からくり猫の見る夢は 13




射し込む朝日の眩しさに大石は目を覚ました。
傍らの温もりに首を傾ければ、柔らかな癖のある赤毛が枕に半分埋もれている。
背を向けて寝入っている菊丸が、安らかな寝息を立てているのに大石はほっと安堵の息を吐いた。
眠れるということは精神的にいくらか落ち着いたということだ。
・・・疲れただけかもしれないが。
物音をたてないようにそっと半身を起こす。
僅かに菊丸の肩を照らしていた朝日がそれで遮られた。
毛布からはみ出している裸の背、肩から背中に続く綺麗なラインに思わず見惚れ、見惚れた自分に苦笑いしながら毛布を引き上げた。
総じてレプリカントたちは美しい。
顔だけではなく、姿形、手足の末端まで人の理想を極めた姿で造り出されるからだ。
その上、老いることもなく、どれほど怠惰な生活を送っても体型や表情にそれが現れることもない。
あらかじめ優秀な頭脳を持たせることも可能、性格や気性はどうにでも設定可とくれば、まさに理想的な、人が一度はこう生まれてきたかったと思う典型を造ることも不可能ではない。
だが、それはあくまでも人間側の理屈だ。
大石は窓の外、白く輝く朝の街を見る。
昨日戦った柳は充分に美しい容姿を持ち、人とは比べ物にならない優れた知能を持っていた。
人であれば幸せな人生を望むこともできたであろう柳は、最後に自壊行動をとった。
レプリカントに生まれついたばかりに、などという同情をするつもりはない。
ただ考えてしまうだけだ。
人はレプリカントを生み出し、そしてどうしたいのだろうかと。



**



充分に睡眠を取った時のようなすっきりとした目覚めだった。
起き上がろうとした菊丸は、自分にかかっている毛布が普段使っているオレンジのフェイクファーと違う事に気付いた。
ショッキングピンクのゼブラ柄、これは大石に貸していた毛布だ。
そこまで考えて頭の中に昨日までの諸々がクリアになって蘇る。
そうだ、空っぽになった気がして、終いには指ひとつ動かすその動きさえ全てプログラムされているように思えて、考えるうちに自分が誰なのかすらわからなくなった。
ひどく怖くて、気が狂いそうで。
部屋の窓を叩き壊して鳥みたいに飛べば苦しいものから逃れられるかもしれない、そう思った時に大石が帰ってきた物音が聞こえた。
窓に向かう代わりに大石の部屋へ行った。
大石には聞こえたんだろうか。
声にならない、タスケテ、という悲鳴が。
『英二』
昨夜の声がまだ耳に残っている。
人ではないけれど、自分は菊丸英二で間違いないのだとわからせてくれた。
見失っていた自分をあの声が呼び戻した。

菊丸は背後に大石の気配を感じる。
不思議と気分は落ち着いていた。
ああ、オレってレプリカントだったんだ、今ならそう受け入れることができる。
擬似記憶として植え付けられた家族のことを思い出せば悲しいけれど、例え嘘でも辛い時や落ち込んだ時は支えられてきた大切な記憶。
自分の家族ではないけれど、実在するのだから遠くからでもいい、一度会ってみたいとさえ思う。

寝返りを打つと気付いた大石が振り返った。
「おはよう」
穏やかな声が耳に心地良くて菊丸の口元に笑みが浮かぶ。
「おはよ、おーいし。早起きだね」
自然に笑えた。
昨日までの壊れそうな痛みはもう無い。
大石の手がすっと伸びて、菊丸の顔にかかる髪を掻き上げるように梳く。
気持ちよさにもう一度寝入ってしまおうかと思った菊丸だったが、大石の瞳は深く沈み何か言いたげなので、じっと見つめて待った。
大石はまるで懺悔でもするようにゆっくりと口を開く。
「・・・真実を知れば傷つくことはわかってた。他に方法が無い訳でもなかった。・・・これは俺の明らかな選択ミスだ。謝って済むことじゃないのはわかってるけれど、謝らせてほしい。すまなかった」
「大石が言わなければ、ずっとオレはレプリカントだってことを知らずに過ごせたかっていうと、たぶん無理だろうなって思う。遅かれ早かれ知ったことだし、それなら大石のせいじゃないよね」
「でもこんな形で知ることはなかった。タイレル社からの通知ならもう少しまともな形で、」
言い募る大石の手を取って菊丸が止める。
そうじゃない、大石のせいじゃない。
これはたぶん、全部あらかじめ仕組まれてたことだ。
「オレね、先月の初めに秘書室に異動したんだ。時期外れで不思議だったんだけど、今思えば、社長はオレを大石に付ける為に開発から引き抜いたってわかる。レプリカントハンターの大石と行動してればオレの正体だってバレて当然じゃん?だからこれはきっと、社長の思惑通りなんだよ」
大石の顔が苦虫を噛み潰したみたいに歪む。
「・・・なぜそんなことを?」
「さぁ?オレにはそこまでわかんない。でも、まだ1ヶ月ちょっとだけど秘書やってみて、社長の物の考え方ってオレには想像できないくらい、四方八方に伸びてるなって思ったことはあるよ。タコみたいだって思った。8本の足がうにゅーってあちこち伸びるみたいなイメージって言ったらわかる?」
菊丸は手の指をタコの足に見立ててうにゅうにゅと動かしたり伸ばしたりして見せた。
例えがおかしかったのか大石が笑い、思い出すように目を伏せた。
「・・・そういえば柳も言ってた。黒部の行動には無駄が無く、全てに意味があると」
「うん、そう。タコってところをちゃんと言葉にするとそんな感じ」
大石が深く考え込むように黙り、そして溜息を吐きだした。
「わかってるんだけどな、黒部とは長い付き合いだし。でも時々理解を超えるっていうか、理屈ではわかっても感情がついていかない時がある。なぜそこまでするのか、って思うんだ」
「・・・そっか、だから大石はタイレル社を、レプリカントハンターを辞めたんだ」
菊丸の言葉に大石が驚いたように目を見開いた。
「違った?」
「・・・いや、その通りだよ。すごいな、菊丸は本質を見抜くのか」
今度は菊丸の目が丸くなり、続けて悪戯っぽく眇められた。
「英二、って呼んでくれるのは夜だけなの?」
えっ、と言葉に詰まった大石がうろたえたのを見て菊丸が笑いだす。
まいったなと頭を掻いた大石が、コーヒーを淹れてくる、とその場から逃げるみたいにキッチンへ行く。
その背中に、オレの分も!と菊丸は笑いながら声をかけた。





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