からくり猫の見る夢は 2nd Stage 5
昼休憩を中庭で取ろうと、売店で購入した昼食片手に柳生は同僚と外へ出た。
人類が地球以外の住処として真っ先に改造した月は、今では地球と変わらない快適な環境となっている。
薄曇りの柔らかな陽が注ぐ中庭のベンチに腰を下し、一息つくとサンドイッチを取り出した。
柳生の勤め先である総合病院は3つの建物が三角形を成すように配置され、中央が中庭となっている。
患者や医師、見舞客などが休憩できるよう、ベンチやテーブルなども木々の間に設置されていた。
月で初めて開設された医療施設は当初8割の医師がレプリカントで占められていたが、移住する者が増えるにつれ人間の医師も多くなった。
柳生が月へ来たのは6年前、その前は地球でタイレル社が運営する、人とレプリカントの両方を対象とした医療施設で勤務していた。
タイレル社が管理・運営をするのだから、当然医師やスタッフも含め全てがレプリカントだ。
「あ、せんせい!」
食事が終わり、テイクアウトの紅茶をゆっくり味わっている柳生のベンチに、幼い少女が手を振りながら駆け寄ってくる。
一昨日の夜遅くに月の風土病で搬送されてきた少女だが、幸いなことに症状は軽く、来週には退院できる予定だ。
柳生は笑顔で少女を迎え、彼女の為に昼食のパックを片付けると座る場所を作った。
「あのね、せんせい。きのうゆめをみたの。ウサちゃんがおなかいたいってないてたの」
「それは可哀想ですね。病気でしょうか?」
「わからないの。それでね、ゆめのなかでおくすりをあげたんだけど、のんでくれなかったの。なぜかなぁ?」
小首を傾げる愛らしい仕草に笑い、柳生は少女の頭を撫でてやる。
「きっとあなたの持っていたお薬が人間用だったのでしょう。あとで獣医の先生のところでウサギ用のお薬を貰ってあげますよ」
「ほんとう?よかったー。これでウサちゃんもいたいのなおるね」
嬉しそうに笑った少女は迎えにきた母親に連れられ病室へ帰って行く。
「なぁ、どうして夢の中で持ってた薬が人間用だったってわかったんだ?」
少女が去るのを待っていたかのように同僚が口を開く。
「さぁ、ただなんとなく、そう思っただけです。元より夢の話ですし」
「俺にはさっぱり理解できん。お前ってレプリカントにしては少し変わってるよな」
不思議でならないといった顔で頭を振った同僚は、ベンチから立ち上がると先に病棟へ戻って行った。
変わってるというのはよく言われることだった。
想像からの例え話であったり、抽象的な比喩といったほとんどが他のレプリカントには理解されない。
思考方法に違いがあるようだが、調べても詳しいところはわからなかった。
そろそろ戻ろうと歩みを進めながらふと空を見上げると、雲間から射す陽が銀の糸のように無数に地上に降り注いでいる。
キラキラと輝く銀の光に何かを思い出しかけた柳生だったが、結局はいつもと同様、はっきりとした像を結ぶことなく霧散してしまう。
ただ、どこか懐かしいような高揚や、何かを失くしたような切なさが入り混じった、そんな気分がいつまでも胸の内で燻るのだった。
**
タイレル社の襲撃が止み、久しぶりに火星は平和な朝を迎えた。
柳はもうしばらく様子を見る必要があると火星港を開くことに反対したが、長期で足止めを食った民間の業者たちは納得しない。
再びタイレル社が襲撃を開始する前にという言い分も理解できる為、離陸する間の僅かな時間のみ火星港を開けた。
3機の宇宙船が火星を離れ、すぐに宇宙港を閉じようとした管制塔に着陸要請が入る。
断ろうとした管制員は、相手が申告した名前と所属を聞くと、すぐに幸村に連絡を入れた。
モニターに映し出された宇宙船の乗員はタイレル社専属ハンターと名乗った。
