からくり猫の見る夢は 2nd Stage 2
火星の持つ2つの衛星ファボスとダイモス、そのうちより火星に近いファボスにタイレル社の宇宙母船が停泊している。
タイレル社から火星に送り込まれている小型宇宙船の発着基地である。
乗船しているのはタイレル専属のハンターと、臨時雇用契約を結んでいるフリーのハンターが併せて46名、他にタイレル社から派遣されている社員が84名、そして宇宙船の管理や操縦をする者たちで、総勢200名程度が母船で暮らしている。
その臨時雇われハンターの中には、地球で菊丸の監視を行っていた仁王も含まれていた。
あてがわれた宇宙船内の個室で仁王は私物の端末を開く。
メールを開き、ハンター宛ての定時連絡を斜め読みした後、もう1通、仁王個人宛てにタイレル社から来ていたメールに目を通した。
「現時点での新情報無し、追跡調査を続行中、か。タイレルの情報網も使えんのう。いや、調査自体まともにやっとらんのか、もしくは」
故意に調査結果を隠しているか。
そこまで考えて仁王はありえないと苦笑った。
物事の裏読みをするのが習い性になっているせいか、ついつい穿ち過ぎた見方をしてしまうが、たかだかハンター1人の現状調査をタイレル社が隠す必要性は見い出せない。
広い銀河系の中でも人が住めるように改造されている惑星は数多くある。
もしも柳生がハンターから足を洗っていたとしたら、タイレル社でも捜索は困難だろう。
17の時にライセンスを取得した仁王は、どこにも所属せずフリーのレプリカントハンターとして動いていた。
タイレル専属のハンターの手が足りない場合や、脱走レプリカントがどこの惑星に逃げたか足取りが掴めないような時は、フリーのハンターたちの元に賞金付きの手配書が回る。
仁王はそういった手配書のレプリカントたちを狩る、いわゆる賞金稼ぎを生業としていた。
最初の頃は単独で狩りをしていたが、ある仕事で1人のレプリカントハンターと知り合った。
縁があったのか、その後も数回組んで仕事をする機会があり、正反対の性格にもかかわらず妙に馬が合って、それからはパートナーとして一緒に仕事をしてきた。
仁王は端末の電源を落とし、考え事をするように目を閉じる。
最後に柳生と組んだ仕事は、紛争地帯で違法改造された戦闘型レプリカントの始末だった。
制御プログラムを解除され、指定された範囲内のものを建物であろうが人間であろうがただひたすら破壊していく戦闘型レプリカントの集団は、凄まじい虐殺兵器となっていた。
今の仁王なら間違ってもそんな仕事は受けなかっただろう。
任務遂行のあまりの困難さに尻込みする熟練のハンターを鼻で笑い、危険だという柳生の反対を押し切る形で仕事を受けたのは、愚かにも己の力を過信し、怖いものなど何も無かった若さゆえだと今ならわかる。
瀕死の状態で病院に担ぎ込まれ、意識が戻ったのはひと月も経った後、医者からも助かったのは奇跡だとまで言われたが、その病院に一緒に戦っていたはずの柳生の姿は無かった。
近隣の病院や、万一の場合を考えて遺体安置所まで回ってみたがどこにも見当たらず、それっきり柳生は消息を絶った。
回想から意識を引き戻して仁王は席を立つ。
そろそろ所属している班の出撃時間だ。
クロゼットから宇宙服を取り出して着替え、防護ヘルメットを脇に抱えて部屋を出る。
タイレル社と契約までして柳生の探索をしている理由はただ1つ、自分の気持ちの中にいつまでも残る後悔と罪悪感に決着をつけたいからだ。
せめて生死だけでもわかれば、それでよかった。
**
夕食時で混雑する食堂ホールに入り、大石はあたりを見回す。
火星には勤務するレプリカントたちの為の施設が数多くある。
食堂ホールもその1つで、昼夜問わず無料で食事や飲み物が提供されていた。
