からくり猫の見る夢は 2nd Stage 17
入江の乗った小型宇宙艇が飛び去っていく。
深追いしても無駄とわかっていた幸村と真田は、宇宙艇が視界から消えるのと同時にドーム内に戻った。
かすり傷ひとつ負わなかった幸村は、念の為真田を待機している守備班に戻し、戦闘装備のまま柳のいるモニター室へ向かう。
火星内は急な襲撃にややざわめきを残しているものの、それ以外は普段と変わらない。
穏やかな笑顔を向けてくるレプリカントたちに笑み返しながら、幸村は今回もレプリカントたちの住処である火星を守れたことに安堵する。
タイレル社が手を引き、跡部財閥が後ろ盾として就いたからといって、問題が全て解決した訳ではない。
元火星統治者であった男は地球の権力者の息子だ。
たいして頭も回らない息子だけなら脅威にはならないが、父親が本気で火星の統治権を申し立てるようになれば政治的な問題がまた浮き上がってくる。
他にも半ば強奪同然に住み着いた代償としての面倒事は、この先も様々な形で表れてくるだろう。
それでも、と幸村は足を止めてゆっくりと辺りを見回す。
火星をレプリカントたちが安寧に暮らせる場所にしたいという気持ちは今も変わらない。
たぶん、この先もずっと変わることは無いだろう。
幸村は再び歩きだす。
その為には必要であればいくらでも戦い続けるつもりだった。
**
全ての戦闘が終わり、柳は報告されてきた被害状況を確認していた。
敵排除の為に出した作業用レプリカントは全てが原型を留めない程破壊されていた為、修復は不可能と医療班から回答があった。
残念だがこれは廃棄するしかない。
戦闘型レプリカントは切原と日吉が負傷したが、かすり傷程度ですでに修復が完了している。
ハンターは仁王が左足を負傷、これが一番大きな怪我だったが、すでに処置を開始し2日で完治予定と報告が来ている。
他に電動ナイフ、小型ミサイルによるドームの破損が数ヵ所あり、修理班から2週間程度の作業工程表が届いていた。
「ドームの破損なんて別にかまわないけど、作業レプリカント10体を失ったのは痛かったな」
柳から報告を受けた幸村が顔を顰める。
「すまない、俺の判断ミスだ。襲撃者が元火星統治者であることから、安易な予測をしてしまった」
「タイレルの専属ハンターが加わってたなんて、誰にも想像つかなかったさ。蓮二のせいじゃないよ」
「用心の為に3体程戦闘型を加えておけば、少なくとも10体全てを失うことは無かった」
宥めても逆に言い募ってくる柳に幸村が苦笑う。
「それじゃ次回からは油断しないように気をつけてくれ。今現在の環境じゃ、1からレプリカントを製造することはできないから数を減らしたくない」
「肝に銘じておく」
深い反省と共に頷いた柳に、ところで、と幸村が気になっていたことを切り出す。
「日吉と仁王が捕まえた専属ハンター、あれはどうした?」
「尋問はしているが何も喋らないそうだ。事後処理が終わってから俺が出向こうと思っているが」
「じゃあ、俺がやるよ。ちょっと脅せば喋るだろうし。そうだ、真田も連れてって、後ろで睨みをきかせるように言っておこうかな。あの鬼瓦みたいな顔なら効果抜群だろ?」
楽しそうな幸村につられ、つい鬼瓦と称された真田の憮然とした顔を思い出して柳が笑った。
「確かに、俺が尋問するより効果がありそうだ。戦闘が終わったばかりですまないが、頼めるか?」
「いいよ、適度に体を動かせて、かえって調子が良くなったくらいだから」
話を聞き出したらまた報告に来ると言い残して幸村が部屋を出て行く。
1人になり、しんと静まった部屋にいると、目を落とした報告書に失った10体のレプリカントたちが浮かび上がる。
守備部隊に所属していた彼らとは接する機会も多く、名前の記載されたリストを見るだけでどんな容姿をしていたか、基本性格データはどんなであったか、最後に交わした会話は何だったかまで思い出せる。
友人と呼べるほど親しい付き合いは無かったが、少なくとも仲間だった。
