からくり猫の見る夢は 19




大石は階段を駆け上がる。
菊丸が住居にしている2階のリビングや部屋を慌ただしく見て回ったが、どこにも菊丸の姿は無い。
まさかもうと思い、そんなはずは無いと思い返し、悪い想像を打ち消すように部屋の中を探しながら声を上げる。
「菊丸!いないのか、菊丸!」
どこかに隠れてやり過ごしたことに一縷の望みを託してベッドの下やクロゼットまで探し、見当たらないとなってやっと3階にも部屋があることを思い出した。
階段を登り、ほとんど物の無い部屋を見回して菊丸を呼ぶ。
「菊丸!・・・英二!いないのか、英二!!」
返ってこない声に、そんな馬鹿な、と項垂れた大石の耳に、微かな物音が聞こえた。
とっさに音がした方に目をやる。
開け放たれたドアの向こう、いつぞやのレプリカントテストに使った部屋だ。
「英二!」
駆け込み、部屋を見回す。
前に入った時は夜で、部屋の様子など気に留めていなかったせいで、壁一面が作り付けの物入れになってることに気付かなかった。
今はその物入れの扉が1つ、細く開いている。
迷わずその扉を大きく開けると、思ったより広い空間に箱や袋などがぎっしりと置かれ、その奥で何かがうごめいていた。
「英二、そこにいるのか?」
「んん?あ、おーいし、おかえりー」
荷物の隙間からひょいっと顔を出したのは間違いなく菊丸で、大石は安堵と、何事もなかったような菊丸の態度に拍子抜けしたのとで、思わず力が抜けしゃがみ込んだ。
「あれ、どったの?もしかして、まだ怪我治ってないの?」
驚いた菊丸が荷物を掻き分けて這い出し、大石の腕を取って物入れから表に出た。
「・・・いや、怪我は治ってる。それより、ここにハンターが来なかったか?」
「来たよ。大石の昔の同僚だっていう、仁王って人。途中まで大石が帰ってくるのを待ってたんだけど、なんか緊急で仕事の呼び出しが入って」
「緊急の呼び出し?」
「うん。内容はわからないけど、なんか大変な事が起こったっぽい感じだった。あ、大石に伝言があるよ。“ 限られた時間の幸せを ”だって。意味わかる?」
大石は首を傾げて?マークを浮かべている菊丸を見る。
限られた時間。
――そうか、菊丸の動力炉にもリミットがかけられてるのか。
大石は菊丸を複雑な、悲しいような思いで見て首を振った。
「・・・俺にもよくわからない。それより、もう支度は終わってるか?できるだけ早くここを出よう」
「バッチリ終わってるよん。飛行機のチケットも手配済みだし」
「それは使わない方がいいだろう。民間の輸送業者の小型船に乗れるよう話をつけてみる」
大石は頭を切り替えようとひとつ大きく息を吐いた。
仁王の事情はわからないがまだ油断はできない。
状況を確認しながらできるだけ安全に地球を脱出しなくては。



**



幸村と柳、真田は、開発部長の斎藤を連れ出し、タイレル社のロゴが入った車に乗り込んだ。
ハンドルを握る幸村はまっすぐ空港を目指す。
「もしかしなくても僕は人質なのかい?」
のんびりした様子で笑みを浮かべて斎藤が隣に座る柳に話しかける。
「そういうことだ。こちらとしては積極的に危害を加えるつもりはないが、黒部の出方次第では残念な結果になるのも止むを得ないと思っている」
正面を向いたまま淡々と説明した柳に斎藤が肩をすくめた。
「火星でのクーデターは黒部の意向だったよね。それなら俺たちが火星に行って、クーデターを成功させるのは黒部にとっても得なんじゃない?という訳で、その辺りも含めて黒部と話をしてくれないかな」
運転をしながら、幸村が取りだした携帯電話をシート越しに斎藤へ向かって投げた。
「話をするのはいいけど、黒部ぇがなんて言うかはわからないよ。それに君たちの望みはクーデターだけじゃないんだろ?」
「火星のクーデターを成功させたら俺たちは自由の身になる、それだけだ。タイレル社にとって、6体のレプリカントを手放すくらいはたいした損失にならないと思うが」
柳が斎藤に視線を向ける。
斎藤を間に挟むようにして座っている真田もその通りだとばかりに頷いた。
「まぁ、確かにレプリカント6体、っていえばそうだけどね。でも君たちは普通のレプリカントよりはるかに優秀な、僕が手塩にかけて作り上げた子たちだからねぇ、ちょっともったいない気もするんだよねぇ」
溜息をつきながら言ったところで、この場には斎藤に同意する者はいない。
やれやれと仕方なしに斎藤は社長の黒部宛てに電話をかけ始めた。



**



昔の知人がどうにか1人捕まり、輸送業者を紹介してもらうことができた大石は、小型船の発着場へ移動する道の途中で厳重な警備態勢が取られている空港を車窓から見かけた。
タイレル社の車も数台止まっていたことから、騒ぎになんらかの形でタイレル社が関わっていることは間違いなさそうだ。
もしかしたら緊急呼び出しを受けていたという仁王も空港にいるのかもしれない。
背後に遠ざかって行く空港を見ながら、これなら小型船で地球を出る時の妨害は無いだろうと大石は胸を撫で下ろす。
隣に緊張の面持ちで座っている菊丸にもそのことを伝えると、やっと安心したような笑みを浮かべた。


貨物用の小型機は座席の半分以上が荷物で埋まっている状態だったが、大石と菊丸にはちゃんと2人分のシートが用意された。
発着場に着いてから離陸までおよそ2時間半、すでに陽も落ち、来た時と同様、下界は色とりどりのネオンやサーチライトで照らされている。
小型機の窓から景色を楽しんでいた菊丸も、しばらくして機が地球から離れ、闇の中を静かに航行するだけになると、疲れたのか小さな寝息を立て始めた。
座席の収納BOXから毛布を取りだした大石は、菊丸を起こさないよう、そっと毛布をかけてやる。
視界に入った菊丸の綺麗にカールしている長い睫毛を眺めていると、ふと、仁王の伝言を思い出した。
“ 限られた時間の幸せを ”
菊丸の動力炉はどのくらいもつのだろうか。
今日、明日ということはないだろうが、それなら1ヶ月先、1年先はどうだろうか。
発売前の試作機を社内でテストしていたと考えれば、通常はデータ収集にかける期間は短くて1年、長ければ3年程度だろう。
菊丸がタイレル社で働きだしたのは。
頭の中で計算しかけていた数値を、ひとつ頭を振って大石は白紙に戻す。
菊丸の寿命の正確な日数は、タイレル社のデータベースにでもアクセスしない限り調べようなど無い。
それに、と大石は窓に映った自分の顔を眺める。
寿命があるのはレプリカントばかりじゃない、人間にだって寿命はあり、それはどこのデータベースにも記載されていない。
明日をも知れない命なのはお互い様なのだ。
どれだけ生きられるかが問題ではなく、どう生きるのか、それを考えた方がずっと有意義だと大石は結論づける。
地球しか見たことの無い菊丸には緑の惑星の自生する植物や、自然界にいる虫や小動物が新鮮に映るだろう。
最先端のファッションに身を包んだ菊丸が、小さなスコップを片手にハーブを植えたり、泥だらけの子猫と遊ぶ姿はなかなか目に楽しいかもしれない。
その光景を想像して笑みを浮かべた大石は、すやすやと安心しきった顔で寝ている菊丸の髪を撫で、自身も少し眠ろうと目を閉じた。





→end