司職人を目指すタカさんだった。
そしてドイツ留学を決めた手塚が2抜けして、3抜けが大石。
もう3人も抜けちゃうんだ。
ババ抜きなら先に抜けた人が勝ちでドン尻が負け。
まぁ、ババ抜きとは違うから勝ち負けはないんだけど、でもどっか置いて行かれた感はある。
中3で将来を決めて歩きだすのが早いか遅いかオレにはわからない。
でも、一緒に戦って、遊んで、過ごしてきた仲間が抜けていくのはやっぱり寂しい。
まして大石はオレにとって特別な相手だ。
どう特別かと言われると説明するのが難しいけど、他の奴では代わりになれない、唯一無二の相棒なんだ。
友達って呼べる相手ならオレにはいくらでもいる。
親友だっている。
暇な時に遊んだり、くだらないことを話して大笑いするなんてことは、大石よりも桃や不二の方が多かったくらいだけど、それでもオレの相棒でパートナーなのは大石なんだ。

その大石がいなくなる。
頭ではちゃんと理解してるし応援したい気持ちもホント。
でも行ってほしくない気持ちもホントで、オレはオレの中で整理がつかなくて軽く混乱してる。
そんな時にU17の話がきた。


四天宝寺との練習試合を終えて、東京へ帰って来たオレたちを待っていたU17の招待。
あの時の嬉しさったらなかった。
もう飛び上がって踊りだして、誰彼かまわずぎゅーっと抱きついてヘッドロックしてボコボコ殴って笑いたいくらい。
っていうか、やったけど。
もう、本当に本当に嬉しかったんだ。
だって、また大石と黄金ペアで公式戦のコートに立てるなんて、夢にも思わなかった。
テニスだけならこれからも野外コートだったり、とにかくコートのあるとこならいつでもできるけど、公式戦は別だ。
あの肌にぴりぴり来るような緊張感とか、息をするのも苦しくなるくらいの高揚感や、ぎりぎりのところで戦う苦しさも、勝った時の腹の底から湧きあがってくる雄叫びみたいな嬉しさも公式戦でしか味わえない。
事実上、公式戦からは引退する大石と、オレはもう1回あの舞台に立てる。
黄金ペアとしての正真正銘、ラスト試合。
そりゃ気合も入る。
U17だから高校生もエントリーに入る難関だけど、そんなものは全部蹴散らす。
オレと大石の黄金ペアが絶対勝ちを掴むんだ。



**



U17の合宿は順調で、半分くらいは見知った顔だったから、オレは変に緊張もせずいつもと同じペースでやってこれた。
いい感じだと思った。
テンションは上がってくるし、怪我もなく絶好調で、これなら本気で残れそうだと思った。
それまでは個々の能力を見るような練習メニューばかりだったけど、ペアを組むよう指示が出た時はやっとオレたちの本領を見せてやれるって思った。
オレも大石もシングルスだってできるけど、やっぱり本領発揮はダブルスだ。
オーストラリアンフォーメーション、大石の領域、シンクロ、他の奴らには真似できない技だって持ってる。
それをちゃんと見てもらえば、オレたちは必ずダブルス枠に食い込める、そう思ってたのに。

「ではシングルスの試合開始です。負けた方は脱落という事で」

負けた方は脱落?
ちょっと待ってよ、オレか大石、どっちが負けても黄金ペアとしては試合に出れなくなるってことじゃん。
そんなのってないよ、それならそうって言ってくれれば、大石以外と組んだのに。
「前は途中で雨に降られて、まだ決着はついてなかったよな、英二。負けたらペナル茶だっけ?」
「・・・大石」
「こうなったからには俺は全力で行くぞ。英二、受けて立てよ」
大石が挑むような目でオレを見る。
わかったよ、大石。オレも腹をくくる。
「よーし。どっちが強いか勝負だ、大石。あ、でもペナル茶じゃなくて、イワシ水ね」
「げ。・・・負けられないな」
「もち!絶対飲まないもんねー」
大石が差しだす拳にパチンとオレの拳を合わせて笑いあう。
やるなら全力で行こう、大石。




覚悟して始めた試合だった。
手加減なしの大石にオレも必死で食らいつく。
スタミナ不足のハンデは今のオレには無い。
基本に誠実で正確に死角を突いてくる大石に、オレは菊丸ステップの機動力とアクロバテイックで対抗する。
試合はオレが優勢で点差は徐々に開いた。
初めは負けるもんかの一心で集中してたけど、こうして点差が開いてくるとどうしても頭に 『負けた方は脱落』 の文字が浮かぶ。
なんでこんなことになっちゃったんだろう。
オレは大石とダブルスをする為にここに来たのに。
マッチポイント。
これを取ればオレの勝ち、つまり大石は脱落。
大石が脱落する。
大石とダブルスが組めなくなる。
・・・これが最後の試合なのに。

「フォルト!」
迷いが出た。
「ダブルフォルト!」
迷いを振り切れない。
だって、オレは。

「英二、お前、まさか」
「・・・だってさ、大石が負けたら、」
ダブルスを組めなくなる。
他の奴とじゃ駄目だ、オレは大石と組んでダブルスがやりたい。
大石の最後の公式戦のチャンス、オレと大石の黄金ペアでダブルスを。

「ふざけるな英二!!」

大石が怒鳴った。
情けをかけられて格好悪いと大石が怒る。
だって、大石。オレは。

「俺たちは・・・何だっけ、英二?」

大石のラケットがオレのラケットにぶつかって小さく音を立てた。
俺たちは何があっても黄金ペアだ、そう大石が言ったのを思い出す。
何があっても。
例え隣にいなくても。
同じコートに立てなくても。

・・・そうだ、いつも大石はいたんだ、オレの中に。

大石が怪我で出られなかった関東大会の氷帝戦、負けるかもしれないと挫けそうになったオレに、大丈夫だと言ってくれたのは、そこにはいない大石だった。
大石と一緒に過ごしてきた3年間、何度もケンカして、何度も話しあって、笑って、練習して。
それは全部オレの中にある。
隣にいなくても、大石はちゃんとオレの中にいて、一緒に戦える。
大石の中にもきっとオレはちゃんといる。
どっちか片方がこの合宿で勝ち残って試合に出れれば、それは黄金ペアが試合に出れるのと同じなんだ。
やっとわかった。
オレたちは何があっても黄金ペア、その本当の意味が。

「よーし、来い相棒!」
オレは勝つよ、最後まで全力で戦う。
そしてU17代表に残ってやる。
シングルスでもダブルスでも、大石はオレと一緒に戦ってくれるから。


「ゲーム ウォンバイ 菊丸!」


試合が終わる。
背中を向けて去っていく大石は悔しそうだ。
大石は表に出さないけどホントは負けず嫌いでその為に人一倍努力する。
その大石が悔しがる、それだけ本気で、全力でオレと試合をしたんだ。
「大石ぃーっ、ラケット置いてけよ!」
オレの中の大石はオレと一緒に戦えるけど、大石の本体もU17代表に連れていきたい。
本心を言えばやっぱり大石とダブルスで出たかった。
だから分身を置いていけ、大石。

大石が振り返る。
ラケットを取り出してオレに投げる。
「頼むぞ・・・英二」
「もち!」
絶対U17代表に残ってやる!
だから見てて、大石。
オレたちは黄金ペア。
これからもずっと。





→end

(09・06・29)