からくり猫の見る夢は 15




とうとう銀髪の男は最後までターゲットが誰なのか明かさなかった。
のらりくらりと大石の追及をかわし、ふらりと立ち去っていく。
残された大石は、男の座っていた席にぽつりと置かれた小さな折り紙の馬を見つめる。
話しながら器用に折られた馬の額には1本の角があった。

今夜、こうして接触を図ってきたということは、やはりあの男のターゲットは菊丸なのだろう。
自分がレプリカントだと知らされていなかった菊丸は、タイレル社の実験に使われていたか、もしくは発売前の試作機である可能性が高い。
大石は食事代の小銭をテーブルに置き、屋台から立ち去る。
レプリカントハンターが動くとしたら菊丸が行動を起こした後だ。
つまりは今回の火星脱走レプリカントを全て捕らえ、大石が任務を完了し、菊丸がタイレル社の秘書に復帰しなかった場合、ということになる。
大丈夫だ、まだ時間はある。
大石は出掛けの菊丸との会話を思い出す。
任務完了したらご馳走で祝ってくれると言っていた菊丸が、黙っていきなり姿を消すことはないだろう。
まずは真田だ。
大石は再び表通り、裏通りと歩き回る。
任務完了後に自分がどの程度動くことができるかまだ予測がつかない。
戦闘型レプリカントの真田とまともに戦えば無傷でいられる保証は無い。
せめて腕や足の骨折程度なら杖をつくなりして動くこともできるが、数ヶ月入院する羽目にでもなれば、菊丸を逃がす手助けなんて到底不可能だ。
真田を捕らえてタイレル社に引き渡し、その後で状況をみて菊丸を安全に逃がす方法を考える。
今はそれが一番確実に思えた。


**


菊丸は部屋の真ん中に座って荷作りをしていた。
持って行ける荷物は普段使っているショルダー型のバックに入る分だけだ。
タイレル社には社内で勤務するレプリカントを監視するハンターが常駐している。
あくまでも大石を見送りに空港へ行ったと装わなくてはならない。

タイレル社から脱走することを考えついたのは今朝だった。
黒部は何らかの意図を持って自分を大石のサポートとして付けている。
それなら目的が果たされた後はデータ回収、初期化というのが通常のパターンだ。
どちらも菊丸は絶対に嫌だった。
レプリカントであるのは今更言っても仕方ないので受け入れるが、だからと言って好き勝手されることまで許容した訳ではない。
しかしそんな抗議が通るはずもなく、嫌なら逃げるしかなかった。
菊丸の計画は、大石と一緒に緑の惑星へ行くことだ。
まだ大石本人に了解を得た訳ではないが、大石は断らないだろうと菊丸は思う。
もっとも、断られても押し掛けるつもりでいるからどちらでも問題はない。
飛行機のチケットは開発にいた時の親友だった不二に連絡して手配してもらった。
菊丸がレプリカントだったことを知らなかった不二は、これまでの経緯を聞いて黒部のやり方に怒り、意趣返しとばかりに快く協力を約束してくれた。
人間である不二はどこへ旅行に行くのも自由、チケットだって怪しまれずに入手できる。

