からくり猫の見る夢は 2nd Stage 9




項垂れるようにして考え込んでいた大石が立ち上がり、無言で部屋を出ていく。
続いた菊丸が一度、柳に視線を投げ、これも無言のまま大石の後を追っていった。
結局説明会は、大石が途中退席してしまった為、今後の対応策は次回またミーティングを設ける形で終了し、仁王は日吉と共に戦闘チームが待機している所へ移動していった。

「大石の反応は予想以上だったな」
ミーティングルームに残った柳が、使用した資料を片付けながら呟くのに、俺は何となくわかるけどね、と幸村が続ける。
「人間は俺たちが考えるよりデリケートで脆い。特にアイデンティティーを覆されるようなことには全身全霊で抵抗する。まして大石はレプリカントハンターだった男だ」
「しかし、俺が見た限りでは、大石はレプリカントを見下すところはなかったが」
「優劣はつけないが、同種だとも思っていない。ほぼレプリカントに作り替えられたというのは、つまり人間として生まれ生きてきた己の根幹が揺らぐ、足元から崩れる感じじゃないかな」
「・・・ふむ」
柳が考え込む。
「ま、大石のことは菊丸に任せたんだろ?大丈夫だって」
「それは俺も心配していない。ただ、今後の対策に関しては少々見直しが必要かと思ってな」
「ああ、大石を餌にして、タイレル社に火星から手を引かせるってアレ?」
さらりと言う幸村を柳が横目で睨む。
「その要約の仕方には大いに異議がある。だいたい人聞きが悪すぎる」
「間違ってはいないだろ?心配しなくても、俺は蓮二がひとでなしだろうと、行き過ぎた合理主義の悪魔だろうと愛してるからさ」
幸村は隣に座る柳の肩を抱くと、音をたてて頬にキスをする。
反論しようとしていた柳は、大きく息を吐くと苦笑った。
「なるほど。黒部の考え方には大いに学ぶところがあるが、取り入れ過ぎると人道的な問題が出てくるということか。大石の今後の対策については、本人の希望や要望を確認して話し合うとしよう。それには早急に立ち直ってもらわなくてはな」
「蓮二の予測ではタイレル社の再攻勢まで1週間切ったろ?おまけに仁王の寝返りもそろそろばれる」
そうだな、と柳が手元の資料に目を落とす。
仁王が火星にハンターを連れては来たが、それでもタイレル社の猛攻を凌ぐには足りない。
もっとも考えたくない展開は、タイレル社が大石を切り捨てることだ。
サンプルとしては最も古い部類に入る大石は、タイレル社にとって貴重なデータ源と考えられるが、状況によっては見限ることもありえなくはない。
そうなればタイレル社は証拠隠滅も兼ねて前回以上の攻撃を、それも長期に亘ってかけてくる可能性が高い。
火星はその攻撃に耐えられるだけの体力が無い。
その前に手を打つ為にも大石の復活は必須だ。
今は菊丸に期待するしかなかった。



**



重い足取りで大石は廊下を歩く。
すぐ後ろから菊丸がついてくるのは知っていたが、衝撃の大きさに今は自分のことで精一杯だった。
できることなら今すぐ緑の惑星へ、自分の家に帰りたかった。
だがそれは叶わない。
他に行く宛ても無く、大石は借りている宿舎の部屋へと戻る。
部屋に入ってもそこからどうすればいいかわからず、立ち尽くしていると、後から部屋に入った菊丸が静かにドアを閉める音がした。
菊丸は何も言わない。
部屋は沈黙に包まれ、大石は自然に深い思考の中へと沈んでいった。


改造された戦闘型レプリカントとの戦いははっきりと記憶に残っている。
タイレル社から指令を受けた時のことも、実際に戦場となっている所へ移動した時のことも。
ターゲットのレプリカントは1人、そしてハンターは大石を含め3人。
違法改造されたレプリカントの攻撃力は凄まじかった。
戦闘開始して10分も経たないうちに、足を潰された仲間の1人が地面に叩きつけられたのを目の前で見た。
左半身が固い地面にめり込んだ仲間は、そのまま身動きひとつしない。
一瞬にして恐怖に襲われた。
そこからは必死で、残るもう1人と戦い続け、そして。
そこで記憶は途切れている。
気付いた時にはタイレル社が運営する医療施設で、見舞いに訪れていた黒部から無事任務完了したことを聞かされたのだった。
一緒に戦っていた仲間は怪我を負ったが、どちらも助かったと聞いた。
そういえば、あの2人にはその後会っていない。
退院後も目まぐるしい忙しさで任務をこなさなくてはならず、空いた時間は落ちるように眠りについた。

改めて考えてみれば、あの戦闘以降、病気をしたことが無い。
病弱だった訳でもないからたいして気にもしなかったが、そういえば緑の惑星に移住した際も、誰でも最初はかかると言われている風土病にすらかからなかった。
毎日のことだから鏡を見ても気付かなかったが、恐らく容貌も十数年前から変わっていないだろう。
脳以外がレプリカントのパーツでできているなら当然だ。
そして、ハンターとして職務遂行中に負った怪我は、必ずタイレル社系列の病院、医療施設で手当てを受けた。
これも全て黒部の手配だ。
真田と戦った後のように、怪我が予測できる相手と戦うことになった時は、必ず黒部自身が戦闘後にタイレルの社用車で迎えに来る。
それを疑問と思ったことも無かった。


「・・・俺は人間か?それともレプリカントか?」
「大石は人間だよ」
大石の呟きに、それまで沈黙を守っていた菊丸が即答する。
そこで大石は、やっと部屋に菊丸がいたことを思い出した。
振り返ると菊丸は、ドアを背にして、大石と同様立ったままこちらを見ている。
「脳以外は機械の体でもか?」
「前にオレにレプリカントテストしたことあったよね。その時に、レプリカントと人間の大きな違いは想像力だって言ってたじゃん。だから、人間の脳を持つ大石は人間だよ」
菊丸の答えに、なるほどそういう考え方もあるのかと、大石は少しだけ救われた気持ちになる。
寝台に腰掛け、菊丸を手招く。
菊丸はいつものように陽気に喋る訳でもなく、ただ静かに隣に座った。
「そうか、俺は人間か。・・・おかしな話だ。以前は自分が人間かどうかなんて考えたこともなかった」
「それは、生まれた時から人間だからじゃん?大石は大怪我したせいで体を少し改造したってだけだよ。レプリカントがどうやっても人間になれないのと同じで、人間もレプリカントにはなれないとオレは思う」
「・・・そう、なんだろうな。きっと英二が言う事が正しいんだろう。頭では理解できるんだ。ただ、」
自分の知らないうちに、自分の体ではなくなっていた衝撃が未だに消えない。
この体になって十数年経つというのに、先程から体の至る所に、まるで馴染みの無い異物を埋め込まれたような気がしている。
違和感に拒絶反応を起こしかけて大石はきつく目を閉じる。
「すまない、もう少し時間をくれ」
「いいよ、ゆっくりで。大丈夫だから」
菊丸の腕が大石を抱擁するように柔らかく回される。
そのお陰で大石は、かろうじて叫び出しそうな己を押さえることができたのだった。





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