からくり猫の見る夢は 2nd Stage 7




母船内のトレーニングルームで軽く汗を流した徳川は、部屋へ戻ろうとした途中で同僚の専属ハンター大和に声をかけられた。
「トレーニングですか?朝から精が出ますね」
「体は常に動かしてないと鈍る。そういう大和もトレーニングルームへ行く所じゃないのか?」
「ええ、ボクは3日振りですけどね。そういえば、先日、食堂で雇われハンターたちがあなたの噂をしてましたよ。例の武勇伝、意外に知ってる人は多いようですね」
「・・・そうだろうな。専属、フリー問わずに投入された大規模な戦闘だった」
徳川の頭に当時の様子が思い出される。
タイレル社から徳川の元に事態の収拾命令が出た時には、すでに紛争は終結に近づいていた。
数多のハンターを投入しても改造された戦闘型レプリカントを止めることはできず、皮肉なことにそのレプリカントたちが両軍を見境なく攻撃し、壊滅状態に追い込んでいた為だ。
すでに改造レプリカントを使用していた軍でも対処できない有様に、乗り出したのが黒部だった。
「少なくともあなたと入江クン、2人もあの戦闘に参加した英雄がこの船に乗ってるんですから、彼らが話題にするのもわかりますね」
「大和。悪いが、俺はその話をしたくない。それと、汗をかいたから部屋でシャワーを浴びたい。もう行ってもいいか?」
「これはすみません。でも1つだけ、ボクも気になってたことがあるので、お聞きしてもいいですか?」
「・・・なんだ?」
「今回のタイレル専属ハンター出撃命令、それもあなたや入江クンなど選りすぐりが集まってるのは、例の紛争に関わりがあるとボクは思ってるんですが。当たりですか?」
普段と変わらぬ大和の飄々とした態度は徳川にも真意を読み取らせない。
ただ、大和とここで会ったのが、偶然ではなかったことだけを悟る。
入江もそうだが、大和も一筋縄ではいかない、食えない男だった。
「・・・大和。その話を他の者にもしたか?」
「いいえ、誰にも」
「そうか。ならいい。先程の質問だが、答えはノーコメントだ」
「そうですか。お時間を取らせてすみませんでしたね。では」
答えを追及することなく、あっさり引いた大和はトレーニングルームへと姿を消す。
その後ろ姿を見遣って、徳川も止めていた足を再び部屋へ向けた。
頭の中では今回の大和の件を黒部に報告するかどうか考えていたが、あくまで想像の範疇でしかなく、大和が真実を探り当てる可能性はないと考えて、徳川は報告不要と結論付けた。


トレーニングルームに入った大和は、中に誰もいないことを確認して、すぐに別の出口から部屋を出る。
訓練用の機械は個人データを網膜で管理するシステムを使用している為、ついでにトレーニングをしていくという訳にはいかない。
髪や顔、話し方などはいくらでもなりきることができるが、網膜までは偽れないからだ。
もしも網膜センサーに瞳を合わせたら、表示される名前は『仁王雅治』だ。
「さて、本人からの情報収集も終わったし、レプリカントとの約束はこんなもんでよかろ。今日の午後にはここを抜け出すとするか」
廊下の途中にある空き部屋で変装を解いた仁王は、携帯端末で数人に暗号メールを送った。
徳川に関する情報収集以外に、火星に寝返る臨時ハンターも連れてこいと指示されている。
小型の宇宙船に乗れる人数は5人、仁王を入れて4人までなら火星に連れて行くことができる。
メンバーには腕が立ち、尚且つタイレルのスパイではないことを見極めた者を選んだ。
後は母船から小型宇宙船を出す手続きだけだが、すでに黒部のサインが入ったニセ書類は準備済みだ。
「・・・これでようやっと柳生の消息が知れるか。長い道のりじゃったのう」
先日届いたレプリカントからのメールには消息がわかったとしか記されていない。
詳細は火星で聞くしかないが、いざその時が来てみると、心に微かな躊躇を感じる。
生きているんだろうか、無事に生活を送る暮らしができる状態なのか。それとも。
仁王は溜めていた息を吐き出し、空き部屋を出る。
どんな結果であろうと受け止める。それはとうの昔にした覚悟だった。



