からくり猫の見る夢は 2nd Stage 12




出向いてきた跡部を黒部は斎藤と共にタイレル社の玄関ロビーまで送る。
3人のガードに守られた跡部はすぐに迎えの車の中に消えた。

「やられたねぇ。跡部財閥とは事前に話をつけてなかったのかい?」
2人きりになったエレベーターの中で斎藤が口を開く。
「いくらタイレル社が銀河系で五指に入る企業とはいえ、財閥や華僑相手に対等に渡り合える力なんてありませんよ」
肩を竦めた黒部が仕方ないとこぼす。
人類がまだ地球のみを住処としていた昔から、権力を思うままにしてきた者たちがいる。
跡部財閥もその1つだ。
彼らの人脈や財力、企業体としての力、どれを取ってもここ250年足らずで成り上がってきた企業が敵う相手ではない。
だからこそ、その動向には目を配っていたのだが。
「とくに跡部財閥とは、火星開発の合同会議でレプリカントを使うか開発専用の重機を使うかで対立し、こちらが抜け駆け同然に権利を勝ち取った経緯があります」
「ああ、そういえばそうだったねぇ。なるほど、その辺も押さえての人選か。さすが僕の造った優秀なレプリカントだ」
「タイレル社の社長としてはレプリカントの有能さを喜ぶべきところなんでしょうが」
黒部が苦笑う。
ありとあらゆる想定をし、対処法を予め用意しておくのが黒部の常套手段だが、今回ばかりは想定外だった。
まさかレプリカントたちが跡部を担ぎ出してくるとは、まして跡部がそれに乗るとは思わなかったのだ。
「ハンターたちを火星から撤退させます。それと、不二の行方はわかりましたか?」
「宇宙港管理局でそれらしい人物のデータがあったよ。もちろん偽名だし、指紋や網膜も違ったけど、監視カメラに映った映像は不二だったね。行き先は月だけど、どうするんだい?追う?」
「すでにもう月にはいないでしょう。情報漏えいはこちらの管理ミスでもあります。タイレル社から不二の籍を抹消して終わりにするのが妥当です」
「へぇ、見逃しちゃうんだ」
面白そうに笑って斎藤が黒部の顔を覗き込む。
それをちらりと見遣って黒部が溜息をついた。
「すでに外部に流れた情報についてあれこれ言っても始まりません。今後同様のことが無いよう、管理体制を見直すのが先決です」
「まぁ、今回は不幸中の幸いとでもいうのか、うちの被害も少ないからね。部外秘データ1件流出、実験体1体の解放だけで済んだし」
跡部には弱みを握られた形になったが、無暗にそれを振りかざす相手ではない。
今後はさらに慎重に動向を窺い、タイレル社側で無茶な対立をしないようにすれば部外秘データを公開されることもあるまい。
しかし、と黒部が申し訳なさそうに言う。
「大石くんに関しては続けてデータ収集ができなくなりました。すみませんね、貴方の研究が途中なのに」
「他にまだデータ提供してくれる実験体がいるからそっちは大丈夫だよ。それより、跡部にレプリカント融合実験を知られたってことは、近々向こうも同じような研究を始めるってことにならないかい?」
「それはないでしょう。あそこは優秀な医療の研究施設を多数抱えています。レプリカント体など使う必要がありません」
「そういや、細胞培養で本人の四肢や臓器を再生する研究を成功させたのは跡部のとこだったな」
「そういうことです」
チン、と軽い音がしてエレベーターが最上階に着く。
「どうです、時間があるならお茶でも。先日、大陸から取り寄せた珍しい葉がありますよ」
「・・・僕が味オンチなの、知ってるよねぇ?いいお茶なんて勿体ない気もするけど、せっかくだから頂こうかな」
「そうしてください。ここ最近は忙し過ぎた。私も少し疲れたようです」
「休暇取ってバカンスにでも行ったらどうだい?なんなら僕がお供してもいいよ」
「企業のトップと開発部長が揃って抜けるわけにいかないでしょう。その楽しみは引退後に取っておきます」
雑談を交わしながら社長室へと連れだって入っていく。
火星の件は敗北という形の結末となったが、黒部はそれを引きずってはいない。
手法や対策について検討し、反省点を今後に生かせるよう経験として蓄積するだけだ。
1度の失敗で後悔している暇などタイレル社の社長には無かった。



