からくり猫の見る夢は 2nd Stage 10
ハンター数名の脱走報告が徳川の元に入ったのは、火星時間で22時を回った頃だった。
報告書に記載されているハンターの身元と、使用された偽出動許可書を徳川は冷めた目で一瞥する。
小型宇宙艇が移動した先は火星、リストにある名前は全てタイレル社が雇ったフリーのハンターたちだ。
以前から噂になっていた、火星のレプリカントから送られてくる誘致メールに乗ったのだと容易に想像はつく。
「三流ハンターが数名いなくなったところで問題はないが・・・」
徳川はリストのトップに挙がっている『仁王雅治』の名前を意外な気分で眺める。
仁王は徳川が極秘で黒部から依頼されている任務に関わる者だ。
正確に言えば、仁王の探し人が、だ。
その情報を握っているのはタイレル社のみ、仁王が探し人である柳生の情報を得る術は他に無い。
つまり、仁王はタイレル社を裏切れるはずがないのだ。
仁王が柳生の探索を諦めたという可能性も0ではないが、もしそうではないとしたら。
「・・・社長に報告しておいた方がいいな」
徳川は緊急連絡に使用するコードを使い、端末から黒部に通知を送る。
黒部から返事が来たのはそれから10分もしないうちだった。
状況説明を受けた黒部はやや考える様な間を置いて顔を上げた。
「どういった方法かは調べないとわかりませんが、情報漏えいしたと考えるのが妥当でしょう。これに関してはこちらで調査を行います。火星への攻撃を休止してから6日経ちましたが、本日までの報告を見ると脱出者は民間の業者のみですね。漏えいの件があるので、ターゲットはすでに実験のことを知っている可能性が高い。予定を早めて明日から火星の再攻勢をお願いします」
「了解しました。24時間体制で攻勢を行います。期間は?」
「3ヵ月」
徳川は了承の印に頷く。
黒部の目的は徹底的な攻撃によるレプリカントたちの疲弊だ。
「2ヵ月経過した辺りで定期的に降伏勧告を入れてください。もちろん受け入れないのは承知の上です」
「了解しました」
徳川の頭に黒部が描く作戦が浮かぶ。
度重なる降伏勧告はその後に出される本来の目的、大石の身柄引き渡しへの布石だ。
疲弊し、戦う事が困難になったレプリカントたちは妥協案を検討するだろう。
やむなく降伏し、火星を明け渡すよりも条件としては呑みやすい。
「脱走したハンター人数分の補充を後日送ります。それでは」
通信が途切れ、画面の中の黒部が消える。
徳川は母船の運行管理をしている者へファボスへの移動指示を、ハンターの出撃スケジュール管理をしている者へ再攻勢の指示をそれぞれメールで送る。
端末を閉じて席を立ち、仲間の専属ハンターたちへ状況急変を伝えに部屋を出た。
**
デスク周りの片付けをざっと確認し不二は席を立つ。
火星対策へ人を送り込んでいる為に相変わらず業務は忙しかったが、それでも他惑星の支社から応援が来たお陰で多少は緩和されている。
少なくとも深夜に亘って業務の処理に追われることはなくなった。
不二は時計を確認する。
時刻は21時、この時間ならまだマーケットに寄って買い物ができるだろう。
同居している手塚が火星に出向してからというもの、1人分の食事を作るのが面倒でテイクアウトばかり利用していたが、それにもそろそろ飽きた。
久しぶりに大好きな香辛料たっぷりの料理を作るのも悪くはない。
「お疲れさまでした。お先に失礼します」
不二はまだ残って仕事をしている斎藤に挨拶して執務室を出る。
予定通りマーケットに寄り、買い物を済ませてから帰宅した。
端末を開いたのは夕食を終えた後だった。
チャイを片手にメールのチェックをしようとしたところで、デスクトップにメモがあるのを見つける。
タイトルは前回と同じ、『Color Cat』。
菊丸からの連絡だ。
依頼された件は手塚から任務完了のメールをもらっている。
今度はどんな用件だろう、また何か調べ物だろうかと不二はメモを開く。
冒頭に火星のレプリカント/柳蓮二と署名があった。