**



柳に呼び出され、菊丸はミーティングルームに出向いた。
火星の統治本部と呼ばれる大型の建物内には、こういった部屋が数多くある。
柳が待っていたのは、ミーティングルームの中でも小さな部類で、6人も入れば一杯になってしまう部屋だった。
「いきなり呼び出してすまない。実は菊丸に心積もりしておいて欲しいことがある」
そう切り出し、柳は近くの椅子を菊丸に勧めた。
「午後に例のディスクから判明した内容の説明会を行うが、その内容に大石は恐らく衝撃を受けると推測される。そのケアを行うには菊丸が一番適任だ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。大石が衝撃を受けるって、どういうこと?ディスクに何が入ってたの?」
驚き、詰め寄る菊丸を柳は静かな眼差しで見つめた。
「菊丸。お前は以前、自分がレプリカントであることを知らなかった、と言っていたな?」
「そうだけど・・・まさか、大石がレプリカントとか!?え、だって、大石は、」
慌てる菊丸を柳が制す。
「大石はレプリカントではない。正真正銘、人類に分類される。ただ、本人の知らぬ所で改造施術を受けている。後で詳しく説明するが、大石は体の95%以上がレプリカントと同様の素材で作られている」
「・・・・・・」
菊丸の頭の中は柳がもたらしたデータで混乱をきたしていた。
体の95%がレプリカントと同様の素材でできていて、それでも人間と呼べるのだろうか。
おまけに、柳はその事実を大石が知らないと言っている。
「俺も色々なパターンを考慮し、今回の件を大石に伝えるべきか検討した。だが、やはり自分自身のことは知っておくべきだろうと思う。それに、このままでは大石は一生タイレル社の監視下に置かれる」
黙って俯く菊丸に柳の心も痛む。
菊丸も辛いだろうが、その痛みこそが大石を救えるのも事実だ。
感情を解しないロボットでは人の心を癒せない。
「菊丸は自分がレプリカントだと知った時に、狂いそうな程のショックを受けたと言ったな?人間である大石がどういう反応をするかは推測できないが、少なくとも何らかの衝撃は受けると考えられる。その場合、大石を支えられるのはお前だけだと判断した。頼めるだろうか」
菊丸が顔を上げる。
泣きそうに見えたが、きつく唇を噛んで耐えていた。
「前にオレを助けてくれたのは大石だから、今度はオレが助ける。大石の事は任せてくれていいよ」
「ありがとう。午後に詳しい話と、今の段階で取れる今後の提案について説明する」
わかったと頷いて菊丸は席を立つ。
自分の頬を両手で叩き、大きく深呼吸してからミーティングルームを出た。



**



予め連絡のあった時間きっかりに、火星港へ小型宇宙艇が1機着陸した。
出迎えた柳は、仁王が連れてきたハンター4人を日吉に預け、仁王のみを伴って本部のミーティングルームへと移動する。
「もし疲れているようなら、10分程度説明会を遅らせてもかまわないが」
「いーや、自動航行する宇宙艇に乗ってただけじゃし、別に疲れとらんぜよ。それより柳生のこと、どこまでわかったんか早う知りたい」
「現時点までの情報だ。念の為、今朝、業務連絡を装って柳生自身にメールを出し、本人から返信があった。情報に誤りは無いと考えていい」
そう告げると、隣を歩いていた仁王の足が止まった。
「どうした?」
「・・・生きてたか」
ぼそりと呟いた仁王の言葉は、なぜかとても深い所、言ってみれば魂から発した言葉のような気がして、柳はじっと仁王を見つめる。
仁王は柳生と組んでハンターの仕事を受け、例の任務にも共に赴いている。
死の淵から人として蘇ったものの、パートナーの行方が知れないという状況は、はたしてこの男に何を考えさせたのだろう。
「ああ、すまんの。行くか」
止めていた足を仁王がまた動かす。
柳もそれに合わせて歩きだした。





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