からくり猫の見る夢は 2nd Stage 15
柳はモニターで戦闘を監視していた。
画面の中の戦闘風景と併せて、防護ヘルメット内の会話がスピーカーから流れる。
予想通り、切原と対峙していたのはタイレルの専属ハンター、入江だ。
切原ではおそらく勝てないだろうと予測していた柳は、幸村が代わったことに安堵する。
100%ではないが、幸村の方が勝率は高い。
ドームに設置されているカメラのうち、戦闘状況を受信できているのは12、柳は順に全てのモニターを監視する。
隣に立つ大石は、幸村を映している画面を食い入るように見ていた。
幸村と入江の戦いは始まったばかりだが、現在のところ幸村が圧倒的に押しているように見える。
戦闘における力や技術、そういったもの全てが、今まで大石が戦ってきた相手と比べて格段に上だ。
これならタイレルの専属ハンターであっても、勝利は間違いないことのように思えた。
「・・・強いな、幸村は。この調子なら撃退できそうじゃないか?」
思わず零れた感想だったが、柳は首を振る。
「まだ楽観はできない。この入江というハンターは戦い方に独特な癖がある」
「癖?」
「相手を油断させる為にあえて全力を出さずに戦う。以前赤也が入江と戦い、負傷したと思い込まされて負けた。精市はそういったミスは犯さないが、入江の戦闘値が未知数である以上、予断を許さない」
「・・・嫌な癖だな」
大石は顔を顰めるが、柳は単なる戦い方の1つと捕らえているようで、特に嫌悪は表さなかった。
モニターに目を戻すと、早くもすでに決着のついているところもある。
大石の目から見ても手強いと思えるのは、幸村と戦う入江、あと1人は日吉と戦っているハンターだ。
防護ヘルメットのマイクを通して仁王が伝えてきたところによれば、これもタイレルの専属ハンターで松平という名らしい。
大石は入江とも松平とも面識が無い。
まだタイレル社に在籍していた頃に入社した、いわば後輩といえるハンターだが、同じ任務にでも就かない限りハンター同士でも交流などはほとんど無かった。
こうして傍観していることしかできないなら、せめて情報提供だけでもと思ったが、それすら叶わない。
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入江は戦いながら冷静に幸村の観察をしていた。
幸村は今まで戦ってきたどのレプリカントよりも厄介で、楽しい相手だ。
いつものように今にも負けそうな演技をしているものの、それを見抜いている気配がある。
入江は楽しみながらも慎重に戦う。
これだけ攻撃力の高い相手の場合、油断を誘おうとすること自体が危険な賭けだ。
本当に窮地に追い込まれるくらいでなければすぐに見破られる。
その紙一重の部分に入江は踏み留まっていた。
若干の計算違いといえば、すぐ傍で別の敵と戦っていたハンターが、入江が本当に負けそうなのだと思い込んで加勢しに乱入してきたことくらいか。
もちろんこれはすぐに幸村に排除される。
邪魔だと思っていた入江は当然、その仲間を助けることはしなかった。
自分の戦いだけで手一杯だというアピールに使えたかなと思う程度だ。
まだ幸村も全力を出してはいないだろう。
久々に面白い相手と出会えたのは嬉しいが、そう遊んでばかりもいられない。
入江の目的は実験体である大石をドームの外に誘き出し、これを連れ去ることだ。
入江は腰のベルトに何度か手をかけ、そして躊躇するように手を引く。
幸村が細かな動作ひとつ見逃さないのを知っていて仕掛けている罠だった。
**
2人の敵を相手にし、苦戦していた日吉は、危ういところをサポートに入ってきた仁王に救われた。
『こっちは俺が引き受けるぜよ』
『仁王さん、そいつは、』
『タイレルの専属ハンター、松平じゃろ?知っとうよ』
あっさりと戦闘に割り込んできた仁王が、日吉と松平を引き離すように動く。
松平と戦うことになった仁王が気にかかったが、日吉は目の前に残った敵を先に潰すことに専念した。
2対1で苦戦していたのは松平がいたからだ。
仮にも戦闘型と言われるレプリカントである日吉にとって、普通のハンターは敵ではない。