頭脳回路だけでも無傷で回収できていれば、いずれレプリカント本体を製造できるようになった時に復活させることも可能だったが、無傷どころか回収できたのは僅かな破片だけだ。
起こってしまったことは元に戻せない。
記憶データの中の彼らにもう一度詫びた柳は、二度と同じ過ちは犯さないと固く誓う。
**
夜になり部屋に戻ってきた菊丸に、大石は戦闘をモニターで見ながら考えていたことを話した。
「松平という専属ハンターの尋問が終わってからになるけれど、そう遅くない時期に緑の惑星に帰ろうと思うんだ」
「うん、それはこないだから言ってたよね。オレも帰るつもりでいたよ。不二たちも来るって言ってるし」
菊丸が答えるのに大石が、そのことなんだけど、と続ける。
「もし、今回逃げた入江というハンターの目的が、あくまで俺をタイレル社に引き渡すことなら、緑の惑星に戻っても安全とは言えない。むしろ、火星の方が戦闘型レプリカントやハンターがいる分安心なんだ。だから、英二」
そこまで言って言葉を切った大石が菊丸を見つめる。
「お前はここに残らないか。もちろん不二たちも」
「ぶっぶー!そんなのダメに決まってんじゃん。却下」
即座に否定した菊丸に、恐らくそう言うだろうと予想していた大石が、説明を続ける。
「入江は強い。たぶん、俺が入江と直接対決したら勝てないだろう。俺が負けて、それで済めばまだいい。だけどタイレル社を脱走してきた英二や不二を入江が見逃してくれるかわからないんだ」
「却下」
「・・・英二」
溜息を吐いた大石を菊丸がじっとりと睨む。
「そんなに危険なんだったら大石もしばらく火星にいればいいじゃん。なんで1人で帰るとか言っちゃってんの」
「俺がここにいると火星のレプリカントたちに迷惑がかかる」
「ふうん?で、オレだけ安全なとこに残って、どーしろって?大石無事かなーって毎日やきもきしてろって言うの?でもって、ある日、大石はタイレル社に捕まっちゃいましたって連絡受けんの?」
「・・・・・・」
黙り込んだ大石に、今度は菊丸が盛大な溜息を吐いてみせた。
「オレさぁ、時々、大石ってすっごい馬鹿なんじゃないかって本気で思っちゃう。誰も大石ひとり犠牲にして、これで安心ー!なんていう人いないってわかってる?」
菊丸が大石の頬を両手で挟むようにぱちんと叩く。
「そんな結論を慌てて出す必要ないじゃん。松平って奴尋問して、入江の目的がわかって、そしたらきっと柳がなんか考えてくれるよ。俺たちより全然頭いいんだし。それから結論出しても遅くないっしょ?」
「・・・ああ、そうだな」
「馬鹿なこと言ったなーって、ちゃんと反省して。ごめんなさいは?」
怒ったポーズで腰に手を当てて菊丸が睨む。
「ごめんなさい」
「よろしい。許してやる」
元々怒ったふりだった菊丸は素直に謝った大石を笑いながら抱擁する。
それに抱き返すように腕を回した大石は、先程まで考えていた計画をいったん全て白紙に戻すことを決めた。
菊丸に言ったことは大石の計画の全てではない。
大石は1人で緑の惑星に戻ると見せかけて地球へ行き、黒部に直接会うつもりでいた。
監視体制は解除してもらうが、今後火星や自分の身近な者に危害を加えないと約束してもらえるなら、タイレル社に自分の身体データを定期的に提供してもいいと考えていた。
ただ、行ってすぐに会えるかわからず、入江の行動の意味もわからない現状ではしばらく潜伏する必要があるかもしれないと考えた。
もちろん、潜伏している間に入江に捕まる危険もある。
だからこそ、その間は菊丸を比較的安全な火星に置いておきたいと思っていたのだが。
余計な心配を菊丸にさせてしまったが、幸い機嫌を損ねることは無く笑っている姿に大石は胸を撫で下ろす。
大石にしてもできることなら安全な状況で菊丸と一緒にいることが一番いい。
まずは菊丸の言う通り、松平の尋問が終わるのを待ち、柳の意見を聞いてから最善の方法を考えよう。
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