左右に目を遣りながら広いホール内を歩き、手を振っている菊丸を見つけて歩み寄る。
「遅くなってごめん。荷物運びを手伝わされてた」
「いーよ、オレもさっき仕事終わって来たばっかだし。あ、大石もご飯貰ってきなよ」
そう言われて大石は頷き、カウンターへ向かう。
食事を配るカウンターには行列ができているが、給仕ロボットの手際は良く、流れはスムーズだ。
日替わりのメニューから適当なものを選び、トレイに乗せて席へ戻る。
完全自動な調理機器が作りだす料理だが味は悪くない。
火星にある住居用の建物は、入居者の9割が開発作業を行っているレプリカントで占められている為、簡易キッチンすら併設されていなかった。
よって火星在住者はこの食堂ホールで食事をすることになっている。
「仕事の方はどうだ?」
「んー、オレは忙しくもなし、暇でもなし、ってとこかな。柳たちは忙しそうだけどね」
「タイレル社が躍起になってるみたいだからな」
日中、火星での事務作業についている菊丸は、朝起きるとそのまま仕事へ向かう。
宇宙港が開けるまでという約束での臨時業務だ。
現在は特になんの仕事も持たない大石は、菊丸の仕事が終わる時間に食堂ホールへ出向き、一緒に夕飯を取って宿舎に帰る約束をしている。
「そうだ、柳からの伝言。大石に聞きたいことがあるから、あとで部屋に来るって」
「聞きたいこと?」
「なんか、大石がタイレル社に勤務してた時のこと聞きたいんだって。オレもなんか色々聞かれたよ。社長の秘書やってた時のこととか」
クリームシチューを口に運びながら菊丸が言うのに大石は首を傾げる。
「俺がタイレル社に務めてたのは、もう10年以上前だぞ?今更聞かれても有益な情報があるとは思えないけどな」
「柳が知りたいのは、なにかタイレル社の重要機密を知ってるんじゃないか、ってことみたいだよ」
菊丸が声をひそめる。
「そんなこと言われてもな・・・」
大石は初め一般の社員としてタイレル社に入社し、他の社員たちと同様、営業や企画などの部署で勤務をした。
途中から脱走したレプリカントを連れ戻すような任務を与えられたが、その際も特に重要機密と呼ばれるようなものと関わった覚えはない。
それは正式にレプリカントハンターのチームを立ち上げ、チームリーダーを務めていた時も同じだ。
「考えてみたけど、やっぱり心当たりは無いな。柳はどうしてそんなことを言いだしたんだ?」
「オレもそう思ったから聞いてみたんだけど、参考の為に、としか答えてもらえなかった。でさ、もしかしたら、なんだけど」
菊丸がいっそう声を落とす。
「タイレル社の襲撃が激しくなったのって、もしかして、オレたちが来てからなのかも」
「えっ・・・」
目を丸くした大石に、菊丸は、もしかしたらの話だよと念を押す。
「柳の話しぶりから見て、そうなのかな、って思っただけ。あとで大石に話聞きに来るって言ってたし、その時にまた聞いてみよ?」
「・・・そうだな」
この話は終わりとばかりに、菊丸が食べることに専念し始める。
それを見ながら大石もトレイの料理に手を付けたが、どうにも進まなかった。
菊丸の仮説を念頭に置いて改めて考えてみると、確かにおかしな点が多々思い浮かぶ。
退社して十数年も経つ社員に、黒部自ら何かと連絡を寄越していたというのも考えてみれば異様な話だ。
昔と違い、今はハンターも数多く存在する。
ハンター稼業が嫌で隠居同然の暮らしをしている大石に、タイレル社の社長本人が策略紛いの手を使ってまでレプリカント捕縛依頼をする必要など本来なら無い。
自分でも気づかぬうちに、タイレル社の秘密のようなものを見るか聞くかしていたのだろうかと大石は再び思い返してみたが、やはり思い当たることは何も無いのだった。
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