からくり猫の見る夢は 17
真田の回収でタイレル社に連絡を入れると、驚いたことにいつもの回収班と連れ立って黒部もやってきた。
一向に雨脚の治まらない豪雨の中、普段通りの高級なスーツに黒の傘を差した黒部がワゴンから降り立つ。
そして地面から跳ね返る雨飛沫を気にもせず、歩み寄るとずぶ濡れの大石に傘を差しかけた。
「ご苦労様でした。まさに電光石火と言える任務遂行はさすが大石くんです」
にこやかな黒部の労いの言葉に、たった今ワゴンへ運び込まれようとしている真田の姿が重なり、大石は苦くやるせない気分になる。
真田と黒部、友人にしたいのはどちらかと聞かれたら、大石は迷うことなく真田と答えた。
無言でいる大石を見てどう思ったのか、もしくは他人の心情など意に介さないのか、黒部は笑顔のままで大石をワゴンに促す。
「超Sクラスの兵士型レプリカントとの戦闘なので、念の為社内の医療施設を待機させてあります。いくら大石くんでも無傷とはいかなかったでしょうから、診察を受けてください」
聞こえは柔らかいが相手に有無を言わせない、人を従わせることに慣れた黒部の物言いに大石は溜息をつく。
黒部に対しては諦観しかなく、それが大石の疲労を何倍にも増幅させる。
「・・・わかりました」
黒部に傘を差しかけられたまま大石はワゴンに乗り込む。
車内のソファに身を沈めた今になって、体のあちこちに負った骨折が腫れ始め、酷く熱を持っていることに気付いた。
**
タイレル社の医療施設は、規模こそ小さいが最新の設備が整っている。
大石の全身に医療スキャンをかけ、ひびを含む骨折箇所を正確に把握したスタッフは、手慣れた様子で骨の再構築を早める施術を行う。
経口薬や注射に加え、骨折箇所に赤い医療用ライトが当てられる。
スタッフの話では内蔵の損傷が無い為、2日でほぼ完治するということだった。
2日、そう聞いて大石が真っ先に考えたのは菊丸のことだった。
治療の間、タイレルの医療室にいることを菊丸に伝えておかなくてはならない。
大石が戻らないからといって、まさか1人で脱走を実行するとは思わなかったが、いずれにしろ今はおとなしく普段どおりの生活をしていた方が無難だ。
タイレルに雇われている銀髪のハンターのこともある。
「済まないが、電話を貸してもらえないか」
スタッフの1人に声をかけると、彼は申し訳なさそうに首を振った。
「この部屋にあるのは、隣の事務室と繋がるインターホンだけです」
「携帯電話は?」
「この部屋では使用できません。・・・急ぎの用でしたら、私が代理でかけましょうか?」
親切なスタッフの申し出を丁重に断り、大石は目を閉じる。
疲れが出たのか、急激に眠気が襲ってきた。
大丈夫だ、そう大石は自分に言い聞かせる。
聡い菊丸ならどうにかして自分がタイレルで治療を受けていることを掴むだろう。
**
ちょうど昼時ということもあり、研究室の中はよほど手が離せない者以外は出払っている。
そんな中、自席で端末を睨んでいた幸村が昼食の為外出しようとしていた柳を呼びとめた。
「蓮二、ちょっと来て」
「どうした?何か面白いものでも見つけたか?」
どんな事にも一通りの好奇心を示す柳と違い、幸村は面白いと感じた事に強い好奇心を示す。
まだ同僚となって日は浅いが、思いのほか気の合う幸村の性格データを柳は確実に把握していた。
「これなんだけどさ」
幸村が示した画面はタイレル社のデータベース、その中でも社外秘・特Aクラスの情報だった。
これが閲覧できるのは社内でも部長以上になる。
「ふむ。これの何が興味を引いたんだ?」
「それがよくわからないんだ。でもなぜか読まなきゃいけない、って強迫観念にかられてさ」
本当に自分でもわからないのだろう、幸村はひたすら首を傾げている。
その子供みたいな仕草に柳は笑みをこぼした。
言っているのが幸村でなければ聞き流すような話だ。
「理由はわからないが読みたい、では申請は通らないな。アクセスできるか試してみてもいいが、社内からだと痕跡が残るぞ?」
「さっすが蓮二!話が早い!もう最高!!端末は俺が用意するよ、もちろん社外で!」
喜びのあまり席を蹴倒して飛びついた幸村に抱き締められて柳は笑う。
「もしアクセスできても長時間侵入していれば防御システムに気付かれる。専用ソフトで高速ダウンロードをかけても、取り出せる資料はせいぜいが1つか2つだぞ」
「充分だよ。俺が見たいのはこれだけだから」
そういって幸村が差した資料は今から5年前の物で、特Aにさらに制限がかけられている印の”が付いていた。
柳は画面のタイトルを目で追う。
『火星:レンタル/レプリカントデータ』か。
「それじゃ蓮二、今日の夜に俺のうちに来てよ。それでさ・・・」
早速とばかりに幸村が予定を立て始める。
この特Aデータの何が引っ掛かったのか柳にはわからなかったが、とりあえず幸村に当てにされるのは悪い気分では無かった。
**
鞄を開けて最終確認を終えた菊丸は、気持ちを静めようと大きく深呼吸した。
真田との戦いで怪我を負った大石が2日ぶりに戻ってくる。
大石次第では今日にもこの地球から出奔することになりそうだった。
怪我をした大石がタイレルの社内にある医療施設で治療中と連絡をよこしたのは、驚いたことに黒部自身だった。
黒部は大石の容体と治療にかかる日数を伝え、併せて菊丸のサポートに対しても礼を言ってきた。
さらに驚いたのは、サポートを務めたご褒美として1週間の特別休暇まで貰えたのだ。
黒部の意図は菊丸にはわからない。
だが、休暇が無ければすぐにも秘書室勤務に戻らなくてはならず、そうなれば休憩時間や業務時間内で何か理由を作って外出し、空港に出向かなくてはならなかった。
そんなことをすれば、すぐにタイレル社のハンターに追われるだろう。
「よくはわかんないし、罠っぽい気もするけど。でもやれるとこまでやるって決めたし」
緊張なのか興奮なのか、ざわざわと落ち着かない気分を菊丸は再び深呼吸で押さえつける。
この2日間で全て支度は終えた。
大五郎や洋服類は荷作りをして、今から1週間後に惑星便で送ってもらえるよう友人に頼んである。
ナイトクラブで知り合った、タイレル社とは関わりの無い遊び友達だ。
後は目の前の、普段も持ち歩いている鞄だけが荷物になる。
「あー、なんかもう、そわそわするーっ!大石、早く帰って来いよー!!」
思わずそう叫んだ時だった。
玄関チャイムの音が聞こえ、菊丸は待ち人来たりと満面の笑顔で階段を駆け下りる。
脱走することだけに気を取られていた菊丸は、大石が合鍵を持っていることをすっかり失念していたのだった。
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