4月30日
昨日まで降っていた雨のせいで早朝の気温はかなり低めだった。
部室の鍵を開けるために他の部員より早く家を出る大石は、この朝の凛とした空気が好きだった。
その日の始まりにふさわしい澄んだ空気を胸に吸い込んで歩けば、痛いくらいに体に染みわたってきて1日の気力に変換される。
4月の最終日、大石にとっては新たな歳の始まりの日だった。
鈍い金属音の後で部室の扉が開く。
まだ昨日の空気が淀む室内に足を踏み入れ窓を開ける。
瞬く間に今日の空気が流れ込むのを肌で感じて、大石は満足そうに目を細めた。
手早くジャージに着替えて今朝の練習メニューを確認していると背後で部室の戸が開く音がした。
振り向く前に 「ハッピバースデー、大石!」 と声がかかる。
「おはよう、英二。・・・今年は大丈夫そうだな」
「もうバッチリ!去年の分も祝ってやるから覚悟しとけよ〜!!」
振り返った先、扉を背にして立つ英二が満面の笑顔とVサインで答えるのを見て大石は幸せそうに笑った。
去年の4月30日は。
いつも朝練遅刻ギリギリの菊丸が大石と変わらない時間に現れたことに驚いて。
「ハッピーバースデー!」 の言葉にとても嬉しくなって。
・・・そして菊丸の異変に気がついた。
逃げ回ってもいつもより動きの鈍い菊丸はすぐに捕まえることができて。
その体を捕らえた腕と額に当てた手からかなり熱が高いことを知った。
先輩に事情を話してから 「ひとりで帰れる」 と言い張る菊丸を無理矢理家まで送り届けたけれど。
道すがら菊丸はひどくしょげていて何度も謝っては泣きそうになっていた。
その時のことを思い出して大石の口元に笑みが浮かぶ。
『大石の誕生日だーって思ったらすっごく嬉しくて、ちょっとくらい熱があったって大丈夫だって思ったんだ・・・』
決して無茶はして欲しくないけれど、半泣きでそんなことをポツリともらした英二は可愛かった。
・・・・・こんなことを言ったら間違いなく殴られるだろうけど。
「・・・なにヤラシイ顔して笑ってんだよ」
「いや、ちょっとね」
「むー、なんか気になる・・・。教えないと毎時間大石の教室におしかけてバースデーソングを歌うぞ〜!」
教えろ、教えないで飛びかかって来る菊丸とじゃれあって、しまいには2人して笑い出すほど楽しかったけれど、
そろそろ時間的に他の部員も登校してくる頃だ。
この辺で気分を切り替えてお互いに朝練モードにしておかないと朝から手塚に走らされるハメになる。
まだ遊ぶ気まんまんでじゃれついてくる菊丸の頭を大石はぽんぽんと軽く叩いてなだめながら、
「今日は部活終わったらまっすぐうちに来るだろ?」
と菊丸の意識を他へ向けてやる。
「もっちろん!もう準備万端パーフェクト〜!」
「母さんも英二を招待できるって朝から張り切ってたからご馳走は期待できると思うよ」
「やたっ!おばちゃん料理上手だからすっげー楽しみ〜。」
今年こそ大石家お誕生日会に参加だー!と妙な気合の入れ方をしてコートへ出て行こうとする菊丸の後姿を見送りながら
自分もすでに自宅での誕生日祝いへ向けて思いをはせていることに気がついて大石は苦笑いした。
ささやかだが家族に祝福してもらえる誕生日もとても嬉しいけれど、そこに英二が加われば嬉しさも楽しさも倍になる。
よし、と気合を入れなおして自らもコートへ出ようとドアに手をかけた大石は、部室に向かってくる数名の足音と菊丸の明るい弾んだ声を耳にする。
「あ、手塚!今日は大石の誕生日だからねっ!」
「菊丸。朝はまずおはようの挨拶からだと幼稚園で習ってこなかったのか」
「乾〜!今日は大石の・・・」
「4月30日は大石の誕生日。そして英二がいつもより20分早く来る確率は99.5%だ」
ドアの外から聞こえてくるやりとりに思わず吹き出しながら、大石は部室のドアを開けた。
-end
(04・04・30)