からくり猫の見る夢は 2nd Stage 11




タイレル社の絶え間ない攻撃が始まって2日目、執務室にいた柳の元へ菊丸が大石を伴ってやってきた。
「取り乱して悪かったな」
そう詫びた大石は、柳の目から見ても平常を取り戻している。
大石の横にいる菊丸の笑顔も明るい。
「落ち着いたようだな。それでは早速だが今後の対策を話し合いたい。構わないだろうか」
「ああ。タイレル社の再攻撃も始まったことだし、手を打つなら早い方がいい」
「では精市を呼んでくるから、先に前回と同じミーティングルームへ行っていてくれ」
柳はそう言うと端末からディスクを取り出し席を立つ。
大石と菊丸は指示どおり、一足先にミーティングルームへと向かった。

今回、ミーティングルームに集まったのは、柳、幸村、菊丸、大石の4人だけだった。
ブラインドも下さず、室内は窓から入る柔らかい光に包まれている。
「では大石の希望は緑の惑星への帰還ということでいいか?」
「それと、できることならタイレル社と縁を切りたい」
大石の申し出に柳が頷く。
「目的はタイレル社による火星攻撃の停止、そして大石の身の安全の確保と監視体制の解除だ。俺が予め考えていた対策のうち、次の案が一番妥当だろうと思われる」
言葉を切った柳に3人が注目する。
「タイレル社と取引をする。取引材料は不二経由で手に入れたデータだ。我々はこれを全宇宙に向けて公開することも可能で、その場合はタイレル社の名前に傷がつくことは必至だ。これを口外せずタイレル社に渡すことを条件に、こちらの提案を呑ませる」
なるほど、と大石、菊丸は感心したように頷いたが、幸村は僅かに眉間に皺を寄せ口を開く。
「確かに、人体実験のデータなんか外部に漏れたらタイレル社は打撃を受けるだろうけど、俺は黒部がおとなしく条件を呑むとは思えないな。そんなことしなくても、向こうは多勢に無勢でこちらを押し潰せるだけの力があるし、現に今も激しい攻勢を仕掛けている。こんな状況が3ヵ月も続けば、俺たちは問答無用で白旗を上げざるを得ないよ」
幸村の示した懸念に対し、柳がわかっているというように頷いた。
「推測だが、タイレル社の再攻撃は俺の予測より1日早かった。これが示すところは、俺たちが実験に関するデータを入手したことに気付いたということだ。恐らく仁王の寝返りで感づいたのだろうが、」
えっ、と驚きの声を上げたのは菊丸だった。
「ちょ、待ってよ。それって不二がやばいんじゃ、」
「大丈夫だ。不二にはすでに身を隠し、明日の午後にはいったん月へ移動、その後火星に来ることになっている。菊丸に会うのを楽しみにしていると言っていたぞ」
「ホント!?不二が火星に来んの?やったー!あ、でもオレたちは緑の惑星に帰るのか」
困ったように表情を曇らせる菊丸に大石が微笑む。
「タイレル社への対応さえできれば、慌てて帰る必要もない。不二に会ってから戻ってもいいし、なんなら不二を緑の惑星に呼んでもいいだろ?」
「そっか!そうだ!で、タイレル社への対策はできそうなの?」
話の軌道が元に戻ったところで柳がまた説明を始める。
「先程精市の言っていた懸念、そして俺たちの持つデータを切り札にさせない為に、黒部が何か手を打っている可能性があることはすでに考慮済みだ。そこで、ある人物に経緯を話し協力を要請している。実は先程了承の連絡を貰ったばかりなのだが」
「蓮二、それってもしかして、こないだ言ってた、タイレル社を凌ぐ巨大複合企業体を持ってるっていう、あれ?まさか、実現できたのか!?」
さすがに驚きを隠せないといった顔の幸村に、柳が笑みを浮かべる。
「跡部財閥の総帥、跡部景吾だ。今回の件では火星とタイレル社の仲介に入ってもらえることになった。見返りは火星の統治権利50%、我々とのレプリカント技術共同研究。なお、火星統治に関しては人とレプリカントは共存関係であり、隷属するものではないことを了承してもらっている」
おお、という感嘆の声が誰ともなくあがる。
「跡部財閥が相手じゃ、黒部も話し合いの席に着かない訳にはいかないね。蓮二お手柄!でもよく財閥総帥となんかコンタクト取れたなぁ」
「複合企業体を持つ跡部は、全宇宙を常に視野に入れている。当然、火星の動向も追っていた。俺が跡部の秘書の端末にアクセスして置いてきたメッセージには、跡部本人からすぐに返事が届いたぞ。これは俺も驚いたことだが、俺と同じ手法で、直接こちらの端末に返信文が置かれていた。跡部の下には俺と同等のネットワーク技術を操る者がいる。人材も豊富なようだな」
「それじゃ、ほぼ作戦は成功するとみて間違いないね。一件落着!」
幸村の明るい声に、ただし、と柳が付け加えた。
「タイレル社の庇護を離れた大石には、メンテナンスの問題が残る。不二が取得してくれたデータには人との融合レプリカント体データもあったが、実際に怪我等の治療を行うとなると今の火星にある医療機器では難しい。専用の機器を作製するにはどうしても時間がかかってしまう」
「かまわないよ。ハンターの仕事さえ無ければ、日常生活で大怪我をすることなんてまず無いしな」
タイレル社と縁が切れれば、ハンターの仕事を受ける必要も無いと大石が言う。
「万が一ということもある。跡部財閥の研究協力も得られることだし、念の為、医療機器の開発は急がせるが、極力体には気を付けて欲しい。決着がつくまで火星の攻勢は続くが、大石は戦闘には加わらないように。精市、すまないが暫くは頼む」
「任せとけって。作業レプリカントの強化改造もずいぶん終わってるし、仁王たちも来たからね。1ヶ月くらいなら余裕だよ」
頼もしい幸村の発言でミーティングは終了の運びとなった。

