からくり猫の見る夢は 2nd Stage 6
ディスクの運搬を請け負った手塚が帰り、菊丸と柳、幸村はすぐに端末で中身を確認した。
中はフォルダで分けられていたが、それぞれに膨大な量の資料が収められている
ざっと換算してもその量は、通常なら不眠不休で見たとして2週間近くかかる程だ。
「俺が預かり、内容を整理してから関係者に説明する、ということでいいだろうか?」
「いーよ。オレが普通の方法でデータ整理するとたぶん1ヶ月はかかるし。そんなに時間ないもんね」
タイレル社の襲撃が再び始まるまでに、ディスクのデータ解析を終える必要があると理解している菊丸は、柳の提案を快く受け入れる。
元より、不二に貰った情報は柳からの依頼だ。
「それではこれから最優先でディスクの解析を行う。作業終了はおよそ3日というところだ」
「その間は事務周りも俺が警備と兼任して監督するよ。それじゃいったん解散」
幸村の合図で3人は宇宙港ロビーのカフェを出る。
幸村と菊丸は通常業務に戻り、柳だけが私室に下がった。
部屋に戻った柳は端末を起動させるとディスクを入れる。
フォルダ内の資料を表示させると、画面に視線を固定したまま、次々とページを捲り始めた。
画面に映し出された資料は、カメラで撮影するように、そのままそっくり一瞬で柳の記録回路にコピーされる。
1つずつ文章を読む手間が省けるだけ、通常の方法より早い。
記録されたデータは柳の頭の中で解析、分類等が行われ、特定キーワードでの検索も可能になる。
柳は記録作業と並行して内容の確認も始めた。
資料の中で一番古い日付は今から34年前、ただしこれは企画会議の議事録で余談と表記されている。
次に古いのは21年前、これは企画書として正式にあがっているものだ。
「事故等で欠損した人体をレプリカント用パーツで補い、か。確か20年以上前は義手や義足といったものが存在していたな」
21年前の企画は会議で否決されている。商品として販売するには需要が少ないという理由だ。
だが、その半年後にさらに同企画書を改正したものが会議にかけられていた。
「・・・これか」
資料を捲る柳のスピードが上がる。
火星の太陽が沈み、端末のモニタが発する光だけが部屋を照らすようになっても、柳はそのまま動かず作業に没頭していた。
**
集中攻勢を終えたタイレル社の攻撃拠点である母船はダイモスへ移動した。
火星から観測できないダイモスの裏側に停泊している母船内は、乗員たちが久しぶりの休息をそれぞれ満喫している。
だが仁王は、食事や定期ミーティング以外のほとんどを部屋で過ごしていた。
今船内には新しい動きも無い。
表に出た所で、時間をもてあました連中のくだらない噂話や愚痴、中傷などが耳に入ってくるだけだ。
任務上の都合から、ハンターたちは臨時も専属も併せて、同じ場所で顔を突き合わせていることが多い。
狭い空間で赤の他人が一緒に暮らしている以上、ある程度は止むを得ないと思っているが、度々起こる子供じみた諍いには正直閉口する。
いずれまた戦闘命令が出れば連中も遊んでる暇は無くなるだろう。
それまでは極力関わらないのが利口だと、仁王は部屋でごろ寝を決め込む。
うとうとしていると、机の上の端末からメール着信を伝える電子音が響いた。
緊急の用だろうかと起き上がり、端末を覗きこむ。
発信者の『M/R』にはすぐピンときた。
Mars/Replicant、火星のレプリカントからだ。
まさか再びメールが来ると思っていなかった仁王は、急ぎ本文を確認し、その内容に驚いた。
メールには柳生の消息が判明したとある。
そして、その件で確認したいことがあるので協力を要請したいとあった。
「徳川カズヤちうのは、腕利きと評判の筆頭専属ハンターじゃろ?また難しい注文を出してくるのう。・・・まぁ、暇つぶしにはもってこいか」
前回と同様、メールはすぐに跡形も無く消える。
だが、本文の最後に、協力してもらえるなら5分後に再度届くメールで返信をとあった。
仁王は端末の前で待ち、きっかり5分後に届いたメールに返信する。
そしてレプリカントからの要請をこなす為、情報収集しに部屋を出た。
**
ディスクを受け取ってから3日目、幸村は柳の部屋を訪れていた。
「そろそろ結果が出る頃だと思ってね。どうだった?」
「まだいくつか併せて調べたいことはあるが・・・そうだな、今の段階でわかっていることを話そう」
ほとんど休まずにディスクの内容を調べていた柳は、さすがに疲れを浮かべている。
茶を淹れるという柳を制して、幸村が飲料ディスペンサーからコーヒーを2杯淹れて椅子に掛けた。
「まず、不二が言っていたというタイレル社の黒歴史、これは誇張の無い事実だ。今から15年前、タイレル社は人体とレプリカントの融合をテーマに実験を始めた」
「人体とレプリカントの融合?目的は?」
「当初は病気や事故などで欠損した人体の補完。だが、これは医学界の細胞培養による移植臓器生成、養肢接続が成功したことによって道を閉ざされた」
「当然だね。自分の内臓や手足を再生できるのに、わざわざ機械を付ける必要はない」
幸村が言うのに柳も頷く。
「問題は、タイレル社がここで実験を止めることをせず、方向性を変えたことにある。つまり、欠損したものを補うのではなく、より貪欲に人が理想に近づく方向へと」
そこで柳はひと息吐くとコーヒーを手に取った。
「人体とレプリカントの融合、貪欲に理想に近づく手段、っていうと、思いつくのは不老不死あたりかな」
「完全に不老不死とはいかないが、それに近い。理想の容姿、そして病気や老いと無縁の体だ。不老不死足り得ないのは、レプリカントの体に人間の脳を移植する為だ」
「なるほどね。例え本人の記憶や思考を取り込んでも、記憶回路では人間の脳のようには動かない。生身の脳の寿命が本人の寿命ってことか」
「脳を生かす為の機能が必要になる為、通常のレプリカントとは製法から異なる。そして、専用のレプリカントが作成され、人体実験が行われた」
幸村が手にしていたカップをテーブルに置く。
その先の柳の言葉を推測して表情が険しくなる。
「実験の対象者は柳生、それと大石、か?菊丸も?」
「正確に言えば実験の対象は全部で83人。ただしこの中で現在も生存するのは23人。その23人の中に柳生と大石が含まれる。菊丸はこの件に関係しない」
腕を組んで何事か考え始めた幸村を見遣り、柳が疲労のにじむ声で付け加える。
「まだいくつか確認したいことがある。それまで、大石と菊丸にはこの件、伏せておいて欲しい」
「わかった。タイレルの雇われハンター、仁王だっけ?柳生の調査を依頼してきた奴。あいつは?」
「すでに連絡済だ。仁王にも調査を依頼したが、その結果を本人が持って数日中に火星に来ると言っている。その時に大石たちも含めて説明をしようと思う」
幸村が了承の印に頷き、続いて呟くように言う。
「・・・大石は知らないよな、実験のこと」
「俺が話を聞いた限りでは本人に自覚は無い。大石が施術を受けたのは、改造された戦闘型レプリカントと戦って重傷を負った時だ。資料には意識不明の重体で搬送されたとあった」
「知らない方が幸せなこともある、か。人間は人間で大変だな」
幸村は席を立ち、柳の部屋を後にする。
柳の説明なら完璧だろうが、それを人間である大石がどう受け取るか、レプリカントの幸村には想像できなかった。
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