攻守が逆転し、防戦一方になったハンターを日吉が追い詰める。
死なせない程度にダメージを与えてから拘束し、ドーム内に投げ込むまでそう時間はかからなかった。
日吉は踵を返し、戦闘中の仁王をいつでもサポートできる位置に待機する。
下手に乱入して仁王の邪魔になったりすれば本末転倒だ。
近くに陣取ったことで、防護ヘルメット内に松平の耳障りな声が入ってくる。
いつ聞いても嫌な声だと日吉は思う。
薄気味の悪い喋り方をしながら、相手を嬲るような戦い方をするのがこの松平というハンターだ。
松平と日吉は火星脱走時に追う者と追われる者として出会った。
ハンターとしての腕は相当なものである上、その時の松平にはもう1人仲間のハンターがいた。
今日のように2対1になり、それも凄腕のハンターが2人では日吉に勝ち目は無かった。
戦闘で両足を破壊され、動けなくなった日吉の両腕をも大型銃で吹き飛ばした、松平の恍惚とした顔は今でも不快な記憶として残っている。
『裏切り者のハンターなんかに用は無くってよ。邪魔をしないで頂きたいわ』
『お前さんはどうなんじゃ?休みの日にアルバイトとは働き者じゃのう』
『余計なお世話ですわ。それより、伝説のハンターとやらはどこですの?』
過去の記憶データを蘇らせていた日吉の耳に松平の言葉が引っ掛かった。
伝説のハンターというのは大石のことだ。
『…日吉、聞こえ…るか?』
仁王と松平の声にかぶるようにして柳の声が入る。
普段使う周波数チャンネルと違うのか、音が小さく途切れがちだ。
『聞こえます』
『松平…捕らえ…こ…が可能…か?』
『仁王さんと2人掛かりなら』
柳の通信が消える。
今度は仁王と話しているのかもしれない。
少しして仁王が日吉の方を振り向く。
それを合図に日吉も戦闘に加わった。
**
「入江たちの目的はお前のようだな、大石」
モニター室で監視を続けていた柳と大石は、先程の仁王と松平の会話を聞いていた。
「どういうことだ?タイレル社とは話がついたんじゃなかったのか?」
「黒部が調印したのだから、タイレル社が条件を呑んだことに間違いは無い。専属ハンターの入江と松平が単独行動を取っていると考えられる」
現時点でその理由はわかっていない。
捕らえたハンター数名をすでに尋問し、その結果が柳の元に届いていたが、どれも元火星統治者に雇われたハンターで、依頼された内容は火星の戦闘型レプリカントの排除というだけだった。
特定の目的を持って動いているのは入江と松平のみだろう。
柳はモニターで監視を続け、捕らえるなら松平だと考えていた。
主導権を握っているのは入江だと思われるが、いくつも隠し玉を持っていそうな入江を捕らえるのは困難だ。
例え捕らえたとしても、入江が容易く口を割るとは思えない。
それに比べ、力量の点でも尋問の点でも、松平のような性格の方が扱いやすい。
柳は日吉と仁王にだけコンタクトをとれるよう周波数チャンネルを変えて通信する。
どちらからも捕らえることは可能と返事があった。
画面の中の戦闘は半数以上が終わりつつある。
戦いに敗れたハンターは一部が小型の宇宙艇で逃げたが、ほとんどは拘束され火星の中だ。
「入江は精市に任せよう。万が一の場合は弦一郎がサポートに入れるようすでに待機している。あとは松平を捕らえてしまえば奴らの目的もわかる」
「幸村と真田の2人掛かりなら、いくら癖のあるハンターだといっても大丈夫だな。良かったよ、俺たちの出番は無いようだ」
もしもこちらの形勢が不利になり柳が出ていくことになったら、そしてそれでも挽回できそうになかったら、大石は自らも出撃しようと決めていた。
今思えばそれこそが敵の狙いだったのだが、戦闘型レプリカントたちや火星側についたハンター全てが敗れることになれば、火星はまた人間の手に渡ってしまう。
悪辣な元統治者に残されたレプリカントたちが虐待されるのは、英二が辛い思いをするのは大石には耐えられないことだった。
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