からくり猫の見る夢は 2nd Stage 18
入江たちが攻めてきてから4日目、火星の宇宙港ロビーに貨物用の船が到着した。
来た時と同じ、僅かな荷物を持った大石、菊丸、手塚と不二が搭乗口に向かう。
それを見送りに来た柳、幸村、真田が後に続いた。
「くどいようだが、再度言わせてもらう。緑の惑星に帰るのは時期尚早だ、大石。入江の真の目的がわからないうちは火星にいた方が安全だぞ」
渋い顔で柳が口を開くのに大石が苦笑いする。
「ありがとう、柳。でも俺たちはやっぱり帰るよ。入江のことは確かに気になるが、今はタイレル社に戻って通常任務に就いてるんだろう?」
「任務が終わって手が空けば、またお前を狙ってこないとも限らない」
「だけど、それがいつになるかは予測不能、だろ?」
笑って返す大石に柳が溜息を吐く。
幸村と真田が代わってから、松平の尋問はものの1時間もかからずに終わった。
火星でも精鋭の戦闘型レプリカントが現れたことに生命の危機を感じたのもあるが、入江に口封じされそうになったことも松平の口を軽くする原因の1つだった。
半ば腹いせ、半ば入江への恐れから、全て話す代わりに火星で身柄を保護してほしいと松平は訴えた。
幸村はそれを承諾し話をさせたが、松平は火星襲撃が入江単独の発案であるということしか知らなかった。
実験体を連れ帰れば手柄になり、黒部の評価が上がると言われて話に乗った松平は、入江がなぜ大石を狙うに至ったのか、その真相までは聞かされていない。
松平の見解は、入江の気まぐれか退屈しのぎ、もしくは火星にいる戦闘力の高いレプリカントに興味を持ったのではないかということだったが。
「気持ちはありがたいと思ってるよ。だから無理はしない。それに元専属ハンターの手塚もしばらく滞在することだし、万が一入江がまた襲撃してくることがあっても、なんとか切り抜けられる」
「そーそー、オレもついてるし!」
大石の応援とばかりに菊丸も話に割り込む。
それに手塚が無言で後押しするよう頷くのを見て、柳も仕方なく折れた。
「・・・わかった。こちらでも融合レプリカント体のメンテナンスが行えるよう、治療用機器の開発は急がせる。ただ、いくら機器の開発に成功しても、脊髄や頭部を負傷すれば火星に運ばれてくるまで脳がもたない。これだけは肝に銘じておいてくれ」
「ああ。通常の人間の体でもそれは同じだ。気をつけるよ」
大石がそう言って笑うと、まだ僅かに不安の色を残す柳も微笑む。
その柳の肩を抱いた幸村が、またいつでも火星に遊びに来ればいいよ、と笑う。
「地質の改善も必要だから時間がかかるけど、ここも自然の草木が育つようにする予定なんだ。緑の惑星みたいにね」
大石の元を訪ねる為に緑の惑星に来た幸村は、地球とも火星とも違う、豊かな自然に溢れた土地に強く感銘を受けた。
許可の無い貨物艇で密航してきたのをいいことに、無断でいくつかの植物を持ち帰ってしまった程だ。
幸村の希望を聞いた柳は植物が育つ為の土壌や水質、気候などを調べ上げ、すでに開発に着手している。
雑談していた大石たちに、船の持ち主がそろそろ出発すると告げに来た。
大石が柳に手を差し出し、それを柳が握り返す。
菊丸や手塚たちも柳や幸村たちと握手を交わし、船に乗り込んでいく。
「世話になったな、柳。幸村や真田も。火星が落ち着くまではまだかかるだろうが、頑張れよ」
「ありがとう。また何かあったら連絡してくれ。精市が言ってたように遊びに来るのでもかまわない」
それじゃ、と手を振り、最後に大石が貨物船に乗り込む。
入口のハッチが閉まり、動力炉の鈍い稼働音がする。
火星ドームの離発着ゲートが開き、貨物船が吸い込まれるように上昇していく。
