からくり猫の見る夢は 2
菊丸は耳に付けたヘッドホンマイクで話をしながら、机の上の端末に表示させた社長のスケジュール表に目を走らせていた。
黒部のスケジュールは半年先までほぼ埋まっており、新たな予約となると半年後か、直近なら先方に本社へ出向いてもらい、その上で移動しながらの5分、10分を捻出するのがやっとだ。
「来週火曜ですと15時45分から55分までの10分なら可能です」
スケジュール表からやっと見つけ出した僅かな隙間を相手に伝える。
先方も黒部が忙しいことは承知しているからあっさりと了承した。
通話を切って菊丸は黒部のスケジュールに新たな予定を書き込む。
そうしている間にも新たな電話が次々と入ってくるのだった。
元は商品開発部に所属していた菊丸が社長の秘書室に異動となったのが先月初め。
今からおよそ2週間前の時期外れで急な異動だった。
秘書室の所属は15名、新入りの菊丸は主な仕事の電話番に忙殺されて1日が終わる。
なぜ開発から秘書へと転向させられたのか不思議だったが特に不満はなかった。
黙々と研究を重ねる無口な科学者たちと同室で、ろくに口を開くこともなく終わる日々よりは電話番の方が菊丸にとってもストレスが少ない。
「菊丸、電話番代わるから、社長室にコーヒー2つ持って行って。あ、飲料ディスペンサーじゃなくて、コーヒー豆から挽いてね」
「え?オレが持ってくの?」
部屋に現れた同僚の女性秘書に菊丸はきょとんとした顔で尋ねる。
いつもは来客があっても対応するのは美人秘書たちで、菊丸他男性チームは縁の下の雑用係がほとんどだ。
「そう。社長からのご指名だから」
「・・・ふーん。わかった。そんじゃ電話番よろしく。新たに入れた予定のデータは保存済、今日から1週間分はもう1分の空きもないからねー」
「了解。いってらっしゃい」
菊丸が立った席に代わって腰を下ろした知性派美人秘書の同僚は、早速かかってきた電話を取るとひらひらと手を振る。
それに送られるようにして菊丸は秘書室の中にある簡易キッチンへと移動した。
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十数年振りに会うというのに黒部は全くと言っていいほど容貌に変化が無かった。
出社する黒部はレプリカントで、本物は自宅で仕事をしていると言われても納得してしまうだろう。
簡素に見えてその実かなり高価な天然木の机や本革張りの椅子、合成ではない素材で作られた備品調度に囲まれた社長室も相変わらずだ。
「大石くんに依頼したい件というのはこれです」
前置き無しで黒部が机の上に5枚の写真を並べた。
写真にはそれぞれ氏名や身長体重、身体的特徴、趣味特技といったプロフィールも付いている。
大石は受けるつもりもない仕事だと、5枚の写真を遠目でざっと眺めるだけで終わりにした。
「彼らは火星で開発の仕事についていたレプリカントたちです。火星という過酷な環境下でのレプリカントの消耗や破損など、トラブルに関してのデータを取る為に我社からレンタルしていた者たちでした」
興味無いと言わんばかりの態度で大石は机に飾られていた鉢植えの観葉植物を手に取る。
この地球では本物の植物は手に入りにくい。
大石の住む緑の惑星あたりからの輸入物だろうと見当をつける。
「この男が首謀者となり先月火星から脱走、5名のうち2名は地球に戻っていることが先日判明しました」
黒部が5枚の写真のうち1枚を首謀者として示し、もう1枚を添えて大石の前に滑らせる。
2人とも黒髪で東洋風の男性型レプリカントだが、首謀者はいかにも男性的な面構えと逞しい体型をしているのに比べて、もう1人は女性でも通りそうな中性的アジアンビューティといった風貌だった。
この優男が惑星開発という荒仕事に選ばれた意味が大石にはわからない。