何を持って行こうか菊丸は悩む。
バックはそれなりに物が入る大きさはあるが、それでも旅行鞄のようにはいかない。
クロゼット一杯の服や靴は、残念だが置いていかなくてはならないだろう。
持って行ける服はせいぜいシャツの1〜2枚、下着や靴下といった最低限の着替えくらいだ。
「あ、そだ。パンツもシャツも重ね着すればもうちょっと持ってけるんじゃん?」
季節はもう冬だ。
どうせ上にコートを着るんだし、多少着膨れても見た目に違和感はそれほどないだろう。
「服はそれでいいとして、」
菊丸は机の上や本棚、小物入れを見回し、ひっくり返す。
ここから逃げてしまえば忘れ物をしたからといって取りに帰ってはこれない。
大事なものを見落とさないよう菊丸は注意深くひとつひとつに目を向ける。
音楽や映画のDISKはまた買えるし、集めた写真集の本も同じ。
でもこれは。
菊丸はアルバムを手に取り、貼られた家族の写真をめくる。
自分の家族ではないとわかっていても捨てていくのは辛い。
ページをめくり、家族全員で写っているものを1枚だけアルバムから剥がして財布に入れた。
他に絶対持って行きたいものと思いながら部屋を見回すが、そういう目で見ると意外と大切なものはほとんど無いのだと気付く。
あると便利、でも無くてもなんとかなる、そういう物ばかりだ。
菊丸はベッドに腰掛けて、そこにちょこんと座っている大五郎の頭をぽんぽんと叩いた。
「お前は大事だけど、連れていくにはちょっと大きいんだよなぁ」
つぶらな黒い瞳をじっと見つめて話しかける。
どうにも離れがたくてぎゅっと大五郎を抱きしめた。
「あー、やっぱ連れて行きたい。どうしよう。・・・あ!惑星便で送っちゃうってのは!?それなら洋服とか靴も、もっと持ってけるかも?」
思いついた名案を早速実行とばかりに、3階物置へ空き箱の物色をしに動きかけた菊丸は、玄関のドアチャイムの鳴る音を耳にした。
「ん?大石かな?でも合鍵持ってるしなぁ」
3階に向かって登っていた階段を回れ右で降りながら菊丸は首を捻る。
もしかしたら不二が来てくれたんだろうか。
再び鳴ったドアチャイムに、はいはいと返事をしながら菊丸は玄関のドアを開けた。


**


日付が変わる頃まで外を歩き回った大石は疲れて重くなった足で帰宅した。
真田はまだ潜伏しているままなのか、それとも行動範囲が異なっていたのか、結局遭遇することはなかった。
明日はどうしようかと考えながら合鍵で玄関ドアを開ける。
2階の部屋へ上がろうと階段を見上げるとリビングから灯りが漏れていた。
菊丸が起きて待っているのだろうと、大石は少し足を速め階段を登り切った。
ただいま、と開きかけた口をそのままに、大石は唖然と部屋の中を見る。
リビングのテーブルを挟んで菊丸と向かい合わせに座っているのは、今日一日探して歩いていた真田だ。
「あ、お帰り、おーいし」
菊丸が立ちあがりパタパタと駆け寄ってくる。
「・・・なんで真田が、」
「大石と闘おうと思って迎えに来たんだって。帰ってくるまで待つって言うから」
呆然とした大石が尋ねると、菊丸から拍子抜けするような答えが返ってきた。
なんなんだそれはと脱力しつつも、今まで敵と差向いでいた菊丸のことが心配になる。
「大丈夫か?脅されたりしなかったか?怪我は?」
「だいじょーぶだよ。お茶飲んでただけだし。顔はちょっと怖いけど、そんなに悪い奴でもなさそう」
菊丸の無事を確認して、大石はひとまずほっと胸を撫で下ろす。
そこへ会話が済んだと見て取った真田が立ちあがった。
「遅かったな。これからでもかまわんか?」
「明日にしてくれって訳にもいかないだろう。いいよ、行こう。場所の当てはあるか?」
「30分程歩くがいい場所がある。付近には住む者もいない。どうだ?」
真田の提案に大石が同意する。
誘導するように先に立ってリビングを出る真田の後を大石が続き、その後を菊丸が追った。
表に出る直前、大石は背後にいる菊丸を振り返る。
「行ってくるよ。それから、今朝言ってた件は俺が戻ってくるまで待ってて欲しい。いいか?」
「もち。オレの計画でも大石は必須だもん。ってな訳で、ちゃんと生きて帰って来るんだぞー、オレの為に」
「ははは。俺も死にたくはないから頑張るよ」
菊丸が差出した拳に自分の拳をぶつけて大石は背を向ける。
少し先で止まって待っていた真田に頷いて歩きだした。





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