からくり猫の見る夢は 2nd Stage 16
連携プレイが初めてとは思えない程、日吉と仁王の息はぴったりと合った。
致命傷は与えずに、ただし抵抗する気力は削ぐように、2人でじりじりと追い詰める。
ここまですれば松平にも、仁王と日吉の目的が自分を倒すこと以外にあると気付くはずだ。
無言になった松平の焦りが仁王には手に取るようにわかる。
『そろそろ観念した方がいいぜよ?お前さんにはもう逃げ道が無い。無駄に痛い思いをしたくなかろ?』
『・・・余計なお世話ですわ』
忠告に逆らう声にも最初ほど勢いが無い。
無意識に諦め始めている証拠だ。
ここらで畳み掛けようと仁王は日吉に合図する。
左右から挟んでの同時攻撃に、ずっと防戦一方になっていた松平が疲れから隙を見せた。
日吉が腰のベルトから拘束用の細いワイヤーを素早く引き出し、松平の左腕に絡ませる。
その先端を仁王に投げた。
受け取った仁王は松平が抵抗する前にワイヤーを右腕に絡め、両腕の自由が利かなくなったところで残りのワイヤーを首に絡ませる。
ワイヤーは端と端を繋ぐと、緩んでいた部分が自動的に収縮する仕組みになっていた。
腕を動かせば首に巻き付いたワイヤーが締まる為、松平はもう抵抗できない。
『ごくろうさん』
『いえ、こちらこそ、サポートありがとうございました』
仁王の労いに日吉が礼を述べ、拘束した松平をドームのハッチへと連れて行く。
カバーを開けようとしゃがみ込む日吉をなんとなし眺めていた仁王の目の端に、一瞬僅かに光る物体が映った。
咄嗟に駆け寄って日吉と松平を突き飛ばすのと、仁王の左足に激痛が走ったのは同時だった。
しぶく血が染めるドームに突き立っているのは未だ鈍く振動する電動ナイフだ。
『仁王さん!』
慌てた日吉が傍に来ようとするのを仁王が片手で制する。
『ちょこっと皮が切れただけじゃき、心配いらん。それより、そいつを早く中へ連れて行きんしゃい』
落ち着いた声音で日吉に指示を出し、仁王はナイフを拾い上げ電源を切った。
自分が飛び込まなければ、これが刺さっていたのは場所から見て松平だ。
日吉が松平と共にドーム内に入ったのを見届けてから、仁王はナイフが飛んできた方角を見据える。
そこにいるのは幸村と戦う入江だけだった。
ベルトから拘束用のワイヤーを取り出し、左足の付け根を縛って止血する。
掠めただけどはいえ、威力の高い電動ナイフは防護用の素材でできた戦闘服を軽々と破り、かなり深く肉をえぐっている。
もう数センチずれていたら足が吹っ飛ばされていただろうと仁王は胸を撫で下ろす。
入江には幸村の他に真田もついているからサポートは不要だ。
他はもう戦いも終わり、レプリカントたちもドーム内に帰還している。
仁王は手近なハッチを開けてドーム内に降りながら、激しい攻防を繰り広げている入江を見遣る。
幸村と戦いながら松平の口封じまでしようとは、さすがにタイレルでも徳川と1、2を争うハンターだった。
**
手塚にも緊急出撃要請が出る可能性ありと柳に指示されて、菊丸は手塚と不二の部屋に来ていた。
戦闘用の宇宙服や、装備品、連絡用の端末を持ち込み、菊丸はとりあえず端末をセットする。
その間に手塚はいつでも出撃できるよう着替えて準備を整えていた。
端末のモニターは監視カメラの映像も受信できるように設定してある。
状況を把握する為にも、3人で顔を突き合わせてモニターに見入っていた。
「こいつ、タイレルの専属ハンターなんだぁ。なんで今頃来たのかなぁ」
入江と幸村の戦闘を見ながら菊丸が呟く。
それに手塚が答えた。
「入江は以前から命令違反や単独行動が目立った。それを補うだけの功績を上げていたから処罰はなかったが」
「タイレル社って基本的に個人の実力主義だからね。プラスマイナスしてプラスになればお咎めなし。今回は実験体の大石を連れ帰って手柄にするつもりだったんじゃない?」
不二の補足に菊丸が顔を顰める。
「社長が手を引いたってことは、財閥を敵に回すとリスクが高いと思ったからじゃん?なのに、それを無視してわざわざ大石捕まえに来たっての?それって手柄になるわけ?」
「タイレル社として派遣されてる訳じゃないからね、その辺が知恵の回るところだよ。この一件が明るみに出ても、タイレル社は知らなかったで通せる」
「でも、管理不行届きとかさぁ」
にこやかな不二に対して、盛大なふくれっ面の英二が異を唱える。
それに今度は手塚が補足を入れた。
「入江の事だ、休暇の申請くらいは出しているだろう。休暇中の行動はあくまで本人に責任がある」
