からくり猫の見る夢は 3
「ホテルはどこにチェックインしたの?空港前のキャッスル?それともノワルノーブル?」
社長命令とばかりに早速同行してきた菊丸が宿泊先を尋ねる。
「いや、空港から直行したから、まだ宿は取ってない」
「じゃ先にチェックインしとこうよ。どこがいい?クリムゾンパレスも評判いいよ」
菊丸が次々と名を上げる超が付く高級ホテルに大石は頭を振った。
「長期滞在になりそうだからフラットでいい。どうせ寝起きするだけだし」
「経費なんだから遠慮すること無いのに」
「遠慮してる訳じゃない。高級ホテルの細やかなサービスや礼儀正しい従業員たちが苦手なんだ」
ああいうのは肩が凝る、大石がそう言うと、菊丸は驚いた顔をして直後に笑いだした。
「大石って面白いね。レプリカントハンターってみんなそんな感じ?」
「同業者のことはあまり知らないんだ。数人の顔を見たことがあるくらいで」
大石の脳裏にレプリカントハンターたちの顔が僅かに浮かび、そして消えていく。
菊丸に言ったとおり、親しい付き合いも無かった同業者たちは年月が経つごとに記憶の中で風化していき、今では髪の色や背格好といった曖昧でぼんやりした姿しか浮かばなかった。
「フラットなら少し裏の方へ行かないと無いよ。オレの住んでる辺りに何件かあるけど行ってみる?近くに不動産屋もあるし」
ちょうど表の大通りと裏町へと続く細い道の混在する辺りで菊丸が足を止めた。
裏町といっても、電球をありったけ灯したような屋台が隙間なく並ぶ道は、夜だというのに人通りも多く、雑然とした賑わいがある。
むしろ整然と一分の隙なく整った表通りより裏町の方が人間味があった。
菊丸なら表通りにある現代美術のアート風マンションが似合いそうだが、と大石は意外に思う。
「裏町に住んでるのか?」
「そだよ。家賃が安いし、その割にはお洒落で古風なレンガ造りだし。ひと目で気に入って借りてから、もう3年住んでる」
「菊丸はアンティークが好きなのか。少し意外だな」
「英二」
「え?」
「菊丸、じゃなくて、英二って呼んでよ。オレ、名前で呼ばれるの好きなんだー」
大きな瞳に楽しそうな色を浮かべてねだる菊丸に大石は戸惑う。
初めて会って、まだ1時間も経たない相手の名前をいきなり呼ぶなんて経験は大石にはない。
喋り方からして人懐こい性格だというのはすぐに理解したが、それに合わせられるかどうかはまた別の話だ。
「・・・悪い、あまりそういうのに慣れてないんだ。しばらくは付き合ってもらうことになりそうだから、徐々に、」
大石はそこまで言って唐突に言葉を切った。
ピリピリと肌を刺す気配がする。
どこかから人に見られている、それも殺意を持った相手に。
菊丸と並んで話しながら歩くうちにいつの間にか人通りが少ない場所に移動していた。
ちらほらと道を行く者や、立ち止って話をする者を大石は注意深く観察する。
そして、視線の主を見つけ出した。
4ブロック先の、石造りの建物の陰から現れた3人の男。
顔はそれぞれ多少の違いはあるが、筋骨隆々とした体型も、背丈もほぼ同じ、旧型の作業用レプリカントだ。
彼らは真っ直ぐに大石を見ながらゆっくりと歩み寄ってくる。
「・・・菊丸。歩きながら少しずつ離れてくれ」
「もしかして、もうお客さん登場?」
「そのようだ。古いタイプだがパワーがあるレプリカントだ。巻き添えを食うと怪我をするぞ」
だんだんと近づいてくるレプリカントたちから目を離さずに大石が早く離れろと菊丸を促す。
だが菊丸は、オレも手伝う、と言ってその場に留まった。
「LP-P028Mか、29Mだよね。オレ、これでも開発にいたから、あいつらの弱点知ってるよん」
どことなく楽しそうな物言いだが、逆さまにしても武闘派には見えない菊丸を心配している暇はもうなかった。
3人のレプリカントが一斉に突っ込んでくる。
大石は腰のベルトから伸縮型の強化合金警棒を取り出すと、正面にいたレプリカントの耳の下を狙って打った。
菊丸の言う通り、旧型のレプリカントにはそれぞれ弱点がある。
開発初期の頃はレプリカントの暴走事故も多く、いざという時は打撃を与えて機能停止させることができるように造られていた為だ。
正面にいたレプリカントが膝を付き動かなくなる。
それを見ていた左隣にいたレプリカントが大石に襲いかかった。
両腕でしっかりと耳の下をガードしたレプリカントは大石に次々と蹴りを放ってくる。
強靭な肉体を持つレプリカントの腕や脚は、いくら攻撃してもダメージを与えられない。
大石は素早く菊丸の様子を探る。
身軽なのかレプリカントの攻撃を軽々避けているように見えるが、なかなか弱点を突くところまで持って行けないようだ。
長引くと本当に怪我をさせてしまうかもしれない。
大石は警棒を左手に持ち替えて蹴りを捌きながら、右手でホルスターに釣った拳銃を手にした。
引き抜きざま、目の前のレプリカントの頭部を撃ち抜く。
対レプリカント用に開発された圧縮電子銃の青白い光が相手の額から後頭部へと抜ける。
レプリカントは頭部から火花を散らしながら全身を小刻みに痙攣させて踊るように倒れた。
それに目をくれることもせず、大石は菊丸の方へ走る。
「菊丸!」
声に反応したのは対峙していた残りのレプリカント、大石の方へ振り返ると同時に白眼を剥いてそのまま倒れた。
菊丸の手にはどこから拾ったのかスパナが握られている。
「はい、終了ー!お疲れ様」
スパナを道の脇に放った菊丸がすぐさまどこかに電話を入れる。
「菊丸です。LP-P028M1体と29Mが2体、回収お願いします。場所は・・・」
どうやら連絡先はタイレル社らしい。
確かに機能停止させたとはいえ、一時的なものだから放置しておくのは危険だ。
大石はそれなりに優秀らしい処理の速さを見せた菊丸に感心しながら、ふと目の端を掠めた影を無意識に追った。
4ブロック先、3人のレプリカントたちが現れた建物の角から去って行った者がいる。
一瞬しか見えなかったが、遠目のシルエットが渡された写真のうちの1人に似ていた気がした。
「すぐに回収班が来るよ。それにしても、28Mと29Mは事故が多いからって何年も前に回収かけてるのに、まーだうろうろしてんのかぁ。危ないなぁ」
「・・・暴走事故なのか、暴走させられたのか」
大石の呟きは菊丸の耳には届かなかった。
暴走事故だと信じてさかんに憤慨している菊丸の横で大石は思案する。
もしもレプリカントをなんらかの方法で暴走させる能力を持っているとしたら、これは大変な難敵だった。
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