からくり猫の見る夢は 2nd Stage 13




タイレル社が撤退して2週間、火星の宇宙港に一機の民間小型宇宙艇が到着した。
前もって連絡を貰っていた菊丸は、宇宙艇から降りてきた不二と抱き合って再会を喜ぶ。
「巻き込んでゴメンにゃ!でも不二とまた会えて嬉しい!」
「ふふ、僕もだよ、英二。それに、英二のお陰でスリリングな体験がたくさんできたし、僕としては楽しかったよ。手塚は渋い顔してたけどね」
不二がちらりと手塚を見遣る。
相変わらず眉間に皺を寄せている手塚だが、それは怒っている訳ではなく彼の癖だと菊丸は知っている。
「手塚もサンキュー!タイレル社辞めたって食べていけるからだいじょーぶ!」
「火星は元統治者がまだ攻撃してくるようだな。俺でよければ手伝おう」
「うん!あ、でも、オレたちもうすぐ緑の惑星に帰るつもりなんだー。でさ、不二。よかったらオレたちと来ない?天然の植物とかいっぱいあるし、猫とか犬とかもいるんだよ。面白い写真、撮れそうじゃん?」
菊丸の言葉に不二の顔が好奇心で輝く。
「へぇ、アニマロイドじゃなくて本物がいるんだ。見てみたいな。手塚、行こうよ」
「俺はかまわないが、火星はハンターの人手が足りなくはないか?」
「タイレル社がいなくなったから、たぶん大丈夫だと思うよ。あとで柳に聞いてみるけど」
菊丸の知る限りでは、元火星統治者が再び攻撃を開始したが、日に数機の宇宙艇が以前と同様、ドームに取りついて爆発物を仕掛ける程度だ。
火星にいる作業型レプリカントはほぼ8割が強化済で、爆発物の撤去などは彼らが主だって動いている。
最近では戦闘型レプリカントもハンターもあまり出番が無い。
「とりあえず、宿舎に案内するよ。あと火星内の施設も。手塚も前回は宇宙港ロビーまでしか入ってないもんね」
不二と手塚を先導して菊丸が宇宙港ロビーから出る。
早速荷物からカメラを取り出した不二が、時々足を止めて写真を撮るのを待ちながら、3人は宿舎へ向かった。



**



柳に頼まれた資料を置きに事務の執務室へ行った大石は、帰りがけの廊下で偶然、仁王に遭遇した。
同じ火星に滞在しているとはいえ、時間のほとんどを守備隊が待機する部屋で過ごしている仁王とはあまり顔を合わせる機会が無い。
「もうすっかり元気になったようじゃの」
そう声をかけてきた仁王に、お陰さまで、と大石は返す。
どうやら進行方向が同じらしく、2人はそのまま並んで歩いた。
黙ったままなのも不自然な気がして大石は世間話のように口を開く。
「タイレル社とも決着がついたし、俺たちは来週緑の惑星に帰ることにしたよ。仁王はこのまま火星に残るのか?」
「まだ完全に落ち着いた訳でもないしの、火星側からハンターはもういらんと言われるまではおるつもりじゃ」
「そうか」
歩きながら大石は、先日聞いた柳の話を思い出していた。
仁王が長年探し続けていた柳生というパートナーは、自分と同じタイレル社の施術を受けた実験体だった。
その上、過去の記憶も失い、現在はレプリカントとして生きている。
柳は柳生の消息を知った仁王が月行きを希望するものと予想していたが、その必要はないと言われたと首を傾げていた。
人間の思考は未だに理解できない部分が多い、と。
大石には仁王の気持ちがなんとなくわかる。
誰だって自分が大切だと想っている相手から、赤の他人を見るような視線を向けられたくはないだろう。
だが、そのままにしておけば、大切なものは失ったまま、自分の手には戻って来ない。
「余計なお世話だというのはわかってるが、火星がもう少し落ち着いてからでもいい、一度月へ行ったらどうだ?」
「・・・なんの為に?」
仁王の足が止まり、窺うように大石を見る。
「柳に聞いたよ。君の探し人は俺と同じレプリカント体で、記憶も無くしてるそうだな。俺も頭に怪我を負っていれば同じようになっていた、そう考えると他人事に思えないんだ」
大石の真摯な言葉に仁王の態度が和らぐ。
苦笑いを浮かべると仁王はゆるく頭を振った。
「月に行ってみたところで、あいつから見れば俺はただの見知らぬ人じゃ。今の生活に満足してるなら、ちょっかいかけに行く必要もなかろ?」
「見知らぬ人なら出会うところから始めればいい。柳は脳の記憶域なら電子回路を使用しても、基本的な性格が変わることはないと言っていた」
「・・・あいつは俺と関わらん方が幸せなんじゃ。ま、忠告はありがたく受け取って、」
突如、館内に緊急警報が響き渡る。
普段耳にする通常の警報とは異なり、危機感を煽るような高音が断続的に響く。
「なんじゃ?」
「緊急警報だ。何かあったのかもしれない」
大石と仁王は顔を見合わせ、同時に走り出す。
幸村や柳の詰めるモニタリングルームまではそう遠くない。


