からくり猫の見る夢は 2nd Stage epilogue
カーテンの隙間から洩れる朝日に覚醒を促される。
起き上がった大石は、体をほぐすように伸びをしてベッドから降りた。
顔を洗いに寝室を出ようと扉近くまで行くと、微かな話し声が聞こえる。
また不二たちが来ているのだろう。
扉の前で回れ右した大石は、クロゼットから適当な服を取り出し寝巻を着替えた。
友人とはいえ、寝間着姿で出ていくと菊丸にだらしないと怒られる。
クロゼットの鏡で寝癖を簡単に直し、寝室を出る。
案の定、リビングには菊丸の他に不二と手塚がいた。
火星から緑の惑星に戻って1年、その時一緒に来た不二はこの惑星が気に入り、大石の家から歩いて10分もかからない所に一軒家を借りてしまった。
元々仲の良かった菊丸と不二は3日と開かずどちらかの家に入り浸っている。
「おはよ、おーいし。コーヒーにする?不二が持ってきてくれた謎のお茶もあるけど」
「起き抜けに謎のお茶を飲む度胸はないかな。コーヒーで」
ほーい、と返事をした菊丸がキッチンへと移動する。
その後ろを新たに拾われてきた2匹の子猫が追いかけていく。
「英二は謎のお茶とか言ってるけど、ちゃんとしたハーブティだよ。危険な物は入ってないから、後で大石も飲んでね」
「・・・無理しなくていいぞ、大石」
にっこり笑って持参のお茶を勧める不二に、手塚が遠慮がちに付け足す。
緑の惑星に来てから初めてまともに話した手塚だったが、大石にすれば不二よりも気が合った。
不二が菊丸や猫たちをモデルに写真を撮っている間に、大石は手塚と近くの川へ釣りに行ったりする。
そして釣った魚は菊丸が料理し、4人で食卓を囲む。
主に話をするのは菊丸と不二で、大石と手塚はそれに相槌を打つ。
足元には充分にご飯を貰った猫たちが思い思いに寛いでいる。
そんな日々を過ごす。
トレイにコーヒーと朝食のオープンサンド、サラダを乗せた英二が戻ってくる。
大石の前にトレイを置いた菊丸は、ずっと付いて回る2匹の子猫を抱き上げた。
「ね、大石。今日はこれから裏の山に行って野生のハーブとか木の実とか集めようって話してたんだけど、大石も行くっしょ?」
「ああ、かまわないよ」
ふたつ返事で了承すると菊丸がガッツポーズを見せる。
「おし!これで荷物持ちが2人できた!俺たちは採る方に専念しようねー、不二」
「そうだね。僕はカメラも持っていくから助かるよ、大石」
笑う菊丸と不二、心なし申し訳なさそうな手塚に大石も苦笑う。
菊丸と不二がタッグを組むと大石や手塚は太刀打ちできない。
荷物持ちや、力仕事、面倒な片付け等を度々言いつかる大石だったが、不満は無かった。
菊丸が猫や友人に囲まれて、いつも楽しそうに笑う。
懸念していた入江の再襲撃も無く、タイレル社からの電話もぴたりと止んだ。
火星も少しずつだがレプリカントの惑星として認められつつある。
平和で平凡な日々が、大切な人たちの元に常にあるなら、大石はそれで充分に幸せだった。
**
いつものように昼食を中庭で取ろうと表に出た柳生は、ベンチのひとつに座る青年に目を留めた。
何をするでもなく、ただ座ってぼんやりと空を見上げている青年の髪は見事な銀髪だ。
レプリカントたちは通常の人間と同じ金や黒の髪に加え、緑や青、赤と色鮮やかな髪をしている者が多い。
それでも銀髪というのは珍しかった。
柔らかな陽が髪に当たり、光の滴が零れるようにきらきらと輝いている。
その光景に不思議と胸が騒いだ。
知らず知らずのうちに柳生は青年に歩み寄る。
もっと近くで彼を見てみたいと思い、気付けばベンチに座る青年の真正面まで来ていた。
青年は空から柳生の顔まで目線を落とす。
目が合った瞬間、柳生の記憶の中に薄らと形の定まらない姿が浮かぶ。
「あの、どこかでお会いしたことがあったでしょうか?」
思わず話しかけたが、それに青年はおかしそうに喉の奥でクククと笑う。
「白衣着てナンパか?面白い奴じゃのう」
「!!いえ、そういうつもりでは。あの、失礼しました、突然声をかけてしまって」
「暇しとるからかまわんぜよ。突っ立っとらんで座れば?」
青年が気分を害してる様子はないことを見て柳生は安堵する。
勧められるまま青年の隣に腰掛け、間近から整った横顔を見つめた。
やや不健康なほどに白い肌だが、この青年の持つ雰囲気には似合っている。
どちらかといえばダークサイドに属するような、微かに危険な匂い。
湧き上がる高揚する気持ちに引き摺られ、おぼろげな記憶が胸を過る。
記憶をいくら攫っても彼に関するデータは1つも無い。
だが、彼を知っている気がする。
「貴方はご病気には見えませんが、ここへはお見舞いでいらしたんですか?」
「まぁ、そんなとこかの」
「月にお住まいなんですか?それとも地球から?」
「もうちっと遠いのう」
不躾な視線や質問攻めにも怒ったり呆れたりせず付き合ってくれる青年に、柳生は彼も自分を知っているのだと確信する。
「・・・お名前を聞いてもいいですか?」
そう聞くと、それまで気軽に答えてくれていた青年が口を閉ざした。
空を仰ぐように顔を上げた彼の視線を追って柳生も空を見る。
薄い雲間から陽射しが降り注ぐ。
煌めく銀の糸のようなそれは、隣に座る青年の髪と同じだ。
月では日中によく見られるこの光景が柳生は好きだった。
施設内に食堂があるにも関わらず、中庭で昼食を取るのはその為だ。
柳生は空から青年の横顔へと視線を戻す。
未だ空を見上げている、眩しそうに細めた青年の瞳に迷いが浮かんで見えた気がした。
「私はここで医師をしている柳生比呂士といいます。貴方の名前を教えてください」
少し狡いかもしれないと思いながらも、青年が答えざるをえないような聞き方をした。
そうしないと彼はこのまま席を立って、去ってしまいそうに思えた。
青年は空から視線を外し、隣に座る柳生を見た。
仕方ない奴じゃと言いながら大袈裟な溜息を吐いて見せる。
そのくせ口元には浮かぶのは、どこか楽しそうな笑み。
頭の中の記憶は何ひとつはっきりとした像を結ばない。
それでも柳生は青年のことを覚えていた。
雲間から零れる光のような銀の髪も、あまり血の気の無い肌も、少し掠れた声も、口元だけで笑う顔も。
いつのことだったのかはわからない。
それでもきっと、この青年は自分の傍にいてくれたことがある。
とても大切な人として。
青年が自分の名前を告げる。
聞いたことの無い名前だったが柳生は気にならなかった。
私は彼を知っている。
そして名前も、今覚えた。
→end (2011・1・15〜2011・6・5)