からくり猫の見る夢は 2nd Stage 8
食堂ホールで昼食を取り終え、菊丸と大石は本部ミーティングルームへと向かう。
昼時で食堂は混み合っているが、利用するレプリカントたちはみな和やかだ。
タイレル社の襲撃が絶えてから6日目、火星のレプリカントたちもようやく落ち着きを取り戻し始めている。
「何か手掛かりになりそうなことがわかったのかな」
食堂から離れ、人通りもまばらになったのを見計らい大石が口を開く。
「タイレルの思惑はわかったっぽいよ」
「そうなのか!?」
驚き、思わず足を止めた大石を菊丸が笑って促す。
「詳しいことはオレも聞いてないけど。でも対策は立てられそうだって柳が言ってた」
「そうか。それなら状況の改善が少しは期待できるかもしれないな。ところで、タイレル社の襲撃と俺たちとは関係があったのか?」
「それはまだ聞いてないからわかんない。これから柳が説明してくれんじゃん?」
菊丸が数メートル先のドアを指す。
柳に指定されたミーティングルームだ。
静まり返った通路は部屋のドアが並ぶだけで、菊丸と大石の歩く靴音以外は物音ひとつしない。
「いよいよ真相解明、か」
ドアを見据えた大石の緊張が、その背に置いた手から菊丸に伝わる。
大丈夫、大丈夫だから、と想いを込めてポンポンと背を叩き、菊丸は大石に笑顔を向けた。
「遅刻すると柳が冷たーい目で睨んできて、すっごく怖いから、早く行こ!」
「ああ」
釣られて笑みを浮かべた大石の腕を取り、菊丸はミーティングルームのドアを開ける。
中にはすでに招集をかけられたメンバーが揃っている。
並んで2つ空いている席に座り、テーブルの下で菊丸は大石の手を握った。
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柳と共に先立ってミーティングルームに入った仁王は、残りのメンバーが揃うのを待っていた。
自分たちのすぐ後に来たのが火星のレプリカントリーダーである幸村、そして戦闘型の日吉。
それほど時間を置かずに入ってきた次のメンバーは、仁王の知る顔だった。
伝説のレプリカントハンター・大石と、地球にいた時にタイレル社から依頼を受け監視していた、元社長秘書のレプリカント・菊丸だ。
「揃ったようだな」
柳が場を見回し、日吉に目線で指示する。
立ち上がった日吉はそのままミーティングルームの外へ出て行った。
ドアの外で説明会が終わるまで見張りだろうと仁王は推測する。
「それではディスクにあった情報の説明会を始める。最初は現時点でわかっていることを時系列で解説していく。なお、質問等は後ほど受け付けるので、それまでは控えて欲しい」
柳が段取りを説明し、手元のスイッチを押す。
窓のブラインドが降り部屋が暗くなると、壁に書類らしき映像が映された。
ディスク内のデータと自身で作成した表を使い、柳が淡々とタイレル社の実験について語る。
レプリカントと人の融合、それを企画提案したのが当時は開発部長を務めていた黒部であること、実際にタイレル社が人体実験に着手したくだりで場がざわめいた。
「人体実験のサンプルとして選ばれたのは、地球の南半球で繰り返された民族紛争に投入されたハンター達だ。この紛争は改造した戦闘型レプリカントが使用され、ハンターに多数の犠牲が出ている」
それまで説明を黙って聞いていた仁王も思わず息を飲んだ。
柳が言っているのは、仁王も参加し、そして柳生が消息を絶った例の任務だ。
「タイレル社を擁護する訳ではないが、ひとつ付け加えておく。サンプルとして実験を受けたハンターは、通常の医療では救命が不可能だった者だ。よって、タイレル社を非難するに値する箇所は、本人の了承を得ず施術を行ったこと、そして現在に至るまで本人に告知せず、極秘裏に監視していること、この2点になる」
仁王は目を閉じる。
タイレル社が柳生の追跡調査結果を出さない訳がわかった。
自分がこの説明会に呼ばれていること、それはつまり、その実験のサンプルに柳生が含まれていることに他ならない。
生きている。
だが、人としてではなかった。
「ディスクにはサンプルとして実験を受けた者のデータが入っていた。現在も生存している者は23名。そしてその中に、大石秀一郎、柳生比呂士の名前がある」
