からくり猫の見る夢は 2nd Stage 1




大石は透明な円形ドームで覆われた火星の空を見上げる。
赤い砂塵が舞う空は小型の宇宙船がひっきりなしに航行している。
いずれも火星を取り戻そうと画策している人間たちの乗る船だ。
ドームの北側に位置する宇宙港は現在閉鎖され、全ての船は出入りができなくなっている。
緑の惑星から菊丸を連れ火星に来て、すでに2ヵ月が経っていた。
「すまないな、大石。こううるさくては、とてもじゃないが宇宙港を開けない」
いつの間にか隣に立って、同じように空を見上げた柳が溜息混じりに言う。
「いや、特に急ぎの用もないから、気にしなくていい。それより、毎日大変そうだな」
「タイレルからの刺客が急増している。俺はともかく、迎撃に出ている精市や弦一郎は休む暇も無い」
言っている傍から、かろうじて肉眼で見えるドームの東側に小型の宇宙船が降り立ち、中から数人出てきた。
戦闘可能なスリムタイプの宇宙服に身を包んだ者たちは、持ち出した何かの機器をドームに取り付けようとしている。
途端に警報が響き、同じような宇宙服で待機していた戦闘型レプリカントが、ドーム内に複数ある窓のような開閉ハッチを開けて表に出て行く。
ドーム内へ侵入する為の入り口を作ろうともくろむ人間たちは、レプリカントを目にするとすぐさま宇宙船に乗り込み逃げ去っていく。
あとは表に出たレプリカントがドームに取り付けられた機器を外して帰還するだけだが、こうしたことが頻繁に行われていた。
「精市が本気でキレる前になんとかしなくてはな」
独り言のように柳が呟く。
「俺にできることがあれば手伝うよ」
「気持ちはありがたいが、大石を戦闘に参加させると菊丸から苦情がくる」
返す言葉が無くて大石は苦笑う。
以前、幸村に頼まれてドームの守備部隊に加わった大石だったが、たまたま敵側にハンターがいた為、戦闘に突入した。
怪我こそ負わなかったものの、ハンターから足を洗った大石を戦わせるなと、菊丸が幸村に大クレームをつけたのは記憶に新しい。
「だが、そうだな、菊丸と同様の事務作業なら差支えないか。あとで頼むかもしれない」
「かまわないよ。ただ世話になってるのも心苦しいし、実を言えばすることがなくて退屈してるんだ」
そう言うと柳が笑って頷く。
そうしているうちに、また一機、小型宇宙船がドームの端に張り付いていた。