「この2人を回収したいのです。彼らは貴重なデータサンプルを体内に保持しています」
「・・・俺はすでに引退していて、現役だった頃からだいぶ日も経っています。最近の精巧なレプリカントなんか見つけ出せませんよ」
大石は溜息混じりに断りを口にする。
レプリカントハンターなどもうやりたくないというのが一番の本音だが、一線から退いて十数年も経った今では満足に仕事ができる自信もないのも事実だった。
「大石くん。私は出来ない者に仕事を依頼するほど酔狂ではない、が、無理強いをする気もありません。電話で話した通り、受ける受けないは君の自由です」
言葉の真意を図ろうと黒部を見れば、いつもどおり不敵な笑みを口元に浮かべて大石を見ていた。
あっさりと辞退を受け入れそうに聞こえる黒部の発言に、ぬか喜びをするほど大石も黒部を甘く見てはいない。
残念なことに、仕事における手腕や性格を熟知する程度には長い付き合いが過去あったのだ。
訝しげな大石の様子に黒部は軽く微笑みかける。
「そういえば、先程、2日ばかり先に到着した君の元同僚から連絡が入りました。伝説のレプリカントハンターが地球に来ているという噂があるが本当か、とね。引退しても名声は変わらずとはさすがです。伝説のハンターが脱走者を狩りに来ていると知って、レプリカントたちが恐れをなして自ら出向いてくれるとこちらも手間が省けて助かりますが」
笑みを深めた黒部に大石は心中で盛大な溜息をついた。
何が引退しても名声は変わらず、だ。
仕事を受けざるを得ないようにする為に黒部が情報を流したに決まっている。
大石はきりきりと痛みの増す胃を押さえるようにして考え込む。
脱走するようなレプリカントたちがハンターを恐れて自ら捕まりに来る訳がない。
逃げ回ってくれるならまだいいが、自分たちの身の安全を守る為にハンターを排除しに来る可能性の方が高い。
こうなれば依頼を断った所で脱走したレプリカントたちと戦うのは避けられないだろう。
むしろ断れば完全に命懸けのタダ働きだ。
そんな馬鹿をやるほど大石は好戦的でもお人好しでも、また、社長に恩がある訳でもなかった。
「・・・わかりました。お話を受けます」
「商談成立ですね。成果に期待します。さて、話も済んだことですし、コーヒーでもいかがですか」
思い通りに話が終わり、満足げな黒部が机のベルを鳴らす。
社長室のドアが開く音を聞き、大石は重い気分で机の上に並べられた写真をまとめてコートの内ポケットに入れた。
微かな陶器のぶつかる音と共に、大石の目の前に香ばしい湯気の立つコーヒーが置かれる。
「大石くん、紹介しておきましょう。私の秘書で菊丸英二といいます。今回の件が終わるまで彼を君に付けますので私との連絡係として使ってください。日々の報告や経費の請求も彼に。菊丸、こちらが今朝のミーティングで話したレプリカントハンターの大石くんだ。彼が快適に職務を遂行できるよう、できる限りのサポートを行いなさい」
監視役みたいなものか、と物憂げに顔を上げた大石の目に鮮やかな赤毛が飛びこんできた。
大石は束の間、ぽかんと呆けたように傍らに立つ青年を見つめた。
秘書と言うからにはいかにも仕事のできそうな堅物のエリートを想像したが、菊丸は真逆の、まるで最先端のファッション誌から抜け出したようなタイプだった。
肩に付く長めの跳ねた髪は明るい赤で、洒落た今風デザインの白シャツと真っ赤な皮のパンツにブーツという出で立ちだ。
何よりも印象的な、釣り気味の大きな瞳が興味深げに大石を見て、そしてにこりと笑う。
「菊丸英二です。よろしく」
「あ、ああ。こちらこそよろしく」
差し出された手に握手を返しながら大石は考える。
彼は人だろうか、それともレプリカントだろうか。
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