それぞれが持ち場に戻ろうと席を立つ中で、大石が柳に声をかけた。
「柳、1つ気になったんだが、火星はレプリカントが自由に暮らせる星にするというのが当初の目的だったろ?それなのに、統治権利を50%も渡していいのか?」
「現在火星にはほとんど人間がいないが、惑星開発が終われば移住を希望する人間は出てくる。いずれにしてもレプリカントのみで惑星を運営することに大きな意味は無い。それより、レプリカントが人間と対等に共存できるという模範を火星で示すことだ。元より俺たちの目的はそこにある。そして跡部はその考えに同意したからこそ同盟を結んだ」
「・・・なるほどな。確かに、その方が効果的かもしれない」
納得したように深く頷く大石に柳が微笑む。
「大石はハンターであった時からレプリカントをただの機械人形とは見ていなかったな。俺は戦いながらそんなお前を甘いと思ったが、同時に深く感銘を受けた。お前のような人間が増えることが俺たちの願いだ」
告白に目を瞬かせる大石に笑い、柳がミーティングルームを出て行く。
「なんたって大石は、レプリカントの恋人を持つくらいなんだから、ね?」
笑う菊丸が大石の腕を引く。
一緒にミーティングルームから退出しながら、大石は心を持つレプリカントたちに改めて深い感動を覚えていた。



**



柳が手配したチケットで無事に月まで辿りついた不二は、これも手配済の宿泊先へと向かう。
地球から程近い月は、それほど航行に時間がかからないこともあり、手軽な旅行先として人気がある。
実際、不二も休暇で何度か訪れたことがあった。
花曇りのような淡い陽が射す街道を不二はゆっくりと歩く。
月には人工の四季があり、今は丁度春の季節だ。
街路沿いに整然と植えられた木は桜で、清楚で仄白い花を幾つもつけている。
月での滞在は3日、その後は火星行きの宇宙艇が迎えに来ることになっている。
一緒に火星へ行こうと考えていた手塚は、地球への帰還が決まっていた翌日に急な出撃命令が出て、現在はファボスから動けないと連絡があった。
「まったく、手塚って変なところが律儀なんだよね。どうせ辞めるんだから、出奔してくればいいのにって僕は思うんだけど」
不満を呟いてるようでいて、不二はその顔に笑みを浮かべている。
融通が利かない律儀さや、時に唐変木だと思える部分こそが手塚の魅力だと不二は思っているからだ。
景色を楽しみながらのんびり歩いてきたつもりだったが、もう眼前に宿泊先のホテルが見えてきた。
宇宙港に近いそのホテルは月でもトップレベルの宿泊施設だ。
「さて、仕事中の手塚には悪いけど、僕は3日間ゆっくりバカンスと洒落こもうかな」
卵を思わせる丸みを帯びた造形のホテルへと不二は足を踏み入れる。
月でバカンスを楽しんで、その後は火星で菊丸と再会だ。





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