からくり猫の見る夢は 14




菊丸が用意してくれた軽いブランチを取り、食後のコーヒーを飲み終えて大石は時計を見た。
午後2時を少し回ったところだ。
「やっぱりオレは行かない方がいい?」
向かいの席から菊丸が聞くのに大石は頷く。
「残りの1体は完全な兵士型レプリカントだ。黒部から貰った資料にも攻撃力は標準より高いと書いてある」
「最新型の兵士レプリカントじゃオレの出る幕はないかぁ。足手まといになって2人であの世行きじゃ笑えないし。いいよ、留守番してる」
肩を竦めた菊丸が目線で大石にコーヒーのお代わりを尋ね、大石はそれに首を振って応えた。
「もう行く?」
「ああ。柳の時は最初から最後まで向こうがお膳立てしてくれたが、真田はそういうタイプでもなさそうだ。向こうが見つけやすいように俺が動いていた方がいいだろう」
「伝説のハンターに野暮言うようだけど、マジ、気をつけて。最新型の戦闘マシーンならその辺の廃墟ビルなんか一瞬で解体できちゃうから。それも素手で」
「・・・気の重くなるような忠告をありがとう」
げっそりした顔で席から立ち上がった大石を菊丸が笑う。
「とにかく、無事で帰ってきたらご馳走作ったげる。任務達成記念にね」
「任務達成記念と、レプリカントハンターから完全に足を洗った記念日にもしたいとこだな」
部屋のドア脇にあるコート掛けから自分のコートを取り、大石は袖を通す。
リビングから見送りに出てきた菊丸は大石の言葉に、じっとその背を見つめた。

大石を送り出す為に菊丸がドアを大きく開ける。
出かけようと部屋を出て、階段を数段降りた大石の背中に菊丸の声が投げかけられた。
「ハンターを辞めるなら、少なくとも大石に狩られる心配はないね。オレ、もうタイレル社には戻らないから」
突然の菊丸の告白に大石は驚き振り返る。
だがすでに菊丸は部屋のドアを閉めてしまっていた。



**



表通りから裏通り、人目に付きそうな場所へわざわざ立ち寄り、時にはベンチや柵に腰掛けて休息を取りながら大石は真田を待った。
歩きながら道行く人を注意深く見ていたが真田らしき男はいない。
時折頭の中を菊丸の言葉がちらついたが頭の隅に追いやった。
真田は片手間で倒せるような相手ではないのだ。
菊丸の忠告が無くとも、兵士型レプリカントが敵としてやっかいなことは身をもって知っている。
大石は過去に1度だけ、民間で違法な改造を受けた兵士レプリカントと戦ったことがあった。
その時はタイレル社から指示を受けたレプリカントハンター3人で挑み、どうにかターゲットを捕らえたものの、3人ともかなりの痛手を負った。
確か1人は、その時の怪我が元でハンターを辞めたはずだ。
当然ながら兵士型レプリカントは戦闘のプロだ。
腕力や瞬発力、反射神経など戦闘における全ての基本能力が、訓練したとはいえ元は一般人のレプリカントハンターとは桁が違う。
ただし、通常は兵士型レプリカントの脱走などはまず無い。
戦闘力の高さからトラブルにならないよう二重三重の制御装置がかかっており、雇用者の命令に1つでも背けばその場で頭脳回路や動力炉が停止する仕組みになっている。
その上、気質や性質も雇用者を絶対的な主として従事するよう作られていた。
だが、柳同様、真田にもそういった抑制装置は無いとみて間違いない。

歩いているうちに街は夕暮れに染まり、それを過ぎれば徐々に空は暗く、逆に街は眩いほど明るくなる。
攻撃的に目を射る店頭のイルミネーションに頭痛を覚え、大石は表通りから1本裏の道へと入った。
屋台が連なる裏通りも明るかったが、安っぽい裸電球が並ぶ灯りは柔らかで温かみがある。
店先を歩くうちにアジア風香辛料の匂いが大石の空腹を刺激する。
屋台にいる客を覗き込むと、どんぶりより小振りな椀に入った麺をすすっているのが見えた。
少し腹ごしらえしておくか、と大石も空いてる席に座る。
出てきたのは米粉で作られたフォーという麺料理だった。
備え付けの薬味入れからよくわからない乾燥したハーブのようなものを入れて麺をすする。
酸味の効いた汁とクセの強い香草が意外に美味い。
あらかた食べ終え、残りの汁を飲み干そうと椀を傾けた大石の隣に新たな客が座った。
視界の端をかすめた銀髪にハッとして振り向けば、それは先日タイレル社の最上階エレベータですれ違ったあの男だった。
箸を持つ手を止めて凝視する大石に男が苦笑う。
「そう睨んどらんで、さっさと食うた方がよかよ。麺は延びたら不味なるからのう」
なぜこの男がここにいるのか。
大石の脳裏に疑念と確信が渦を巻く。
偶然なのか、それとも。
「・・・君は何者なんだ?」
「見当、ついとるんじゃろ?」
男は人を食ったような薄笑いを浮かべて屋台の親父に大石と同じものを注文した。
「・・・ハンターだな」
「ま、伝説と呼ばれるような偉業はなんも無い、しがない雇われハンターじゃけど」
へらへらと笑っているが男の目付きは鋭い。
しがないどころか、あの黒部がいるタイレル社に雇われるハンターなら、立派に一流と名乗れる。
食べる気の失せた大石は、箸と椀をテーブルに置いた。
ふいに出掛けに聞いた菊丸の逃亡予告と隣に座る男が重なる。
タイレル社の雇われハンター。
大石のように特定のターゲットを仕留める為に雇われたのでないとすれば、彼らの仕事は。
レプリカントが社員の3割を占めるタイレル社でのハンターの仕事とは。
「お前のターゲットは・・・誰なんだ?」
息を詰めて大石が聞く。
だが、男は聞こえぬふりで盛大に麺をすすり始めた。



**



「さて、そろそろ行くか」
窓から刺す月明かりに真田はぐるりと部屋を見回す。
椅子やテーブルといった元から廃墟に残されていた僅かな家具が、月光に照らされ白く浮かび上がる様は寒々しい。
床には細かな破片になるまで粉砕された端末の残骸が転がっている。
柳が使っていた端末だ。
『お前がここを出る時に壊しておいて欲しい』
そう柳が望んだから、二度と再生などできないくらい徹底的に破壊した。
もうこの部屋ですることは何も無い。
半月を過ごした部屋だったが愛着も執着もなかった。
居心地が良かったのは部屋のせいではなく、一緒に暮らしていたのが柳だったからだ。

真田は部屋を出てゆっくりと階段を降りる。
伝説のハンターが住んでいるところは柳から教えられていた。
ここからそう遠くない、タイレル社の秘書が住むアパルトマンに間借りしているらしい。
真田の頭に大袈裟な計画などなかった。
出向いて呼び出せばついてくるだろう程度に思っている。
戦闘型レプリカントなのだから、策を弄するよりも力押しでこそ本領発揮できるというものだ。
ただ、力がどれだけあっても役に立たないことが多過ぎた。
強制送還される幸村を救う事も奪回することもできず、火星からの逃亡でも仲間の全てを守れなかった。

真田は冷えた月の輝く夜空を見上げる。
もう動力炉の活動時間を気にする必要も無い。
最後の大舞台では己の力を遺憾なく発揮して闘えるだろう。





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