どうやら今回は菊丸からではなく、この柳と名乗るレプリカントが送り主のようだ。
内容に目を通し、不二は束の間思案する。
柳は先日不二が渡したデータを使い、タイレル社と交渉する可能性があると言っていた。
そうなるとデータの流出元として不二の存在が発覚する危険がある為、できることなら早急に地球から離れるか、身を隠すことを推奨する内容だった。
潜伏先に心当たりがないなら火星で全面的に保護する用意があること、結果的に巻き込む形になったことへの謝罪で文は締め括られている。
「さて、どうしようかな」
タイレル社にはさほど未練は無い。
待遇は良かったが、黒部のやり方には納得いかない部分も多々あった。
その最たるものが菊丸を、本人も含め人間だと欺いていた件だ。
「火星に行くのも面白そうだよね。久しぶりに英二にも会えるし」
ちょうど手塚は火星近くのダイモスに行っている。
どうせ火星に行くなら手塚を道連れにすれば、少しは火星の戦力にもなるだろう。
「うん、そうしよう。となれば、まずは手塚に連絡かな」
不二はメールを起動すると、手塚との間で取り決めしている暗号を使って本文を書き始める。
送信した後で、今度はデスクトップのメモに柳宛の返信文を追加し保存した。
「そうと決まれば行動は早い方がいいな」
火星までのルートは柳から返事が来るのを待つことにして、普段使っているバッグに愛用している旧型のカメラ一式を入れる。
窓辺に置いてある小さなサボテンは余り紙で包み、これもバッグに入れた。
不二の宝物はこの2つ、それで荷作りは完了だ。
「ふふ、なんかわくわくするなぁ」
小さく笑って不二は端末を覗きこむ。
律儀な手塚はそれほど時間を置かずにメールを返してくるはずだった。
**
柳は1人、暗い部屋で目を閉じている。
頭の中では複数のデータが同時進行で処理され、幾つかの事項が新たなデータとして書き出される。
現時点で最優先する事柄はタイレル社の火星攻撃を止める方法だ。
菊丸からの報告では大石の復活にはもう少し時間がかかる。
それを待って対策を立てていたのでは間に合わない可能性が高かった。
柳の予測ではタイレル社の再攻勢まで早くて1日から2日、遅くても10日程度。
襲撃休止は1週間というのが一番確率としては高い。
いずれにしても再攻撃を受けることは避けられず、それならいかに早く終結に導くかを考えるしかない。
今回の鍵となるのは大石の存在だ。
その大石の希望を聞くことを前提に、柳は幾つかパターンを検討する。
大石が火星に留まることを希望した場合は、大石と火星の安全確保の為にタイレル社の人体実験を全宇宙に公開することが不可欠だった。
ただし当然リスクはある。
まず情報提供者である不二の存在の発覚、そして、大石を除く人体実験を受けた22名の精神的なショック、それに伴う予測不可能な行動。
前者の不二に関してはすでに連絡を入れたが、後者に関しては手の打ちようがない。
タイレル社に乱入し、黒部を襲撃するくらいなら可愛いものだが、自棄を起こしテロ行為に走る者がいないとも限らない。
そうすれば無関係な人やレプリカントが被害に合う。
薄情だが、一番簡単な終結は大石が火星から去ることだ。
行き先は緑の惑星でも、他惑星でもかまわない。
タイレル社の目的が大石である以上、大石が火星から出て行きさえすればタイレル社は火星攻撃をする意味を失う。
そうなれば不要に人体実験のデータ公開をして世を混乱に陥れることもない。
ただ、当然この場合はリスクが全て大石に被る。
大石は生涯タイレル社の監視の下で生活しなくてはならず、例え逃れたとしても今度は怪我等のメンテナンスをする先が無い。
特殊なレプリカント体を持つ大石は、人間・レプリカント双方の病院でも治療は不可能だ。
「どちらにしてもこれではリスクが高過ぎるな。それならば、」
先の2つの案を融合し、極力リスクを減らす方向で作戦を立案する。
柳は目を閉じたまま、深い思考へと落ちて行った。
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