エリート然とした風貌に相応しい、落ち着いた声がスピーカーから流れる。
「話し合いを希望する。火星港への入港を許可してもらいたい。こちらはタイレル社専属ハンターが2名だ」
知らせを受けて駆け付けた幸村が訝しい顔でモニターを睨む。
遅れて管制塔に到着した柳は、画面に映るハンターを見て小さく声をあげた。
「手塚国光」
「知ってるのか?」
「少し待ってくれ、確認させる」
言うなり出ていった柳はすぐに菊丸を連れて戻ってくる。
菊丸が間違いないと頷くのを確認して、宇宙船の着陸許可を出した。
「つまり、菊丸が不二って奴にデータ収集を依頼してて、さっきのハンターがその恋人だって?」
「そうだ。こうして接触を図ってくるならば、不二から何か託されている可能性がある」
「ま、どれだけ腕が立つ専属ハンターだろうと、たった2人じゃどうにもならないからいいけどね」
「手塚なら大丈夫だよ。オレ、何度か一緒にご飯食べに行ったけど、悪い奴じゃないって」
管制塔から手塚を待たせている宇宙港のロビーまで足早に向かいながら、柳と菊丸が幸村に経緯を説明する。
到着したロビーでは、手塚ともう1人のハンターがソファに座り、周りを真田と日吉を含む数人のレプリカントが囲んでいた。
「お待たせ。ずいぶん厳重な警戒だな。俺たちが来たから、みんなはもう持ち場に戻っていいよ。御苦労様」
幸村の指示で真田と日吉を除く宇宙港警備のレプリカントたちが散って行く。
「さて、早速用件に入ろう、と言いたいとこだけど、せめてお茶くらい飲めるところに移動しようか。ありきたりなものしかないけど、そこのカフェでいい?」
指差されたCLOSEの札がかかるロビーのカフェを手塚が見遣り、頷く。
7人で店内へ移動し、それぞれ席に座ると気を利かせた菊丸がカウンターに入り、飲み物を運んだ。
手塚は持ってきた端末を起動させると、黒部から預かってきたというメッセージを流した。
内容はこれまで再三、黒部が火星のレプリカントに対して要求していることとなんら変わりはない。
「これじゃいつまで経っても平行線だな。そっちが譲歩しないなら、俺たちの返事も変わらないって黒部に伝えといてよ」
やれやれと肩を竦める幸村に手塚は気を悪くしたふうもなく、ただ「わかった」とだけ答え、同乗してきたハンターに目顔で頷く。
それを合図にもう1人のハンターが立ちあがった。
「黒部社長への定時連絡がある。すまないが、1人だけ先に宇宙船へ帰してもかまわないだろうか」
手塚が言い、幸村は了承する。
カフェから宇宙船までハンターを送りに真田と日吉が出て行き、残ったのは幸村、柳、菊丸、そして手塚の4人となった。
「ここからが本題だろ?」
にやりと笑って幸村が切り出す。
「・・・不本意だが」
眉間に皺を寄せた手塚は、菊丸に向き直ると、不二からだと端末内に入っていたディスクを手渡した。
「ありがと。不二は元気?」
「ああ。ほとぼりが冷めた頃にまた遊ぼう、と伝えるよう言われている」
それと、と少し言い淀むように手塚が続ける。
「そのディスクの中身だが、不二はかなりショッキングな内容だと言っていた。・・・タイレル社の黒歴史だ、と」
柳と幸村が顔を見合わせる。
「どういうことだ?依頼したのは、大石、菊丸、あとは柳生というハンターのデータだが」
柳の問いに手塚は首を振る。
「俺は中身を見ていない。ただ、不二がそう言っていたのを聞いただけだ」
全員の視線が、菊丸の手にしているディスクに集中する。
大企業ともなれば、成長過程において1つや2つの黒歴史くらいはあって当然と言える。
問題は、その黒歴史に大石か菊丸、または柳生が関わっているということだった。
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