からくり猫の見る夢は 2nd Stage 4




目覚めて軽い朝食を取った後、不二は自分の端末の電源を入れた。
デスクトップに置かれた、見覚えの無いメモにはすぐ気がついた。
パスワードがかかっていたが、メモのタイトル『ColorCat』から、推測できるものがあった。
これは以前、菊丸がまだ商品開発にいた時に、企画で出した12色のカラフルなアニマロイドのコードネームだ。
『OrangeMew』と入れると、案の定パスワードは解除できた。
菊丸が一番気に入っていたオレンジ色の猫で、試作品として開発で飼っていた時の名前だ。

不二はメモの内容に目を通すと、紅茶を片手に算段を始める。
火星に技術者を含めた大勢の社員を派遣している為、現在は通常業務を本社に残った社員のみで片付けている。
忙しさは普段の3倍にも及んだ。
不二自身も残業を余儀なくされ、帰宅が23時を回るのもざらだ。
だが、この傍迷惑な状況が今回ばかりはチャンスになる。
スタンドアロン端末は元々社長室に1台あるだけだったが、つい先日、斎藤が申請を出し、開発部にも設置された。
残業で居残る日の中には部長の斎藤すら帰宅してしまい、不二1人だけになることもある。
そうなれば端末から情報を引き出すのは難しくない。
問題は、引きだした情報を火星に送る手段だ。
タイレル本社内の端末はセキュリティが厳しくなっている。
記録媒体にデータを移しても、普通の社員たちが外に持ち出すことは不可能だ。
「そういえば手塚が、5日後に火星へ行くって言ってたっけ」
専属のハンターは業務内容として対象レプリカントの膨大なデータを持ち歩く為に、タイレル社から専用端末を貸し出されている。
その端末にデータを入れ、火星まで運んでもらえれば問題は解決する。
「ふふ、手塚は渋い顔をするだろうな」
四角四面の真面目な恋人を思い浮かべて不二は笑う。
彼は眉間に皺を寄せながらも、不二の言う事には逆らえないのだ。



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「ケガとかしないこと!疲れたらちゃんと休憩すること!」
わかった?と聞いてくる菊丸に、スリム型宇宙服を着た大石が笑って頷く。
タイレルの火星襲撃が激しさを増し、24時間絶え間なく攻撃してくる。
戦闘型レプリカントたちだけでは手が足らず、強化した作業用レプリカントを守備に充てても圧倒的に数が足りなかった。
そんな状況を見かねた大石は菊丸を説得し、自ら守備隊に志願した。
「あーあ、大石が守備隊に入るなら、オレもそっちに回りたいのになぁ」
「裏方の事務も、今は目が回る程忙しいんだろ?英二の情報処理能力は優秀だと柳も言ってたし、事務側からすれば外せないだろう。英二は俺たちのバックアップで応援してくれ」
「しゃーないから、そうする。こんな状況もあと数日で終わるって柳は予測してたし、それまで頑張ろー!」
景気づけのように上げられた菊丸の拳に合わせて大石も手を挙げる。
「それじゃ行ってくるよ。夕飯を一緒にする約束は守れないかもしれないけど」
「ん。わかってる。でも、来れそうだったら来て。無理しなくていいから」
それじゃ、とドアの所で二手に分かれる。
大石は守備隊が勤務する詰め所へ、菊丸は新たに設置された火星統括局の事務所へと向かった。



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最近、タイレルの母船にいる雇われハンターたちの間で、密かに1通のメールが噂になっていた。
メールの送信者は火星のレプリカント、あからさまに寝返りを誘う内容で、条件はかなりいいという話だ。
あくまで噂の域を出ない理由は、雇われハンター全員に届くのではないこと、そしてどういう仕組みになっているのかは不明だが、該当のメールは開いて本文を読み終える頃には、メール自体はもちろん、通信履歴さえ跡形も消えてしまう為だ。
そして、ハンターの中には好条件に釣られ、本気で寝返りを検討している者もいた。
雇われハンターたちはタイレル社に特別な恩義などない。
その上、母船内にいる専属ハンターたちの傲慢な態度が、彼らの反発を買っていた。
近頃では船内で小競り合いのようなこともしばしば起こる。
いい加減、この仕事から降りたいと思っている連中には、降って湧いたような話だった。

