からくり猫の見る夢は 1
大石は民間旅客機の窓からだんだんと近づいてくる光の海を眺めていた。
夜空にはサーチライトが様々なメッセージを照らしだし、ビルの壁面を使った巨大な広告塔が次々と商品を映し出す。
眩いばかりのネオンサインが輝く街はおもちゃ箱をひっくり返したような賑やかさで、ガラス玉でできた紛い物の宝石のようにただむやみに色鮮やかで安っぽい。
地上に降り立てば街は音楽のようにありとあらゆる言語が飛び交い、雑多な人種と、それぞれが持ち込んだ文化で混沌とした一種独特な世界を創り上げている。
進化し発展していく科学と、歴史や習慣といった過去の遺物に縛られる人間たちと。
そんな諸々が不思議と苦も無く融合している、それが今この宇宙で一番栄えている地球という星の有様だった。
小型の飛空艇が飛び交う中を旅客機は滑らかに滑走路へと向かう。
浮かれる観光客や忙しげに足を速めるビジネスマンに混ざって大石は空港へ降り立った。
元々長く滞在するつもりもない荷物は僅かに肩にかけたショルダーバッグ1つ。
何年着ているのかわからないくたびれたコートの襟を合わせ、大石は空港のすぐ脇にある車寄せへ向かう。
客待ちをしていた車に乗り込み、行先を告げるとまた光の渦になっている街を眺めた。
その電話はある日唐突にかかってきた。
最近では滅多に鳴ることも無くなった電話を大石は訝しげに眺める。
友人知人とも縁遠くなった今日では好ましい電話だとも思えない。
無視してしまおうかとも思ったが、元来の生真面目さがそれをさせなかった。
大石はうるさく鳴り続ける電話の受話器を渋々持ち上げる。
「はい、大石です」
「タイレル社の黒部です。ずいぶん久しぶりですが元気にしていますか?」
ああ、と大石は心中で溜息をつく。
やはり取るのではなかったと激しく後悔しながら恨めしげに電話を睨んだ。
全宇宙でも五指に入る大企業タイレル社、そして地球にある本社の現社長が黒部だ。
さらに言えば、昔の大石の勤め先でもある。
退職し、隠棲するように緑の惑星に移住して十数年。
過去には何度か以前の仕事の依頼も舞い込んできたが、断り続けた最後の依頼はもう6、7年前になる。
「その節はお世話になりました」
今すぐ電話を切りたい欲求にどうにか耐えて大石は口を開く。
「実は君に依頼したいことがあります。過去の恩を売るつもりはありませんが、社長の私直々の頼みだと思って一度社の方に顔を出してもらえませんか」
予想通りの言葉に大石は溜息を深め、頭の中で断りの言葉を探す。
だが、そんなことは百も承知の黒部は畳みかけるように続けた。
「もちろん君が引退したことは知っています。話を聞いた上で断るのは君の自由ですよ」
こうなると行かずに済ますことはできない。
昔と変わらない黒部の強引さに大石は早々に観念した。
「・・・わかりました。お伺いします。ですが、お話を聞くだけになると思いますよ」
「旅費とチケットはすでに手配済みです。明日中には届くでしょう。では、お待ちしています」
プツリと切れた通話に大石は手荒く受話器を戻す。
明日中にチケットが届くということは、元より黒部は大石に断らせる気など無かったということだ。
「・・・相変わらずだな」
黒部は相手に有無を言わせない押しの強さと、物事を最短最善で成し遂げる敏腕さで本社の社長にまでなった男だ。
その用意周到さを見れば、今日の電話を無視したところでタイレル社に出向くという結果は変わらなかっただろう。
「仕方ない、行くだけ行って、仕事だけは・・・どうにか断って」
大石は再び溜息をつく。
黒部の申し出を断れる可能性などゼロに等しかった。
タイレル社の前で止まった車から降り、大石は正面玄関に入る。
ドア脇の照明に紛らせたカメラが微かな作動音を立てた。
入ってきた者の姿を捕らえ、社員か客かを判別し、なおかつ客であった場合はアポイントのある者かを照合する。
セキュリティの為に荷物を含めた全身も併せてスキャン済み、危険物など持ち込もうものなら即座に警報が鳴る仕組みだ。
「ようこそおいでくださいました、大石様。奥のエレベーターをご利用ください」
正面奥の受付から出てきた愛想の良い金髪美女が大石を通路奥のエレベーターへと案内する。
好感の持てる過不足の無い美貌と均整のとれた体つき、そしてタイレル社の受付嬢となれば間違いなく彼女はレプリカントだ。
レプリカント――人間そっくりに作られた高性能アンドロイドはタイレル社の主力商品である。
美人の受付嬢から、惑星改造に使われる筋骨隆々とした労働者のレプリカント、果ては犬猫や爬虫類といったペットのアニマロイドまで、ほとんどの生き物という生き物でタイレル社のカタログに載っていないものはない。
そして価格も生身の人間を終身雇用するよりは安く済むとなれば、使わない手はないと経営者は考える。
そうしてレプリカント達は急速に市場に出回り、売れれば売れるほど潤沢な予算を与えられる商品開発部は改良に改良を重ね、昨今では生身の人間と見分けをつけるのも難しかった。
チンと軽い音がしてエレベーターが止まる。
社長室のある最上階だ。
エレベーターのドアが開き、見慣れた廊下と社長室のドアに大石の記憶が刺激される。
思い出されるのは幾度も繰り広げなくてはならなかった死闘の数々、そして後味の悪い結末。
大石の胃はきりきりと痛みを訴える。
やはり来るのではなかった。
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