からくり猫の見る夢は 18




部屋の呼び鈴を押す。
ぱたぱたと走る音がしたかと思うと、誰何する声も無くいきなりドアは開いた。
予想していた相手と違ったのか、覗いた顔は満面の笑顔が一瞬にして不思議そうなものに変わる。
仁王は極力人好きのする作り笑いを浮かべて自己紹介した。
「こちらに大石さんがいるって聞いたんじゃけど。あ、俺は昔、大石さんと一緒にハンターしとった仁王といいます」
「大石の仲間だった人?」
「はい。地球に来とるって聞いて、つい懐かしゅうて。良かったら会えんかと思って」
にこりと笑って見せれば菊丸からも笑顔が返ってきた。
反応は悪くない。

真田と戦っていた大石の怪我が完治するのが今日だ。
菊丸が脱走するなら今日だろうと予想して、この2日間、菊丸の周辺にずっと探りを入れていた。
脱出にはそれなりの準備がいる。
飛行機の手配であったり、荷作りや荷の発送手配、友人たちへの連絡などだ。
仁王の勘は当たり、菊丸の交友関係から1週間後に荷物を送るよう頼まれた人物を見つけ出した。
確証は取れなかったが、元同僚の不二が今日発着の航空機チケットを手配している。
これだけ材料が揃えば仁王にとって充分だ。

「大石はもうすぐ帰ってくるよ。あんまり時間はないかもだけど、少しくらいなら大丈夫だから、あがって待ってれば?」
菊丸は疑いもせず仁王を家へ招き入れる。
あまり時間がない、その言葉に仁王は笑みを深める。
これは菊丸が今日脱走すると認めたのと同じだ。
「それじゃすまんが、ちっとお邪魔させてもらおうかの」
仁王は礼を言ってあがり込み、後ろ手にドアを閉めた。



**



先日、タイレル社のデータベースにハッキングをして手に入れた資料は柳と幸村を充分驚かせるものだった。
幸村たちは火星で開発の作業をする為に派遣されていたが、その真の目的が火星でクーデターを起こすことだったのだ。
資料はクーデーター計画の全てと、その結果の細かな資料、今後の計画についてが書かれ、膨大な量になっていた。
「やっぱり知っちゃうとさ、このままにはしておけないな、って思うんだよね」
人の出払った研究室の自席で昼食を取りながら幸村が呟く。
「それは仲間のことか?それとも火星のことか?」
柳が尋ねると、幸村は「両方」と答えて、ついでに柳のランチトレイから白身魚のフライを1つ奪っていった。
「仲間については、全て行方が確認できた。真田は今日からタイレル社の警備勤務、他の仲間たちはタイレルの支社に回収され、俺たちと同様、初期化されて仕事についている」
昨日の今日で早くも調べ上げた結果を柳が報告し、幸村はフォークと口を動かしながら聞く。
皿に描かれた安っぽい模様を凝視するように視線を固定した幸村の頭の中は、めまぐるしい速さで回転しているだうことが柳にはわかる。
「火星に、」
「火星に行こう、とお前は言う」
言葉を先取りした柳の顔をきょとんと見上げて、直後に幸村は爆笑した。
「さすが蓮二!俺の心の友!」
「だが精市、事はそう簡単ではないぞ?タイレル社のレプリカントには監視がついている。専属のハンターもいる。それをどうやって掻い潜るつもりだ?」
「それなんだけど、蓮二、昨日の資料、全部目を通した?」
「ああ、一応、全て目を通したが」
「俺たちに初期化以外の仕様変更はあった?例えば制御装置とか」
幸村に言われて柳は頭の中の記憶域に格納したデータを呼び出す。
僅か数秒でデータ検索を終えた柳は、「無いな」と首を振った。
その答えに幸村は人の悪い笑みを浮かべる。
「よし、それじゃ決まった。決行は昼食後すぐだ」
よからぬことを楽しそうに考えているような幸村に柳が目を眇めた。
「・・・決行の前に計画を話してもらえるとありがたいんだが」
「もちろん話すよ。蓮二の最初の任務は真田の説得だ」
ちらりと意味ありげな視線をよこす幸村のトレイから、仕返しとばかりに柳がデザートのライチを奪い取った。
「以前がどうであれ、今回もそうなるとは限らないぞ。説得は請け負うが」
「俺も蓮二と真田とかいう奴がくっつくのは歓迎しないよ。蓮二の1番は俺でありたいからね」
本気か冗談かわからない笑みを浮かべる幸村を柳が軽く睨む。
それを軽くいなして幸村は思いついた計画を話し始めた。



**



黒部に任務完了の承諾を得た大石は、タイレル社を出て真っ直ぐ菊丸の家へ向かった。
途中何度か電話をしてみたが菊丸は出ず、ただ単に気付かなかっただけならいいが、妙な胸騒ぎがして気が急いた。
早足で歩きながらも大石はどうやって菊丸を地球から連れ出すか考える。
行先は自分の住む緑の惑星でもいいが、問題はそこまで移動する手段だった。
菊丸にはほぼ間違いなくタイレル社のハンターである銀髪の男が監視についている。
ということは、普通に空港から旅立つという訳にはいかないということだ。
ただ、それはあくまでも主要空港の話であって、貨物などを主な荷にしているような小さな宇宙港なら話は異なる。
ある程度金さえ積めば人を含めた違法な荷を地球から送り出すことも可能だ。
問題は、大石が地球にいた頃から十数年経っていること、つまりはつてやコネがもう効かないかもしれないことだった。
そういった犯罪行為に加担してくれる相手を1から探している時間の余裕は無い。
大石は携帯電話を開き、今回の仕事に来る前に移してきたデータフォルダからいくつか番号をピックアップした。
念の為にと用意していた、昔の地球の知人たちの番号だ。
最初の2つはすでに使われておらず、次の1つは別人が出た。
4つ目でやっと知り合いの家に繋がったが、本人は出張中で帰宅は来週になると告げられた。
5件目、6件目とかけ続けているうちに、菊丸の家へと繋がる裏路地に出る。
電話をしながら歩いていた大石は、曲がり角から飛び出してきた男に目を瞠った。
銀髪の、タイレル社のハンター。
電話を耳にあてたまま、凍りついたように足を止めた大石に男が笑みを浮かべる。
男は何を言うでもなく、そのまま早足で去っていってしまった。
まさか、という焦り。
大石は一瞬、男を追おうか迷ったが、すぐに菊丸の家に向けて走り出す。
合鍵を出すのももどかしく、やっとの思いでドアを開けた大石の目に入ったのは、2階へ昇る階段の手すりに置かれた、角のある馬、ユニコーンの小さな折り紙だった。





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