ガタン!と椅子の倒れる音が響く。
見れば、ちょうど前の席に座っていた大石がテーブルに手を着き、身を乗り出していた。
それを隣に座っていた菊丸が押さえるように止めている。
信じられないとでも言いたげな、見開かれた大石の瞳を仁王はやりきれない思いで見遣る。
今の大石の姿は、そのまま柳生の姿でもあるのだ。
「・・・俺が、実験を受けているって?それは、本当なのか、柳!」
「本当だ。大石、すまないがもう少し説明することがある。掛けてくれ」
憤る大石に柳はあくまで冷静に対処する。
だが、大石は引きさがらなかった。
「冗談じゃないぞ!融合実験?!そんな馬鹿なことが、」
「大石、落ち着いて!とにかく今は座って、」
説明する柳に掴みかかりそうな大石を菊丸が必死で止める。
それを煩いとばかりに跳ねのけて、大石が柳に詰め寄った。
「どういうことなんだ。俺には施術を受けた記憶なんかない。何かの間違いじゃないのか」
「間違いは無い。大石、お前はまだタイレル社でハンターをしていた頃、社の命令で違法改造されたレプリカント討伐を行ったと言っていたな?」
説明の続行は不可と判断した柳は、手元のスイッチで部屋の灯りを点ける。
突然明るくなった部屋に目を慣らす為に、何度か瞬きをするのは仁王のみだ。
レプリカントは人よりも照度や温度調整が早い。
だが、大石はそんなことに気付く余裕すらないようだった。
「・・・確かに、改造された戦闘型レプリカントと戦ったし、怪我も負った。だけど命に支障があるような怪我じゃ、」
「タイレル社の運営する医療施設に運ばれた時の記憶があるか?」
柳の質問に大石が言葉を詰まらせる。
その隙に、菊丸がそっと腕を引いて大石を椅子に掛けさせた。
「・・・記憶は、無い」
「では、意識を失うほどの怪我を負った時の敵の攻撃、その際に損傷を負ったと推測される身体箇所は?」
「・・・・・・」
テーブルの上で両手を組み、その腕に項垂れるように額を押し付ける大石は、当時のことを思い出そうとしてるのか沈黙している。
「ディスクのデータによると、大石が負っていた怪我は右腕、両足損傷、内蔵破裂、脊髄損傷、他、数十か所に及ぶ。そして、運び込まれて13分で心肺停止」
「柳、・・・もう、いいよ」
説明を続ける柳を菊丸が止める。
力無く項垂れたままの大石は、もう説明を聞いているのかも定かでなかった。
柳が残りの説明を終え、仁王に向き直る。
「依頼のあった柳生の件だが、今は月にある総合病院のドクターとして勤務している。ただし、柳生は戦闘時に脳の一部に損傷を受けていた為、タイレル社でレプリカント融合措置を行った際に脳の3分の1を切除、足りない部分は電子回路で補っている。切除した部分は脳の記憶域を司る箇所であった為、ハンター当時の記憶は無く、本人も自身をレプリカントと認識している」
「なーんも覚えとらんちゅう訳か。・・・ま、それもよかろ」
柳生が医者になっているということが、仁王には妙にすんなりと納得できた。
思えば柳生が、あの性格でハンターを生業にしていたことの方が、今となっては不思議な気がする。
ハンターだった頃のことを何も覚えていないのなら、当然自分のことも忘れているだろう。
だが、無茶ばかりして手を焼かせた相方の記憶など無くても困るまい。
「仁王にはしばらく火星に留まり、タイレル社との戦闘に参加してもらうようになる。ただし、この後説明する今後の対策如何によっては、その期間もそう長引かないと確信している。すまないが、月へ行くのはその後という事でいいだろうか」
「別に月に行く用はなかよ。俺の出した条件をクリアしてもらったからには、好きなだけ火星でこき使ってくれてかまわんぜよ」
「柳生に会いに行かないのか?」
「会っても向こうはわからんじゃろ?必要無い」
柳の真意を問うような目に仁王は笑みを返してやる。
どういう形であれ、柳生はすでに第二の人生を歩み始めている。
今更、その新たな人生に介入する気も、その権利も無いと仁王は思っていた。
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