「お前の所には届いたか?」
同じ班の雇われハンター仲間が、小声で尋ねてくるのに仁王は首を振る。
「俺みたいな優秀なハンターを誘わんとは、レプリカント共の目は節穴じゃ」
「今のところ、俺の知ってる限りでは、自己申告してるのが10人程度だ。だけどなんの証拠もないんだぜ?メール自体、存在するのか怪しいと俺は思ってるけどな」
そう笑って同僚の男は自分の部屋へ去っていく。
仁王も次の出撃までの3時間余りを自室で過ごす為に部屋へ戻った。

仁王は個人用の端末を開き、メールをチェックする。
あるのはハンター向け定時連絡のみだった。
レプリカントからの噂のメールは3日前に届いていた。
つまりはどういう基準かでレプリカントたちは雇われハンターを選別し、対象者に同じメールを送っていることになる。
いつのもように休憩時間、自室で受信BOXを確認した仁王は、レプリカントから送られてくるという噂のメールがあるのに気付いた。
僅か数分で消えるというメールを開き、面白半分ですぐに返信文を打った。
寝返る条件として柳生の探索を指定したのだ。
仁王としてはタイレル、火星のどちらに付くにしても問題は無い。
双方に同条件を出して、運よく何か情報でも入れば儲けものだ。
とはいえ、レプリカント側への期待はほとんどしていない。
言ってみれば冷やかし、どういう反応を返してくるかという暇つぶしに近い感覚だった。

端末を閉じて仁王はベッドに宇宙服のままごろりと寝転がる。
休憩時間は貰えるものの、ほぼ3時間置きに出撃するのだから、わざわざ着替えるのも面倒だ。
枕元に置かれたアラームをセットして仮眠に入る。
浅い眠りは仁王にいくつもの夢を見せた。



**



柳はハンター宛てに送信したメールで、唯一返信してきた相手を調べていた。
ネットワーク上にあるタイレルのデータベースにアクセスし、相手の身元を確認する。
仁王雅治、地球在住のハンターで、タイレル社で仕事を始めたのは3年前。それ以前はフリーの賞金稼ぎ。
ここまでは他ハンターの経歴と大差ない。
興味深かったのは、次の二項目だ。
仕事を始めて半年で専属ハンター就任依頼がタイレル社から出ているが、それを拒否していること。
そして、返信メールにもあった、柳生というハンターの探索依頼を条件にタイレル社の仕事を受け続けていること。
「ふむ。タイレル社が専属ハンターに望むなら腕は確かなようだな。それにしても、タイレル社が3年もかけて人ひとり探せないというのは解せない」
タイレル社の持つ力は大きい。
それに伴う人脈も相当なものだ。
その力を駆使すれば、どの惑星にいようと目当ての人物を探すことなど造作も無いはずだった。
「何か裏がありそうだな。柳生というハンターを調べてみるか」
柳はいったんデータベースとの通信を切り、別ルートで再度入り直す。
長時間同じルートでアクセスしていると、タイレル社の防御機能が動作しアクセスが強制終了される恐れがあった。
今度はデータベース内で柳生比呂士の名前を検索する。
すぐに該当データが見つかったが、開いてみるとファイルの中身は空白だった。
もう一度検索結果の名前の項目を確認すると、柳生の名前の頭にSAのマークがあった。
「スタンドアロン端末にデータを移しているのか。・・・何者なんだ、この柳生という男は」
ただのハンターならわざわざスタンドアロン端末にデータを移したりはしない。
それをされているということは、この柳生というハンターがタイレル社の極秘事項に関わっているということだった。




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