からくり猫の見る夢は 11
大石は社長室から出て下りのエレベーターを待つ。
社長室と隣接する秘書室のみの最上階へは行き来する者も限られている為、ほどなくしてエレベーターが上がってきた。
開いたドアにすぐさま乗り込もうとした大石は、入れ違いにエレベーターから降りようとした相手と危うくぶつかりそうになり、とっさに脇に避ける。
同様に素早く後ろへ引いた相手と束の間目が合った。
目立つ銀髪に細身の黒スーツを着た男は、鋭い目つきで大石をちらりと見ると、口元に微かな笑みを浮かべて会釈してくる。
大石も軽く会釈を返して男が降りたエレベーターに乗り込んだ。
1階へのボタンを押し、ドアが閉まってから、今の銀髪をここ最近何度か見かけたことを思い出した。
特に接触があった訳ではなく、ただ道ですれ違ったり、買い物に行ったマーケットで見たことがあるだけだ。
タイレル社の最上階で会ったりしなければ、この近辺で働くか住んでいるかしている男だとしか思わなかっただろう。
大石は先ほどの相手の態度や目つきを思い返す。
向こうは明らかに大石を知っていた。
何者だろうか。
タイレル社の社員、もしくは大石のようにフリーで雇われている者か。
いずれにしても、最近よく見かけていたのは、もしかしたら偶然ではなかったのだろうか。
**
定時の退社時間を3時間も過ぎた頃には社内で灯りの点いているフロアも数少ない。
黒部は最上階の社長室から7階下の開発部長室へ出向いていた。
「忙しいのにわざわざ来てもらっちゃって悪いねぇ、黒べえ」
同期の気軽さから社長相手とは思えない口ぶりで斎藤が出迎える。
ひょろりとした長身に白衣を引っかけた仕事着のまま黒部にコーヒーを手渡した。
「忙しいのはお互い様です。どうでした、柳蓮二のデータは」
「面白かったよ。幸村精市のデータと合わせると特にね」
はい、これ、と斎藤が黒部の前に分厚いバインダーの山を築く。
1冊がおよそ15センチにも及ぶバインダーは全部で6冊ある。
先に回収した幸村と今日回収できた柳、それぞれから取り出したデータで火星クーデターに関する部分を抜きだしたものだ。
レプリカントが自発的にクーデターを起こそうとしたきっかけ、そして実際に行動に移した時の心境や思考、アクシデントで計画が頓挫するまでが詳細に亘って記されている。
「今回は元々警告の意味だったからクーデターが失敗したのはいいとして、次はどうするんだい?」
「初めは3年後と考えていましたが、予想以上に火星の馬鹿者は神経が太いようなので時期を早めることにしました。来年、タイレルとは別ルートで時限装置付きのレプリカントを数体送り込みます」
「・・・おやおや」
澄ました顔でコーヒーを飲む黒部を斎藤は興味深げに観察する。
黒部はどんな時でも冷静で冷徹で冷血だが、時折こうして感情を垣間見せることがある。
元々、火星でのクーデター案件は惑星間の権力闘争から生じたもので、現在の火星最高権力者を失脚させることを目的にした内密の依頼だったが、黒部の側にも引き受けるだけの理由があったということだった。
より人に近いレプリカントの研究開発を日々行っている斎藤にしても、火星から不良品だの出来損ないだの言われて返品されてくる、故意に破壊されたレプリカントを見れば溜息のひとつも出る。
意趣返しとまでは言わないが、黒部から相談された火星でのレプリカントクーデターに反対しなかったのはその為だ。
「まぁ、そっちの方は黒べえに任せるよ。発注書を出してくれればそれに沿ったのをデザインするから。それと、柳の初期化が終わったけど、行先はどこだい?」
「研究室が最適です。・・・柳のデータ処理能力が加われば研究室は人を減らしても充分稼働できますね。現在の研究員を3人程他部署へ回しましょう。ちょうど企画から人手が足りないと言われたところですし」
「研究室ね、了解。もう記憶は消したけど性格データは元のままだから、元同僚・幸村とはまたいいコンビになって仕事してくれるよ」
「他の惑星に逃走していたレプリカントも回収できましたし、火星組は残り1体ですね。こちらも今週中には決着がつくでしょう」
黒部が飲み終わったコーヒーカップを受け皿に戻す。
ごちそうさまでしたと言って席を立ち、残りの仕事を片付ける為最上階の社長室へ戻って行った。
「真田かぁ。あれは一騎当千だからなぁ、ハンターは大変だろうなぁ」
飲み終えたカップを流しに運びながら斎藤は真田の身体データを思い出す。
テストで戦闘型レプリカントと戦ったのをモニタリングしたことはあるが、実際の戦闘シーンは観ていない。
興味はそそられたが観戦などすれば巻き添えを食うのは必至と思い直して自重することにした。
**
裏通りの入り口にある屋台で得体の知れない多国籍風料理を晩飯にした大石は、今晩の宿をどうしようかと思いあぐねていた。
まだ荷物が置いてあるから菊丸の所に一度は帰らなくてはならないが、昨日の今日では気も重い。
いっそどこかの安宿で一泊して、明日まだ陽の高いうちに菊丸の所へ挨拶がてら荷物を取りに行こうかとも思ったが、それも卑怯なことに思えた。
菊丸はあれからどうしただろうか。
まだ部屋に閉じこもったままでいるのだろうか。
顔を合わせるのは気まずいが、かといってどうしているかわからないのも気にかかる。
大石は大きくひとつ息を吐くと腹を括って菊丸の家に向かって歩き出した。
菊丸を今のような状態にしたのは自分なのだから、その責任は取らなくてはならない。
罵られようが殴られようが泣かれようが、甘んじて受けるくらいしかできることもないのが現実だ。
借りている合鍵で玄関のドアを開け、住居にしている2階に上がる。
今朝と同じ、しんと静まり返ったままの暗いリビングを見回すと溜息がこぼれた。
間借りしている部屋へ知らず知らずのうちに足音を殺して歩き、途中にある菊丸の部屋を通り過ぎる時は耳をそばだてる。
部屋にいるのかいないのかもわからない静けさに、また胃がきりきりと痛んだ。
そっと自室のドアを開け、音を立てないように閉める。
部屋の灯りをつけても途方に暮れる気持ちは明るくはならない。
ソファベッドに腰を下ろしてコートを脱いでも落ち着かず、菊丸の部屋に声をかけるべきだったかを迷う。
返事はなくともせめてドアをノックして、ドアの外からでもいい、脱走レプリカントのひとりを回収できたと報告するべきだろうか。
それとも菊丸自身がある程度ショックから立ち直るまでは、そっとしておくのが優しさだろうか。
考えれば考えるほど袋小路に嵌り込むようでどうしていいかわからない。
「・・・まいったな」
再び重い溜息をついた時、唐突に部屋のドアが開いた。
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