**



早朝、タイレル社の母船がファボスから撤退したという報告を受けた柳は、念の為に偵察艇を出して報告が事実であることを確認した。
前日には跡部から、黒部との会談を終えた連絡も受けている。
「タイレル社とやっと決着がついたな」
寛いだ様子でソファに転がっている幸村に柳が笑う。
「守備部隊が寝る間もなく健闘してくれたお陰だ。ありがとう。精市も疲れただろう。ゆっくり休んでくれ」
「このくらいなら疲れたうちに入らないよ。でも、タイレルがいなくなれば、あとは元火星統治者の馬鹿だけだし、あいつらはたいしたことないからなぁ。俺の出る幕でもないかなぁ」
タイレル社が猛攻をかけてきている最中は高見の見物を決め込んでいた元統治者たちだが、タイレル社が撤退したとなればまた出てくることは間違いなかった。
しかし、戦力、人員ともにタイレル社の比では無い。
戦闘型レプリカントが出動しなくても、強化した作業レプリカントたちで充分戦える範囲だ。
「そういえば、不二って奴は?もう火星に向かってるって?」
「その予定だったが、月での滞在を延長して、手塚と落ち合ってから火星に来ると連絡があった」
「ふーん。じゃ、大石たちもまだ出発はしないんだな」
「そうなるな。こちらとしては融合レプリカント体のデータを取らせてもらう猶予ができてありがたい。いずれメンテナンス用機器を作製するからには、少しでも多く実物のデータを集めたい」
柳は使っていた端末の電源を落とすと、飲み物を運んだついでに幸村の隣に腰を下した。
「どうした、精市。元気がないな。タイレル社がいなくなって気が抜けたか?」
「あー、そんな感じ。当初の目的は達成できちゃったしね、次は何をしようかなぁって」
「焦らなくても俺たちには時間がある。人間たちよりも。その間に次のことも見えてくる」
「それもそうか。よっ、と」
勢いをつけてソファに起き上がった幸村は、弾みがついたまま柳に腕を回して抱き締める。
「まずは真田から蓮二を取り返す!がたがた言ったら尻を蹴飛ばす!」
「ずいぶんと手近な目標になったものだ」
笑いながら柳も幸村の背に腕を回す。
火星に来て3年弱、初めて訪れる本当の意味での平和な日々を柳は心から歓迎していた。



**



タイレル社の母船は順調に地球へと進んでいる。
緊急特別任務を終えた徳川は、地球へ帰還した後、またすぐに専用宇宙艇で木星へ戻ることになっていた。
まだ前回の任務を完了できていない。
木星で問題になっている大規模な窃盗集団に、4体のレプリカントが含まれている。
手掛かりを残さない為足取りを掴むのが難しいが、この4体を始末するのが徳川の任務だ。
自室で木星に残してある部下からの報告書を読んでいた徳川は、端末の端に示されている来客ランプの点滅に気付いた。
立ち上がり扉を開けると、柔らかに笑う入江が立っている。
「ごめんね、ちょっといいかな」
「ああ、かまわない」
部屋へ通しながら、いったい何の用だろうと徳川は考える。
入江はわざわざ雑談をしに訪れるタイプではない。
「今回は僕たち骨折り損だったよね。任務遂行中に緊急招集されたわりには成果無しで」
「そうだな。だが俺たちは命令に従うだけだ」
「それなんだけどね。火星まで来て成果無しって少し寂しくないかな」
いつもと同じ、人好きのする笑顔を浮かべたまま、入江が小首を傾げる。
傍から見れば楽しい遊びの提案をしているような姿に、徳川の中で警鐘が鳴る。
「・・・何が言いたい?」
「実験体だけでも連れて帰れたら、火星まで来た甲斐があるんじゃないかなって」
入江の笑う瞳に邪気は見えない。
いっそ感心する程、入江はその本心を見せることは無い。
「火星からの撤退、実験体の解放が今回の条件だ」
「知ってるよ。タイレル社が呑んだ条件だよね。タイレル社、が」
「何を考えてる?」
「今、タイレル社の母船は火星から撤退して地球へ向かってる。もちろん、ハンターたちも全て。地球に着いたあとは自由だよね。例えば僕が元火星統治者の送り出す宇宙艇に乗るのも自由だ」
ふふふ、と声に出して笑う入江を徳川は異様なものを見る気分で眺める。
「君も戦い足りないでしょ。一緒に行かない?」
「断る。俺は木星での任務が途中だ」
「なーんだ、残念。それじゃ僕ひとりで行くけど、社長には内緒にしといてね」
お邪魔しました、と軽い足取りで去って行く入江は、口ほどに残念そうな顔はしていない。
恐らくは、初めから自分が乗ってくることはないとわかっていたのだろうと徳川は思う。
入江が帰った後の部屋で徳川はしばし思案する。
「社長への報告は・・・必要ないか」
入江のことだ、フリーのハンターを装うなら完璧にやるだろう。
実験体の回収がタイレル社の仕業だとばれさえしなければ問題は無い。
徳川は中断していた端末の報告書を読む作業に戻る。
同僚の専属ハンターだからといって、入江の行動に目を配るつもりも、ましてやそれを止める必要も最初からないのだった。





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