柳たちは船が宙へ飛び立ち、ゲートが閉まるまで、そこで見送っていた。
「行っちゃったなぁ」
見上げたまま幸村が言えば、そうだな、と柳が返す。
少し寂しそうな柳の肩を慰めるように真田が抱いたが、その手はすぐに幸村に叩き落とされた。
3人揃うと始まる柳をめぐる攻防に、憮然とした真田を幸村が鼻で笑い、これ見よがしに両腕を柳の背に回してしっかりと抱きしめる。
「蓮二がまたあいつらに会いたいなって思うなら、俺が緑の惑星まで迎えに行ってあげるからさ、元気出して。ついでに新しい植物もいくつか持って帰って来たいし」
「精市の目的は後半部分だろう?・・・そうだな、今度精市が行く時は俺も連れて行ってくれ。緑の惑星を見てみたい」
「蓮二もきっと気に入るよ。すごく気持ちのいい惑星で空気も違う。レプリカントである俺だって居心地がいいと思ったくらいだから、人間の大石が帰りたがるのもわかる気がするな」
「そうか、それはますます楽しみになってきた。そうとなれば、早く火星の状況を安定させなくてはな」
柳がそう言うと、幸村がきらりと目を光らせた。
「それにはやっぱり元統治者をシメとこうよ。タイレルが手を引いたから、次は奴を潰そう」
「確かに、一度お灸を据えておいた方がいいかもしれない。効果的な方法を考えよう」
「・・・蓮二、心なしか楽しそうなのは気のせいか?」
盛り上がりながら歩き始めた2人の後ろで真田がぽつりと零す。
だが、元統治者を懲らしめる方法として、かなり無慈悲な提案を交互に出しながら笑っている柳と幸村の耳には入らない。
やれやれと思いながらも、それで柳が寂しさを忘れるなら元統治者がどうなろうと知ったことではない、という点では真田も幸村と同類だった。
**
空港ロビーには行かず、赤茶けた広場のベンチから貨物艇が飛び立つのを見送っていた仁王は、船が見えなくなると大きく伸びをした。
入江たちの襲撃で負った怪我はすでに癒えたが、治療の間はずっと寝ていたせいか体がだるい。
火星にいればまたそのうち誰かが攻撃を仕掛けてくるだろうが、柳の話ではそうそう手練はいないというから、退屈なのは変わらないかもしれない。
やることがなく、ぼうっとしていると頭に浮かぶのは、月にいる柳生のことだ。
『見知らぬ人なら出会うところから始めればいい』
以前大石に言われたことが蘇る。
会ってどうする?
知り合って、そして友達にでもなるのか。
「あいつとはハンターっていう共通項でもなけりゃ、友人にもなれんかったろうなぁ。なんせ性格は正反対じゃし」
組んで最初の頃はよく揉めた。
同じハンターでも一事が万事優等生な行動を取っていた柳生と、常に違法すれすれの危ない橋ばかり渡っていた自分とでは考え方も行動も違い過ぎた。
些細な事すらぶつかり合って、一歩も先に進めないということもざらで。
それがいつの間にかお互いが影響し合って染まり、相手の考えが分かるが故に妥協点を見つけられるようになり、気付けば己の半身のような存在になっていた。
だが、それは柳生がハンターだった時の話だ。
「医者かぁ。きっと、普段は優しいが怒ると怖い先生じゃな」
頭の中で白衣姿の柳生が、言うことを聞かない患者に説教をしてる姿が容易に浮かんで仁王は笑う。
本音を言えば会いたい。
けれど、柳生が送る平穏な生活を乱したくないというのも本音で。
仁王は赤砂の混じる風が吹く、透明なドームの空を見上げる。
余計なことを考える暇がないように、大編成の艦隊でも攻めてくれば面白いのにと、レプリカントたちが聞けば青筋を立てそうなことを考えたが、空はただ風が吹くだけで一機の機影も見えなかった。
→epilogue