からくり猫の見る夢は 16
真田に案内された先は5階建ての廃墟ビルだった。
半年先には辺り一帯が全て更地になる予定だという。
「ビルの解体が少しばかり早くなったと思えばよかろう」
ビルの屋上に出た真田が言う。
大石の頭に素手でビルを解体できると言った菊丸の言葉が浮かんだ。
風が出ている。
空を見上げれば雲の流れは速く、満月に少し欠ける月が雲間に隠れようとしていた。
「さて、始めるか。お前の得物は銃だったな。準備が必要なら待つが」
言われて大石は素直にホルスターから銃を引き抜いた。
柳の時とは違う。
早めに相手を行動不能にしてしまわなければ、勝機どころか命の保証がなかった。
無駄だとは思うけれど、と大石が前置きをする。
「念の為聞いておく。戦わずにタイレル社に出向くなら不要な損傷を負わずに済む。お互いにな。先日戦った柳はすでに復活してタイレル社で働いているそうだぞ」
「俺は戦士タイプとして作られたが火星では労働しかさせられなかった。最後の1度くらい、存分に戦いたいと望んでも不思議はなかろう。壊れたところで必要ならタイレル社がいくらでも修理する」
予想通りの答えに大石は溜息をついた。
どうあっても戦闘は避けられない。
「準備ができたなら始めるぞ」
真田の目が大石を見据える。
標的をロックするような視線に大石の全身が緊張した。
真田がコンクリートの地面を蹴る。
3メートル程度の距離があっという間に詰められた。
大石は迷わず電子銃の引き金を引く。
真田の足を狙ったが余裕でかわされ、すさまじい風圧と共に真田の拳が向かってきた。
間一髪で避けた耳のすぐ脇で、風を切った音が瞬時に鈍い衝突音に変わり、続いて壁が崩れる音がした。
脇の壁を見れば真田の腕が肘までめり込んでいる。
真田が壁から腕を引き抜いている隙に大石は走って距離を取り、2発目の電撃を放った。
これは真田の腿を掠める。
だが真田は全く堪えていない。
壁の中の鉄骨ごと腕を引き抜いたせいで、屋上に出るドア横の壁が音を立てて崩れていく。
体の自由を取り戻した真田が再びかかってくるのに3発、4発と大石は銃を放った。
銃などものともせず向かってくる真田の膝が避けきれなかった大石の肋を数本砕く。
激痛に耐えながら至近距離で引いた引き金が、真田の左肩を打ち抜き、青白い閃光を夜空に輝かせた。
真田が動きを止めたのは僅かに一瞬、左腕が動かないことを確認すると何事もなかったかのように右腕で大石に殴りかかった。
真田の破壊力は予想以上だった。
動きは俊敏で、地面を蹴る足はコンクリートの破片を飛び散らせ、繰り出す拳は壁も鉄柵も難無く壊す。
とてもじゃないが人間である大石がまともに太刀打ちできる相手ではない。
格好の悪い戦法だが、足を使って逃げ回り、隙を見て電子銃を打ち込むだけで精一杯だった。
厚い雲に覆われた空から雨粒が1つ、2つと落ちる。
見る見るうちに雨粒の数は増し、土砂降りになった雨が辺りを水煙で包む。
戦い始めてから1時間が過ぎようとした頃、それまで怒涛の攻撃を繰り出していた真田の動きがようやく止まった。
叩きつける雨に今気付いたとでも言うように真田は空を見上げる。
しばらくそうしていた真田はもうすでに左腕と右目が破損して機能していない。
対する大石も肋の他に左の二の腕を折られ、鎖骨から肩にかけてもひびが入ったか折れたかで断続的な痛みが走っていた。
「・・・レプリカントとはなんだ?」
唐突に聞いた真田の目が大石に向けられる。
もうその目に戦闘の意思がないことは見て取れた。
「人に似たものを創り出し、それを隷属させることにどんな意味がある?」
真田は瓦礫が散乱するコンクリートの地面に腰を降ろし、僅かに残った屋上のフェンスに凭れる。
「わざわざ奴隷に心を持たせて恐怖する様を見るのは楽しいか?」
答えろという真田の視線に大石は力無く首を振る。
「俺にはわからないよ」
「伝説のレプリカントハンターだろうが」
「伝説なんてただの肩書きみたいなものだ。俺には何もわからないし出来もしない。・・・したいと思ったこともない」
最後の言葉は独り言に近い呟きだったが、真田の耳には届いたようだった。
真田は左目だけでじっと大石を見つめる。
その口元がふっと笑みの形に緩んだ。
「今の疑問はよく蓮二が口にしていたものだ。俺自身はレプリカントが持つ心の意味などは考えたことがない」
真田の視線が大石から離れ、遠く雨の向こうを見るように眇められる。
「ただ、火星の、戦う術を持たず、怯え暮らすだけのレプリカントたちは哀れだと思った」
それだけだ、そう言った真田の首がうつむき加減に下がる。
そのまま、もう動くことはなかった。
降りしきる雨を浴びる真田の表情は穏やかだった。
大石は痛む体と心を抱えたまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。
**
仁王は夜更けのカフェでコーヒーを啜りながら、携帯端末を弄び思案していた。
時刻も深夜の2時を回ればさすがに眠気も増してくる。
いくら仕事でも徹夜はきつい。
だが、充分な報酬を貰っている身としては、こんな時間に仕事の指令が入るからといって文句も言えなかった。
黒部直々に言い渡されたターゲットに近く脱走の気配がある。
元より、その可能性があったからこそ仁王が監視役として付けられていた訳だが、懸念は現実になりそうだった。
秘書室勤務の菊丸と仲の良かった不二が惑星間航空機のチケットを手配している。
不二本人も昨日から有休を取っているが、タイミング的に菊丸が依頼している可能性は高かった。
「・・・面倒じゃのう」
どうせなら今すぐ脱走して欲しい。
そうすれば菊丸を捕らえてタイレル社に引き渡せば仕事が終わる。
仁王は欠伸を噛み殺してコーヒーを口に運んだ。
菊丸の脱走のタイミングが今の時点でははっきりしない。
ハンターである大石が脱走に関わってくるなら、真田との戦闘で負った怪我の状況によっても変わってくるだろう。
長ければ1ヶ月近くターゲットから、それこそ一時も目を離せないことになる。
「どうせ動力炉にリミットをかけとるんじゃし、躍起になって追わんでもなぁ」
眠気の襲う頭が思考を拒絶する。
手にしたカップをテーブルに置くと、仁王はカフェの窓から雨の降りそぼる外を見た。
いずれ止むだろうと思っていた雨は未だに頑固なまで降り続いている。
眠くて仕方がないというのに、この雨の中で傘を差しながらターゲットを見張るなど冗談にもならない。
「・・・かーえろっと」
仁王は傘を持ち店を出る。
ターゲットがもし今日脱走したとしたら、それは運が悪かったというだけの話だ。
運よく明日もまだ留まっているようなら、気が向いた時に適当に監視して、更に運が良ければ脱走現場を取り押さえられるだろう。
大欠伸をしながら仁王は家に向かって歩く。
頭にあるのはもはや温かなベッドだけだった。
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