からくり猫の見る夢は 2nd Stage 3
定時連絡の時間になり、徳川は端末に電源を入れた。
「お疲れ様です」
モニターに映し出された黒部が笑顔を浮かべる。
通常業務と火星奪回任務とで普段の数倍忙しいはずの黒部だが、定時連絡を始めとした業務上の約束事に遅れるということが無い。
一部で黒部は自身のレプリカントを数体持っているという噂があるのも頷ける。
「火星の状況はいかがですか?」
「特に進展はありません。本日現時点での総出撃回数は63回です」
「そろそろ攻撃回数の増加、24時間体制での出撃に切り替えてください。これを1週間続けます」
「了解しました」
徳川は手元の別端末に黒部からの指示を打ち込む。
そのまま、出撃スケジュールを管理している担当者に送信した。
「1週間後に攻撃をいったん休止、ファボスから母船を撤退させます。あなたのチームは小型艇でダイモスへ移動、火星の宇宙港が開いたら、出入りする宇宙船を監視してください。可能ならば火星への侵入も試みてください」
「了解しました。念の為に確認ですが、依頼内容に変更はありませんか?」
「ありません」
それでは、と黒部が挨拶代わりの笑みを浮かべ、端末から姿を消した。
時計を見れば、定時連絡終了きっかりの時間だ。
徳川は連絡用の端末の電源を落とし、管理担当から返信されてきた新しいスケジュールに目を通す。
24時間、10分置きに火星へ小型宇宙船を3機ずつ出撃させる。
これで火星にいる守備を行っているレプリカントたちは、休憩を取る時間もなくなるだろう。
人より無理がきくとは言ってもフル稼働すれば消耗も疲弊もする。
メンテナンスを行う暇すら与えなければ、いずれ破たんするのは目に見えていた。
ただし、それは1週間ではなく、3ヵ月以上行えばの話だ。
今の黒部の目的は、火星の奪還ではない。
徳川は個人端末を開き、幾重にもかけてあるセキュリティを解除する。
黒部に依頼されたターゲットの資料を呼び出し、もう一度確認を始めた。
今回の任務内容を知っているのは、黒部と徳川、他に開発の斎藤のみとなる。
社内でも特に極秘扱いされている内容だけに、実績No.1のハンターである徳川が出向くことになったが、理由はそれだけではない。
今回のターゲットは徳川が過去に手掛けた任務に関わりがあった。
生え抜きのタイレル専属ハンターで、迅速・確実に任務遂行できる手腕を持つ徳川は、黒部から特別厚い信任を得ている。
与えられる任務は今回のように極秘事項が関わってくるもの、または普通のハンターでは手に負えないものに限られていた。
数多こなした任務の中でも、徳川の記憶に深く焼き付いているものがある。
その1つが大量に違法改造された戦闘型レプリカントの始末だ。
あれは徳川でも手を焼くほどの仕事で、実際、任務についた専属ハンターの半数が命を落とした。
それに今回のターゲットが関係している。
もちろん、徳川はタイレル社がターゲットに固執している理由も知っていた。
タイレル社には他にも各惑星で活躍しているトップレベルの専属ハンターが数人いるが、現在その全てがここファボスに集められている。
今回のターゲットがどれだけタイレル社にとって重要なのかが知れるというものだった。
**
もうだいぶ夜も更けていたが、柳の質問は終わらない。
菊丸は3杯目になるコーヒーを大石と柳の前に置く。
大石がタイレル社にレプリカントハンターとして在籍していた間に依頼された仕事、退社後に受けた仕事など、話は仔細に渡った。
途中、一息入れる為にカップを手に取った柳に菊丸が声をかける。
「なんかさぁ、オレが横で聞いてても、怪しそうな所って無いんだけど。ホントにオレと大石がいるからタイレル社がうるさく来てんの?」
「俺もそこを確認したくて、こうして時間を取っている。正直なところ、情報があまりに少な過ぎて、可能性だけで言えば無限にあるといっても過言ではない状況だ」
溜息混じりに柳が肩をすくめる。
「なるほどな、手近なところから可能性を潰していくしかないってことか。気の遠くなる話だな」
大石が言えば、まったくだと柳が同意した。
「できれば一度タイレル本社に出向きたいが、この状況ではそれも難しい。かと言って、このままにしておけば早晩、火星は人間に奪還されるだろう」
「タイレル本社のスタンドアロン端末に入ってる情報が見たいんだよね。あのさ、ダメモトで、1人連絡取りたい人がいるんだけど、タイレル社にばれないように電話とかってできる?」
「タイレル本社内の人間か?」
「うん。オレの元同僚で親友。ただ、所属が商品開発部だから、業務にかこつけてスタンドアロン端末とか触りにいけるかが微妙なんだよね」
菊丸がそこまで言ったところで柳が頷いた。
「不二周助か」
「えっ?なんで知ってんの?」
「お前たちのデータは交友関係も含めて全て調査済みだ。こちらも存続がかかっているのでな、悪く思わないでくれ」
柳は少し考えるように虚空を見つめる。
「通信はタイレル社が押さえているから電話連絡は難しい。だが不二の端末がネットワーク上にあれば、タイレル社の監視を潜ってアクセスすることができる。短時間だが、予め作成しておいた文章などを端末に置いてくることなら可能だろう」
「さっきも言ったけど、ダメモトだから期待はできないよ?不二はまだタイレル社に所属してるから、あんまり危ない橋は渡れないし」
「わかっている。俺の方でも調査は続行するから、その手段の1つとしておく。連絡用の文書ができたら教えてくれ」
柳が席を立ち、菊丸と大石がドアまで送る。
遅くまですまなかったと礼を述べて柳が去って行った。
「さっきの、英二の元同僚のことだけど」
大石が心配顔で切りだす。
「ん?不二?」
「ああ。スタンドアロン端末の情報なんか探らせて大丈夫なのか?」
「うん。不二なら状況判断もちゃんとできるし、要領もいいから心配ないよ。それにこういうスリルがあることって大好きだから絶対乗ってくるし」
しばらく会っていない親友の顔を思い出して菊丸は笑う。
一見するとおとなしそうな印象を与える不二は、実はかなり悪戯好きでユニークな人物だ。
だからこそ、楽しいことが好きな菊丸とは気が合った。
「それなら大丈夫だな」
「ただ、1コだけ気がかりなことがあってさ。不二の恋人って、タイレルの専属ハンターなんだよね。もしかしたら火星襲撃組の中にいるかも」
だから、タイレルのハンターと火星のレプリカントの全面対決は避けたいと菊丸は思う。
タイレル社が火星にこだわっている理由が分かれば、それが現在の事態の改善に繋げられるかもしれなかった。
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