モニタリングルームに着くと丁度幸村が飛び出してくるところだった。
「仁王、来てくれ!説明は道々する!」
幸村の鋭い指示に只事ではないと悟った仁王がそのまま一緒に駆け去って行く。
開いたままのドアを覗くと、中にはモニターを凝視している柳の姿があった。
「柳、何があったんだ」
部屋に入り、声をかけた大石に柳が振り向く。
「元火星統治者の襲撃だ。こちらの作業用レプリカント10体が瞬時に破壊された」
「・・・な、んだって!?」
大石が驚きに目を瞠る。
今までの経験からすれば、元火星統治者側から攻撃してくることはほとんど無く、あったとしても素人同然でたいしたことはなかった。
作業用レプリカントとはいえ、10体を破壊できるような腕の持ち主は皆無だ。
「敵に少なくともハンターが3人はいる。動きに無駄が無く、攻撃に躊躇いがないところを見ても、戦闘経験の豊富な腕の立つハンターだ」
「フリーのハンターを雇ったのか」
「可能性としてはあり得る。だが、」
柳がモニターに目を戻す。
ドームのハッチを開けて、宇宙服を纏った数人が外へ出て行くのが見えた。
恐らく、戦闘型レプリカントの真田や日吉、切原たちだろう。
「動きに見覚えのある者がいる。以前、俺と精市は、赤也たちが初期化される前の記憶データをタイレル社から手に入れた。それぞれに記憶を戻す為だったが、その過程で見た記憶データに火星脱走時のタイレル専属ハンターとの戦闘記録があった。そのハンターと今回の襲撃者の動線、及び攻撃パターンが一致する」
「まさか、タイレル社が約束を破ったのか!?」
「可能性としてゼロではない、が、確率としては極めて低い。跡部財閥を敵に回せばタイレル社といえども無傷ではいられないからな」
「それじゃ、何故」
「わからない、今の段階では」
モニターの中ではすでに戦闘が始まっている。
後からハッチを開けて出て行った2人は、幸村と仁王だろう。
ドームの上に降り立っている敵はモニターで見る限り12人、こちらから出撃していった者は戦闘型レプリカントとハンターを合わせて9人だ。
「こちらが不利になりそうな場合は俺も出撃する。その時は済まないが大石、ここで監視役を務めてもらえないか」
モニターから目を離さないまま柳が言う。
「それなら俺も行こう」
「駄目だ。まだ大石をメンテナンスできる環境が無い。万が一のことがあれば、お前をタイレル社に引き渡すか、そのまま機能停止するのを待つかということになる」
束の間、大石に振り返った柳が笑みを浮かべる。
「大丈夫だ、今回は弦一郎と精市がいる。敵を撃退できる確率は84%」
またモニターに向き直った柳の横に並んで大石も画面を食い入るように見つめる。
戦うことを好きだと思ったことは一度も無いが、危機的状況にあるにも関わらず戦闘に参加できないというのは酷くもどかしかった。





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