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「あー、まったく、頭に来るったら!どいつもこいつも次から次へと湧いて出て!!」
人間共はみんな火星の猛毒細菌に侵されてくたばれ等々、見た目を裏切る荒々しさで口汚く罵しりながら部屋に入ってきた幸村は、手にしていた防護用ヘルメットを乱暴にソファに投げつける。
それに微かに笑った柳は、幸村の為に飲料ディスペンサーからコーヒーを淹れた。
「残念ながら現時点では、希望が叶うような細菌は発見されていない。だいぶ疲れているな。無理もないが」
どかっと腰をおろし、目を閉じた幸村の前に柳はコーヒーのカップを置く。
「しばらく俺が代わろう。精市は少し休んでくれ」
「・・・大丈夫だよ。疲れたっていうより、うんざりしてるだけだから」
いかにもな顔を作って見せた幸村がコーヒーを口に運ぶ。
柳もその隣に腰掛けた。
火星にいる戦闘型レプリカントと分類できるのは、幸村、真田、切原、日吉の4名のみになる。
クーデター組であっても柳は情報処理型、向日は一般型に分類される。
元から火星にいるレプリカントたちは、その多くが作業型で、他に事務処理型と一般型が存在するのみだ。
タイレル社が送り込んでくる火星奪還を目的とした人間たちは、中にハンターを含む為にどうしても戦闘型レプリカントを守備に充てなくてはならなかった。
「戦闘型レプリカントの数がもう少しいれば良かったんだがな。作業型を強化しても限界はある」
「それなんだけどさ、」
幸村が身を乗り出す。
「タイレル側のハンターをこっちに引き込む方法を考えてよ」
「タイレルのハンターを?・・・それは難しいぞ」
タイレル社専属ハンターはその肩書だけでも立派なステータスとなる。
そして、その名誉に見合うだけの報酬も約束されているという、一部の者たちから見れば夢の職業だった。
「あれだけの数を送り込んで来てるんだから、専属じゃない雇われハンターもいるはずだ。なんとかならない?タイレルより高額な報酬で釣るとか」
「ふむ、それなら検討する価値はあるな」
「だろ?方法は蓮二に任せるからさ」
外ではまた警報が鳴り響く。
腰を上げる様子の無い幸村は、自分の持ち場を誰かに任せてきたのだろう。
飲み終えたコーヒーのカップをテーブルに置いた幸村は、1つ疑問があるんだけど、と口を開く。
「以前はここまでタイレルの連中は多くなかった。追い出した馬鹿施政者が送り込んでくる奴らが大半だったろ?」
「そうだな。むしろ、タイレル社は仕方なく援軍を出してるといった感じがした。たまに混じるハンターも三流以下だったな」
「いつからタイレルは本気になったと思う?」
「タイレル社の宇宙船が増えだしたのは、1ヶ月と24日前からだ」
同様の疑問を持った柳はすでに調べ上げていたことを即答する。
それに幸村が探るような視線を向けた。
「大石と菊丸が来た直後?」
「正確に言えば、大石と菊丸が来た1週間後から、だ」
「関係あると思う?」
「今のところはそう言い切る確証は無い。が、可能性の1つではある」
「蓮二のことだから当然調べてるとは思うけど、何かわかったら教えて」
そう言うと幸村は席を立ち、休憩は終了とばかりにまた警備作業へと戻って行った。

柳は端末の電源を入れ、フォルダから菊丸と大石のデータを呼び出す。
タイレル社のデータベースにハッキングして取り出したデータからは、タイレル社が躍起になってあの2人を取り戻さなくてはならない理由と思えるものは無かった。
菊丸はタイレル社の新型レプリカント試作機だが、Loversと呼ばれる一般型レプリカントで現在発売されているタイプの改良型になる。
通常の一般型に比べ恋愛要素に特化してはいるが、機能としては現在入手可能なLovers型とそれほど違いはなく、新型も今年の夏には販売開始予定ということもあり、ここまでして取り戻さなくてはならない理由は皆無だ。
大石はタイレル社の社長である黒部が肩入れしているハンターだが、実際に戦闘したことのある柳から見てもこれといった特殊能力も無い一般的なハンターだ。
黒部の一存で大石をタイレル社のハンターに留めておきたいにしても、こんな方法を取れば逆効果だということくらいは黒部の頭で判断できない訳が無い。
「明らかにデータ不足だな・・・。タイレル本社にある、スタンドアロンDBの資料を見ることができればいいんだが」
タイレル社は今まで全てのデータを厳重な管理下の元でネットワーク上に置いていたが、柳が度々その監視を掻い潜りデータ閲覧や取り出しを行っていた為に、現在では社の中でもトップクラスのみ参照できるような極秘中の極秘データは全て、ネットワークから切り離した独立端末に移してしまっていた。
これではタイレル本社に出向き、その端末を実際に操作するのでなければ柳といえどもデータ取得は不可能だ。
「菊丸、大石以外の可能性として、タイレル社側になにか圧力がかかったということも考えられるが・・・」
タイレル社は銀河系宇宙の中でも五指に入る大企業であり、持っている資金や人脈も相当なものがある。
そのタイレル社に圧力をかけられる者などそういるものではない。
まして黒部はやり手で頭が切れる。
どんな相手だろうと圧力がかかる前になにかしらの手は打つはずだ。
柳は端末と頭の中のデータを検討しつつ、なにか見落としは無いかと注意深く探る。
タイレル社が本気になって火星に襲撃をかけてくるには、必ずそれなりの理由があるはずだった。





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