「そこまでして手柄が欲しいわけ?オレには理解できない」
結果的に大石が出撃することは無かったからいいけど、と菊丸がモニターの中の入江を睨む。
攻めてきたハンターたちの方が人数が多く、その上タイレルの専属ハンターまでいると知って一時は危機感を覚えた菊丸だったが、戦いは火星側のレプリカントやハンターたちの圧倒的勝利で終わろうとしている。
柳から大石は参戦させないと聞いてはいたが、もしものことがあったらと菊丸は密かに心配していた。
特殊なレプリカント体の大石は、怪我を負っても治療することができない。
「せっかく着替えたけど、君の出番は無さそうだよ、手塚。それ、脱いできたら?」
不二が手塚の宇宙服を指すが、手塚は首を振った。
「まだ完全に終わっていない。最後まで油断はしないことだ」
いつものように眉間に皺を寄せてモニターを見ている手塚の背中越し、不二と菊丸が顔を見合わせる。
直後に2人して吹き出した。
現在残る戦闘は入江と幸村のところだけで、その幸村は火星で一番戦闘力は高いと言われているレプリカントだ。
さらに幸村と同等の力を持つ真田も控えているとあれば、他の者なら自分の出番は無いと考える。
それでもあくまで装備を解かないのが手塚という男だ。
「やっぱり君って面白いや。退屈しないよ」
「ホント、サイコー!」
笑い転げている2人に憮然としながらも、手塚は画面から目を離さず、戦いの行方を見守っていた。
**
入江の投げたナイフの軌跡を目で追っていた幸村が笑う。
『俺と戦ってるのにずいぶん余裕じゃないか』
『・・・・・・』
止むを得なかったとはいえ、入江は内心で舌打ちをする。
これではぎりぎりで戦っているのが演技だったと、自ら暴露したようなものだ。
松平の相手が2人になった時点で、悪い予感はしていたがそれが的中した。
捕らえられ尋問されれば、松平は自分のことも喋ってしまうだろう。
元より口は軽い男だ。
松平を誘ったのは失敗だったと今更悔いても遅い。
さらに、元火星統治者が自信満々で預けて寄越したハンターたちの使えなさといったら笑えるほどで、自分以外は全て逃げるか捕まるかしているといった体たらくだ。
・・・これは実験体の回収もできないな。
入江は素早く頭を切り替える。
今回は目の前の楽しい戦闘相手を潰して良しとしよう。
どうせ演技だったことはばれてしまっているのだから、そろそろ遊びも終わりだ。
幸村と間近で打ち合いになった時を見計らい、入江は腰のベルトからもう1本の電動ナイフに手をかける。
ナイフはベルトを引き抜く直前で幸村の手に押さえられた。
『もう1本あったのか。本当に油断ならないな』
電源を入れる前にナイフは幸村の手に渡ってしまう。
入江はナイフを持った幸村を警戒して1歩後ろに引く。
幸村がナイフの電源スイッチに手をかけた、その瞬間に入江が幸村の懐に飛び込んだ。
『ぐっ、』
くぐもった悲鳴を上げたのは入江の方だった。
入江は裂かれた肩を押さえて数歩後退りながら、信じられない思いで幸村の手にしたナイフに目を向ける。
ナイフは鈍い唸りを上げていた。
『・・・馬鹿な、』
入江の持っていた電動ナイフは2本、そのうちの1本は故障してスイッチが入らないようになっている。
今まさに幸村が持つそれだ。
故障したナイフと知らず電源を入れる、その一瞬が致命傷を負わせる最大の攻撃チャンスになるはずだった。
『ふうん、なるほどね』
唖然とする入江の耳に幸村の感心するような声が響く。
下がる入江を追い詰めるようにゆっくりと歩み寄りながら、幸村が左手でもう1本のナイフを取り出しスイッチを入れた。
ナイフは微動だにしない。
『こんな小道具を用意してたんだ』
『・・・なぜ2本持ってるんだ』
『さっき貰っておいたんだよ。ほら、乱入してきた奴がいただろ?』
入江の脳裏にその時の情景が蘇る。
油断を誘う演技を本気にして、割り込んできたハンター。
邪魔だと思うだけでたいして注意を払わなかったせいで、ナイフを奪われていたことには気付かなかった。
入江はぎりぎりと歯噛みしながら、さらに数歩下がる。
肩の傷はそう深くも無いが、このまま戦闘を続けるのは無理だ。
様子を見ているのか、幸村はすぐにかかってくる気配はない。
入江は素早くベルトの隠しから3センチ角の黒いキューブを数個取り出すと、それを幸村めがけて投げつけた。
炸裂する爆発音と真っ黒な煙が辺りを覆う。
それに乗じて、入江は待機していた小型宇宙艇に飛び乗った。
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